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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

語学 

 水不足のイギリスですが、このところ、雨が続いています。

 昨日は、教えに行く途中、物凄い雨。 しばらくして、青空が広がって、レッスン中は多分降っていなかったそう。

 が、2時間後、生徒宅を出ようとしたら、Hail stoneでした。



WITH HOPE!!-120421


 

 お恥ずかしいことに、名前はわからないのですが、この時期、きれいな前庭にしていらっしゃるお宅でみかけることが多いお花。

 つぼみがまとまっていて、咲くと、とっても華やか。

 元気になれます。


  

 水曜日に観たバレエが凄すぎて、魂の抜け殻でしたが、昨夜は、ロイヤルバレエの『リーズの結婚』の初日。

 レヴェルアップした、マリアネラの太陽が降り注ぐようなリーズを観て、とっても幸せな気持ちになりました。

 幸せすぎて、あんなに楽しい舞台を観ながら涙が出たほど。

 アラインと一緒に、私の頭の中もお花畑。


 

 私立の学校は、来週から新学期のところが多いようですが、とりあえず、私のピアノのレッスンは、今週からしっかりと元通り。

 日本人の生徒たち、日本に一時帰国したり、普段と違って現地校へ行かないから、一日お母さんと日本語を話すから、日本語が皆上達していました。

 それに引き換え、日本語でのレッスンが減っていた私は、酷い有様。

 気をつけてはいるのですが・・・・

 日本語を話そうと思うと、空回り。

 

 なんて書いたら、私を中学生の頃から知っている人たちは、意味が分からないですよね。

 あれだけ、英語ができなくて、中学1年生の一番最初の小テストから追試だったのですから。

 全国模試の自分の在籍する高校の偏差値なんて、40前半しかないと思います。

 中高一貫で、高校入試が無かったから、英語ができなくても、高校へ進学する心配がなかったのですよね。

 人間、環境が変わると、いや、生きる為に必要になると、勉強しなくても、話せるようになるものです。

 

 どうやったら、英語が話せるようになったのか、とよく聞かれますが、私は最初の1年間、日本人が全くいない環境でした。 

 実家への電話も月に1度。

 学校でも、ホストファミリー宅でも、たとえ英語がわからなくても、誰も日本語で助けてくれる人はいません。

 宿題がわからなくても、何がわからなくても、どうにか、かみくだいて英語で説明してもらうか、下手な英語を並べ立てるほかはありませんでした。

 当時は大変でしたが、今、ロンドンでの環境を見ていると、あれは凄く恵まれていたのだな、と思います。

 18歳だったのに、それこそ、子供たちが英語を覚えるように、日本語を忘れるのと反比例しながら、英語を覚えていきました。 

 だから、私は、通訳が苦手だし、日本語と英語の単語が繋がっていないことがほとんどです。


 この数ヶ月の間に、何度もこの質問をされてきましたが、これが私の答えです。

 願いが叶うならば・・・ ぜひ、タイムマシンに乗って、英語がわかるようになった瞬間の私を見てみたいです。

 私自身、いつ話せるようになったのか、いまいちわからないので。

 

 

 明日は、ロンドンマラソンですね。

 先々週、オペラハウスの夜越しでご一緒した、75歳の女性が出場しますが、「ロンドンマラソンなんて、なだらかなところを走るから、パンケーキのようなものよ。 とっても簡単なものなの」とおっしゃっていました。

 見に行ってみたいですが、どうかな・・・

Posted on 2012/04/21 Sat. 03:51 [edit]

category: 日常

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