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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

日本に住む 

酷い雨でした。
地元、所沢がニュースの天気予報で報道されるほど。
 幸い、我が家は川から離れているので、被害はありませんでした。
 町内を流れている小さな川がどうなったのか、気にはなりますが。 途中、消防自動車の音も聞こえていたので。

 毎日の新聞小欄の音読のおかげか、ずいぶん日本語力が戻ったと、自分では勝手に感じているところです。
 が、本当に私が困るのは、日本で生活している他の私の年代の方よりも、日本の冠婚葬祭の知識が恐ろしく欠乏していること。
 そして、それに伴う言葉、というのが、本当に酷い。 いくつか、私が勝手に発音していた単語もありました。
 母は、私が発した言葉からの連想ゲーム状態です。

 今までも、一時帰国中に、なぜか町内のお世話になった方々がお亡くなりになって、お通夜に出ることはありました。
 私自身の祖父母は、私がイギリスに行った年、そして帰国する前年に亡くなっているので、この年になりながら、未だに身内の葬儀に出た経験はありません。

 今回、町会の開拓者である、街の名士のお1人が大往生され、私も面識があり、昨年もお話させて頂いていたので、告別式へ(お通夜は自分のコンサートと重なったので・・・)。
  このような場所で、咄嗟に係の方々から言われた言葉は、ほとんど理解できないことに気が付きます。
 
 本当に、日本独特のことは難しい。
 日本人の外見をしていながら、年相応の日本のしきたりを知らない。
 いや、知らない、とばかり言っていてはいけません。
 20代を日本で過ごさなかった、18年間、日本人会にも属さずにイギリスで生活したツケは、大きいようです。

 

Posted on 2016/08/22 Mon. 21:28 [edit]

category: 日常

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22

山王病院での夕べのコンサート(8月19日) 

昨日は、日本へ本帰国して最初のコンサート。
東京での演奏は、6年振りのことでした。

160819-1



 赤坂の、山王病院のアトリウムで月に一度、ここに置いてあるベーゼンドルファー・インペリアルを用いて夜行われる、夕べのコンサートに出演のお声をかけて頂きました。

 私が知る、病院、という雰囲気は少なく、ホテルのロビーのような吹き抜けで、座り心地の良い椅子が置いてある空間。
 
 病院という場所、写真で予め拝見していたここの空間、そして、ベーゼンドルファー・インペリアルというピアノを考えての今回のプログラム決めでした。

 プログラム

 ショパン: 華麗なる大円舞曲 第1番 作品18
 モーツアルト: ピアノソナタ ハ長調 K.330
 グリーグ: ノクターン
 ショパン: ノクターン 作品27-2
 リスト: ペトラルカのソネット 47番、 巡礼の年第2年 イタリアより
 ロータ: ワルツ
 レスピーギ: ワルツ
 チャイコフスキー: ロマンス ヘ長調 作品51-5
 リスト: 愛の賛歌

  夕方、ということもあるのか、お仕事帰りとお見受けできるような方も多かったのが印象的。
 そして、今まで私は日本のこのような無料のコンサートだと年配の女性の方がお客様に多いように感じていましたが、クラシック音楽をお詳しそうな男性が多かったのが印象的でした。
 入院していらっしゃる方、というよりも外からいらっしゃる方が多いように私は感じました。

 最初のショパンの華麗なる大円舞曲以外は、どちらかというと、華やかさがないような曲ばかり。
 このようなコンサートとしては、有名曲を少なくしたプログラムだったと思います。
 
 お話を入れながらのコンサート。
 360度お客様がいるような状態のコンサートで、このような体系に慣れていない、多くの場合壁側になるピアノの左側が手が見える位置に座っていらっしゃる方が多かったので、いつも以上にバランスに気を付けないと、左側の方は、メロディーの聴こえ方がどうなるのだろう?と思いながらの演奏ではありました。
 日々の生活で体幹を少しずつ鍛えているおかげか?重心を多少横に倒しても体幹を保つことができるようになって、右手のメロディーの出し方の違う方法を帰国後に見つけたところ。 今回はそれを少し試す形になりました。

 天井の高さがある分、グリーグとショパンのノクターンは、多少いつもよりもテンポを落として。
 
 ロータのワルツは初出し。
 ロータは、映画『ゴッドファーザー』などを作曲した作曲家。
 楽譜は数年前にロンドンの行きつけの楽譜屋さんのセールで手に入れてあったもの。
 これは、シンプルながらも、舞台に上げれば上げるほど変わっていきそうなので、しばらく使うと思います。

 時間がギリギリすぎたので、アンコールは無しで。
 あのまま、放っておけば、あと30分くらい弾き続けたい気分でした。

 イギリスでの電子ピアノ生活にはもう耐えられず、日本ではアップライトピアノになって、私の中ではかなり恵まれていると思います。
 しかし、7週間ぶりにグランドピアノを弾いて、やはり、自由自在。
 でも、きっとアップライトピアノで、限界があるからこそ、それを本番で私はドアを開けて、自分の中にある音楽が溢れ出てくるのかな、とも思います。
 グランドピアノを持っていない、というのは、日本ではピアニストとしてもピアノ教師としても全く認められていない存在だと思いますが。 

 いらして下さった方々、どうもありがとうございました。
 色々と自分の中ではもちろん、改善箇所がありますが、とりあえず、幸先良い日本での演奏スタートが切れたのではないかな、と思います。

 

Posted on 2016/08/20 Sat. 20:14 [edit]

category: 自分のコンサート

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20

美徳? タブー? 

 オリンピックを見ていて思うこと。
 スポーツの世界において、練習量を話すことは、美徳である。
 しかし、クラシック音楽の世界において、練習量を話すことはタブーであるのではないか?ということ。
 あくまで、これらは私が感じた個人の問題。
 短期間習った日本の先生(破門になりましたが)からは、
「たとえ、10数時間毎日練習をしたとしても、先生には、練習をしてきました、と言ってはいけない」 
と言われました。

 だからでしょうか。
 クラシック音楽を好きで聴く方も、ご自身が楽器に触れたことが無い方は、練習する、ということをご存知でない方も多い。
 たとえ、50回本番にかけた曲でも、必ず練習する。
 本番前に練習しなければ、暗譜も指も私は不安になる。
 そして、本番で納得できるように、伝えられる演奏をするには、練習は不可欠だと私は思います。
 
 タブーを破って書くとしますが、 
11年ほど前になるでしょうか。
 私が初めて、1人で45分間のコンサートの機会を頂いた時、師匠Dr.Sに言われたのは、本番の2,3週間前から、夜、大学の練習室が閉まる時間から逆算して、一日の授業、練習をして一番疲れている時に(頭も体も)、コンサートのプログラムを2度、休憩なしに続けて練習する、ということ。
 最初は、弾きとおすことができなかった。
 それが、徐々にできるようになる。
 
 今回、6月末以来の本番、ということで、夜、とはいきませんが、久々に午後、通し練習を。
 一日何時間練習していようと、通しての練習はまた違う。
 最初は、気力が持たず、情けない有様。
 ですが、今までに回数を重ねている分、すぐに感覚、力の配分が戻ってきます。

 日本でのコンサートは今までにも経験していますが、イギリスとは空気感が違う。
 6年振りの東京での演奏。
 空気にのみこまれず、何か感じて頂けるような演奏ができたら嬉しい。

 レスリングの試合のVTRを観ながら、初めて見た私は、凄まじさに驚くばかり。
 怪我しそう、と最初に思うのが、私が小心者だからか・・・(こう見えて、ローラーコースターにも乗れないような人なのです)
 ピアノは取りあえず、怪我することはない。
 
 体操の内村選手のように、練習でできていたから、できる。
というのも、同じく体操の白井選手の跳馬の時のように、練習でできたことはないけれど、できると信じていた。
 この二人、違うことだけれど、一つだけ同じなのは、自分を信じていた、ということ。
 この両方とも経験があるのが、私らしいところ。
 
 練習は裏切らない。
 ボランティアで無料で演奏して当たり前、と思われているクラシック音楽の世界。
 少しずつ、タブーを破っても良いのでは?と思ってしまいます。


 

Posted on 2016/08/18 Thu. 22:27 [edit]

category: 音楽

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18

リハーサル 

 ロンドンでは、毎日平均6-8本のバスに乗る生活。
 頭にくることも多かった日々ですが、今となっては懐かしい。

 小学4年生の頃から、週に3度は電車に乗ってバレエに通って、中学以降は電車通学。
 その私が、日本へ帰ってきて、今日は3週間半振りに電車に乗る有様。
 まだ慣れず、方向感覚はあるのですが、標識の漢字をパッと見て判断することができなかったのか、乗り換えの時に思っていたのと全然違うところに出てしまうことも。
 そのうち慣れるのでしょう。

 今夜は、今週のコンサートの病院でのリハーサル。 
 ベーゼンドルファーのインペリアル。 実際に弾くのは初めての経験。
 低音部に、数鍵プラスされているので、迷うかしら?と思いましたが、その心配もなく。
 7週間ぶり?のグランドピアノ。 
 日本のグランドピアノも久々。
 やはり違いますが、感覚はすぐにつかみます。
 
 病院のロビーということで、外来もほぼ終わっている時間でしたが(一部、お会計がまだの方々が)、やはり、人の行き来はあるので、19日、いらして下さる方がもしいましたら、ホールとは違う、ということをご了承頂けたら、と思います。

 病院、という場所柄、当日のリハーサル時間がほとんど取れないこともありますが、こうして、事前に練習させて下さることに感謝。
 

Posted on 2016/08/17 Wed. 21:42 [edit]

category: 音楽

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17

考えさせられること 

 先日、お友達などのバレエの発表会を鑑賞。
 もちろん、ロイヤルバレエと比べるわけではありません。
 私自身も高校3年生の渡英までずっとバレエを習っていました(今はこんな体型ですが)。
 それを踏まえての話。
 
 以前も書いたことがありますが、私の先生方はとにかく厳しかった。
 といっても、怒る、という意味の厳しさではなく、とことん突き詰める、という厳しさ。
 私のような出来が悪いのにも、本当に丁寧なレッスンをして下さいました。
 回転(ピルエットなど)が苦手だった私には、皆と同じことをその時やらせず、その基礎となるような練習をさせた先生。
 今の保護者の方々だったら、文句が出るかもしれませんが、私はそうして下さった先生に感謝していました。
 
 トウシューズもきちんと立てていたので、4年前に既になりますが、サマーコースで10数年ぶりにトウシューズをはいて、「瀕死の白鳥」もどき、を踊れたのだと思います。

 今回は、あまりにも驚くことばかりで・・・
 
 ですが、この発表会を観ながら様々なことを考えていました。
 私の先生方のようなのは、きっと少数派。
 ということは、今回のようなお教室が大半であり、習わせている保護者の方々もそれを求めているのかもしれない。 
 とにかく、難しく観える振付を、できていなくても、バンバン含める。
 
 ピアノでも同じことになるのか?と。
 私は、最初の導入は他の先生方に比べてゆっくりの進み。
 その代り、土台をしっかりと作って、2,3年後には、導入を楽しく(この楽しい、という言葉は非常に難しい言葉ではありますが)やった人たちを追い抜き、きっと、時間が許せば、長く続ける子たちがロンドンでは多かった。
 もちろん、最初のお問い合わせのお電話を頂いた時点で、グレード試験を他の先生よりも最初に受けるまでが時間がかかる、とわかった時点で、何度も断られました。
 でも、私には譲ることができないもの。
 最初にきちんと、丁寧にやれば、途中で躓いても、先に進めると私は思っています。

 本当にどうなるのか。
 今の時点では、もどかしいし、本当に帰国が正しかったのかさえ分からなくなってはきています。
 でも、ここで頑張ることを決めた。
 私自身がきっと日本では少数派。
 先月の出身幼稚園でのことを考えても、私はやはりとりあえずは、自分を持っていたいと思う。
 
 様々な考えの先生がいて良いと思うのです。
 そして、そうであるべき。
 でも、私は少数派に属しすぎているのかもしれません。

Posted on 2016/08/15 Mon. 21:23 [edit]

category: 音楽

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