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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

北西イタリアでのコンクール 

 イタリアの方が寒かったので、ロンドンに帰ってきて、寒さが和らいだように感じて、助かっています。
 
 さて、今回のコンクール。 私は、年齢制限、という壁に当たっているので、制限なしだから受けに行ったようなものです。
 カラリオ(Caraglio)という街(いや、村?)で行われたコンクール。
 
 メインの2ラウンド(予選と本選)のコンクールと、30分一発勝負の、Artistセクションを受けてきました。
 せっかく行くのだから、2つ出ようかと。
 メインの方が期間が長くて(たった2ラウンドなのに)、やはり、もう一つも受けることにしておいて、正解でした。

 正直、コンクール1週間前に、出場者名が発表されて、コンクールを取りまくっている人とか、2年前に一緒に出ていたコンクールで1位を取っている人とか、あまりにもコンクールに強い人の名前を見かけて、行くかどうか迷いました。
 が、結果はともあれ、行って良かったと思っています。

 
151209-1


 こちらの黄色っぽい建物が、街の音楽学校。 アップライトのお部屋が4つと、玄関ホールにアップライトが1台。

 まずは、12月2日に召集され、くじ引きで弾く順番のアルファベットが決められ、Gが出てしまった為、私は5番、という早い番号。
 この日は、1人30分の舞台リハーサル。
 
 
151209-2


 小さめの劇場。
 凄く舞台傾斜がありました。
 今回このコンクールに出ようと思った一つの理由は、Fazioliを弾けること。
 どうやら、この劇場にあるわけではなく、お借りしてきたもののようです。
 ですが、ファツィオリのフルコンをしっかりと弾けるチャンスはそれほどないので、この30分のリハーサルは貴重でした。
 なれずに終わってしまいましたが。

 12月3日の午後からコンクールが開始。
 イタリアらしく(!!)20分遅れでした。

 この日は、自由曲20分ということで、

 モーツアルト: ピアノソナタ ハ長調 K.330
 シューベルト/リスト: ウィーンの夜会 第6番

 周りがうゎーっという大曲を弾いている中で、非常に地味でした。
 しかも、ウィーンの夜会、当日の練習中にどうしても弾けないところがあって、恐ろしいことに、当日指使い(もっといえば、左右の取り方)を変更するという事態。 
 これは、やって結果的には良かったです。
 
 自分では、モーツアルトとリストの音の違いも感じ、昨年の失敗続きのコンクールでは考えられないほど落ち着いていたのですが、翌日の昼に結果が出て、残念ながら、予選突破はせず。
 予選は数人を聴きましたが、ぶっ叩いた演奏、とにかく、フレーズ感とかがなくても、わーっと弾き切った人の方が通っていた印象です。

 後日、審査員と話す機会がありましたが(お1人は、後でメールで送って下さるそうで、まだ待っています)、モーツアルトに関しては、もっと拍を刻んで、16分音符はすべて同じに、という意見もあれば、もっとファンタジー豊かに。 揺らして。 という意見もあり、色々だな、と思うばかりでした。

 ちなみに、今回の審査員は5人いましたが、審査委員長は私より一つ年上。 
 一人は同じ年。
 あと3人は年下。 しかも、1人は大半のコンペティターよりも年下の23歳。
 23歳はやはり若すぎる、というのが、意見を伺った上でも、他に仲良くなった人たちと話した中でも感じたこと。
 全員、大きな国際コンクールでの第1位、または上位入賞、というのがウリです。

 
 そして、12月4日の午後にArtist部門の招集があり、こちらは、くじ引きでOが出たから、私は最後から2番目。
 翌日の午前中になりました。
 この日弾くかも、と思って、結構ドキドキしていたので、複雑でしたが。

 こちらのプログラムは30分の自由曲。

 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第8番 変ホ短調
 フィリップ・マーティン: The Rainbow comes and goes(1987年ダブリン国際コンクール新曲課題)
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 本当は昨年のコンクールで大崩壊、今年2月にフェスティヴァルで崩壊したバッハは弾かない予定でしたが、3週間前のフェスティヴァルでうまく行ったため、ギリギリで曲目変更しました。

 結果から言うと、微妙な感覚の2位。 
 今までの私だったら、喜んでいたと思います。
 この部門は点数制なので、2位も一人ではないわけです。

 全体的に完全燃焼し、昨年のコンクールが嘘のように、今回は落ち着いていました。
 バッハも、今までで一番良いくらい? とにかく、ファツィオリの響きを存分に堪能しました。
 ショパンも、コーダに入る前、1月に訪れた、パリのヴァンドーム広場が目の前に広がって、今までとはまた違う感覚を持ちました。

 自分の演奏が終わった後、最後の人の演奏を聴きながら、今まで流してきた悔し涙(これは、結果ではなく、自分が思うように弾けなかった、という悔し涙)とは違う涙があふれるばかり。
 今、やっと自分を出すことができて、あとせめて10歳若ければ、という感情。
 ピアノは年をとっても弾き続けられる楽器ですが、コンクールは違います。
 コンクール主義では私はありません。 が、コンクールを取らないと、コンサートにまず最初に声をかけて頂くのが難しい。 何度もあってきた壁。
 でも、自分の演奏が、決してコンクール向きではないこともわかっています。
 
 審査員とお話しした際、バッハは全ての審査員からお褒め頂き、こんなことは前代未聞です。
 ただ、ショパンが割れに割れました。
 
 今までよりも成長したな、と思ったのが、テクニック的なことや、オープンしなさい、ということではなくて、言われたことのほとんどが、解釈の違いであったこと。
 ただ、解釈の違い、というのは本当に厄介で・・・
 解釈の違い、が問題にならない人がやはり上位に来ました。

 お1人は、「ピアニストとして自分の世界をきちんと持ってそれを描いているから、僕と違う解釈のところもあったけれど、それは説得力もあるし、ここでは言わないから」 とおっしゃって下さり、少し救われました。
 この方は、帰ってきてから演奏をYoutubeで聴いた中でも一番好きで、音色の種類がある方でした。
 だからかもしれません。
 とっても意外だったのは、「ドビュッシーを聴いてみたかった。 これだけの音色と響きの種類を持っていれば、ドビュッシーが得意でしょ?」と言われたこと。
 とんでもありません。 聴くのは好きですが、自分から一番遠くに感じる作曲家。
 でも、単純なところもあるので、Suggestして下さった、「版画」をやってみようか、と家に帰ってくるなり、楽譜を広げていました。
 もしかしたら、来年以降、ドビュッシーが私のレパートリーに入ってくるかもしれません!

 1人は点数が見えてしまって、決して良い点数ではなかったので、どなたかが、結構高い点数を入れて下さったのだと思います。
 審査委員長とは本当にあいませんでした。


 
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 練習室の一つ。
 このピアノは結構音がきつい。


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 ここは玄関ホールのピアノ。
 待合室でもあるので、非常に落ち着きません。
 が、最初は皆嫌がっても(私も含め)最後は背に腹はかえられぬ、で練習しまくり。

 
 今回思ったことは、自分の首が30メートルくらい伸びて、ホールに響く音を客席側から聴いてみたかった。
 ファツィオリを自分で弾く音をもっと聴いてみたかった、と思いました。
 結果は微妙ですが(それでも、5月以降、コンクール、フェスティヴァルでなんだかんだ毎回賞を頂いたので、昨年からしたら飛躍です)、2015年締めくくりの演奏としては、良かったのかな、と思います。
 
 そして、私の演奏をわかってくれた、一人のイタリア人の女の子との出会い。
 これについては、また後日。
 

Posted on 2015/12/09 Wed. 23:30 [edit]

category: 自分のコンサート

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