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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

7月7日 

日本人にとって、2011年3月11日、というのが忘れてはいけない日となったのと同じに、イギリスに住むものにとって忘れてはいけないのが2005年7月7日。
 日本では、『七夕』。 なのに、あの日を境に、私の中では変わってしまった日。

 当時はカーディフに住んでいて、その年の9月にロンドンに移りました。
 2005年7月7日木曜日。 曜日までしっかりと覚えているのは、2004年9月から私は毎週木曜日にカーディフからロンドンまでピアノのレッスンに通っていたから。 諸事情により、師匠が大学をやめてしまい、私は学校から交通費を出して頂いて、そのまま師匠のところまでレッスンに通うことが許可されていました。
 
 たまたま、あの日は先生のご都合でレッスンが土曜日に変更。
私は朝から大学の練習室で練習していたところに、午後になって母からの電話。
 母から携帯電話に電話がくるなんて、あの時が最初で最後。
 何が起こったのか?と思って慌てたら、安堵した母の声。
 それからは、もちろん、練習なんてできなくて、コンピュータールームに行って情報召集。
 寮に帰ってからは、ひたすら、テレビをみていました。

 カーディフからパディントン駅について、先生のお宅に2本地下鉄を乗り継ぐのですが、自分が普段使っていた路線、駅がやられてしまっている映像をみて、ただただ恐怖でした。
 
 2日後、ロンドンに行くのが怖くて嫌で、先生に電話したら、
「何が問題なんだ?」
の一言。
 怖くて地下鉄には乗れなくて、中心部から1時間以上バスに乗って先生のお宅へ。
 それも、怖くて、バスの出口から一番近いところに座っていました。
 
 あのオックスフォード・サーカスが静かで、気味が悪いほど。
 たまたま今日は用があって昼間オックスフォード・サーカスを通ったのですが、いつもどおり栄えている様子をみて、平和だな、とつくづく思いました。

 ロンドンに住むようになっても、最初のころは、怖くて、屋根がぶっ飛んだ、59番のバスにはなかなか乗ることができませんでした。 今はもう平気で乗っていますが。

2006年の空港でテロ未遂が発見されてから、手荷物での液体物の持込が厳しくなったのは、現在も続くまま。 
といっても、やはり、ロンドンの空港が一番厳しいかな?とは思います。
 アメリカへは行っていないので、あくまでもヨーロッパ、日本での話しですが。

 あの後は、それほど大きなことも無く、この状態を保ってもらえているのが、安心。

 自然災害も、人の手による災害もどちらも怖い。
 でも、師匠からは、私は本当の怖さを、人間の汚さをしらない、といわれています。
 先生は、詳しくは私も聞けませんが、ソ連時代に色々と大変な思いをなさっているわけですから。
 『ダンテソナタ』を4月にみて頂いた時に、本を読み込まないと、私にはあの汚さは理解できるものではない、とハッキリといわれました。

 夕方、土砂降りだったロンドン北部は、7時過ぎには晴れ間が。
 きっと、織姫と彦星が会えたのでは? と思いながらも、小学生の頃、実家の裏の畑に、さといもの葉っぱの朝露を採りに行って、それで墨をすって短冊を書いた平和な七夕の朝を思い出しました。
 
 来年でテロから10年。 この一年、平和なロンドンでいてくれることを願ってやみません。

Posted on 2014/07/07 Mon. 23:09 [edit]

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