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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

パ・ド・ドゥの芸術 

一気に日が短くなったように感じるのが冬時間が始まった日。


 普段はのんびりと過ごすことが多い日曜日、今日は北ロンドンのJJエリアと呼ばれる(呼ばれた?)ゴルダーズ・グリーンから歩いて10分弱のところにある、Ivy Houseというところへ行って来ました。

 元々バレリーナのアンナ・パヴロワが20年以上住んだところを改装して、現在はロンドンユダヤ文化センターとなっています。

 1、2年前にたまたまバスに乗っている時にここのことに気がつきました。

 なかなか行くチャンスが無かったのですが、今日はとても興味深い催し物が行われることがわかったので、早くから予約をしておきました。


 『The Art of the Pas de Deux (パ・ド・ドゥの芸術)』


 プレゼンテイション: ゲラルド・ドウラー(Gerald Dowler)


 ダンサー: ローレン・カスバートソン、 ニァマイア・キッシュ

 

 ピアニスト: フィリップ・コーンフィールド(ロイヤルバレエ)



 見た目は、大き目の普通の家。

 そこのグラウンド・フロアの広間に、100席ほど椅子が置かれ、5メートル四方くらいのところでダンサーが踊りました。

 リノリウムも無く、フローリングの床、狭い、とてもやりにくかったことと思います。

 

 客席からも、フラットですから、見にくいのですが、それでも、このような全く恵まれていない場所で、世界最高峰のバレエ団の一つのプリンシパルダンサーたちがデモンストレイションをしてくださる。 これがイギリスの凄いところなのです。


 もしこれが日本なら・・・ ダンサーが嫌がるでしょうし、バレエ関係者がもしも観に来たなら、文句が出るでしょうね。 日本は、まず最初に見かけからですから。


 もちろん、ここで、コンサートも行っているようです。


 どのようなところで行うのか知らなかったので、正直、とても驚きました。 それと同時に、上に書いたように、イギリスって素敵だな、と再認識したのです。


 

 1時間半ちょっとだと思いますが、まずは、プロジェクターを使って、Mr ドウラーのお話。 彼はファイナンシャル・タイムズにも書いていますし、イギリスで発行されているダンス雑誌、ダンシングタイムズにも良く書いていらっしゃいます。 彼の記事は興味深いことが多いので、今回の企画を知った時、ダンサーうんぬんよりも、まずこの方のお話が伺えるのなら!という気持ちでした。


 アントワネット・シブレーとアンソニー・ダウエルの『真夏の夜の夢』のリハーサルをアシュトンがしている1980年の録画。 そして、1962年に収録されてテレビ放送されたという、マーゴ・フォンテーンとルドルフ・ヌレエフのジゼル第2幕のパ・ド・ドゥの一部(これは白黒)、パリ・オペラ座バレエの『ラ・バヤデール』の影の大国の長い布を使ったパ・ド・ドゥの部分。

 そして、これはかなり面白かったのですが、1913年に収録した、誰が振付けたのかはわからないという、多分シューベルトのピアノソナタのゆっくりの楽章(何番か思い出せません)で踊るパ・ド・ドゥ。

 名前が聞き取れなかったのですが、ロシアのダンサーたちで、エカテリーナという女性と、その夫のヴァシリー・テフミロフというダンサー。 これは、男性が、今から考えると想像つかないほど太っていて(女性もぽっちゃりはしていますが)、生足に、Mrドウワー曰く、「おむつのような」パンツ。 上は何か羽織っていましたが。

 いわゆる、男性は、サポートに徹していた、そして、彼は後にスパルタクスに繋がるような男らしさがある顔。


 そして、アシュトンの『リーズの結婚』より、畑でのパ・ド・ドゥのコーダを、レズリー・コリアとマイケル・コールマンの動画で見ました。


 要は、パ・ド・ドゥというものが、どのように移り変わっていったのか、男性は、女性を支えているだけに思うかもしれないけれど、実は縁の下の力持ちなのだ、ということの説明。

 

 パ・ド・ドゥの女性と男性、というのは、音楽で言うと、デュオの旋律楽器(ヴァイオリン、チェロなど)とピアノの関係に似ていると思います。


 ここまで約30分。


 ここで、ローレンとニァマイアがお稽古着ででてきて、パ・ド・ドゥとは何か実演。

 

 まずは、学校時代にどのようにパ・ド・ドゥのお稽古を始めたのか、実演してくれました。

 これはパ・ド・ドゥは踊ったことがない私にとって、新鮮でした。

 女性のバランスの位置をつかむこと、アダージョ2種、ピルエット2種、ジャンプ2種、少し複雑なプロムナード。

私が通っていたバレエ教室が2年前に舞台上でバレエのバーとセンターレッスンを発表会でみせました。

 この時、パ・ド・ドゥもあったのですが、結局作品を一つお稽古着で踊る、というだけで終ってしまいました。

 このようなことを見せたら、もっと興味深かったのに、と残念に思えてなりません。


 ジャンプの部分を見ていて、思い出しました。

 高校生の時だと思いますが、今は谷桃子バレエ団で踊っている2、3歳年上の男の子がパ・ド・ドゥのお稽古をするのに、まずは手始めに、私など背が高いのが駆り出されて、シンプルなジャンプのサポートの練習をしたことがありました。 


 そして、これらのレッスンでやっているような基礎の基礎が発展した形がたくさん含まれている、ということで、『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥのアダージョを途中まで説明を交えながら踊りました。

 場所が無いので、ところどころつっかかりながらでしたが。

 一度、客席に背を向ける形で一部分を踊り、普段は正面で女性が見える形ですが、男性が何をやっているのかみせてくれたりもしました。



 そのご、再びお話に戻り、写真をいくつか見せながら、これらのクラシックのパ・ド・ドゥがどのように変化しているかのお話。


 正直なことを言うと、これらのお話は知っていることがほとんどです。

 が、人の話を聞くと、どのように説明するのか、どのように話すのか、色々と勉強になることがたくさんでした。


 再びローレンとニァマイアが出てきて、例えば、プロムナードがどのように発展するのか、先日二人が組んで踊ったばかりのマクミランの『レクイエム』の一部分を抜き出してきて説明。

 ローレンが初演した『不思議の国のアリス』がいかに、日常生活の動きをバレエ化させたのかの説明。

 アリスを踊っていないニァマイアは急にローレンがこれをみせる!と言い出して、???という状態だったりもしましたが。

 19世紀には、マイムを使っていたのが、20世紀になると、それが減って誰でもわかるような、日常生活の動作などに変わっていきます。

 

 マクミランの『マノン』の第2幕のブレスレットのパ・ド・ドゥの最後の部分が、どのようにクラシカル・パ・ド・ドゥから変化しているのか、そして、体で表す表現。 

 

 最後はマグレガーの振付にも、クラシックの形が入っているのだ、ということを説明。 こちらも、ニァマイアは踊っていませんから、ローレンが色々と言いながらでしたが。


 そして、最後に、衣装付で『眠れる森の美女』の第3幕のグラン・パ・ド・ドゥのアダージョ。

 衣装付、というので、現ヴァージョンの衣装を想像していたら違う! あれは、1993年のアンソニー・ダウエル版の『眠り』の衣装! 私が一目ぼれをしてロイヤルバレエの衣装部に手紙を書いたときの衣装でした!

 外で踊るようにまだとってあったのでしょう。


 もちろん、場所が狭いし、床がすべるので踊りにくいと思いますが、それでも、普通の家の広間であれを観たら圧倒されます。

 ニァマイアは昨年移籍してきてからすぐの10月の『テーマとヴァリアシオン』でいくつかのサポート失敗があり、パートナリングが下手、というようになってしまっていますが、私はこれまでに彼の舞台はオペラハウスでほとんど観てきて、決してそのようなことはないように思います。

 今日も、もちろんジョナサン・コープほどではありませんが、サポートがきれい。

 かなり際のところでのフィッシュなど、それでも、安定感がありました。


 

 ローレンとニァマイアがデモンストレイションをする部分は、完全に二人が話もしました。 

 いつものように(リハーサルや、インサイト)ローレンは、おちゃらけたり、ムードメイカー。 彼女は話し方もはっきりとしていて聞き取りやすいですし、引っ張っていくことができます。

 それに比べ、普段のニァマイアは、アメリカ人でアメリカ英語だけれど、それでも、一応英語が母国語でしょ?といいたくなるほど、シャイで、話し方も大人しい。

 が、今日はずいぶん積極的に、はっきりとしゃべっていました。



 100人ほどの観客、4、5人オペラハウスで見かけた方々がいましたし、顔見知りのご夫婦もいらっしゃいました。

 が、ほとんどは、とってもポーッシュで、私なんて場違いな感じ。

 久々にイギリスのああいう上の方たちばかりが来ているようなところへ行きました。

 オリエンタルなんていません。 私以外は皆白人。

 今のロンドンで、そして私の生活圏内でこういうことは珍しい。

 もちろん、オペラハウスだってロンドンにしては信じられないほど白人ばかりです。 が、あそこまで凄い雰囲気の人たちに久々に囲まれました。


 案内には、彼らが、アシュトンの『ラプソディー』を踊る、と書いてあったので、あのラファソラレーの部分だろう、とは思ったものの、彼らがこれを踊ることなんてオペラハウスではないだろうから、良い機会だわ!と思っていたのですが、場所の関係もあったそうですが、これがなかったのが、残念、といえば残念でしたが、とても有意義な日曜日の午後になりました。

Posted on 2011/10/30 Sun. 02:50 [edit]

category: バレエ

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Comments

1. 無題 

とても興味深い体験をされましたね~

「弘法筆を選ばず」とか日本なら言うのでしょうか?
踊りにくい床や狭い場所での(しかも一流の出演者で)、そのようなイベントは、日本では考えられないですよね
一般の生徒ですら、床や稽古場の環境に文句ばかりは一人前ですもの (^_^;)

確かに表向きしか見たことがないので、男性のサポートの動きは一般観客にはわかりにくいですね

やはり、本場というのか、バレエ芸術が、色々な形で楽しまれているんだな~と感じます

URL | tomo #79D/WHSg | 2011/11/01 23:28 | edit

2. tomoさんへ 

まさかあのような場所でバレエが観られるとは思いませんでした。

私自身、日本で様々なところで演奏してきましたが、どうしても、関係者からは場所、環境の注意を受けてしまい、やる気がなくなってしまいました。
本当に感謝です。

このようなことを日本でできるようになりたいな、と思っています。

URL | Miyuki #79D/WHSg | 2011/11/02 08:47 | edit

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