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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

ロンドン、ハイドパークの北側でのコンサート (4月23日) 

昨年の4月と同じような日程でコンサートをしている今年(昨年は、4月9日にケンブリッジ、今年は同じ日にオックスフォード。 昨年は4月24日に北の海岸沿い、今年はその前日にロンドン)。

 2月にコンサートをさせて頂いた、ロンドンのハイドパークの北側にある、St James教会でのコンサート。
 ここのコンサートは、今までに数十か所で弾かせて頂いていると思いますが、一番日本のような感じで演奏者任せの教会です。

 響きすぎる音響の教会。
 ピアノは、ボストン(私はとても苦手)。

150423-1


 プログラムは

 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第8番 嬰ホ短調
 リスト: 『詩的で宗教的な調べ』より、『愛の賛歌』
 チャイコフスキー: 『四季』より、1月:炉辺にて 6月: 舟歌
 チャイコフスキー: ノクターン 作品19-4
 ショパン: エチュード 作品25-12 
 ラフマニノフ: エチュード『音の絵』より作品39-3
 ヴラディゲーロフ: うた
 ショパン: ノクターン 作品62-1
 リスト: メフィストワルツ 第1番

 1時間のコンサート、小品が多かったので、曲数が多いです。
 
 今回は、オペラハウスのお友達がいらして下さることがわかっていたので、あえて、バレエで使われているピアノ曲を含めることに。
 10曲中6曲が、近年、ロイヤルオペラハウス、もしくはロンドンで上演されたバレエの公演で使用されていた曲。

 バッハの平均律は、2008年だったと思いますが、クリストファー・ウィールドンの『エレクトリック・カウンターポイント』という男女各2名のダンサーによって踊られる作品で使われていました。
 『愛の賛歌』は、つい先月、サドラーズ・ウェルズでのガラで、リアム・スカーレットが振付けた作品を、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーが踊った曲。
 
 チャイコフスキーの3曲は、お馴染み、『オネーギン』。 全て第1幕から、『四季』の2曲がレンスキーのヴァリアシオン、そして彼とオルガのパ・ドゥ・ドゥ。 ノクターンは、オネーギンのソロ。

 メフィストワルツはオーストリア=ハンガリー帝国のヨーゼフとエリザベート皇后の息子、ルドルフを主役にした作品、『マイヤーリング(うたかたの恋)』の第2幕、ルドルフが訪れる、娼婦がたくさんいる居酒屋でルドルフの高級娼婦である、ミッツィー・カスパーを中心にして踊る曲。

 さすが、バレエファンのお友達、終演後、「オネーギンとマイヤーリングを弾いてくれてありがとう!」とバレエの演目名でいわれました。
 バッハについては、最後に上演したのが、6年ほど前だと思う『エレクトリック・カウンターポイント』、皆さん作品自体を覚えていらっしゃいませんでした。

 この教会の音響を考えると、ゆっくり目のものがあうので申し訳なかったのですが、今回は、諸事情により、ショパンとラフマニノフのエチュードを加えました。


150423-2



 ただ、私の演奏は非常に酷く、これほどまでに集中できなかった演奏は、イギリスでは初めて。
 途中で投げ出しそうになるほどの葛藤。
 良い部分がなかったわけではありませんが、いつものようにイマジネーションは浮かんでこないし、変なミスも多い。
 一番恐ろしいのが、いつもなら、頭の中心には絵があっても、片隅には楽譜があって、そのページをめくっているのに、この楽譜が全く見えなかったこと。
 集中してないが故です。
 良く弾けなかったことをこうして公の場に書くこと、良くない、というご意見もあるかもしれません。 でも私は自分に素直でいたいので。 良いことは良い。 悪いことは悪い。 (だからこそ、落ちたコンクールも公に書いているのです)


 良い演奏ができた時の疲労は、心地よいものですが、できなかった時の疲労は半端ない。
 昨年の3月、セルビアのコンクールで大失敗をして、翌日は夕方まで起き上がれなかった時のような感じです。

  今回、記録によると実に5年振りくらいで、チャイコフスキーの『四季』を弾いたようです。
 そんなに経っているつもりはなく、どうして、解凍に時間がかかるのだろうか?と思っていました。
 評価されない(コンクールでは審査対象になんて入らない)チャイコフスキーの小品。 コンクールに戻ってから、ほとんど弾いていません。 
 しかし、今回久々に本番にかけてみて、単純だから、小学生でも弾ける曲だからこその難しさ。
 特に『炉辺にて』で何度も繰り返される同じメロディー。 バレエなら、視覚があるから、気にならないのに、ピアノソロだと、表情を変えていかないととってもつまらない音楽になってしまう。
 これが、ピアニストがチャイコフスキーを馬鹿にする理由の一つ。
 でも、こうして弾いてみると、メフィストよりも、『四季』の方が、難しかった。
 
 今夜は、作業をしながら、久々にチャイコフスキーの小品をかけていましたが、多くの録音が、古き良き時代のソ連時代のピアニストたちの物。 今のピアニストにはないもの、コンクールでは聴くことができない繊細な演奏。 単純なメロディーから生まれてくるものが、あまりにも美しく、私の師匠の演奏を思い出し、私が受けてきた教育そのものだ、と思えました。

 私だからのプロジェクトを考え中。 私だけの力ではできないものだから、そういう方面にお願いをしていますが、どうなるでしょう?
 今年は、少しずつ、再びチャイコフスキーの小品を弾いていきたいな、と思いました。

 いらして下さった方、ありがとうございました。

Posted on 2015/04/24 Fri. 23:05 [edit]

category: 自分のコンサート

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