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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

イギリス生活15年目に入りました 

9月1日。 1997年9月1日の早朝、ヒースロー空港に初めて降り立ちました。 
 1998年から1999年にかけて日本で過ごしたので、今日から、イギリス生活15年目が始まります。

 親の仕事の関係でもなく、結婚でもなく、単身での私の年齢でこの年数、というのは長い方に入るかと思います。
 
 8月31日に、成田空港を経ち、古い香港の空港を経由して、ロンドン入り。
 10人の日本人留学生と共にヒースローに降り立ちました。
 今と違って、学生ヴィザを空港の入国審査で取得できた時代。
 学校の受け入れ許可書などを持って、ドキドキしながら、英語の心配をしながら入国審査を受けたこと、つい昨日のように思い出します。
 
 現地の受け入れの方が出迎えてくださって、みなでミニバスに乗り込んで、初めてイギリスの景色を見たこと。
 その景色がとっても懐かしくて、ここで生まれたように感じたこと。

 祖母の家にでさえ、一人で泊まったことが無い、ましてお友達が家に泊まったことはあっても、私がお友達の家に泊まることはない、という人が、初めて、全く知らない人の家で1年間生活をする。
 イギリスに知っている人は全くいない。

 18歳になってすぐ、色々な不安があったのだろうと思います。
 でも、16歳の時から大学はイギリスで舞台美術を勉強する、と決めていた私には、自分の人生を切り開くもの、やってやる!という気持ちが強かったことは覚えています。

 イギリスに行く、と決まっていたのに、英語を勉強せず、学力別の英語の授業は、全部一番下のクラス。 しかも、追試の常連。 現在では、英語がある程度できないと学生ヴィザがおりません。
 そんなことを心配しなくてよかった、15年前。
 
 日本語で誰かに相談なんてできません。 今みたいに、インターネットが発達していません。
 家族との電話は、月に1度。
 あの一年、ほぼ毎日日記のような手紙を書いて、日本の家族に送っていました。
 今はまだ読む勇気がないけれど、もう少し経ったら、当時を振り返ってみたいな、と思います。
 最初はちゃんと漢字で書いていた手紙が、段々と平仮名になり、最後は、英語が混ざった手紙。
 今以上に、日本語をほとんど使わなかったから故に起こったことです。
 
 わからないことばかり、宿題を間違えてやっていくのは日常茶飯事。
 それでも、がんばっていることが伝わると、私がわかるまで説明して下さった先生方。

 休み時間のおしゃべりも、全くわからない。
 
 イギリスでのこれまでの14年間、鮮明に思い出すことばかりですが、あの一年目ほど強烈な印象を残した年はありません。
 でも、ロンドンの大都会、日本人が多いようなところでは決して経験することができなかったようなことを経験できた、貴重な年でした。

 渡英する直前まで、夜暗くなると、必ず駅まで母が迎えに来ていた家でした。
 その心配性の母が、「人間が生活しているところなのだから、大丈夫」
と言って、母だって行ったことが無かったイギリスに誰も知っている人がいないのに送り出してくれたことには感謝です。
 そして、本当は美術大学に行く予定が、あの一年間で、音楽を勉強することにした。
 誰もが全く何も見えない中での進路変更でした。

 全く後悔していません。
 15年間のイギリスでの生活は、良いことばかりではありません。
 たくさんの素敵な時間があったのと同じくらい、大変な思いもしてきています。
 「のだめ」以上です。
 それでも、私はこの国が好きだし、私の教育はこの国でなされたものだから、この国で、次の世代のお手伝いができたらよいな、と思っています。
 
 音楽、芸術に関して、私は日本では、日本人、という人種で駄目になったことが多々あります。
 でも、イギリスで、日本人だから、という理由で何かを断られたことはありません。
 イギリスで教育を受け、ピアノの演奏はロシア系で、人種だけが日本人。
 非常に厄介です。

 よく、「イギリスのどこがすきなの?」
と聞かれます。
 わかりません。 きっと、言葉で言い表すことができない何かがすきなのだと思います。

 病気になっても、帰ってきて、といわないでいてくれる母。
 母の様子を気にかけてくださる母の友人。
 皆さんが支えてくださるから、私はこうしてこの国で生活することができます。

 ずっと、綱渡りでヴィザを更新してきました。
 永住権の前には、ちょうど4年前ですね、ヴィザの申請が却下されて、裁判も行いました。
 永住権が取れたからこそ、今こうしてイギリスにいられます。
 
 15年目、どういう年になるのでしょう?
 ピアノがまだ伸びる部分があることに気がついたから、ここでもう一がんばりしたいな、と思っています。

 あれだけ英語ができなくて、渡英直前まで、中、高の先生方から、
「加藤さん、イギリスに行ったら英語を話さなくてはいけないこと、わかっているの?」
といわれ続けていた私。
 イギリスで論文を書いて修士号を取って、いまだにこの国で生活している、と知ったら、先生方、とっても驚くでしょうね。

Posted on 2012/09/01 Sat. 23:34 [edit]

category: 日常

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Comments

Congrats! 

こんにちは、初めまして。

永住権のキーワードで検索して、偶然ブログを拝見致しました。

私も埼玉出身、初めにイギリスに来た年も1997年でした。最も私の場合は観光で来ただけですが、その後もイギリスの各地を含めて色々と海外を回り、結局イギリスで博士号を取得後に居着いて現在に至ります。私がこちらへ移住した2002年もまだビザは空港でのスタンプでした。その後は申請代はうなぎ上りに。。。先日永住権を取得しましたが、ソリシターを通したので給料が吹っ飛びましたね(笑)イギリスが好きな移住者にとって、永住権は本当に価値のある権利だと思います。

今後も拝見させて頂くと思いますので宜しくお願い致します。

URL | 通りすがり #LMN7glEI | 2012/09/09 06:29 | edit

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