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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

ケント、セヴェノークスでのコンサート 

 今日も再び移動、予定が多い一日でした。

 朝、北ロンドンの自宅から、セントラル・ロンドンでは南にある、チャーリング・クロス駅へ。 そこから列車に乗って、30分ちょっと、ケントのセヴェノークス(Sevenoaks)へ。 2006年から定期的に行っている教会でコンサート。 終ったらすぐにロンドンへ戻って、自宅からそれほど遠くないところで教え。 中途半端に40分ほど時間があったので、一度帰宅して、とりあえずコンサートの荷物を置こう、と思ったのですが、思わず疲れからベッドに横になってしまい、アラームをかけておいたのでよかったのですが、20分ほど寝てしまったようです。


 教えて、再びセントラルへ移動して、もう一つの教え。 それから、バレエ・アソシエイション。 今は疲れがピークです。 コンサートの時の疲れ、というのは、身体に大きな岩がぶらさがっている感覚です。

 今回はそれに加えて、行ったりきたりの移動。 前回のコンサートのような長い移動も疲れますが、1時間以上同じ列車に座っているほうが楽かもしれません。


 

 今日行った教会は、私がセルフプロモーションでコンサートを始めた頃からの場所。 条件は非常に悪いのですが、顔なじみのお年よりも多いし、ああして、情けない頃からの私を呼んでくださった場所なので、今でも声をかけていただいたら、喜んで行っています。

 今回は1年振り。 昨年12月1日にコンサートがある予定でしたが、この教会のあたりは大雪になってしまい、ロンドンからの列車はキャンセル。 結局コンサートもキャンセル。 今日うかがったら、この後、3週間コンサートがキャンセルになったそうです。


 おばあちゃま方、よく覚えていらして、

「今回は、あなたが来ることができる天候でよかったわ!」 と口々に言われました。

 

 プログラムは、


 グリンカ/バラキレフ: ひばり

 ショパン: 4つのマズルカ 作品67

 ショパン: 3つのエコセーズ

 ショパン: ノクターン 作品62-1

 エシュパイ: トッカータ


 

 ここは非常に状態が悪いアップライトピアノ。 メーカーはチャペル。 ペダルの調整がかなり酷かったです。

 そして、低音は良い音が出るのに、高音が情けない音。 そのことを忘れていた(1年前よりも、確実に酷い)ので、今日のプログラムは比較的弾きにくかったのです。


 が、やはり好きな場所で弾いている、ということもあるのだと思いますが、本番ではピアノが歌ってくれました。

 こういう酷いピアノが歌ってくれることほど嬉しいことはありません。

 その代わり、無理やり歌わせているのですから、とばっちりは私の身体に現れます。

 とりあえず、今は腰から上がぼろぼろ。 明日はしっかり泳いで筋肉を緩めなくてはいけません。


 

 ショパンのエコセーズは久々に弾きましたが、佳作だけれど、楽しい曲。 私にとって、やはりこの曲を弾く時には、ノイマイヤー振付の『椿姫』のこの音楽が使われている部分が目に浮かびます。 

 

 ショパンのノクターン 作品62-1はしょっちゅう弾いていますが、まだまだ新たな発見、表現ができる曲。 だから、この曲を冷凍することはできないのです。

 前回3月9日にこれをケンブリッジで弾いた時には、前日に観た、ロイヤルバレエの『白鳥の湖』のマリアネラの白鳥、オデットが鮮明に浮かび上がりました。 別に何も考えていないのに、1ページ目の途中から、いきなり彼女が目の前に現れるのです。 そうなると、彼女が全てを導いてくれる。 

 曲の類似も、ありません。 でも、本当にこういうことは突然現れるので、おもしろい。


 今回は、私にしては出だしがいつもに比べてオープンではありませんでした。 メロディーもただでさえテンポが遅めの私が、それ以上に遅いテンポ。 でも、凄く歌えていたので、それが心地よいテンポでした。 そうしたら、いきなり先週水曜日に観た、ロイヤルバレエの『マノン』のニァマイアのデ・グリューが目の前に現れました。 何が起こったのか?と一瞬あせったものの、いつもとはガラッと違うものができあがりました。 中間部は、第2幕第1場のデ・グリュー。 マノンに対する気持ちでいっぱい。 私は何も考えていないのです。 ただただ目の前に現れた人が私を導く。 私はそれに沿っていくだけ。

 

 これが、本番の面白さ。 もちろん、音符は決まっているし、練習でつくりあげるものもあります。 でも、本番にはそれまでになかったものが、突如現れる。

 このように、練習ではなかったことが現れるのはよくない、と日本では言われるようですが、私の師匠たちは評価してくださった部分です。 そして、私はそういう教育を受けてきました。 特に、Dr.Sからは!


 舞台からの影響、自然からの影響、絵からの影響。 練習室で練習しているだけでは得られないのです。


 次にこの曲を演奏する時には、何が現れるのか、今から楽しみにしています。


 今日はマズルカは遊びすぎたら、なんだかわからない演奏になりました。 これは反省。 


 

 久々にこの教会へいけて嬉しかったのですが、1年前には元気に歩いていたご婦人が今日は杖をついて歩いていたり、コンサートの担当をしている方も手術をした後で、今日はこられなかったり、2年位前からいらっしゃれなくなった方々がいらしたり。 大丈夫かしら?と思うこともたくさん。


 2年半前、ヴィザが取れなくて裁判になってしまったとき、その手紙が来た翌日くらいにここでのコンサートがあったことから、この教会のVicarが裁判所への手紙を書いてくださいました。 あの時のことはとっても感謝しているし、だからこそ、ここへは呼ばれる限りは演奏させていただきたい、と思っています。

 もう少しピアノの状態がよければ、言うこと無しなのですけれどね。

Posted on 2011/05/11 Wed. 05:04 [edit]

category: 音楽

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