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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

イギリスも変わっていく・・・ 

 ハロウィン。
 私が渡英した当初は、イギリスでは大した騒ぎではなかったように記憶しています。
 ホストマザーに伺っても、「あれは、アメリカの習慣だから」とおっしゃっていたのをよく覚えています。
 イギリスでは、近くに、11月5日がガイ・フォークス(通称: 花火の日、たき火の夜)がありますし、そちらの方が、花火を打ち上げて重要視されていると思います。

 昨年のハロウィンの日は、ロシア人の友達とロンドン観光を夜の早い時間までしていましたし、彼はモスクワではあまり見たことのない仮装する人々に喜んではいたものの、若者の繁華街へ行ったわけでもないので、まあこんなものか、くらいの私は感覚。
 その前の2年間は、スロヴェニア、パリ郊外に行っていて、ロンドンには不在。
 よって、私には久々な感覚のイギリスでのハロウィンの日。

 マチネのロイヤルバレエを観に行って、ちょっと市内でゆっくりしてから、ゆっくりとバスで帰宅途中にみたもの。
 それは、私にとってはカルチャーショックであり、寂しくなってしまうことでした。
 北ロンドンのちょっとおしゃれな地域(ハムステッドではありません。 もっと北)を通過中にみたもの。
 仮装して、Trick or treatをする親子連れ。
 それが、かなりの人数なのです。
 子供はもちろんのこと、気合入りまくりのばっちり仮装した親もたくさん。
 フェイスペインティングがプロ並み。

 以前、少しは遭遇したことがあったものの、あんなに多いのは初めて。
 
 変わらないようでいて、イギリスもどんどん変わっているのですね。
 

Posted on 2015/10/31 Sat. 23:03 [edit]

category: 日常

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31

疲れがたまっているのか・・・ 

 比較的暖かめなのでは?と思う10月末です。 思えば、昨年もハロウィンの日はコートも持たずに夕方までロンドンで遊んでいた(友達のランチタイムコンサートを聴きに行って、そのまま一緒にロンドン観光)ので、昨年の方が若干暖かかったのかな、と。 

 ハーフタームで教えが少ないこともあるとは思いますが、既に3日前のことなのに、あのコンサートの疲れを引きずっているのか、年内のコンサートが終わった気の緩みなのか、昨日は久々にオペラハウスへ行ったのに、途中から目が痛くて、コンタクトレンズのせいだと思って、途中から片目を外して、若干危ない状態で観ていたのですが、今朝になって、お岩さん状態。
 口内炎が良くなったと思ったら、久々に、かつてないほど酷いものもらいだったようです。 日本で、一回使い切りのものもらいなどの炎症用の目薬を買ってきてあるので、それを使って、どうにか真っ赤な目から普通に戻りました。 午前中は身体を起こしているのもつらくて、横になっていましたが。
 日本はこのようなものは本当に素晴らしいと思います。
 夏の日本滞在中、一人でマツキヨに行って、1時間くらいウロウロしていました。 そして商品説明を読んで何度も???になりながらも、こうして役立っているわけです。
 ここはイギリス。 すぐにお医者さんに診て頂けるわけでもありませんので、家庭の救急箱がとても大切になるのです。 富山の薬売り、には負けますが、それでも、一人暮らしにしては、ある程度そろっている方だと思います。 一人暮らしだからこそ、です。 体調がMAXに悪い時に歩いて薬局まで行くほど大変なことはありません(←経験済み)。

 気が抜けて、久々に熱でも出すのではないか?と危惧していましたが、違うところに疲れが出たのは良いことなのか、それとも単に年なだけなのか??

  というわけで、今夜は久々に行きたかった会合に行くのもやめて、ゆっくり。 年明けにパリで買ってきた紅茶を開けて、癒されているところです。 普段はイギリスの超庶民派紅茶ですが、こういう時はフランスの芳香に酔うわけです。 私はお酒にとんでもなく弱い人なので。

 年内の演奏が終わった気になっていますが、11月にはフェスティヴァルにも参加。
 こちらの準備に取り掛かるべきなのに、通常のコンサートはいらして下さる方の為に、と思ってもちろん私自身も楽しみで仕方がないのですが、責任感も強く感じながらのコンサート準備。 フェスティヴァルは審査員の先生はいらっしゃるものの、あくまでも自分との闘い。 舞台に上がれば、それほど気持ちの持ちように変わりはないのでは?と思いますが、どうにも私の場合準備期間がよくないように思います。
 
 といいつつも、1週間でまだ半解凍にもなっていない曲を完全解凍調理までしておくべきなので、そろそろ本腰を入れなおしたいと思います。
 
 
 
 

Posted on 2015/10/30 Fri. 20:25 [edit]

category: 日常

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30

チェルトナムへ (10月27日) 

 さすがに、完全燃焼したコンサート。 ちょうどハーフタームでレッスンお休みや、変更希望、いつでも良い人が多くて、今日は一日オフにしてあった為、ぐったりしていました。 この感覚、とても久々。
 包丁さえ握る気になれず、昨日のおにぎり(これが一番!)の残りご飯でおじやもどきを適当に作って2食分、というとんでもない食事でした。
 
 チェルトナム、ロンドンから列車で2時間20分ほど。 2時間に1本、直通列車がありました。 
 オックスフォードを通り過ぎていくのか、と思いきや、スウィンドン(Swindon)まで行って、ゆっくり北へあがっていきました。
 
 チェルトナムは、実は2度目。 
 1度目は、10年以上前にカーディフの学部卒業式に家族が来てくれて、車を借りてコッツウォルズへ行った時に最初に立ち寄った街。 観光案内所でコッツウォルズの宿を予約する為でした(我が母は、私の渡英当時のイギリスのことを信じている人なので、未だにイギリスを旅する時は、観光案内所でその日の宿をとる、と思っています)。
 が、日曜日で閉まっていて、本当にここはそれだけ。 今回行っても、なんとなく覚えているような覚えていないような、という感じでした。

 コンサート後は6月のフェスティヴァルで知り合った日本人の方がそう遠くない街にお住まいなので、聴きにいらして下さってそのままカフェでおしゃべりをしていたので、1時間弱の街歩き。 よって、道中の写真がほとんどです。
 

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 10年前は週に1度使用していた、懐かしのパディントン駅から出発。
 改装工事中でした。
 ここにくると、本当に多くのことを思い出します。
 夜8時15分のSwansea行きに乗るのが毎週の定番。 レッスンを終えて、憔悴しきって毎週木曜日、パディントン駅にいたことをついこの前のことのように思い出します。


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 8番、9番ホームの間には、こんな自転車置き場があるのです。
 以前、NHKの地球ラジオをきいて、そして投稿していた時には、よく、自転車を列車に持ち込む、とかそのようなことが話題になっていたことを思い出します。


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 ハーフターム中で混むかな?と思ったものの、7時36分パディントン発のチェルトナム・スパ行きの列車は、クワイエット・コーチであったこともあるのか、空いていて快適。
 
 途中、スウィンドン駅では、こんな1両編成のかわいらしい列車をみかけました。


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 ここからは、コッツウォルズの西の端を通る為、景色がよかったです。
 日本の山に比べれば大したことがありませんが、イギリスでこのような紅葉の風景をみられるとは! 私は一体何年振りにこのような風景をみるのでしょう。 子供の頃は、遊ぶことが大好きな両親に育てられておりますので、よく山の方へドライブへも行って、桜の風景と同じくらい、日本の紅葉の風景が大好きなのです。
 

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このコッツウォルズならではの建物の色。


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チェルトナム駅の一つ手前、ハリーポッターでも有名な、グロスター大聖堂がある、グロスター(Gloucester)の駅で10分ほど停車。
進行方向が逆になるのです。

 そして、あまりにも空と雲がきれいで、写真を撮って遊んでいました。


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 チェルトナム・スパ駅から、街中まではバスで5分もかかりません。 だから、と思って帰り歩いたら超早足で30分ほどかかり、帰りの列車はまさに飛び乗りでした。

 ホールが使えるまで20分ほどあったので、ちょっとお散歩。
 こんなヨーロッパみたいな噴水があったり。
 

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タウンホールの近くのこの写真の右側にお店が並んでいましたが、これらが、チェーン店も多いのですが、洗練されていて、外からさーっと見た感じでは、ディスプレイがロンドンよりもおしゃれでした。
  

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 午後は雨。 駅へ向かう道すがら、落葉がきれいでした。

 駆け足のチェルトナム。
 チェルトナムは、私の王立音楽大学での大先輩、『惑星』でも有名な、グスタフ・ホルストの生地でもあります。
 その記念館のようなところにも行ってみたいですし、街中からちょっと離れたところを歩いてみたいな、と思います。
 コンサートで訪れて、次はプライヴェートで行ってみたい、と思う場所が増えるばかりです。

Posted on 2015/10/28 Wed. 22:46 [edit]

category: イギリス 遠出

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28

チェルトナム・タウン・ホールでのランチタイムリサイタル(10月27日) 

午前中は、素晴らしい秋晴れの日でした。
よほどのことがなければ、年内最後のコンサートは、初めてうかがう場所。 ずっと憧れていたところでのコンサートでした。

コッツウォルズの西の端、チェルトナム(Cheltenham)でのランチタイムリサイタル。

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 Cheltenham Town Hallは、素敵な外観。
 

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 写真ではみていたものの、想像以上に嬉しくなる空間。

 カーテンの後ろに、パイプオルガンがあるようです。

 約55分のリサイタル、ということで、プログラムは、

 ショパン: 4つのマズルカ 作品67
 ショパン: 幻想ポロネーズ 作品61
 ザレンプスキ: バラと棘 作品13-4
 ザレンプスキ: タランテラ
 ベートーヴェン: ピアノソナタ 第32番 作品111

 という内容でした。

 前半はポーランド物、そして最後にベートーヴェン。
 時代的に考えると、ベートーヴェンを先に弾くのですが、私の場合、この32番のソナタを弾いた後は、続けて他の曲を弾くことがとても難しい為、このような並びになります。
 折角の機会ですし、大きめの舞台なので、やはり弾き慣れていて十八番を、と思って、ショパンの幻想ポロネーズは鉄則。 そしてベートーヴェンもひきたい、と思った結果がこうなりました。
 ただ、多少失敗だったのは、いつもは最後に持ってくることが多いショパンの幻想ポロネーズを2曲目でもってきて、トークをいれるわけでもないこのコンサート、この大曲の後に、ザレンプスキの小品をお辞儀で立って座ってすぐ弾く、というのが想像以上に難しく、気持ちの切り替えがうまくいかなかったことが残念。

 多分、ショパンのマズルカでコンサートをスタートさせるのも初めてのこと。
 今回は、1時間45分ほどのリハーサル時間も頂けて、ピアノは、スタインウェイのとても軽いタッチのフルコン(D型)。
 誰が弾いても鳴るピアノだと思います。
 ということは、私には多少軽すぎるタッチ。
 いつもの教会などでのポンコツピアノとは違い、どう弾いても音は出てくれる。
 本番中は、このシンプルなマズルカの歌いまわし、おもしろいほどにいつもとは違う音が出て、それに続いて次の部分が変わっていく、というとても楽しい時間でした。 が、これにより、通常の私よりもずっと頭で弾いていたのだろうなという後悔もあります。

幻想ポロネーズは何度も弾いている作品ですが、これもまた、弾くたびに違う顔をみせてくれるから、やめられない。
 ザレンプスキの小品2つは、まさにサロンピース、という感じですが、今回取り上げて、練習していた時とはまた違うものがでてきたので、弾きこんでいきたいと思います。
 
 最後のベートーヴェンは、第1楽章はもう少しドロドロさが出てほしかった、と思いますが、第2楽章は、なんだかいつもよりも多少ゆっくり目。 音楽の流れが止まるのと動いているののまさにぎりぎりのところだったのではないか?と思います。

 ですが、途中、三途の川を渡ったのがみえて、そこからは、クリストファー・ウィールドンの2013年の作品、Aeternumの世界がところどころに見え隠れして、おもしろかった。
 音色遊びが無限で、頭でこれも弾いていた部分もあります。 が、帰り際、残っていらした方が、「あのベートーヴェンは(良い意味で)悲しい演奏だった。 魂がどこか遠くに昇って行ってしまったわね」とおっしゃって下さり、何か伝えたかったものが伝わり、そしてまた、やりたかったことが少しできたのかな、と嬉しいことでした。

 

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 日本だったら当たり前の高さのある舞台。 イギリスではそれほど多くありません。
 よって、私は高さがある場所での演奏が今まではとても苦手。
 この2年ほど、コンクールを受けていろいろな舞台を経験して、ずいぶん苦手意識は消えました。
 ただ、こうしてライトが強い場所での演奏は、体力がどんどん奪われていく。 しかも、この3,4日酷い口内炎で食事が非常に狂っていまして・・・
 
 このところ、同世代の方々のYoutubeの動画をちょくちょく観ていましたが、今の流行なのか、皆さん張りのある音で突進していく演奏が多い。 私は途中で疲れて止めてしまうこともしばしば。 もちろん、皆さんとてもうまいのです。 そして、これは私自身が受けているコンクールでも感じていたこと。
 ですが、一人の殿方が、「今は、みんなテンポが速くて、突進していく演奏が多いけれど、久々に良いテンポ感でああいう音で弾く人に出会えた」と言って頂けたことが、非常にうれしい。 一人でもこういう演奏を求めてくださる方がいる限り、私は私の演奏をしたいと思います。
 
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これは2か月前に撮って頂いた写真ですが、夏に母が頑張って縫ってくれた、この着物地を縫い合わせたドレスをコンサートで初めて着用。 これが、好評でした。 
 「あれは着物でしょ?」とお声をかけて下さる方もいらして、着物、という言葉をご存知の方が増えているな、と今までのことを振り返っても思います。

 舞台に立って、ピアノを弾くことは、天職。 3週間前のコンサートで20年以上前のいやなことを思い出してしまって、今日の演奏がどうなるのか不安もありました。 が、やはりここが帰ってくる場所です。
 


 
 

Posted on 2015/10/27 Tue. 23:55 [edit]

category: 自分のコンサート

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27

冬時間開始 

 10月の最終日曜日、ということで、本日午前2時から夏時間が終わって、冬時間。
 今日は既に夕方5時半には真っ暗。 今年は10月31日が土曜日ですので、一番早い日程で冬時間が開始。 一気に冬になる気がしてしまいます。
 毎年、冬時間が始まる度に、マンチェスターの寮時代、土曜日の夜に大学で練習をして寮に戻ったら、寮の方が外国人学生を呼び止めて、絵を見せられて、時計の針をかえることを説明されたことを思い出します。 当時お世話になった一人暮らしをしていたお姉さん(先輩)は、1週間、今週は皆授業の始まり時間が遅れるな、と思いながら、時計が変わったことを知らずに過ごしていたことも(私が彼女の家に遊びに行って夏時間のままの時計をみて気が付いた・・・)。
 今では、コンピューター、iPhoneなどは、自動的に時間が変わるので、素晴らしいものです。 手動で合わせるのは、私の場合、腕時計と目覚まし時計くらい。 
 
 街のあちらこちらにクリスマスの飾りも見え始めて、あと2か月でクリスマス。 2か月前は日本にいたことを思うと、あっという間なのでしょう。

 コンサートとしては年内最後になるのが明後日の演奏。 というわけで、良い演奏ができたら、と思うばかりです。 
 私には珍しく、ノクターン系の曲が入らない今回のコンサート。 
 昨夜は練習の後、コンサートで弾かない系の曲が弾きたくなって、手元にあった、リストの『巡礼の年 第2年 イタリア』から、『婚礼』とか、『ペトラルカのソネット』を初見弾きしていたら、あまりのハーモニーの美しさに涙が出るほど。
 リストと言えば超絶技巧ですが、そうでない曲にもリストならではの温かみのあるハーモニーが美しい曲が多い。
 そして、今、ああいう曲を弾くのに良い音が出ているな、と思うばかりでした。 
 ということは、明後日、ベートーヴェンのソナタ第32番の第2楽章、出したい音が出てくれるのかな、出てくれたらな、と思ってなりません。
 
 
 
 

Posted on 2015/10/25 Sun. 23:14 [edit]

category: 日常

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25

セオリー(楽典)の試験間近 

 来週は多くの学校がハーフタームですが、私立の一部は今週から2週間のお休みのところもあり、教えも既に時間変更が多い今週です。
 
 今期はピアノでグレード試験を受ける生徒はいないものの、今回、そして来年の楽典(Theory)の試験を目指している生徒たち。
 外国人でありながら、セオリーを教えることが好きで(得意で・・・)、自分のピアノの生徒、他の楽器を習っていてセオリーだけ私に習った生徒、かなり教えてきていると思います。

 自分の生徒は、今まではどちらかというと、小学生のうちにセオリーの試験を受けてしまう子が多かったのです。
 ここで言っているセオリーとは、王立音楽検定(ABRSM)のグレード5のこと。
 セオリーでグレード5に受からなければ、実技試験のグレード6以上は受験できません。
 
 グレード5は、日本の音大の一部の入試レベルだと思います(以前、日本で買ったことがある、入試の楽典問題集に近い)。
 これを、早い子だと、7,8歳で勉強する必要がある時も。
 もちろん、賢い子でも、7,8歳では13,14歳に比べて、1.5倍以上の勉強、理解の時間がかかっています。
 
 今回も、小学生、中学生の両方が勉強をしていますが、今までのこともふまえて思うのは、小学生の方が時間はかかるものの、過去問もしっかりと解くし、言われたことを直してくる。 もちろん、みな違いますが、今回は、中学生の方に手を焼いていて、過去問、問題集の宿題をやってこない、なおされても次に生かさない・・・
 中学生たちは、この地域でトップレベルの学校に通うような子たちです。
 ケアレスミス連発だと確実に落ちるような学校。
 独身なのに、それなりにこのあたりの中学受験情報に詳しい私は(周りに熱心なお母さま方が多いので・・・)、通っている学校の名前に甘んじていた部分もあり、そこは反省しています。

 時間は多少かかっても、宿題も少ないうち、小学生の間にセオリーを受験してしまった方がらくだな、と今回改めて思っています。
 もちろん、中学生でもしっかりとやった子たちは何人もいますよ!

 今期はハーフタームが終わってすぐに試験の日程。
 ということで、口うるさく言っていたのに過去問を進めていなかった生徒は先日遂にお母様に怒られ、結局のところ、時間が無いので、車だと5分もかからない近い距離にお住まいなので、お母さまが解いた過去問を私のところに届けてくださって丸付け、という状態になっています。
 昨年もこの時期、同じだった記憶が。 もっとも、住んでいる場所が全然違ったので、郵送して頂いていましたが。
 過去問の解答集がこの2,3年出るようになりましたが、間違いを把握できなくなるので、大変でも私が丸付けをしています。

 学校のお勉強ができる子ほど、頭の中で考えて、ケアレスミスがセオリーの場合どうしても多くなってしまう。
 とにかく、わかっている、と思っても、書き出す。 そうすると、ミスも減ってくる。
 子供たちは、「大丈夫、間違いの一つくらい」と気に留めませんが、まさに、塵も積もれば山となる。
 問題集を解いていた時に、ちょっとした間違い、だと思っていたものが、過去問になると合格点に達しないのです。
 ケアレスミスがなければ、軽々合格する点数なのに。
 
 私の頭の体操でもあります。
 数学は大の苦手ですが、算数は大好きだった私ですから、算数みたいなセオリーの問題、というのは、中学受験時代を思い出す時間です。

Posted on 2015/10/20 Tue. 23:45 [edit]

category: 音楽

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20

頼るもの 

秋の夜長、という言葉をこれほどまでに感じることも珍しい今年のような気がします。
 どんどん明るい時間が減っています。 そして、夜の作業時間が増える。

 おもしろいことに、大きめの本番前だったり、コンクール前になると、ピアノからふと離れている時間、私がすがってしまうものがある。 不安がある時ほど、心のよりどころが欲しい時ほどその傾向が強いようにも感じる。
 それは、『のだめカンタービレ』。
 漫画本は、最後の3巻だけこちらに持ってきている(この最後の3巻が今の私に共通するのでしょう。 そして夢なのでしょう)のですが、こういう時は、基本動画に頼る。
 
 『のだめ』で何度涙したのかわかりません。 そして、これに何度助けられて、強い気持ちをもらったのかわかりません。
 心理、状況的にパリ編以降がしっくりくるので、それを繰り返すことが多い。
 
 『のだめ』、ピアノの先生によっては、あまりにも現実的でない、となるようですが、もちろん現実的でない部分もありつつも、私はのだめ以上にイギリスでピアノの勉強を始めた時の経歴がありえないものだったので。
 これまでに、何人の先生方をポカンとさせ、言葉を失わせてきたのか、わかりません。 ロンドンで修士号の時にお世話になったゴードン先生には、何度私の経歴を説明したのかわかりません。 私の2度の手のけがのこと、怪我の理由は一度言っただけで全然お忘れにならないのに。

 実写版も好きですが、一つ一つが短いアニメ版は、実写版には描かれていないことも原作から入っていて、より深く感じることも。
 
 きっと、思っているよりも私は単純なのでしょうね。 この年になっても、『のだめ』に勇気をもらって、次に進む力を感じて。 
 
 ショパンコンクール、今回はほとんど動画も観ていませんが、ファイナリストが発表されて、日本人は小林さんだけセミファイナルに進んでそのままファイナルまで行きましたね。
 友達がFacebookで彼女の4歳の時の動画を載せていましたが、彼女の16年前の演奏の方が、私の16年前よりもはるかに上手。
 年齢差はあっても、やはり私はピアノの経歴がおかしいのであるのだから、現在20歳前後の人と同じ感覚なのだ。 いや、先生について重点的にピアノを勉強できたのは私の場合10年にも満たない。 この世界では非常に短い。
 色々な思いがあります。
 でも、自分に与えられたことを真摯にこなしていくしか私には残されていません。
 
 この数年、思いはあっても諦めていたこと、やっぱり諦めきれない気持ちがあるから、頑張って掴みにいこうかな、と。
 年齢が年齢なので、どうしても、若い人よりも厳しく点数がついてしまうけれど、何もしなければ何も起こらない。
 
 大学時代の友達で、今でもピアノを弾いている人はとても少数。 日本の音大よりも生徒数が少ないにも関わらずにです。
 練習、本番のプレッシャーに耐えられず、自分では弾くのをやめていってしまって、今は教えだけ、という人も多いのです。
 練習が大変でも、私はピアノを弾くことが大好きで、それを聴いて頂くことが何よりも私にとって幸せなのだろうな、と思います。 舞台に出ていく前は、緊張で、どうして私はこれをやることにしたのか?と思うこともありますが。 でも、それでも、ひとたび舞台に出れば、幸せなのです。
 
 複雑骨折から2年半経って、やっとサポーター無しでずいぶん生活できるようになった私の左手。 親指の動きは元に戻りませんでしたし、完全に痛みがなくなった、とも言いきることはできませんが、それでもこれだけ弾けるようになったのはとても嬉しいこと。
 再来週のラストスパートをしながら、11年ぶりに来月人前で弾く曲をさらいなおそうと思います。 

 

Posted on 2015/10/16 Fri. 23:37 [edit]

category: 音楽

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16

待っていた主役デビュー (10月3日 R&J) 

 既に2週間ほど前のことになりますが、書き残しておきたいと思います。
 久々にバレエ記事です。


 
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 今年はシーズン開始が早かったロイヤルバレエ。 既に2演目も始まっていますが、最初のロミジュリが12月頭まで続きます。

 10月3日のマチネ、待っていた公演でした。
 ソロイスト(真ん中)のヤズミン・ナグディと今年ファーストアーティスト(下から2つ目)に上がったばかりのマシュー・ボールのダブルデビュー。 二人とも、今年頭の『オネーギン』で、オルガとレンスキーは演じているものの、主役としては共に公式デビュー(厳密にいうと、この数日前にスクールマチネ=一般公開しない、で踊っています)。


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 特にヤズミンは、2010年だったかにロイヤルバレエスクールから卒業を待たずに入団して、そのとっても最初の頃の舞台で私に印象付けてくれたダンサーでした。
 少しずつソロを踊り始めて、やっと主役デビュー、彼女にぴったりなジュリエットを観ることができたのは、このところ全然バレエを観に行けていない私には幸運でした。 チケットも直前のリターンでいつもの立ち見が手に入ったのも幸運。

 音楽性溢れ、正統派、エレガントな私好みの踊りをするダンサー。
 全幕バレエの主役が初めて、ということで、特にこの演目はロミオのほうが大変ですし、二人とも最後のほうは多少スタミナ不足でしたが、第1幕最後のバルコニーのシーンは白眉でした。
 
 監督が代わってから若いダンサーが起用されるようにもなり、アクリ瑠嘉君のマキューシオデビューを観られたのもうれしいこと。
 と同時に、数年前までマキューシオ、ベンヴォーリオなどを踊っていたダンサーたちが退団したり、役を退いたりして、寂しくなっていくことも。 きっと、50年も60年もロイヤルバレエを観続けていらっしゃる方々はこの繰り返しで、でも若いダンサーたちが育っていくから、ずっと劇場に通うのだろうな、と思うばかりです。

 

Posted on 2015/10/15 Thu. 22:25 [edit]

category: バレエ

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事務作業中 

 定期的にやらねばならぬ事務作業。 これに加え、最近は非常に久々に再来週のコンサートのプログラムノート書き。 プログラム曲解説を書くように言われることはほとんどない。 当日の曲と曲の間のトークを言われることの方がイギリスでははるかに多いのです。
 が、今回は書くように言われて、書きましたが、学生の頃は試験の度に書いていましたが(実技リサイタル卒業試験は、プログラム解説の内容も審査される)、書かないでいたら、全然書けなくなりました。
 これも練習あるのみですね。 決して嫌いではないのですが、学生の頃と音楽書の読書量が全然違うのも影響しているのか、と思います。 弾く曲を調べて斜め読みはしますが、学生の頃のエッセイ、論文に追われていた頃に比べると、全く違います。
 最後は、学生時代の自分が書いたプログラム解説なんかを引っ張り出してきて、内容の乏しさに苦笑しつつ、ちょっと手直しをしながら仕上げて提出に至りました。

 そして勉強になるので、自分でも積極的にフェスティヴァルを受けていこう、と思っていますが、こちらも申し込みが多少厄介。
国際コンクールはコンクールで小さなものでも勉強になりつつも、色々と裏事情もあるし、世界を知る上では良いですが、私は本当に年齢制限に引っかかってしまって。 
 その点、フェスティヴァルは大人参加ができるものは子供の物に比べても少ないですが、審査員の先生に納得できてもできなくても、客観的にみた感想を頂けるのが良い。 ただ、コンクールと違って、弾く時間が短かったり制限が多くて、そこに曲をあてはめていくのが意外と大変な作業。 ただ、コンクールに比べて、「この曲は弾いてはいけない暗黙の了解」みたいなのがあまり無いので、自分の趣味に走る結果になる。
 今日、明日には決めて申込書を書いて・・・ 国際コンクールのほとんどが近年はインターネットで申し込んで、参加費もウェブで払って、ということをやっている為、久々にアナログの申し込みです。

 そんなこんなで、新曲に挑戦する時間の計算をしながら、ピアノの周りは再び引っ張り出してきた楽譜があふれています。
 
 
 

Posted on 2015/10/14 Wed. 12:33 [edit]

category: 日常

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フェスティヴァル、試験の参加の意味 

昼間から曇っていると、一気に気温が下がったように感じます。
 
 新学年が始まった、と思ったら、私立の一部は来週から、公立の多くは再来週、もうハーフターム(ホリデー)。
毎年のことながら、この秋学期の前半というのは、あっという間に過ぎていきます。

 例年であれば、ピアノのグレード試験がいつになるのか気を揉み、仕上げに入れない生徒たちのことが気になりますが、この数年で初めて、今季はピアノのグレード試験を受ける生徒がいません。 今回は、セオリー(楽典)の試験のみ。
 夏休み前の予定だと、クリスマス前に試験を受けようと思っていた子たちがいますが、みなさん、夏休みの帰省などで、特に夏休み中丸々帰省なさっていた方々は練習もできず、結局間に合わないことに。
 というわけで、春の試験受験者が多くなりそうで、これはこれでまた大変だろうな、と思っているところです。

 その代わり、今回は3年ぶりほどで、私が教えているのとは違う地域でのフェスティヴァル(発表会とコンクールの間位の感覚)へお誘いした生徒たちがいるので、そちらに力を入れることに。
  私も舞台に立つからこそ思いますが、普段通りの力を発揮できる子。 舞い上がってしまい(緊張とはまた多少違うらしい)、崩壊する子。 色々。
 
 崩壊する子は、どうやらお母さまいわく、学校のテストを含め、全てにおいて同じ状態らしい。 ということで、お母様と話し合って、いつもの住んでいる地域でのフェスティヴァルだけではなく、数を受けて場に慣れてもらうことに。 
 数をこなせば良いわけではありませんが、やはり、場数を踏む、というのは大切だと私は思っています。
 そこで出た結果だけではなく、それまでの準備が大切。
 「暗譜で弾かせるのは子供がかわいそうだし、不安」と一度もピアノのコンサートを聴いたことがないご両親はおっしゃいますが、それもまた一つの勉強。

 百聞は一見に如かず、で、コンサートに何度も行ったことがあったりする子は、暗譜をすることに抵抗がないようですし、一度も行ったことがない子は、大変。
 ロンドンなんて、子供のためのコンサート(着ぐるみではありませんので! 念のため)、たくさん無料のランチタイムコンサートもあるわけですし、ホリデーの時にでも連れて行ってほしいな、と思うものの、私の生徒たちの多くは、他の人のを聴くのはつまらない、ということがほとんど。
 難しいです。

 私自身も11年ぶりに人前で弾く曲が来月はあったりするので、そろそろ解凍をしないと(昨年、一度解凍はしてありますが)まずいな、と思っているところです。
 
 試験も、フェスティヴァルでの演奏も、結果はついてきたらうれしいこと。 でも、そこまでに自分自身が何をするのか、次への肥やしができるか。 そちらの方が大切だな、と私は思っています。 まあ、私自身も結果がついてこなければがっかりするのですから、生徒たちの気持ちもとてもわかります。



 
  

Posted on 2015/10/13 Tue. 23:57 [edit]

category: 音楽

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音楽って 

 再来週のコンサートに向けて、さらいなおさなければならぬことは多々あるのに、先週のコンサートで浮き上がってしまった心の傷が酷すぎて、結局は音楽にすがる。

 次に何をしあげようかな、と考えながら、10分程度のコンクールでも弾ける曲(私を放っておくと、コンクールで弾くには不適切な小品ばかり増えていく・・・)をやらないと、と思いながら楽譜棚を見ていて、手に取ったのは、昨年手を付けて、左手骨折の後遺症で中途半端で投げ出してしまった、スクリャービンの幻想曲 作品28。

 曲仕上げの参考、というより、音楽が完全に耳に入っている方が譜読み暗譜が私の場合はるかに早いので、音源を聴きまくっていますが、今の私の心理状態にぴったりはまりすぎる、というか、大好きではありながらも、この曲をこんなに親身に思えたのは初めて。 反対に春頃に手を付け始めて、他が忙しくて横に置いてしまったシューベルトの幻想曲は今の私には純粋すぎて弾けないのです。
 プロとしてやるのであれば、自分の気持ちの状態で弾きたかったり弾きたくなかったりする曲がある、というのは決して良いことではないでしょう。
 ですが、これが音楽のすごいところだな、とも思うのです。

 
 夏前、8月のコンサート2つは特別な感情が演奏中にあがったものですし、6月のウィンザーのフェスティヴァルの時には、その朝まで空虚で何にも弾けなかったのに、本番ではすごい感情があがってきて、ショパンの幻想ポロネーズの最後は涙をこらえながらの演奏で、終わったら教会の外に出てひとしきり泣いてすっきりしたこともありました。
 ピアノ演奏、という明確な言葉(言語)として発しなくてよいけれど、でも、言いたいことを音で出していくことができて、すっきりとしたのかもしれない、とあの時に思いました。

 これらの感情は、フェスティヴァルの5日前の祖母の死。 私は日本へ行けなくて、一人で耐えるしかなく、あの5日間は教えにはいっていたものの、ピアノをほとんど触れず、触っても指が動いているだけの状態。
 フェスティヴァルも本当にキャンセルしようと思って迷っていましたが、前日に母と話して、弾いて来たら、の一言で結局は演奏して。 あの時、あそこで演奏して良い意味で乗り越えられたのだな、とその夜思うばかりでした。

 バレエを観ていてもそう。 演奏会へ行ってもそう。
 即興ではなく、与えられたものを練習して舞台に上げる。
 それでも、そこにはその人の人生が見えてきてしまう。
 ある演目で、あるダンサーが一皮むけた、というか、今までの彼女にはなかった感情があるな、と思って惹きつけられるように見ていたら、後から、彼女を最初に育ててくれた大事な先生が亡くなった直後であった、ということがありました。

 それまで冷たい踊りの感じがあったダンサーが子供を産んで復帰したら、まろやかな踊りになっていたこともあります。
 
 だからこそ、生の舞台はおもしろいのです。
 私の子供自体の傷は、もちろん音楽とは全く関係のないことです。 が、コンサート中に起こってしまった。
 だからこそ、ピアノで乗り越えられるのか、次の舞台で乗り越えられるのか恐ろしくもある。
 良い方向へ行ったらよいな、と思うばかりです。

 教えている子供たちにも、怒られる、悔しい思いをする、寂しい、うれしい、いろいろな感情を持ってほしいな、と思ってなりません。
 今は、怒られたこともなく、悔しさも持たず、という子供がとても多いような気がしてなりません。

 

Posted on 2015/10/12 Mon. 12:42 [edit]

category: 音楽

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買い物袋の有料化 

 素晴らしい秋晴れ。
 
 1週間ほど経ちますが、10月5日からついにイギリスにも革命が。
 それは、スーパーストアでのビニールの買い物袋の有料化(1枚5ペンス)。
 
 大きなスーパーストアで、という記述を最初に読みましたが、どうやら、パウンド(ポンド)ショップ(いわゆる、日本でいう100円ショップ )、チェーン店薬局なども含んでいるようです。
 私が行った、中東系、ユダヤ系(←パンが好みで・・・)スーパーではその規則はありませんでした。

 昨年かその前でしょうか。 マークス&スペンサーでは大き目(普通サイズ)の買い物袋は有料化されていました。
 それ以前にも、ALDI、LIDLなどのドイツ系スーパーストアでは、袋は全て有料。
 今回は、テスコ、セインスベリーズ、など全てが有料化になったという、ある意味、わかりやすいことになりました。

 ごみの分別が始まったのもつい最近。
 それも徹底されているわけではありません。
 環境問題が遅れているようなこの国で、この有料化は大きな大きな前進だと思います。
 
 ちなみに、パウンドショップの一つは、有料化された買い物袋の代金は、癌研究に寄付されるようです。

 有料化された袋、テスコでは、今までと同じ形で、材質が違うようですし、セインスベリーズでは、平たい四角いしっかりとしたビニール。 洋服屋さんなどで使われているような形で、日常のお買い物には不便そうかな、とみています。
私は、どちらも使っていないのでわかりませんが。

 以前から、各スーパー、エコバッグも多種ありましたが、その多くは、車でお買い物に来る人用のようなもの。私のように仕事の帰りに寄っていくのにバッグに入れておいて邪魔にならないようなものはまだまだ少ないこの国。
 そのうち、折りたためるものも増えるのでは?ともくろんでいますが。
 
 他のヨーロッパの国へ行って、袋の有料化をよいことだな、と思っていたので、今回のことは、ようやく!!と感じました。


 
 

Posted on 2015/10/11 Sun. 23:00 [edit]

category: イギリス事情

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ウィタムでのコンサート終了 (10月7日) 

一昨日から、私の演奏シーズンが始まりました。
 9月に演奏しなかったのは、久々かと思います。


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 今回は、3年前から10月の第1水曜日にお声をかけて頂いている、ロンドンから列車で40分ほどの、エセックス、ウィタム(Witham)のUnited Reformed Churchにて。
 教会、とひとえに言っても、様々なお姿です。


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 プログラムは、
 
 ショパン: 4つのマズルカ 作品33
 ショパン: エチュード 作品25-6
 ショパン: ノクターン ロ長調 作品62-1
 チャイコフスキー: 『四季』より 1月
 ショパン: 華麗なる大円舞曲 作品18
 ショパン: 4つのマズルカ 作品67
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 4つのマズルカ作品33は、2年半ぶりくらい? エチュードはカーディフ時代に勉強して、試験では弾いているものの、公開で演奏するのは初めて。 俗にいう、3度のエチュードです。
 本当は、ノクターンとチャイコフスキーではなくて、ポーランドの作曲家、ザレンプスキとマギンを弾く予定が、諸事情により、変更。 そして、後半もショパン。
 
 ピアノは、ブロードウッド。 一昨年までは重いピアノで、去年は非常に弾きやすく、今年は・・・ 4000ポンドかけて手直しをしたそうですが、ひどすぎる・・・ 何も、私は最高の水準の(超一流ピアニスト用とか、現在開催中のショパンコンクール並みの水準)ピアノを求めているわけではありません。
 ジャズもしくは、叩き系ピアニストが弾いてしまっているのか、とにかく、コントロールができずに、音がストレートに鳴ってしまう楽器でした。 よって、マギンは、リハーサル中に、速め、音多めでしたので、何を弾いているのかわからなくなってしまう有様。 それで、その場で変更を判断。
 
 ザレンプスキは10月末の大きめの舞台で弾くのに、今回弾いておきたかったのですが、途中で無理と判断。
 理解を得ることが非常に難しい問題なので、ここには詳しく書きませんが、精神的なもの、ということです。
 誰にでも開いているコンサート。 もし、あの状態の方が、大きなコンサートホールに来ていたら、そしてあの行動であれば、周りからの苦情になると思います。 ですが、ここは小さな教会でのコンサート。

 私が小学校3年生から6年生くらいまで苦しんだ心の傷のことで、解決せずにそのままにしてしまった問題が浮上してしまいました。 私一人の問題ではありません。 
 とにかく、プログラムの1曲目から、パニック状態。 手は震え、終わる頃には私は真っ青だったそうです。
 
 とりあえず、弾きましたが、音は聴けないし、何を弾いているかわからないし、頭の中の楽譜すら追えない状態。
 20年以上前の悪夢が恐ろしい勢いで目の前に現れてしまい、2日たった今でも、それはまだ解決の糸口も見つかっていません。
 プラス、ちゃんと弾けなかったという自己嫌悪。 最低レベルは死守したので、ぐちゃぐちゃ、というわけではありませんが。

 教えには行っているものの、自分のピアノにどう向き合いなおすのか、きちんと考えなくてはいけません。
 2日間飲み続けた偏頭痛の薬が、今はだいぶいらなくなったので多少落ち着きましたが。

 2週間半後のコンサートでしっかり演奏したいと思うので、今はそこに集中します。
 

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 ちょっとの差で乗り遅れてしまったロンドン行の列車。
 ウィタムの駅の待合室?が新しくなっていました。
 ファーストクラス用では無くて、誰でも使えるお部屋。
 
 平日の午後2時半過ぎなのに、ずいぶん混んでいる列車だな、と思っていたら、次の駅でもたくさんの人が乗り込んできて、私の周りには、お酒の匂いをプンプンさせたおじさんたち。
 把握していない私はわかっていませんでしたが、この列車の停車駅がロンドンオリンピックのストゥディアムの最寄り駅Stratfordに停まる為、この日にラグビーのワールドカップの試合があった、サウス・アフリカ=アメリカ戦(?)を観に行く人たちのようでした。
 私も乗り換えの為にStratfordで降りましたが、駅も凄い人の数でした。

 無念のシーズン最初の舞台になってしまいましたが、舞台には魔物が潜んでいることも、子供の時に受けた傷は、20年以上経って思わぬところで出てきてしまうことも、改めて実感できた、というべきかもしれません。

 

Posted on 2015/10/09 Fri. 22:32 [edit]

category: 自分のコンサート

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明日から私のシーズンスタート 

 今日は午後の数時間を除いて、雨。
 雨の影響もあるとは思いますが、先週の同じ時間に比べて、家に帰る頃には真っ暗でした。
 今月末には冬時間も始まるのですから、あっという間です。

 一昨年、昨年は9月の後半に2,3度北イングランドでコンサートが続きました。 が、今年はそのようなこともなく、久々にのんびりの9月を過ごしました。 昨年は9月2週目に、ブルガリアまでコンクールを受けに行っていたわけですし。
 
 明日からやっと、私自身の演奏シーズン 2015/16が始まります。
 ロイヤルバレエの鑑賞シーズンスタートは先週でしたが。

 明日はロンドンから北東へ列車で40分ほど。 2012年から毎年10月に呼んで頂いているところでの演奏。
 初めて伺うところのプレッシャーも大きいですが、こうして、毎年お客様の投票?で呼んで頂いているらしいので、それはそれで怖い場所でもあります。
 
 8月のコンサート以来の演奏。 どのようになるのでしょう。 
 怖さと楽しみとが入り混じっています。
 新曲、久々に取り上げる曲が入り混じる明日のコンサート、良い演奏ができたら、と思うばかりです。
 
 

Posted on 2015/10/06 Tue. 22:53 [edit]

category: 日常

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