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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

とりあえず、セイシェルを目指す 6月27日1 

626日、イギリス時間で午後620分に出発予定でしたが、乗る予定の機体が15時間遅れで、午後1020分にやっとロンドン・ヒースロー空港着。 ターミナル4のスケジュール・フライトの最終便は夜1030分のアエロフロートのモスクワ行き。

 ゲートナンバーも発表されず、ベンチで待っているのは、この時点でセイシェル行きを待つ人々。 ほとんどがクレオール(セイシェル人種)。 アフリカですから黒人だけれど、大陸の人たちとは少し違う。 元々白人とのハーフが多かったようですし、話し声も大きくないし(ロンドンの多くの黒人、多分カリビアン系は非常にやかましい)、マナーもよさそう。

 1025分、やっとゲートが発表され、移動。 




 ゲートの外を覗いたら、セイシェル航空の機体がやっとありました!

 もちろんすぐに搭乗、という風にはならず、何も説明がないまま待ちます。

 50人ほどの乗客、8割がセイシェル人。 それ以外は、白人の4050代のカップルが3組ほど、若いカップルが2組くらい。 東洋人の男性(後に韓国人と判明)が一人。

 1115分になって、子供連れの人に、あと5分で搭乗が始まるから、バギーをたたむように、という案内があったのですが、搭乗は始まらず。

 結局、1150分にやっと搭乗!! 人数も少ないですし、他の便は出発した後ですから、滑走路の待ち時間もなし。 というわけで、27日午前020分にテイク・オフをすることができました。

 ビジネス・クラスは18席のみ。

 私は、エコノミーの一番前。 でも、1980年代の飛行機、といった感じのでした。 

 ドリンクとサンドウィッチが配られ、とりあえず、ローマを目指します。

 2時間後、午前315分(イギリスとイタリアは1時間差)にローマ・フィウミチーノ着。 しばらくして、乗客がたくさん乗り込んできたのですが、なかなか進まない。 理由は、かなりの数の座席が、ロンドンからの人たちと、重なっていたから。 コンピューターシステムの問題だと思います。 

 地上職員も乗り込んできて、どうにかこうにか、乗り込んできた人たちを移動させていました。 イタリアからは9割以上がイタリア人(もしくは、白人)。 ほとんどが若いカップルでした。

 イタリア時間、410分に再び出発。

 私は2-3-2の座席の中央3の部分。 後の2席はあいていたのですが、一番前はアームレストが上がらず、横にはなれませんでした。

 機内食は2回。 変な時間過ぎて、何が何だかわからないけれど、おいしくいただきました。 普段は機内食の写真はとりませんが、これから乗ることがあるのかわからないセイシェル航空+隣に人がいなかったので、写真を。




 夕食は、クレオール料理で、メインディッシュは、
chicken la dique style。 味つきマッシュド・ポテト、チキン、多分スピナッチ。 これがとってもおいしかったです。

 ちなみに、食後の温かい飲み物は、紅茶をお願いしましたが、これが非常に不味くて、日系航空会社のものより不味い。 ということで、朝食時はコーヒー。 普段は、コーヒーを飲まずに、紅茶派なのですけれど。




 朝食は、
Omelette rosti potato tomato salsa。 夕食がおいしかったので、期待しすぎました。

 セイシェルのマヘ空港に着いたのは、27日午後245分。 予定から5時間40分遅れでした。 




 高度を下げていく途中、いくつもの小さい島がみえて、普段は着陸前に外を見るのが嫌いな私も、身を乗り出してしまったほど。 

WITH HOPE!!-110627-4



 空港は海沿いにあって、あたかも海に着陸するかのように滑走路に入りました。

 これだけで、すでに幸せな気分でした。

 空港ビルディングは、出発のヒースロー空港とは全く違って、かわいらしい建物。 スペインのサラゴサ空港よりは大きかったですが。 タラップを使って降りて、歩いて5メートルほどで空港ビルディング。 すぐに入国審査。 予想通り、躓きました。

 私は前のほうに座っていたので、すぐに順番が回ってきたのですが、やはり、滞在先が抜けている為、問題が。 どうやら、やりとりをしてくださっていた方は伝えてあったのに、きちんとコンピューターに記録されていなかったようです。どうやら、文化省がきちんと手紙を書いて下さっていたようです。

 やりとりしていたメールの最後の部分(連絡先が記載されている)をプリントアウトしてきてあったので、それを見せて、他の係官が呼ばれ、彼女が電話。 会話はクレオール語の為、私は全く理解できず。

 それから23の電話をかけて、とりあえず、入国係官がパスポートに入国許可のスタンプを押して返却して下さったので、安心しました。

 ちょっと待つように言われ、電話をして下さっていた方が伝えてくださったのは、何かのミスで、私を今回呼んで下さっている音楽学校の方が今日セイシェル航空に私が何時に着くのかの問い合わせをしたら、一日遅れで到着するから、明日(28日)朝に到着する、といわれ、誰も今迎えに来ていない。 迎えにくるように頼んだから、出たところで待っていなさい、と言われました。 

 もし、トラブル無く入国できたら、私は反対に出たところで待ちぼうけでした。 感謝です。

 税関では、なぜかつかまり、パスポートを見せるように言われ、滞在理由を聞かれました。 そうしてちょっと進んだら、再びとめられ、パスポートを見せ、滞在理由の書類を見せるように言われました。 他の人はどんどん進んでいるのに、やはり、東洋人の女性一人、しかも、ホリデーではない、というのがひっかかったのでしょうね。

 ここで時間がかかったので、10分も待たずに、やりとりをして下さっていた方が迎えにいらして下さいました。

 空港から首都のヴィクトリアに向かう途中、車も右ハンドル左側通行ですし、海と山が背中合わせ、なぜかわからないけれど、懐かしい気持ちになって、外国へ来た気分がしませんでした。 私が初めての国にいってこう思うのは、イギリスに次いで2度目。

 空港からヴィクトリアは10kmほど。 ヴィクトリアの南の外れに音楽学校、そしてその隣にダンス教室があります。 私は今日は何もせずに休息して、と言われたのですが、とりあえず学校に連れて行って下さって、最初に私に声をかけてくれた、大学の親友、アントワンに再会!! 彼はレッスン中だった為、本当に挨拶をできただけですが。

 市内を抜けて、山を越えて、西側の海岸まで数キロ。 ボー・バロンという有名なビーチ、リゾートホテルが建っている部分を抜けて、少し進んだところが、私の滞在させていただくご家庭。

 神様がとんでもなく素敵なものを与えて下さった、と思わずにはいられません。

 ここまで辿り着くのは大変でしたし、明日は予定がいっぱい(音楽学校では、明日からの予定を組んであったのに、私が明日にならないと着かない、と言われて、大慌てだったそうです・・・)。 でも、とにかく幸せです!

 十分に長いですね。 

 続きは次の記事へ。

 

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 セイシェル空港の、税関を出た部分。 屋根はありますが、壁はありません。ロープが張ってある部分は、チェックイン。

 

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Posted on 2011/06/27 Mon. 02:59 [edit]

category: セイシェル

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