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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

13年前 

 イギリス、夏の最後のがんばりか、素晴らしい青空でした。 そして、日中はどうにか半袖で過ごすことができました。 もちろん、夕方からはカーディガン、ショールが必要になってきますが。

 明日は、南イングランドの保養地?ブライトンでコンサート。 コンサートの後3時間ほどあるから、今日みたいな天気になればな、なんて思っています。 足だけでも海に入ることができるかしら??なんて思っているので。


 午後からブレント・クロス・ショッピングセンターへ行ったら、ものすごい混雑。 どこもかしこも新学期の準備、といった感じの親子連れ。 この時期、文房具が安くなるから、私もまとめ買いです。 

 私の生徒たちはほとんどが来週から学校が始まるそうです。 日本は、ほとんどが明日からでしょうか??


 私にとっての8月31日には、13年前に初めてイギリスへ向けて日本を出発した日。 あの時、元ダイアナ妃が亡くなったことを知らずに飛行機に乗り、イギリスに着いて初めて知ったわけです。 英語も不自由で、何が起きたのかわかりませんでした。


 あの日の自分の気持ち、13年経った今でも鮮明に覚えています。 

 あの時、夢とか希望とかでいっぱいだったけれど、でも、それと同じくらいの不安を抱えながらの出発。 でも、自分で決めたこと。 絶対に泣き言、不安なことは口には出せなかった。

 イギリスに知人はゼロ。 今、私の滞在年数が長くなればなるほど、イギリスに留学したい、と相談されたり、来週も日本からお友達がこちらに来ますが、質問をされることも多くなりました。

 インターネットが今ほどではなくて、情報も少ない時代(もっとも、夏目漱石とかの時代に比べたらよっぽど情報がありましたが)。 ロンドンではなくて、ケントの田舎、とにかく街の情報は出発前にはゼロ。

 

 私の母は過保護、というか、高校生になっても、夜は絶対に自転車で10分もかからなくても、最寄り駅まで向かえに来る人でした。 その母が全く知らないところに、誰も知っている人がいないところに私を送り出したこと、改めて感謝です。 

 お嬢さんが留学をしたい、といっているような方々から母が質問されることも何度かありました。 

 私の母がイギリスに頼れる人がいなくても、この英語ができなかった私を高校生で出したのです。 

 


 海外に住んでてうらやましい、とよく言われますが、その裏には大変なこともたくさん。 日本みたいにきちんと事が進む国ではありませんから。 日本にいるときよりも気を引き締めて、事件に巻き込まれないように、スリにあわないように、だまされないように、という日常。

 書類一つ揃えるのだって皆言うことが違うし、極東人、ということで邪険に扱われたこともしばしば。

 


 でも、結局はこの国が、この国の人たちが大好きだから、私はここにとどまっているのでしょう。 

 

 友達の書類をずっと手伝ってきましたが、一ついえること。 私は、いくつの書類を間違って提出し、からないまま学校に通ったのでしょう? いくつもの失敗をしてきたからこそ、今があるのかもしれませんが。

 彼女の書類を読みながら、今の速さ、理解力であの時代に英語が理解できていたら、ずいぶん楽だっただろうな、と思えてなりません。

 頼れる人がいない、知っている人がいない、というのは不安なこともたくさんあったけれど、それはそれでよかったのかな、と思います。



 明日から新年度。 13年前は不安なスタートだったし、まさか音楽の道に進んでいるなんて全く思っていなかったけれど、私のイギリス生活13年目はブライトンのコンサートでスタート。 

 人生って全くわからないものです。 

Posted on 2010/08/31 Tue. 06:44 [edit]

category: 日常

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