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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

イタリアでのコンクール 本選を聴く(12月6日) 

 ひと月ほど前のこととなりましたが、あと一歩なので、イタリアのコンクールの続きを。

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 毎日前を通っていた教会。
 一度だけ、中をお掃除していた時に覗いてみましたが、素敵な内部でした。


 イタリア6日目は朝から夜まで劇場にほぼ籠っていました。
 朝9時半からコンクールの本選がスタート。
 9人が残りましたが、女性1人、男性8人という内訳。
 しかも、この女性は、夫婦参加で、旦那様も本選に進んだカップルでした。
 聴きながら、ピアノという楽器は男の楽器だな、と思うばかりでした。

 よく、師匠Dr.Sが私の肩を見ながら、
「みゆきだったら、女でも○○が弾ける」
みたいな言われ方をしていました。
 肉付きも良いですが、それ以前に、昔のとっても細い頃、小学生の間、水泳のバタフライで鍛え上げた強靭な肩を持つ私。
 今回聴いていて、ヨーロッパ人は背丈が私と変わらなかったり、細身でも、男の子たちは肩もしっかりとしているし、自然に出せる音があるな、と思いながら聴いていました。

 
 そして興味深かったのが選曲。
 今回は40分自由プログラム。
 本選に進んだ9人×40分=約6時間
 誰が何を弾く、というプログラムが無かったので、弾きださないと曲がわからない状態で聴いていたのですが、全9人聴いて、重なったのはただ1曲。 ラヴェルの『鏡』より『道化師の朝の歌』 5分程度でしょうか。
 あとは、全員違う曲でした。
 コンクールの本選の定番であるように思われる、リストのソナタ、ダンテソナタ、ラフマニノフのソナタ第2番、プロコフィエフのソナタ(3番のみ弾いた人がいましたが)、これらは誰も弾かなかったのに、です。

 改めて、ピアノ曲の豊富さを思うばかりでした。
 だからこそ、日本での様々なコンサート、有名曲だけのみんな同じようなプログラムをきっと演奏者の意思ではなく、主催者から求められていることに悲しくなるばかりです。

 
 
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劇場近くの中を見たかったのに、何度か空き時間に行ったものの、入れなかった教会。

 最初の3人を聴いた時点で、既に疲れます。
 折角のファツィオリの音を殺してしまっている人が多い。
 とにかく、力任せに叩く演奏も多くて、会場内の換気ができていないこともあり、私は偏頭痛と吐き気。
 休憩時間には5分でも外に出ながら、聴いていました。
 今の私には、こうしてピアノを一日中聴ける環境、というのはあまりにも豊かで恵まれすぎる時間なのです。
 そして、ちゃんと判断するには、全員を聴く必要がある。

 というところで、午前中4人目の途中、20分ほど経過した時だと思いますが、2階の審査員席で、ドスンという大きな音と、悲鳴。
 舞台にいたのは若いイタリア人コンペティターだったのですが、彼は演奏を続けましたが、係の人が2階の状況を把握して、演奏を止めました。

 その場に居合わせたイタリア語が分からないのは私だけだったのですが、どうやら、審査員の一人が倒れて、脈がないらしい。
 アンビュランスを呼びに行ったりして、午前中の審査は打ち切りに。
 驚くことに、20分ほどでアンビュランスが到着。

 私は自分が倒れたら困る、と思って、午後の審査開始といわれたところまで1時間半あったので、休憩、ランチで一度ホテルに戻りました。
 倒れたのは(審査員たちが下に降りて来たので消去法でわかった)、私と同じ年の男性審査員だったので、年だったから、というわけでもないので、その後は病院に運ばれたようですが、大事に至っていないと良いのですが。

 午後から審査再開。
 ここからは午前中の遅れを取り戻すために、5人半をほぼ休憩なし。

 凄く疲れましたが、至福の時でした。
 そして、結局は音楽とは何なのだろうか?と考えるばかりでした。
 これは試練なのか? 疲れる為に、具合が悪くなるために聴くのだろうか?と思わないわけでもありませんでしたが、今回は審査委員長は、そのような私とは正反対の演奏がお好みのようでした。
 そして、きっと世界中の多くのコンクールでもそのような達者で力任せな演奏が好まれているのではないか?と思わざる負えません。
 

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 結果がいつ出るかもわからず、本選終了からガラコンサートまでが2時間。
 よって、本選に出ていてなんとその前日には隣の国までコンサートをしに行って疲れ果てていた友達は、結果よりも食事、と言っていたので、彼と、コンクールで仲良くなった日本人の子と一緒に、泊まっていたホテルの横にあるレストランへ。
 ここが、リーズナブルでおいしかったです。
 このマスのホイル焼きが最高(これが、600円くらい)。
 クリスマスにこれを再現したつもりでしたが、オリーブを入れませんでしたし、オイルの量も違ったようです。
 リベンジです。

 地元のファミリーが多かったのですが、子供たちは東洋人が珍しいらしく、ジロジロと私たちは見られました。
 そして、イタリア人の7,8歳の男の子、写真をテーブルで撮る時の構えからして違って、こうしてイタリア男は作られるのだ、と勉強になりました。

 友達は夜9時からのガラコンで弾くかもしれない(全部聴いて、前日に審査員と話している私はなんとなく審査結果は見えていた)のに、レストランを出たのは9時過ぎ。 すっかりイタリア時間の私たち。 というよりも、どうせ9時に始まらない、と思われているイタリアも問題だと思いますが。

 会場に戻ったら、やはり友達は2位に入賞していました。
 他の部門も含め、結局ガラコンが始まったのは9時半頃。
 一番小さい5歳から始まり、結局1時間ほどだったと思います。
 イギリスでは夜の9時半始まりで子供も出る、ということはないと思うので、イタリア的時間の感覚に未だに慣れません。
 
 表彰も含め、終わったのは11時過ぎ。
 それからすぐに帰るわけでもなく、結局会場を出たのは12時近く。
 その後、まっすぐホテルに帰るわけもなく、夕食を共にした友達2人とパブに行って、2時半近くまで話し込んでいました。
 ですが、驚いたのは、ガラコンに出ていた7歳くらいの女の子が平気で夜中12時に食事をしていたこと。
 お母様が車を取りに行ったのか、彼女がカウンターのハイストールに座っていたのですが、私たち日本人2人は驚くほど、彼女の座り方がセクシー。
 文化が違いすぎるのです。
 遺伝子の違いでしょうか。

 部屋に戻って、とりあえず荷物を大まかにまとめて、3時に寝ても6時に目覚ましが鳴る前に起きる、ということは、この時は気が張っていたのだと思います。
 
 とにかく、色々と学ぶことが多いイタリアでの滞在でした。

 
 

Posted on 2016/01/08 Fri. 23:28 [edit]

category: イタリア

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