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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

理屈ではない 

 今日は、久々に昼間に大雨。
 イギリスはおかしいくらい、暑い日が続いています。
 といっても、30度には届いていないことの方が多そうなので、日本だったら、涼しい、感覚になるかもしれませんが。
 
 昨日も、教えでセントラルロンドンへ行った際、私が一番好きな本屋さんへ寄り道していたのですが、地下1階、地上2階の本屋さん、暑くて、家庭用扇風機が2,3台置かれていましたが、全く意味を成していませんでした。
 地図、旅行書だけを扱っているこの本屋さん、イギリスの自然のプール(海?)という本に惹かれ、手に取ってみたものの、ロンドンからは少々遠い。
 まあ、一番近い天然プールは、某公園の池ですが、写真で見るからに、あまりきれいではなくて、さすがの私も躊躇してしまいます。
 行ってみたいところはたくさんです。

 クロアチア記の途中ですが、久々に音楽のことを。
 
 音楽って、理屈ではないのだな、と改めて感じたことが一昨日ありました。
  
 先日、アメリカのジャクソンで金賞を受賞した、加瀬栞ちゃんが主演の、イングリッシュ・ナショナル・バレエの『コッペリア』の初日のお話。
 コリセウムの天井桟敷。  イングリッシュ・ナショナル・バレエのオケはとっても音が大きい(もしくは、響きの問題?)のですが、久々の『コッペリア』、序曲冒頭の、フレンチホルンのファ♯の音から始まり、田園風景を思い起こさせる、平和なメロディー。 レラーシド♯シド♯ラーミソーの弦のメロディーが始まって、あまりの平和さ、美しさに泣けてきたほど。
 
 音大で勉強して、バレエ、バレエ音楽というのはとても低く扱われることが多いのも専門家の中では実感しました。
 私が、修士号で、音楽とバレエの結びつきをを修論に選んだ時も、まとめの教授からも、生徒たちからも苦笑されました。
 
 たしかに、分析をしていくと、特にドリーブの名前なんて音大生だって知らないことが多いし、チャイコフスキー、プロコフィエフは別として、他のバレエ音楽は、邪道なのかもしれない。
 でも、人間の心は違う。
 2週間前のコンクールで、音楽に対していろいろと考えさせられ、音楽が、表現が、何なのかわからなくなり(表現を、音よりも、体の動かし方で評価している審査員がいらした)、悩みもあったこの2週間。
 なんだか、全てがバカバカしくなり、人間の心が一番素直な反応をするのかも、と思えた時間でした。

 音楽的に複雑だから感動を起こす、心に響く、とは限らない。
 シンプルでも心に響く時もある。
 
 コンクールが一段落しているので、譜読み地獄の現在ですが、自分のテクニック的短所克服の為に選んだのは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番、『皇帝』。
 ベートーヴェンは、最後のソナタ、32番が一番好き。 
 皇帝は(とりあえず、3楽章から入っていますが)、ポジティブすぎて、面食らってしまいます。
 いや、32番がポジティブではない、という意味ではありません。 
 でも、理屈抜きに前へ前へ進んでいく世界?
 今回バレエを見て、何かわかったような気がします。
 
 もちろん、同時に譜読みをしている、リストのペトラルカのソネット 第47番(104でないのが私らしい)、スクリャービンのソナタ、自分の中にしまってある感情を出していくのもこれはこれでおもしろい。
 でも、直球勝負、というのも、興味深いものなのだ!と気づかせてくれました。

 師匠には、ベートーヴェンをやるのなら、短調の曲が私にはあう、とおっしゃいますが(といいつつ、昨年は、3番: ハ長調、31番: 変イ長調を勧めてきましたが)、今まであまりやってこなかった性格の曲をやる、というのは良い勉強になるはず。

 どうせ、私はピアノに関しては、理屈抜きの人。
 和声感が強い、と言われるものの、超基本的なこと以外は、「これだけ、和声で音色を変えられるのなら、素晴らしいから説明しなさい」、と言われて、全く答えられなくて、修士の時に師事していたゴードン先生を何度もあっけに取らせた人。
 感覚で無意識なことは決して良いことではない、ということは百も承知していますが、それでもよいのでは?と思ってしまう世界があります。

 指が機械みたいに動いて、体がたくさん動く芸をみたいのか、心に響く音を聴きたいのか。
 私は、後者。 
 でももちろん、演奏するうえでは、一度は機械みたいに指を動かしておかないと本番で滑ります。
 
 私の師匠は全く有名ではありません。
 コンクールの時も、ある審査員からは、そんな無名の先生じゃだめだ、と言われてきました。
 でも、師匠でなければ私をここまでにして下さらなかったと思うし、目指している音楽が同じだから、ロボットを大量生産する指導ではないから、私は師匠の下から離れられないのだと思います。
 数年前にウィグモアで聴いた、有名ではないルーマニア人だったかな?のピアニスト。
 プログラム最初のシューベルトのソナタの最初のフレーズで号泣したあのリサイタル。
  
 理屈で言えない演奏。
 きっと、私はこれを求めてピアノを弾き続けているのだと思いました。

 
 

Posted on 2014/07/25 Fri. 22:40 [edit]

category: 音楽

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