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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

スロヴェニアで出会った、素敵な方々 

 既にスロヴェニアから帰ってきて2週間ですが、やっと、先日アップした、ブレッド湖の写真に説明を加えました。

 
 今回の滞在、素敵な景色も見ましたし、おいしいものも食べましたし、素晴らしい経験もさせて頂きましたが、それ以上に素晴らしかったのが、人との出会いです。
 折角なので、書いておこうと思います。

 
 色々な方に出会いましたが、特に印象に残るのが3人。

 まずは、プトゥイで宿泊したユースホステルのお嬢さん。
 私は行く前に、色々とわからないことがあり(列車の関係で夜凄く遅くなるかもしれない、とか)、メールを送ったのですが、こちらが思っていた以上に丁寧に、とっても助かるお返事を頂きました。
 滞在中も、ちょこちょことおしゃべりしたのですが、日本人が来る、ということで、滅多に会えない人種の人が泊まるなんて、とても楽しみだったそう。
 
 最初に聞かれた質問は、 「日本人の男が情けないし、頼りがいがないのって、本当?」ということ。
 彼女のお友達の間では、日本人の男性の評価がよくないらしく(ここをお読みの日本人男性の皆様すみません・・・)、ぜひ、私に聞いてほしい、とお友達にも頼まれたそうです。
 ですが、聞く相手がいけませんね。
 私は、日本では中学から女子校ですし、イギリスでカーディフの大学にいた日本人男というのは、日本でも珍しいくらい変わった人たちだったようです。 ですが、私は日本人の男はあまり知らないので、この変わっていた彼らが、私の中で、日本人男、ということになってしまいました。 
 この2、3年で日本人男性に対する印象は変わってきてはいるものの、ロンドンに留学しているのだかなんだかの20、30代の日本人男性をみると・・・

 
 
 そして、誰よりもお世話になったのが、クロアチア人の調律師さん。
 後にわかったのですが、この方は私より一つ年上の方。
 
 クロアチアの首都、ザグレブに在住で、コンクール中(リハーサル時から)、毎朝通っていらっしゃいました。
 古楽器を使用、ということで、普通のピアノの調律師の方では無理。
 彼は、クロアチアにアトリエをお持ちで、ハープシコード(チェンバロ)、フォルテ・ピアノなどのレプリカを作ったり、こうしてオリジナルの楽器の修復を行っているようです。
 今回用いた楽器はこの15年くらい弾かれていなかった楽器だったので、色々と手を加えるのが大変だったそうです。

 そして、急に弾かれたものだから、毎日の調整も大変。
 私のリハーサルの時には、まだ楽器ができあがっていなかったので、邪魔をしないようにしながらも(邪魔だったかも・・・)こういうことに興味津々(いつもは、博物館などで、楽器の外を見るだけでしたから)なので、鍵盤を取り出したのを観察したり、箱の中を覗いたり、メカニックを教えて頂いたり、多くを学ばせて頂きました。

 コンクールの結果がでるまで、後述するポーランド人の女の子とランチをする予定だったのですが、この調律師の方も一緒に行く、とおっしゃって、ランチをご一緒させていただきました(しかも、ご馳走になってしまい、ありがとうございました)。
 ランチの時、本当に貴重なお話をたくさん伺いました。
 このあたりの古楽器のフェスティヴァルで多くの調律、楽器の調整を行っていらっしゃるようで、私が知らない、知ることができない世界のお話をたくさん聞かせていただくことができ、今までもっていた疑問が晴れたりもしました。
 
 もちろん、おしゃべりは音楽だけにとどまらず、このあたりの歴史なども。
 私、今までこのあたりは東欧だと思っていましたが、中央ヨーロッパだ、といわれて、驚きました。
 西欧、中央、東欧を宗教でわけていく、というお話も興味深かったものの、どれがどれだか、きちんと覚えられませんでした。

 リハーサル初日、音のピッチが違って、全く弾けない、とパニックになった私を見たのもこの方。
 モーツアルトでも弾いてみたら?といわれて、とりあえずモーツアルトを弾いてみたら、ピッチが違ってもショパンよりは弾きやすく、とりあえず、モーツアルトは弾けたのだからショパンもどうにかなるかも!と希望を持たせてくださいました。
 いつか、普通のグランドピアノを買った後、資金が溜まったら、ぜひ、フォルテ・ピアノのレプリカを、442のピッチで作って頂きたいな、なんて思います。
 

 
 そして、私と同じ年のポーランド人からの参加者との出会い。
 彼女とはユースホステルで初めて顔を合わせて、なんとなく、すぐに意気投合してしまい、その場で、1時間以上もおしゃべりをしてしまいました。
 お互いに、「あなたと出会えたことが、このコンクールを受けて一番良かったこと」と言っていました。

 日本にも3回行ったことがあるそうで、話しが弾みました。
 コンクールのコンサートの後、パーティーがあって、地元のワインを頂き、夜11時半頃ユースホステルに戻って、食堂で打ち上げ(?)。
 私が持参していた、ケトルでお茶を沸かして、おしゃべりをしながら、ポーランドの踊りを教えてもらいました。

 私は以前から、ショパンなどのマズルカの元になっている踊り(マズール、オベレク、クヤヴィヤク)を習いたい、と思っていたのですが、彼女はちょうど夏に子供たちのコースで手伝いをした、ということで、教えてもらいました。
 最初は、難しいよ?といわれていたのですが、やはりバレエをやっていた私には、技術的な部分は非常にらく(足を空中で打ち付けるとか)だったので、驚かれました。
 夜中の食堂で、二人で、ショパンのマズルカを歌いながら30分ほど踊ったでしょうか。
 私がワルシャワへ行けば、彼女のお友達でこのようなポーランドの民族舞踊を教えている方がいるから、個人レッスンをお願いしてくれるようなので、本気でワルシャワへ行く計画を立てなくてはいけません(もちろん、ポーランド国立バレエに入団した友達の踊りも観にね)。

 博士号もとっているし、ワルシャワの大学でピアノを教えながらも、スイスまで定期的に通って、古楽器の勉強をしている彼女。 もちろん、彼女の経歴は私とは比べ物にならないほど素晴らしいし、音楽のご家庭に育っていますが、とっても素敵なお人柄でした。
 「いつワルシャワに来る?」と言ってくれるほど、お互いに気が合い、疲れているのに、そして私は翌日5時半起きだというのに、夜中2時近くまで名残を惜しみながら、おしゃべりをしていました。 
 このところ、同業の友達とこうしてしゃべる、ということがなかったので、たくさんの刺激を受けてきました。
 彼女の博士号の話も興味深くて、ぜひ論文を読ませてもらいたいな、と思ったのですが、残念ながらポーランド語、とのこと。 
 
 
 今までも、コンクールで、多くの出会いがありました。
 その度に刺激を受けてきたものです。
 数年ぶりに参加して、飢えていたものが、一気に満たされた感じ。
 バレエだ、バレエだ、とやっている私ですが、やっぱり源は音楽です。
 
 ワルシャワへは絶対に行きますよ! 7年前に行って、大好きになった場所ですし、Wizzで飛べばとっても格安!
 きちんと踊りも習いたいですしね。 盆踊りが得意でも、マズルカとは程遠いものなのですから。

 
 というわけで、今までで一番人との出会いがよかった今回のコンクールでした。
 

Posted on 2012/11/16 Fri. 21:08 [edit]

category: スロヴェニア

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