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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

国、国境 

 再び冷え込んでいました。

 マケドニア、ギリシャ国境のことが問題になっていますが、どうなるのでしょう。
 マケドニアだって、20年弱前には大変な思いをしたはずの国。
 私が言ってよいことではないと思いますが、EUの広がりによるこの10年間のイギリスの状態をみても、各国が難民の受け入れに対して簡単に門戸を広げられないのもわからなくなくもありません。

 その昔。
 私のイギリス2年目。
 マンチェスターの音大の寮での話。
 レンガ造りの、昔ながらの寮で1年間ラッキーなことに生活することができました。
 
 私がいたのは、3階の一つの廊下の部分。
 ここは、俗に、『国際的な廊下』と他の人たちから名付けられ、とても人気があり、途中で誰かがいなくなったら、すぐさま誰かが移ってくる、という場所でした。
 
 学部生も院生も、男女も楽器も関係が無い寮。

 ここにいたのは、
 アメリカ人院生(男) ユーフォニウム(後に、私の実家の市と姉妹都市のところ出身、とわかった)
 スウェーデン人院生(男) ユーフォニウム
 イタリア人院生(女) ハープ
 アルゼンチン人学部(女) チェロ
 フランス生まれのイギリス人学部(女) ピアノ
 ギリシャ人学部(男) ヴァイオリン
 イギリス人学部(女) ホルン
 多分ノルウェー人?学部(男) トランペット
 私
 セルビア人(当時はユーゴスラビア)院生(女) ハープ
 ノルウェー人学部(男) チェロ

 という部屋の並び。
 フランス生まれのイギリス人とイギリス人以外は、よく、セルビア人の部屋に夜になると集まって、おしゃべりをしていました。
 ここに、他の階のトルコ人とか、色々と加わって。
 狭い部屋でおしくらまんじゅう状態。
 ただ、ここで、私たちはお互いに間違った英語を学ぶことになり、イギリス人がたまに私たちの会話を耳にすると、とんでもなく間違いだらけで、それなのにお互いに理解し合っていることに驚かれたものです。

 ノルウェー人のチェロとはデュオをしていたので仲が良く、彼もマンチェスターは1年か2年だけで、ノルウェーに途中で帰ってしまったのですが、思いもがけず偶然に、11年前に私がノルウェーにコンクールを受けに行った時、オスロ音大の入り口でばったりと顔を合わせ、再会できたものです。
 
 私はマンチェスターは1年だけで、師匠と勉強する為に、カーディフの音大へ移ってしまいました。
 その1年後、セルビア人の友達は、カーディフの音大に入り、それを追うように、その1年後にギリシャ人のヴァイオリンの友達もカーディフに。
 私はこのギリシャ人と1年間ピアノ・トリオをしていて、それはそれは凄い言い合いをしながら(お互いに遠慮が無い関係なので・・・)のリハーサルで、シンガポール人チェリストが毎回おどおどしていました。

 ギリシャ人の友達は、元々はアルバニア人。
 色々と大変だった時期に15歳前後の多感な時期を過ごしたようです。
 ヴァイオリンを抱えて、家族で、幌馬車の中に隠れて1年間以上過ごしたこと。
 ギリシャに救ってもらったこと(亡命なのか、難民なのか、当時の私たちの英語力では覚えていません)。
 
 ギリシャ人とセルビア人は途中で付き合いだしたのですが、彼らは、自分たちの祖国はお互いに憎しみ合って戦争をしていた(そのつい数年前まで、かまだしていたのか?)。
 でも、それは国の問題であり、自分たちは違うんだ、とよく私たちに話していました。

 今のようにインターネットも発達していない当時のこと。
 英語だって今みたいにわかりません。 何しろ、追試ばかりだった中、高校生時代を過ごした私のことです。
 お恥ずかしいことに、私は、彼らの国がどれだけ大変なのか、本当にわかっていませんでした。
 だから、彼らから聞く話は衝撃的でした。
 同じ世代で、そういう経験をしているのだ、ということが。

 マケドニア、ギリシャ国境の写真をみて、ギリシャ人(元アルバニア人)の友達の話を思い出しました。
 
 世界中が仲良く、手をつなぐ。
 今、ロンドンという多国籍、多民族の場所に住んで、多民族にピアノを彼らの自宅で教えているからこそ、それは個人という小さな組織の中でも難しいことだと私は思っています。
 私だってイギリスでは外国人。
 郷に入れば郷に従え、で頑張ってはきました。
 でも、人種というか宗教というか、男尊女卑がとても強い国は未だに苦手ですし(お父様方から私は子供が練習をしないことを怒鳴られますし、全て命令口調です)、どうしても受け入れられない部分もあるのです。

 どうなるのでしょう。
 マンチェスターのあの寮で、皆音楽、という目標というか好きなことがあって、頑張っていた仲間。
 あそこでの会話、仲間は宝物です。
 だからこそ、色々な思いを抱きながら、ニュースに今私は目を通しているのかもしれません。
 

 

Posted on 2016/03/15 Tue. 23:58 [edit]

category: 日常

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