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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

フランスへ行っていた理由 

 さて、フランスへ行っていた本題。
 純粋なるホリデーではありません。
 この2ヶ月くらいの私のコンサートのプログラムの変化に気づいたら、おかしい?と思った方もいらっしゃるかもしれませんが・・・


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 国際コンクール(といっても、三流)を受けに行っていました。
 昨年、スロヴェニアで古楽器のものに出ましたが、ごく普通のコンクールは2007年4月以来。

 上の写真が、会場となった、できたてホヤホヤの、パリ郊外(15kmほど)のコンセルヴァトワール。
 

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 裏からはこんな感じ。

 コンクール嫌いで、今まで見ていて、コンクールで1位を取った人が、その参加者の中でもう一度聴きたいと思える演奏とは限らない。 ということも多くありました(国際コンクールは今まで4回しか受けていませんが、落ちても、いつも最後までしっかり聴いてきていました)。
 自分の演奏は、コンクール向きではないし・・・ と思っていました。

 ですが、一流コンクールは30歳の壁で、既に受けられない。
 いくつかは、年齢制限なし、そして、30歳の後の壁が、35歳。
 ということで、この2年程が最後のチャンス。
 
 昨年の夏にサマーコースで今までとは違う評価を頂けて、もう一度、ピアノをがんばろうと思いました。
 イギリスの小さなコンサートでは、「ここではもったいない。 もっと大きな組織から呼んでもらえるのに」と何度もこの1年、言われてきました。 でも、コンクール暦も、コンチェルト歴も無い私は、大きいところからだとお声を掛けて頂けないのです(その為の活動はしています)。
 『のだめ』のようなチャンスは私には来ない。だったら、自分でつかみに行かなくてはいけない、と思いました。
 昨年12月に久々にその為に、ベートーヴェンのソナタを再びやり直して、コンサートにあげました。

 今年3月末のコンクールに申し込んであって、でも、参加者少数で、キャンセルに。
 結局、このコンクールの数日前に手を骨折してしまいました。
 5月に受ける予定だった2つのコンクールも、この怪我で、全て駄目に。

 エチュードも、ベートーヴェンも、大曲も、ギブスをとっても、弾けない。
 内心は、焦っていました。
 
 私が、手術を選ばず、今年の夏、日本でレントゲンをとることを拒んだのも、全てがこの理由です。
 臭いものにふた、ではありませんが、私にとって、チャンスは今年と来年。 
 ギブスをはずした後も、イギリスでは、レントゲンをとりません。
 複雑骨折だったのに、レントゲンをとったのは、一番最初だけ。
 正直、本当に骨がくっついているのか、という恐怖もないわけではありません。
 でも、今、ここで問題が見つかってしまうと、私は後悔します。
 今無理している分、将来的に考えて、どうかはわかりません。
 たとえ、3年後に半年ピアノを休むことになったとしても、今、年齢制限にぎりぎりひっかからないうちに、私自身が後悔しないように頑張りたい、と思いました。 
 怪我に詳しい知り合いたちにも相談したり、体験談をお聞きし、バッグの中には、痛み止めを忍ばせてありました。 いざとなったら、アドヴァイスを受けたように、痛み止めを飲んでから舞台に上がる気持ちでいました。
 

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 できたばかりのホールには、スタインウェイのC型。 このサイズ、実は弾くのが初めてかもしれません。 たいていは、スタインウェイだと、BかフルコンのD型ですから。

 予選、セミファイナル、ファイナル、細かく指定されたプログラム。
 といっても、同じ曲、というわけではなく、たとえば、予選では、最大20分で、バッハ、ショパンのノクターン、ドビュッシーのプレリュードから1曲、自由曲、という内容。
 ちなみに、ショパンのノクターンで一番選んだのが多かったのが、作品27-1。 中間部に、テクニック的な聴かせどころもありますしね。 ドビュッシーのプレリュードでは、『花火』がダントツでした。 『西風のみたもの』かな?と思いましたが、これを選んだのは1人だけ。

 
 今までのコンクールでは、バッハの時には、平均律第1巻第8番を弾いていたのですが、今回は、ショパンのノクターンが入り、しかも、私はこれに7分半かかるので、9分あるバッハを弾いてしまうと、プログラムがおさまらない。 というわけで、10月のコンサートの時に、10年ぶりに、第2巻第1番の平均律をやり直したのです。
 私のプログラムは、
 バッハ: 平均律 第2巻第1番
 ドビュッシー: アナカプリの丘
 ショパン:ノクターン 作品62-1
 エシュパイ: トッカータ
 でした。

 エシュパイは、骨折をしてから、左手の動きが悪くて弾けなくて、今回に間に合わせました。

 結果から言うと、予選敗退でした。
 ですが、今回は、半分以上の審査員が私に点を入れて下さり、特に審査委員長は、彼女の中で高得点をつけて下さいました。 残念がってくださった審査員も多く、後で聞いた話だと、合格、不合格のまさにボーダーラインだったそうです。

 バッハのプレリュードで左手ミスがありましたが、これは、他の方も聴いて、かなり暗譜が飛んでも次に進んでいた人もいたので、それほどのマイナス点ではなさそうです。
 ただ、私は、ミスの後、音楽が少々こわばってしまった。 セミファイなるで、エチュードを失敗してもファイナルへ行った人もいますし、ずうずうしい位に、何事も無かったかのように弾き続ける事の大切さを学びました。

 
 日本の『国際』と名のついたコンクールとは違い、きちんとした国際コンクールでは、希望すれば、落ちたら審査員と話ができます。
 私は、全ての審査員からお話を伺ってきました。

 どうやら、私は、個性が強くて、審査員の意見がとても割れてしまったそうです。
 とっても高い評価をつけてくださった審査員と、全否定する審査員。
 それは凄い差でした。
 高い評価を下さった審査員たちは、ある程度の事情を教えてくださったので・・・

 足をひっぱたのが、ドビュッシー。
 これに対しては本当に悔しくて。 カーディフの大学時代、『フランスで学んだ』という、ピアノ科主任から、私や師匠のドビュッシーは、ドビュッシーではない、と言われていました。
 ドビュッシーとは、平坦に弾くものだ、と。
 だから、ドビュッシーは自信も無く、説得力の無い演奏をしてしまったのも、事実です。
 それが、今回の審査員たちからは、間違っている、と言われたのです。
 
  こういうこともあり、私の演奏を気に入って下さった審査委員長から、彼女のところで、フランス音楽を学ぶことを勧めて下さったのです。
 正直な話、ちょっと困った師匠がいる私にとって、男ではなくて、女の先生からお声を掛けて頂いたのは、ほっとすることです。 これが、男の先生だったら・・・また大変なことになります。

 
 今まで受けていた国際コンの評価とは全く違うアドヴァイスを受けることができたので、成長したのだな、とも思えました。
 ただ、反対だった審査員には、根本的な考えからおかしい、といわれ、これからどうしたらよいのだろう?と思うような言われ方もしてきました。
 その中にも、わかる意見もある。 でも、ショパンのノクターンを大音量で、叙情性無くは弾けません・・・ 実際にとんでもないショパンのノクターンだった人が通ってもいます。
 
 とにかく、次にいかせるアドバイスをたくさん頂き、感謝しています。
 大きいところでほとんど弾いていないのでは?と鋭いアドヴァイスを下さった審査員も。 
 大きいところで弾けるようになる為に、コンクールを受ける。でも、その経験が少ないから・・・
 イギリスの教会は、元々の響きが素晴らしいから、その調節をしなくてはいけないし、教会以外だと、今の私は、小さな集会場のような場所がそのほとんどの演奏場所。
 こればかりはどうにもなりません。 でも、具体的な方法を伺ったので、頑張ります。

 学校に所属せず、コンクールも久々。
 こういうコンサートとは全く違う、試験、コンクールという緊張感の中で演奏するのは、2008年の修士リサイタル以来。
 感覚を戻すのがたいへんですが、良い経験でした。
 そして、小品で1時間半のコンサートは全く問題が無い私が、再び、ベートーヴェン、プロコフィエフのソナタにとりかかって、2時間のプログラムを用意する。
 コンクールを受けていないと、最初からやり直しで、しかも、怪我で練習時間も少なく、教えも普通に行っていたので、学生時代とは比べ物にならないほど、大変でした。
 小品を弾くことで自分を納得させていた部分もありますが、コンクールの中では大老人の私も、本当は、まだまだ弾きたい大きい曲がある。 
 
 審査の結果に色々と思うことがあるからこそ、セミファイナルとファイナル、時間の関係で1人を抜かして、全部聴いてきました。 審査員の先生方には、「あなたは、一番悔しい落ち方をしたのに、偉い」と言われてきましたが、聴いて、全て感想をメモして、自分が頂いたアドヴァイス、ご意見と共に書きなぐることで、自分をおさえる、というか、納得させていく。 これしか、私には方法が無いのです。
  
 そして、それ以上に、3日間、ピアノを聴き続けることができた、幸せ。
 もちろん、普段の教えは私の天職です。 でも、余計なことを考えずに、音楽に浸ることができる。 
 学生時代には考えたこともなかった、何にもかえることができない幸せでした。

 色々な曲を聴いて、やはり、あれを弾きたい!という強い気持ちをもったものも、いくつもありました。


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 最後の入賞者コンサートとセレモニー。 左側が、市長さん。 右側が、審査員長。
 このコンサートは、それまで審査員が座っていたらした最後列が開放されたので、ここでどのように聴こえていたのかを聴いてきました。

  
 優勝をしたのは、私が予選の時から一番気に入っていたフランス人の男の子。
 予選での(私の3番くらい後だったので)、ドビュッシーのパックの踊りは圧巻でした。

 帰ってきてからは、今日がセミファイナルのパデレフスキ国際コンクールを聴いています。
 私自身がコンクールを受けて、色々とアドヴァイスを頂いたりして帰ってきた後なので、とても勉強になります。
 とにかく、大曲のレパートリーの拡大。 これが、今の私に必要な課題です。
 
 コンクールで予選敗退したからこそ、11月2日のパリの夜会でピアノを聴いて頂いて、皆さんから頂いた感想、笑顔は何よりも嬉しいことでした。

 長くなりましたが、こういう理由でのフランスでした。
 滞在していた街はとっても素敵なので、早くブログにまとめたいと思います。

Posted on 2013/11/12 Tue. 15:36 [edit]

category: フランス 

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