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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

コンクール ファイナル (9月14日) 

 ブルガリアの続きです。
 
 久々に本選へ進み、いつもはぼーっとしている私もさすがに緊張したのか、ほとんど眠れない夜を過ごしました。
 小さな電気ポットをいつも持参している為(イギリスだと、冷蔵庫がホテルになくても、電気ポットはほぼ必ず用意されていますが、他の国はその反対)、ハーブティーを淹れたり、色々としておりました。
 
 本選で弾く、ベートーヴェンのソナタ第32番、この曲は私は第2楽章の方が得意なのに、第1楽章のみをプログラムに入れてあったため(時間とルールの関係上)、より緊張していたようでした。
 大好きな曲なのに、その曲の世界観を出せるかどうか、毎度のこと緊張なのですが、第1楽章のみを弾く方が私にとっては鬼門。
 しかも、この曲を最後にコンクールで弾いたのは、11年前。 
 あの時は、師匠の目の前で、大崩壊したのです。 ひたすら、その悪夢がよみがえるばかりでした。
 数年この曲に触らないこともありましたが、昨年、コンクールに戻ってきた時、再びきちんとこの曲に向き合いましたが、これまでは、第1次予選の次には進めなくていたので、この曲を弾くチャンスはありませんでした。

 

140914-1


 ホールの入り口はこんな感じ。
 この入口からは、中の装飾が想像できませんでした。
 
 
140919-1


ホールを後ろから。

 本番がお昼前だった為、朝からリハーサルで、前日の練習場所に再び戻ってしばし練習。
 
 本選は、
 ショパン: ノクターン 作品62-1
 ベートーヴェン: ソナタ 第32番 第1楽章
 
 時間とルールで不思議なプログラムでした。
 
 ノクターンはまだしも、ベートーヴェンで崩壊はしていないものの、ちょこちょこミスがあり、音楽的にも、やりたいことをできずに再び悔いの残る終了。

 結果を待つ間、他の部門に生徒さんの付き添いでいらしていた、アゼルバイジャンのバクー音楽院のピアノの先生や、トルコのイスタンブール大学からのピアノ伴奏でいらしていた先生方が声をかけて下さり、しばしおしゃべり。
 特にバクー音楽院の先生は、私がイギリスから(日本の国籍は使われず、私の国名はイギリス、となっていた)なのに、ロシアのピアニズムであることに疑問をお持ちになったようでした。
   
 これは、うれしい。
 私が初期の部分からずっとロシア人の先生についているから、ということをお話したら、納得されていました。
 国籍は日本人だけれど、ピアノはロシアなのです、私は。

 ここで一つ賢くなったことは、トルコ語とロシア語はお互いの言葉で意思疎通ができる、ということ。
 ブルガリア人主催者、関係者の方々と、トルコ人とかアゼルバイジャン人は、英語ではない言葉で会話をしていらっしゃいました。
 ロシア語とブルガリア語が似ている、というのはわかります。
まさか、トルコ語も、とは思っていませんでした。
 
 マンチェスター時代にはトルコ人の友達も数人いたのですが、ロシア語母国の人たちとトルコ人も英語で話していたので、似ているとは知らなかったのです。
 
 こうなると、ヨーロッパの人たちが、日本人、韓国人、中国人が英語でしかコミュニケーションをとれないことを不思議に思うのがわかります。
 よく、東洋人が集まって話していると、ヨーロッパ人は、どうして、自分たちの言葉で会話しないのか?と聞いてきました。
 私たちは、できないのが当たり前。
 でも、ヨーロッパの言葉は本当につながっているのだな、と改めて実感しました。
 そうなると、英語は共通の言語がなくて、ある意味で疎外感があります。
 英語とフランス語、英語とロシア語、英語とイタリア語、似ていません。
 


 
140914-2



 その場で結果発表が行われることもなく、夕方の入賞者ガラコンサートのプログラムだけ発表。
 私は含まれていなかったので、そういう結果なのかと。
 審査員の先生でおひとり英語が話せたのでお話させていただいて、何がという問題はない。 でも、あなたは、自分の持っているものを殻にこもって出せなかった、という私自身もわかっていた、納得できすぎる感想を頂きました。

 ガラコンサートは私が受けた部門よりも前の日にちに行われていた子供たちの部門も聴きたかったので、聴きにいきました。
 とにかく、言葉がわからないのですが、先に授賞式。
 私がぼーっと座っているのがみえたのでしょう。
 それまでにお声をかけて下さっていたイスタンブールの先生が私のところに来て、
 「名前を呼ばれたらすぐに出られるようにしておきなさい」
私、?????
 そのうち、名前が呼ばれ、3位を頂きました。
 部門が多いため、ガラコンは、1、2位だったようです。

  ガラコンの子供の部は、ブルガリア人がほとんどでしたが、きちんと勉強しているな、という感想。
 日本みたいに背伸びもしすぎないで、その年齢でしか弾けないようなものをきちんと弾いている。
 基礎がしっかりあって、これからの伸びしろはたくさん。
 双子の男の子たちの連弾は圧巻でした。
 
 トルコ人の大学生がエルガーのチェロ協奏曲の第1楽章を弾いたのですが、マンチェスター時代に、数人の伴奏をしたこの曲。 当時を思い出し、イギリスの景色が目に浮かび、郷愁に浸りました。
 ですが、イギリスとはフレーズ感、ニュアンスが違って、新鮮というか驚きでした。
 終わった後、彼女から演奏の感想を聞かれたのですが、やはり、このイギリスのグレーの空体験をしたら違うのかも、と答えましたが、彼女の演奏は青空。 この物悲しいイギリスの空がエルガーのチェロ協奏曲そのもの。
 
 とにかく、小さな小さなコンクールでしたが、久々に賞を頂けたのはうれしい限りです。
 問題点はわかっています。
 それをどのように克服していくのか。
 コンサートみたいにコンクールでも演奏できたらよいのに、と情けなくなるばかりです。

Posted on 2014/10/24 Fri. 23:08 [edit]

category: ブルガリア

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