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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

ガッリポリでのコンクール (5月12日) 

 こちらも、英語の要項がないまま、申し込んだコンクール。
 一つ目のコンクールと同じ州、とっても近い日程、ということで、折角なので申し込みました。
 要項の写真の素敵な劇場に惹かれた、ともいえましょう。
 イタリアには多いですが、イギリスには、ほとんどありませんし、ピアノのソロであのような劇場を使えることも皆無に等しい。

150512-1


 モンサンミッシェルのような感じで(意味合いは全く違いますが、橋でつながっている島という意味で)メインランドから離れている旧市街にある、劇場。
 この細い道の右側にあるものが劇場なのですが、知らなければ見過ごしてしまいそうでした。


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 他の方のリハ中写真ですが。
 
 オペラハウスの小さい版にいるようで、嬉しくなります。
 ピアノはヤマハのC5か7かどちらだったか?

 それで舞台はこの大きさですから、バレエにもオペラにも使用は不可なのでは?

 劇場に練習用ピアノは無し。 よって、ホテルにお願いして、ダイニングにあったピアノで45分ほど練習させて頂きました。
 
 自分の番がいつなのか、全くわからず、ずっと緊張状態を保っていました。
 サマーコースの際、最後のコンサート以外は、自分の名前がいつ呼ばれるかわからない状態で待機なのですが、あのとんでもないことがここでとっても役立ちました。

 ここでは25分のプログラム。
 会場の写真をみて、どうしてもショパンが弾きたい。
 そして、この街の写真をみて、モーツアルトが弾きたい気分だったので、この3日前とは全く違うプログラムを組みました(←練習場所が無かったことを考えると、バカです)

 プログラムは
 モーツアルト: ピアノソナタ ハ長調 K.330
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 3日前のコンクールで一緒になった子が一人ここにも受けに来ていました。

 
 この広い会場で、審査員は一番前。
 主催者、もう一人偉そうな先生はピアノの方でしたが、他は、ヴァイオリンだったりいろいろ。
 
 私は人の演奏を中で聴くと緊張するので、外で待っていたのですが(音はずいぶん漏れてきます)、つまらない演奏だと、審査員は結構席を立ってしまっていたので、とりあえず、審査員を立たせない演奏をする、というのが一つの目標になりました。

 最後の方の演奏だったのですが、多分コンクールでモーツアルトのソナタを弾くのは初めて。 このソナタ、ここしばらく弾いていなかった。 ということで、結構緊張していました。
 
 が、25分のプログラムで、特別モーツアルトが自信があるわけでもないのに、このプログラムを弾く、というのは、危険。
 どれだけ、順位狙いでないプログラムであったことか・・・ ピアノで古典を弾いたのは、私だけだったと思います。
 
 舞台に乗ったら緊張も消え、第1楽章では出したい音も不思議なほど出て、調子よく進んでいました。
 が、第3楽章の最後の1ページを残して、ストップをかけられる。
 他の方は多分なかったことなので、動揺。
 すぐにショパンに移るように言われました。

 モーツアルトとは全く違う音が出始めたショパン。
 これも、ここの美しい海をみた後では、マヨルカには行ったことがないけれど、きっとこんなかな、なんて思いながら、私にとってジョルジュ・サンドとショパンの甘いささやきが始まる中間部の和音ムーブメントを弾いていたら、今までにない音が出て、これからどんな世界が待っているのだ?とゾクゾクし始めたところで、なんとストップさせられました・・・
 ”Perfetto”と何人かの審査員がおっしゃって、きっと、英語のPerfectと同じ語源かな?と思ったものの、似ている言葉かもしれないし、途中で止められるなんて、駄目だった証拠。
 自分では非常に珍しく納得がいきつつある演奏だっただけに、ショック。
 一昨年日本で受けたコンクールで、いつになく弾けてる、と思っていたのに、結果は下から数えた方がずっと早い、というのを思い出しました。 

 
 結果発表も、名前を呼ばれないことになれている為、セカンド・プレミオまでに呼ばれなかったから、がっかり。
 が、一番最後で、プリモ・プレミオの後に自分の名前が聞こえた時には、耳を疑いました。
 2日後のファイナルコンサートでショパンを、と言われ、賞状もその時に、と言われ。
 
 結果発表から1時間半後の列車に乗って、200km以上移動して、夜のフライトに乗る予定だったので、ここで、これからどうするか嬉しい反面、困ったことになったぞ、というのが、一番最初に出てきた感情でした。
 
 審査員の方々はほとんど英語を話せなかったのですが、私がわかる範囲のイタリア語の褒め言葉を頂き、驚くばかりでした。

150512-2

 
 天井の絵

 今回、身内だらけの中、点数が割れやすい私なのに結果が出たのは、これが、ピアノコンクールではなくて、音楽コンクールであったからだと思います。
 ピアノだけの審査員ではないので、評価が分かれやすいショパンも、「こう弾かねばならぬ」というのがピアノ以外の審査員には無かった。
 だから、あくまでも、そこに出てくる音楽だけでの評価をして下さったようです。
 もっとも、ピアニストでもある主催者は、評価して下さっていましたが。

 弟子をコンクール入賞させることで有名な某教授のレッスンでこの幻想ポロネーズを弾いた時には、それこそ、一小節毎に、直されました。
 でも、その人工的な音楽には私は納得ができなくて、全く従っていません。
 コンクールに入賞するには、審査員がよほど柔軟な耳をもっていない限り、教科書通り、つつきようのない演奏をする必要がある。
 でも、私はそれを拒否しています。
 師匠がおっしゃる、「コンクールは好きにしなさい。 でも、誰に何といわれても、みゆきの音楽だけは守ってほしい」、という言葉は一瞬も忘れません。

 自分の演奏をして評価を頂けた時、それが本当の評価だと思っているので。
 それに、コンクール用と自分用の演奏をしわけるなんて器用さは持っておりません。
 それなのにコンクールを受け続けているのは、紙の上での経歴が無い限り、小さなものでも演奏機会を頂けない。
 音源も聴いて頂けない、ということが何度もあるからです。
 そして、自分自身への鞭でもある。

 グランドピアノも所有したことがなくて、日々の練習は、電子ピアノ。 そして30半ばでの、初めての第1位。 
 とっても小さなコンクールです。
 それでも、この世界でとてつもなく遅いスタートだった私には、嬉しいことでした。
 

Posted on 2015/05/18 Mon. 11:02 [edit]

category: 自分のコンサート

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