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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

8年前を読み返す 

雨が降りそうで降らなかった一日でした。

 ピアノを弾ける時間もまだ短いので、久々に、色々と音源を聴いたり、楽譜をみたりする時間がこのところ増えています。
 この数年、私には小品があっている、と思って、小品ばかりをやってきましたが、昨年の夏以来、もう一度大曲に挑戦しよう、と思うようになることができました。
 
 結局のところ、この怪我ですが。

 ベートーヴェンも、リストも、プロコフィエフも、ラフマニノフも、やりたい、と思いながらやっていない曲がたくさんあります。


 ふと思うことあって、2005年(カーディフの最終年)のブログへ移行する前のホームページでの日記(現在は非公開)を読み直してみました。

 当時はカーディフに住みながら、学校から交通費を頂いて、師匠Dr.Sのロンドンのご自宅まで毎週ピアノのレッスンに通っていました。
 レッスンのこと、与えられた曲、譜読みしていた曲。
 色々と書いてあって、ああそういえば、私はあの曲にも挑戦したのだな。
 なんて、懐かしくなりました。 そして、あの時、がむしゃらに頑張っていた自分自身に再び出会って、色々と思うこともあり。

 21歳になって本格的にピアノの基礎を学んだ私は、当然他の人たちよりも遅れています(もちろん、趣味でやるのであれば、この年齢ではたくさんいらっしゃると思いますが)。
 当時、メフィストワルツの譜読み、暗譜、最後の4ページだけで2週間半かかったことがわかりました。
 今だったら、インテンポにするまで、この量は2時間かからないでしょう。

 特に日本国外の音楽大学で勉強する場合、どんどんレパートリーを増やしていきます。
 私は、基礎の基礎からだったので、大学時代、とにかく、一つ一つをじっくり、というレッスンでした。
 大学生になって、それをして下さる先生は滅多にいらっしゃらないと思います。
 でも、あの時にとことん身に付けたものは、今は大きな大きな財産。
 だから、昨年は、リストのソナタを短期間で後半部分だけですが、先生のレッスン無しに自分のものにできたのだと思いますし。
 
 サマーコースで、あの厳しい師匠から、良い評価もしていただけた。
 これは、ひとえに、全て先生のそれまでのご指導のおかげなのです。
 だからこそ、本当は今年は改心して、先生のレッスンにも行きたかったのに、この怪我。

 8週間もピアノを弾かなかったから、レパートリーを忘れているのでは? 指が全く覚えていないのでは?ととても心配だったのですが、とりあえずは、どうにかなりそう。
 もちろん、いつもに比べて指が鈍いですが、その分、じっくりと鍵盤に向き合っているように思います。
 まだ、30分弾くのが限度。 今週末には、45分は弾けるようになっていないと、3週間後のコンサートは厳しい。

 弾きたい曲の楽譜が枕元に積み重なっています。
 日記を読み返したら、師匠から与えられて、当時は歯が立たなくてちょっとかじったまま、闇に葬った曲がたくさんありました。 今の私だったら、きっと弾ける。
 
 ピアノは、10代のうち、といわれる楽器です。 でも、本当に自分に会う師匠に出会って、思いも強ければ、私は30代になってからが、一番ピアノの上達を感じています。
 20代は準備期間でしたから。
 この世界では遅すぎる。
 でも、当時の日記を読み直して、目頭が熱くなる思いでした。
 怪我の完治が今は、ただただ待ち遠しいです。

Posted on 2013/05/20 Mon. 23:16 [edit]

category: 音楽

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