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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

再会 

 カーディフに住んでいた頃から、私がロンドンで馴染みがあったのは、テムズ川の北側。
 私の師匠は北ロンドンに住んでいらっしゃいますので、先生のレッスンへ伺う時には、北へしかいかないのです。

 テムズ川の南、というのは、川沿いのサウスバンクセンター(ロイヤル・フェスティヴァル・ホールとか)は良いのですが、川が見えなくなると、外国へ来たような感覚。
 
 今夜は、川を越えて、ウォータールー駅から近いところにある、The Warehouseというスタジオ、というか、名前の通りというか、そういう空間にて現代音楽のコンサート鑑賞。

 現代音楽、といっても、シェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』と1995年に書かれた曲によるもの。
 シェーンベルクの方は、既に100年経っているわけでして・・・

 私が現代音楽系のコンサートへ行くことは非常に珍しい。
 その理由とは、もちろん、苦手克服をしたい、という思いもありましたが、会いたい人が小編成グループによるこれらの演奏の指揮をしたから。 Facebookで一斉へのお知らせをもらって、今夜は他の会合もあった為迷ったのですが、良い機会なのでこちらへ行くことに。
 もしかしたら、この指揮者以外に会えるかもしれない人がいる、と思ったので。

 指揮をしたのは、私が一番最初に高校生の時に渡英して1年間お世話になったホストファミリーの次男。
 兄弟仲が良いご家庭ですし、ホストマザー、長女、次女、皆さん聴きにいらしていて、長男以外に久々に会うことができました。
 ホストマザーと次女、次男は4,5年前にオペラハウスの入り口でばったりと顔を合わせましたが、あの時は開演ギリギリ、私はメイン劇場、彼らは地下劇場ということで、大してお話もできませんでした。
 あのお宅に泊まりに行かせて頂いたのは既に9年半前の話なので、ゆっくりと話すのは本当に久々。
 
 私は、もしかしたらお会いできるかも、と思って行っていますが、彼らは私が来ることは全くご存じなかったわけなので、非常に驚いていらっしゃいました。
 
 1年間、ホストファミリーの元で生活をするということ、良い思い出だけではありません。
 年齢的にも、状況的にも色々とおありになったし、出ていきたい、と思ったことも一度や二度ではありません。
 でも、こうして何年も経って会って、みんな大人になってまた違う感情で会うことができてよかったな、と思います。
 
 彼らもロンドンとか近郊にいるのに、アレンジして会うこともなく、私も気になりつつも、イギリスにいて近くにいるからいつでも会える、と思うと連絡もしないものです。
 長女には、「みゆきが家に滞在してからもう17年。 私の半生あなたを知っていることになるのよ」
 と、彼女自身がその年月を覚えていてくれたことに感激でした。 
 あの頃、語っていた夢を彼女は実現。 私は、あの時に語った夢とは違う道に進みましたが、彼女とたまに話したいろいろなことが蘇ってきました。
 
 滞在中、月に一度、1週間単位で、ホストマザーのお母様がいらしていたのですが、彼女はとってもお料理とBakingがお得意で、学校から帰る私たちにあわせて、毎日スコーンとか、イギリスの焼き菓子を焼いてくれて待っていて下さり、私は下手な英語でおばあちゃまとたくさんおしゃべりをしたものです。
 時にはBakingを一緒にしてあの時代に多くのイギリス家庭のお菓子の作り方を覚えました。
 
 日本のことなんて何にもご存じでなかったおばあちゃま。 初めてお会いした時は、私が渡英してから1か月ほどの時でしたが、「あなたは、1か月で、もうちゃんとナイフとフォークを使えるようになったのね」 とおっしゃったほど、日本人はお箸しか使わない、と思っていらした方です。 サンドウィッチを食べられることにも驚かれました。
 でも、私との出会いで、テレビで日本のことを放送すると欠かさずご覧になって、次に彼女が泊まりにいらした時には、色々と質問されました。
 
 おばあちゃまは、数年前に、ホストマザーとそれこそサプライズで私のコンサートにいらして下さったことがありましたが、それっきり。
 今回はいらしていなかったものの、お元気だ、と伺ったので、会いに行きたいと思います。
 私が最後まであのホストファミリーの元で頑張れたのは、あの素敵なおばあちゃまのおかげです。

 コンサートって元々は社交場だったわけですし、今回それを非常に実感しました。 
 もちろん、演奏を楽しんだものの、でも、こうして会いたい人に会える場所でもある。

 色々なことを思い出して、あの時に今の英語力があったら良かったな、と思うばかり。
 
 当時滞在していた家は、代々伝わるファミリーハウスだったから、いつでも行ける、と思っていましたが、既に他の方の持ち物に。 当時はわからなかった、あの貴重な場所。
 
 何よりも、結局のところ、私と師匠を出会わせてくれたのは、ホストマザー。
 今日指揮した次男が、元々師匠にピアノを習っていたことにより私は師匠と出会うことができたのです。
 ホストマザーは、私がまだ師匠とつながっていて、しかも、師匠がまだ教えていることに驚いていらっしゃいましたが。 
 彼女も師匠の年齢をまさか当時40代だと思っていらっしゃらなかったようですし、もう教えられる年齢ではない、と思っていらしたようで。 師匠の年齢については多くの人が同じことを考えています。

 

 
 

Posted on 2014/11/21 Fri. 23:24 [edit]

category: 日常

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