06 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

やっと本番 

 あっという間に年が明けてから1か月。
 
 既に20年以上前のことになるのに、2月1日、といえば毎年思い出すのが中学受験。
 あの時、もし2月1日の第一志望校に合格して、進学した2月2日校に行っていなかったら、今の私は99%いないはず。
 ピアノを弾く人生は無かったと思います。
 
  珍しく本番のない1月を過ごし、12月の悪夢のコンクール以来、最初の本番は、昨日。
 コンサート開始は5日ですが、昨日は、久々に、イギリスのフェスティヴァルに参加してきました。 
 フェスティヴァル、とは、様々な意味がありますが、ここでいうのは、イギリスならではの、ミニコンクールのようなもの。
 でも、日本ほどギスギスは全くしていないと思います。
 審査員も一人で行うのがほとんど。 よって、審査員の好みによりけり、といえましょう。

 生徒はフェスティヴァルに参加していますが、私自身は、カーディフ時代に一度、そして数年前にロンドンで一度受けただけ。 
 今回、生徒のフェスティヴァルを探していて、私も受けられるカテゴリーがぎりぎりあったので、受けてみることに。
 普段、教会の響き、そしてポンコツピアノでの本番ばかりで、コンクールで海外に行って、ホールの響き、良いピアノでの演奏に慣れていないので、今回の会場は興味があった為に、申し込んだともいえます。

 オックスフォードのあるカレッジのホールで行われたフェスティヴァル。
 審査員も、私は全く面識がないものの、過去に私の母校のピアノ科主任を務めていらした方でもあるので、興味がありました。

 珍しく、私が受けたカテゴリーは、30分のリサイタルプログラムを弾ける、というもの。
 思っていたよりも狭いホールでしたが、久々のスタインウェイのフルコンで、高さのある舞台、という日本だったら小学生だって、幼稚園の子供たちだって当たり前に弾けるような舞台ですが、イギリスでは、非常に貴重。
 実際には、日本のいわゆる、小ホールよりも狭い会場です。

 プログラム内容も審査される、ということでしたので、それを考慮してプログラムを組んであったのですが、12月末になって、入れてあったスクリャービンの幻想曲が、左手の負担が重すぎて、痛みを伴ってしまった為に、諦め。 これと、モーツアルトの幻想曲とショパンの幻想ポロネーズでプログラムを組んであったので、スクリャービンを変更すると、他も変更する必要がでてきて、結局は、ショパンだけ残して、12月のコンクールで大破壊してしまったバッハの平均律をリベンジすることに。
 そして、バランスを考えて、12月のコンクールの為に譜読みした、カーディフ時代にお世話になったこともあるフィリップ・マーティン先生の1987年にダブリン国際コンクールの課題曲として作曲された、曲を弾くことに。
 が、昨日の本番1時間前に、フィリップの曲が暗譜がとびまくる、というとんでもない状態になってしまい、これはまずい、と思い、要項には曲変更は当日も可、と記載されていた為、そして楽譜原本提出があったので、ある事情から手元に楽譜があった、グリンカ/バラキレフのひばりを演奏。
 ひばりは、前回弾いたのがいつなのか思い出せませんが、一度弾いて暗譜が残っていたので、残り1時間で弾き込みをして、舞台に上げる、という状態。 ただ、基本的に、自分の中で、元に戻る時間、というのはわかっているので、こういうこともできるのです。

 悔しいことに、バッハの平均律はフーガの3ページ目で暗譜が怪しくなり、つなげましたが、悔いの残るものに。
 ただ、12月のひどさを考えると、とりあえず、舞台に戻すことができて、一安心、という感じもします。

 ショパンは、コンサートでは一度も変なことはしたことがないのに、5月のローマ郊外でのコンクールに続いて、中間部での左手暗譜落ち。 前回とは違う場所で、今まで一度もあんなことはしたことがないので、舞台の魔物にやられました。

 ただ、9月のコンクールの時にも言われ、今までのコンクールで私自身が感じていた、自分を出せない、というのは今回はずいぶんクリアしたかな、と。 あのミスが痛い。
 講評では、結局のところミスに関しては言及されませんでしたし、審査員の求めていること、といういくつかのお話はほとんど納得ができることでしたが、結果はついてきませんでした。
 私がきちんと理解していなかったのですが、講評後、すぐに3人の名前が発表され、その3人が再びプログラムを弾いて、最終順位がでる、というものだったようです。
 
 「若い人に舞台経験を与える為に、」とおっしゃっていましたし、現に選ばれた3人は、全員ロンドンのギルドホール音楽院の学部3年生。
 ようは、私は年齢制限に入っていても、ずば抜けて年寄だった、というわけです。

 大学、院を卒業したら、コンクールやフェスティヴァルを受ける人は本当に少数派。
 ピアノのように早熟が求められる世界で、30過ぎてコンクールを受けているのは問題、と私自身も思います。
 小学生でショパンのエチュードだの、バッハの平均律をやっていて、その20年後にまだコンクールというのは、反対に問題がありすぎる。
 だから、私のようなこの世界ではありえない経歴の人間は、困るのです。
 外へ出ていけば、「なにこのおばさんやってんだ?」という見方になってしまうから。
 でも、自分が非常に少数派、ということはわかっているので、あくまでもずいぶん割り切ってコンクールを受けられるようになりました。
 
 今回も思いますが、学生の方が、普段から厳しい耳に演奏をさらされ、学校のホールなど、条件も良いところで演奏をしています。
 教えが中心になっている私にとって、そして定期的にレッスンを受けていない状態でのコンクール参加は無理があるのかもしれません。
 でも、スタートが遅い分、コンサートでの優しい方々に甘えることなく、コンクールという審査される場での演奏は私には必要なもの、とコンクールから5年間離れていたからこそ、思います。

 昨日は私の生徒も参加していた為(これについては、おめでとう! また全てが終わった後に)、朝4時前に起きてとりあえず練習し、7時出発でコーチでオックスフォードへ行き、生徒の本番を聴いて、お昼前に自分の審査があって、そのまま生徒の来週の為のレッスンをして、結果をきく、ということをやったら、さすがに、ぐったり。
 帰りのコーチは、ぐっすり寝ていました。

 オックスフォードの素敵なカレッジの中(建物の中ではありませんが、敷地内)に入れたことは素敵なことでした。
 これを子供の頃から知っていたら、お勉強を頑張って、オックスブリッジを目指したのですけれどね。
 
 
 一つ、全体的な講評の中で審査員がおっしゃったことで、肝に銘じたいな、と思うのは、
「練習中は、思う存分にSelf criticalになりなさい。 でも、舞台の上では絶対にやってはいけない」
 というもの。
 私はこれをコンクールになるとやっているのです。
 意識はしていないけれど、審査員に別に私に向けての言葉ではなく言われて、ドキッとしました。
 そして、それに気が付きました。
 
 情けないですが目標は、状態の良いホール、ピアノでも教会のポンコツピアノと同じように演奏できるようになること。
 普通は、教会のポンコツピアノだと演奏できない人が多いのですが、私の場合は悲しいかな、ああいうピアノをコントロールできてしまうのです。

 今回も、音だけは非常に評価されていましたが、これは、全く自分ではわからずにやっていることですし、コンクールでの結果にはプラスにならない部分。 でも、コンサートでは、全く音楽をなさらないという方々からも、何度も聴いていて心地よい音だった、とおっしゃって頂くことが多いので、これはこれで保とうと思います。

 安定のある演奏を目指して、老体にムチ打って若い方々ともう少し同じ舞台に立たせて頂こう、と思っています。

 
 
 

 

Posted on 2015/02/02 Mon. 12:25 [edit]

category: 自分のコンサート

TB: 0    CM: 0

02

Comments

Comment
list

Post a comment

Secret

Comment
form

Trackbacks

TrackbacksURL
→http://miyukikato.blog.fc2.com/tb.php/2352-26102476
Use trackback on this entry.

Trackback
list