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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

イギリスにおけるインフルエンザ予防接種の現実 

 青空が続いています。
 一番日中の暖かい時間に家を出て、日が落ちて寒くなる時間に帰宅する私は、つい羽織ものを忘れそうになる日々です。

 いつからでしょう。 確実に2007年には無理だったことなので、ここ数年のこと、と記憶しているのが、イギリスで一般人がインフルエンザの予防接種をできるようになったのは。

 日本が気にしすぎなのか、イギリスが気にしなさすぎなのかわかりませんが、インフルエンザの理解度が低いと思われます。
 数年前、バスの中に、「インフルエンザと風邪は違います」という広告が貼ってあって、感激しました。
 
 インフルエンザでも、熱がちょっと下がれば大丈夫、と思っているご家庭も多いため、様々な人種と接する私は(考えてみれば、教えだけではなく、その移動中のバスの中だって同じこと)、今となっては予防接種は必要不可欠なものになりました。
 料金的には、日本とそれほど変わりありません。
 今年は、NHSの65歳以上、妊婦さんは(そして他の疾患の方の記載もあり)無料で受けられるそうです。

 以前は10月に入ってからでしたが、私がいつもお願いしているチェーン店の薬局では、今年はなんと9月14日に接種がスタートしたそうです。
 早いほうが良いので、さっさと今日接種に行ってきました。

 ここで、驚いたこと。
 上腕を出して、リラックスして、と言われたので、まずは、ヒヤリと消毒液で拭かれるのを待っていたら、チクッと注射針でした。
 日本では予防接種といえば当たり前のように思う消毒液、どうなっているのでしょう?
 ちなみに、一昨年までは、セントラルの違う支店へ行っていました(今回は家から近いところ)。
 そこでは、香港人、インド系の方々が接種して下さいましたが、毎度消毒液を使っていた、と記憶しています。
 
 そして、何よりも私が気になったのは、してくださる方の爪が長くて、マニキュアを塗ってあったこと。
 百歩譲ってマニキュアは目をつぶるとして、あの爪の長さは、注射をされる時には気になります。
 
 衛生概念の違い、と言われればそこまでです。
 日本が気にしすぎな気がしなくもありません。
 私もあまり気にしない、といえば気にしない方なのですが、さすがに医療関係だけは違います。

 ちなみに、過去のインフルエンザワクチンの接種歴を聞かれ、毎年している、と答えたところ、早い時期の接種、および、毎年しているという計画性をとっても褒められました。
 それだけ、まだ認知度が低いということかもしれません。
 薬局の外に大きな広告が貼ってあるのですけれどね。

 日本のように、インフルエンザでもすぐに病院で診てもらえるとは限りませんので、ワクチンが絶対とは言えなくても、予防することは大切、と私は考えていますが。

 冬支度、一つ済んで安心しました。
 腕が重くて、今夜はピアノどころではありません・・・
 

Posted on 2015/09/30 Wed. 23:23 [edit]

category: イギリス事情

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30

セント・マーティン・イン・ザ・フィールドでモスクワの友達のコンサート 

 1週間あいてしまいましたが、ロンドンにおりました。
 いろいろと考えることもありでして。

 恐ろしいことに、日本にいた時間と、ロンドンに帰ってきてからの時間は同じになってしまいました。
 あっという間です。

 というわけで、教えには行っているものの、ロンドンに帰ってきてから初めてのセントラルロンドン。

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 青空が広がる、トラファルガー広場辺り。
 ナショナル・ギャラリーの外がこんな状態(写真右)になっていました。



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 4か月ぶりで、トラファルガー広場に建つ教会、セント・マーティン・イン・ザ・フィールドのランチタイムコンサートを聴きに行ってきました。
 65年続いている、ランチタイムコンサート。
 現在は週3回行われているものの、やはり、ロンドンでいくつも行われているランチタイムコンサートで、ここが一番聴衆の数も多いですし、殿堂的存在だと私は思っています。
 ロンドンの音大、音高、いくつかの団体などが年に数回の枠を持っていますが、今回は、私がずっと参加していた師匠主催のサマーコースで持っている枠のものでした。
 
 プログラムは
  メトネル: 忘れられたしらべ 第1集 より、回想ソナタ
  スクリャービン: 24のプレリュード 作品11

 演奏したのは、モスクワのグネシン音楽院の大学院に通う、ロシア人のアナ。
 彼女とは、サマーコースで知り合った仲。 

 結局のところ、やはり、ロシアのピアニズムが私にはしっくりとくるようです。
 フレーズ感、流れ。 きっとこのような部分なのか、と。
 メトネルの回想ソナタを聴くのは久々。 あのハーモニー感が好きですし、弾いてみたい、と思いつつもつい後回しです。
 
 そして、生でスクリャービンの24のプレリュード全てを聴くのは初めて。
 考えてみれば、王立音楽大学の修士の卒業試験では、ここから抜粋で弾いたのですが、その後全然弾いていないです。
 あの豊かな響きの中で、念密な響きの調節をしていたのが印象的。
 ただ、一つの曲集ではあるものの、短い24曲で構成されているこのプレリュード集。 途中から、周りの方々の集中力が切れていくのを感じて、難しさを感じるばかりでした。
 多分、30分の曲(ソナタなど、楽章はわかれていても、一つ一つが長め)の方が集中力が途切れにくいのかな、なんて思ったりもして。
 たまに、こうして私自身も一聴衆になることはとても大切だな、と思いました。
彼女の演奏自体は、とっても集中力があるものだったのですが。

 
 彼女のボーイフレンドは私の10数年来の友達でもあるので、久々に会うことができましたし、師匠ご夫妻もいらしていたので、5月の発表会以来ぶりで、お会いすることができました。
 そして、嬉しいことに、11年ぶりに来年はここで演奏させていただけそうです。
 5月にお会いした時に、来年は、とおっしゃってはいたのですが、今回日にちを頂いてきました。
 奇遇なことに、10年前、私の人生2度目、ロンドンで初めてのソロコンサートは、私の誕生日でした。
 そして、久々の来年は、妹の誕生日。 どうやら、覚えやすい日にちにあたっているようです。
 浮かれて、帰りのバスの中は、プログラムを組み立てるばかりでした(来週のプログラムもまだ本決まりしていないのに・・・)。
 
 きっと、次にここへ来るのは、例年のクリスマスイブのキャロルサーヴィスの時でしょう。
 あという間に時間が過ぎていきます。
  
 
 
 

Posted on 2015/09/29 Tue. 23:16 [edit]

category: エンターテイメント

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29

空港でのアラブ警察との揉め事 

日本は、長い連休のようですね。
イギリスには、こうした連休はほとんどありませんので(クリスマスくらい)、私が日本を出てからずいぶん休日が変わってしまっていることもあり、ほとんどわかりません。 今回は、日本へ行った時にカレンダーをみて知っていたからわかるくらいなのです。

 昼間半袖、夜になるとカーディガンを羽織るだけでは肌寒い。
 夜もギリギリ7時頃まで薄明るい、という感じでしょうか。
 あとひと月ちょっとで冬時間。
 そうしたら、暗いこの国ではクリスマスのイルミネーションの美しさが増すのです。

 忘れぬ間に、先日、すでに1か月前のこととなってしまいましたが、アラブ警察との出来事を書いておこうと思います。
 長いです。

 日本へ行く際、ヒースロー空港では全く荷物検査にひっかからず、アラブのアブ・ダビ空港で引っかかりました。
 引っかかったものは、楽譜製本用に手荷物に入れてあった、マスキングテープ2本。
 今流行の柄のものではなく、いたって昔ながらの、白いものです。
 
 アブ・ダビでの待ち時間に、直前にコピーしてきた枚数の多い楽譜を製本してしまおう、と考えたのです。
 マスキングテープは、ほとんど毎回のように、コンクールの度に手荷物に入れて持ち歩いていました。
 いくつもの空港を使いましたが、今まで問題になったことはありません。

 検査担当のアラブ警察に、没収されました。
 金額的には大したものではありません。
 が、日本で探さなくてはいけない。
 それに、私としては、マスキングテープ(テープ類がダメ、と言われた)がダメな理由を知りたい。
 
 あちら側は、規則、の一点張り。
 だったら、多くの空港で目にする、持ち込み禁止物の表をみせてもらいたい。
 そこに書いてあったら、私は潔く諦めました。

 が、それはない。
 検査前のスクリーンに書いてある。
 
 の一点張り。
 スクリーンをみたい、といっても、既に通り過ぎているから、それを見落とした私の落ち度だと言われました。
 イギリスに帰る際、スクリーンをずっと見ていましたが、持ち込み禁止物の中に、テープは含まれていませんでした。
 そして、その証拠写真を撮ろうとして、注意されました。

 どうして、私が持ち込み禁止、と取られてすぐに納得しなかったかには理由があります。
 それは、意見を言わない、と思われている日本人女性。
 今回はマスキングテープで金銭的には大したものでは無くても、理由を説明されないのであれば(アラブ警察の権限、と言われた)、どんなものでもあちらには取る権限がある、と言われているのと同じだから。
 もっと金目のものだったらどうでしょう?
 他の日本人の為にも(こういう時だけ、変な正義感)、私はすぐに引き下がるわけにはいかなかった。
 しかも、Youtubeで空港関係のドキュメンタリーをみるのが大好きな私は、同じUEAのドゥバイ空港でのセキュリティーチェックのアラブ警察のことをみていたから、多少不信感もあった。
 理由、持ち込み禁止の表を見せてもらえないのに取られるのは納得がいかなかったのです。

 日本で探す手間を考えて、だったら、ここで、作業をさせてほしい、というのが私の要望。
 何度もここまでにやりあって、あちらも面倒だったのでしょう。
 作業台を一つ使ってよいことになりました。

 見世物状態です。
 興味津々のヨーロッパ人たちは、
「ミュージシャンなの?」 とか、「手伝ってあげようか?」とか、声をかけてきますし、おかしな目でみられることも。
   
 セキュリティーチェックの列がほとんどなくなった時、アラブ警察の人たち(私とやりあった人たちも含め)が4,5人やってきて、私を笑い、そして製本途中の楽譜をどこかに持っていこうとしました。
 自分たちがやってやる、と。
 冗談ではない。
 よって、私は思ってもいなかったのに声を荒げてしまい、彼らの上司らしき人がきて、今回はもう終わりにしよう、と。
 このまま、テープも持ち込んでよいから、と言われました。
 そして、持ち込み禁止の物は、インターネット上でも見られる、と言われました。

 ここで時間をくった為、ほぼボーディングの時間に日本行きのゲート到着。
 ですが、乗る予定の飛行機はちょうど着いたところ。
 これは、絶対に遅れになる(情報は掲示されていません)と確信した私は、エティハド航空のゲートにいる職員に今あった出来事を説明。
 その前に、iPhoneでアブ・ダビ空港のセキュリティーの情報も読んで、持ち込み禁止物にマスキングテープが含まれていないことも調べてありました(アブ・ダビはWIFI無料なので助かります)。

 彼らもそんなことは聞いたことがない、という。
 私の言い分としては、もし、アラブではテープ類の持ち込みが禁止、というのであれば、アブ・ダビ空港をハブにしているエティハドは、この世界的にきっと少ないであろう持ち込み禁止物を航空会社の持ち込み禁止物として書くべきでもあるのでは?と私は思うのです。
 
 エティハドのスーパーバイザーが呼ばれ、問題は解決せず、アブ・ダビ空港のスーパーバイザーと話をして、彼らもわからずでした。
 アラブ警察はアブ・ダビ空港とは別だから、ということでした。
 ですが、さすがにジョークを言うような状態ではないところでの彼らの態度については注意をして下さることになりましたが(口だけでしょうが・・・)。

 飛行機が遅れ、私がアブ・ダビ空港のスーパーバイザーたちと話を終えた頃、やっと、機体不備があるから、出発が2時間遅れる。 そして、ゲートも変更になる、という話がでました。
 もし飛行機が時間通りであれば、これだけの話をすることは不可能だったので、私の怒りを鎮める、という意味では、ありがたい遅れでした。
 ちなみに、私たちの前には、隣のゲートから北京経由の名古屋行きもあった、エディハド。
 成田行きのゲートには日本語をしゃべることができる職員はいませんでした。
 日本人の方々、英語での説明のみで困っていらしているような方々も多かったのです。
 日本行きには日本人職員がいることが多いと思っていたので、新鮮でした。
 
 そして成田空港に着いた時には、真新しいスーツケースの取っ手が取れている、という事態。
 重なる時には重なるものです。

 日本に帰って、ちょうどニュースで大阪でしたっけ?中学1年生の男女が殺されて、粘着テープで縛られていた、というのをテレビできいて、テープ類持ち込み禁止は安全の為なのか?と思わなくもなかったのですが、何でも凶器になりますからね。
 
 アラブ警察からしたら、面倒なうるさい日本人を当ててしまったな、と思ったことでしょう。
 でも、先ほども書いたように、もっと金銭的に大きなもの、大切なものを理由なしに没収されてからでは遅い、と私は思います。

Posted on 2015/09/20 Sun. 23:10 [edit]

category: 日常

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20

雨の日のバスは・・・ 

 こんなに雨が強いのも久々でした。
 交通はマヒしてしまい、こういう時に限って、生徒側の都合での変更変更が重なり、3つの地域に教えている時間よりも移動時間が長い状態での移動でしたが、余裕をみていたにも関わらず、最後は30分の遅れになってしまう有様。 しかも、1か所はお母様がみるにみかねて、バス停数個分、乗り換えの場所まで送って下さったにも関わらず、です。

 そして、バス自体も調子が悪いようで・・・
 いつも思いますが、暑くても、寒くても、バスが故障してしまうロンドン。
 飛行機は、40℃を超える地上から、1時間も経たずに-50度を超えるところまで行っても壊れない。
 もちろん、料金が違いますが、あの鉄の塊は凄いな、と思うばかりです。
  
 そして、バスのダイヤも乱れまくって、使う人のことを考えない、その場しのぎで突然に途中で終点になってしまったりする為、そのバスの始発バス停ではずっとバスがやってこない、ということが起こってしまうのです。

 日本でいう小雨程度でしたら、傘をささない人も多いイギリス。
 ですが、雨量が多ければ、大人は傘をさす人が本当に多くなりました。
 違うのはティーン。

 シャワーを浴びたかのようなびしょぬれ状態。
 ウォータープルーフのバッグ、ウィンドブレーカー。
 本人は濡れないけれど、外側は水滴だらけです。
 これで混んでいるバスに乗ったらどのようになるのか。
 バスの座席に座ったらどのようになるのか。
 そんなことはこの国では考えません。

 家に帰る途中であれば良いのですが、教えに行く途中、私自身が気を付けても、周りからの水滴で濡れることがほとんど。
 
 小学生の生徒は、あの雨の中、全員参加で外で、フットボールの試合があったそうです。
 あんな中で気温もそれほど高くなくて外でフットボールをしたら、風邪をひく、という感覚が私にあるのは、私の残っている日本人の部分なのでしょう。

 途中通った公園の小川?は、増水してあふれそうな状態でした。

Posted on 2015/09/16 Wed. 23:57 [edit]

category: イギリス事情

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16

日本からロンドンへ(9月8,9日) 

早いもので、イギリスに帰ってきてもう1週間。
昨日も今日も、教えに行く時間に限って雨。

 先週、こちらへ帰ってきた時に、雨でなくてよかった、と思うばかりです。
 あの荷物を持って、バス停からたとえ5分でも雨の中を歩くのは大変です。

 今更ながらですが、先週の帰国の記録を。

 9月8日、夜9時20分成田空港発のエティハド航空。
 日本の天候が悪かったこともあり、直前になって、結局久々に両親が車で空港まで送ってくれることに。
 結果、またそのうち書き残しますが、チェックインでのトラブル(簡単に言うと、日本へ来る際、購入して1週間、初めて使うスーツケースを壊された・・・)に私の日本語力で対応するのは危険があった為、両親がいてよかった、と思う情けない三十路です。

 夜の成田は空いているのですが(夏休みも過ぎていますし)、ホノルルとか、そういうところに行く便が第1ターミナルは多いので、私にとっては不思議な空気が。
 そして、出国後は、多くのお店が既に店じまい。
 
 ほぼ定刻で成田を出て、11時間ほどの飛行。
 隣が一つ空いていたので、多少楽でした。

 それにしても、どうしたら、あんなに物入れの扉とか、カートをガンガン座席にぶつけられるのでしょう??
 今回のクルーは結構がさつでして・・・(日系航空会社と比較しているわけではございません・・・)

 予定よりも早く、9日明け方3時20分頃、UEAの首都、アブ・ダビに到着。
 ですが、着陸してからターミナルに達するには、なぜだか40分もかかる。
 そして、おろされたところは、ターミナルでは無くて、タラップで降りてからのバス移動。
 
 クーラーがガンガン効いている空港。
 行きには、保安検査でアラブ警察ともめましたが、今回はそれもなく。
 ただ、証拠写真(保安検査場の持ち込み禁止の物が書いてあるスクリーン)を写真に撮ろうとして、注意を受けました。

 さっさとロンドン行きのゲートへ行って、ちょっと寝やすくなっている椅子で、荷物を抱え込んで寝ていました。
 ちなみに、私は以前、長距離飛行機に乗るたびに風邪をひき、懲りているので、今はフリースの大きめのブランケット(ですが、とても軽い)を持ち歩いているので、こういう時には便利でした。


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朝6時頃、これが、ロンドンまで行く、新しい、2階建ての飛行機。
 エコノミーは1階。
 2階は、ビジネス以上。 レシデンスもついている機体です。 どんな人が乗るのでしょう??


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自分の乗っている飛行機をみられる、という不思議な感覚。
 ドーヴァー海峡を横断中。
 向こう側に、イギリスがみえます。

 ほぼ満員のロンドン行きは、ほぼ時間通りに8時20分頃出発。
 隣の席の人にあんなに困らされたのは初めてのことでした。
 それにしても、夏休みがイギリスは終わっているのに、家族連れが非常に多かったです。
 そして、家族サービスが多くて、子供たちに紙を配って、絵を描いて、それにパイロットがコメントを書いてアイスクリームと共に返してくれる。
 パイロットの帽子を被って記念撮影。
 私は、ちょうど家族連れが多い場所に座っていたので。

 ヒースロー空港の着陸が混んでいて、イギリス上空で、2,3周したものの、ほぼ定刻でロンドンに着けたので、よかったな、と。
 そして、早足でイミグレーションに向かい、珍しいことに、外国人用、20か所くらいの審査テーブルのうち、10個くらいが機能していたので、待ち時間も非常に短くすみました。

 預けていたスーツケースも、行きにハンドルが壊された為、ベルトコンベヤから持ち上げるのが大変でしたが、そこはイギリス。
 そばにいらした紳士がさっとおろして下さって、ここはやはりイギリスだな、と思うばかりでした。

 ターミナル4は、地下鉄の駅もすぐなので、地下鉄に乗って、1時間以上乗って、バスで家へ。
 地下鉄に乗ったら、次のターミナル、1,2、3駅から乗ってきて目の前に座ったのは、Orchestra of the Age of Enlightmentのチェリスト2人でした。
 改めて、大きな楽器は移動も大変だな、と思ったものです。
 チェロの音色は大好きなのですけれどね!

 チューブに乗って、色々な人を見て、この空気感がきっと私がイギリスが好きな理由なのかな、と思うばかりでした。

 
 

Posted on 2015/09/15 Tue. 22:29 [edit]

category: 日本

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15

イギリスの生徒たち 

 日本の自然災害のニュースを読むたびに、胸が痛みます。
 昨日の地震も私が日本にいたら、大騒ぎでしょうから、家族はホッとしたことでしょう・・・

 ロンドンに戻ってきて、スーパーストアの棚には、まだまだ控えめではありますが、ミンス・パイ、クリスマスプディングなどのクリスマスの食べ物が並び始めて、驚きます。
 
 まだまだ教えは半分の稼働率。
 明日からはずいぶん元に戻りますが。
 生徒のお母様方には驚かれますが、いつもの通り、時差ボケもありません。

 帰国して早々に、覚悟はしていたけれど、日本へ本帰国が決まってしまっていたご家庭も。
 どの生徒のことも大切。 
 でも、最初の手ほどきからしている生徒はまた別。
 特に今回は、まだまだロシア式の指の訓練の途中。
 残り数回のレッスンで、とりあえず、この最後までいけたらな、と思います。
 
 ロンドン在住ながら、しかも補習校がある地域に住みながら、日本人駐在家庭は少ない私です。 
 それでも、これまでに何人の日本人の生徒たちを見送ってきたことでしょう。
 教えの行き帰り、バスに乗りながら、時折、以前通っていたご家庭のそばを通ると、「どうしているかな。 大きくなったのだろうな」と思うものです。
 ロンドンに来て、最初の頃に教えた子は、当時は小学校1,2年生でしたが、もう中学3年生、高校1年生になっているのだな、と。
 大きい子だと、来年大学生! 当時は小学生だったのに。 私が年を取るはずです。
 
 新学期、新たな出会いに恵まれたらいいな、と思いつつ、この仕事はお母様方の口コミがほとんど。
 もちろん、広告をみてご連絡下さった素敵な日本人の方々との出会いもありました。
 
 現地の子供たち、日本だと小学校5年生の9月から3月生まれ、小学校4年生の4月から8月生まれに相当する子供たちは、来年9月にイギリスだと中学生になる為に、公立中学(選抜校的な感じ)の入試の真っただ中。
 それでもピアノのレッスンを続ける(続けられる)子供たち。
 こういうところが、イギリスの素敵なところだな、と思うのです。
 
 子供たちの新しい学年を覚えなおしつつ、本始動です。

Posted on 2015/09/13 Sun. 21:35 [edit]

category: 日常

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13

イギリスに帰りました 

成田空港を飛び立って、約24時間後、9月9日日本時間の夜9時15分頃、無事、ロンドンヒースロー空港に着きました。
 
 事情が分かっているヒースロー空港ターミナル4への到着、ということで、飛行機から降りたら、かなりの早足でイミグレーションへ向かい、どうにか、自分が乗っていた飛行機の乗客の中では遅くならないようについたので、イミグレーションでの待ち時間は10分ほど。 その後、列はかなり長くなりました。
 着陸後、45分後には地下鉄に飛び乗り、着陸3時間後には家に着いたので、かなり良いでしょう(イミグレーションで3時間待ちだったこともあるのですから・・・)。
 1時間ほどの休憩後、昨日の最後の時間の生徒だけ、教えにも行ってきました。

 ロンドンは、秋の風、空ではありますが、青空。
 ここで、再び頑張りたいと思います。
 英国生活18年目。
 どのような年になるのかわかりません。
 日本で教えがいのある生徒たちに未練を感じながら、昨日は帰国の連絡をしたら、待っていてくれるロンドンの生徒たちもいる。
 自分自身に悔いが残らないように過ごしていきたいと思います。

 昨日は必要なものだけ取り出してスーツケースも片づけていないので、まずはその片付けから。
 そして、最後があわただしくて、かれこれ、1週間もちゃんと練習していないピアノをまずは戻さなければ、1か月後のコンサートに苦しむのは私自身。
 
 

Posted on 2015/09/10 Thu. 11:00 [edit]

category: 日常

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日本最後 

期待よりも曇り、雨空が多い、恐れていたよりも暑さには苦労することが少なかった、今回の日本滞在でした。
 
明日、9月8日夜に再びアラブ首長国連邦の首都、アブ・ダビを経由して、ロンドンに戻る予定。 ですが、先ほどの天気予報をみていたら、どうなることでしょう?? 

 来た時のブログの更新途中のまま、あっという間に終わってしまった、2年ぶりの日本滞在でした。
 今回は、演奏することもなく、教えも2度だけ。 なのに、あまりにも時間が過ぎるのが早く、予定していた譜読みも全く進まずに終わりました。 ロンドンに帰ったら頑張ります。
 
 この半年ちょっと、多人種の中での生き方に悩みがあり、疑問が多くあった中でのロンドン生活。
 多少の非日本人もみかけたものの、日本人の中での2週間半の生活。
 今までとは違った感想をもったことは確かです。
 
 閉店10分前でも、10分後に閉店する、とは思えないほど、客の事を考えてくれるスーパーストア。
 棚の前に立っている客の事を邪魔者扱いしない店員がいる、スーパーストア。
 閉店3時間前から品出しだらけで、小さくならないと歩けないのとは違うスーパーストア。
 
 ロンドンで頭にくることが、日本では違うことも感じました。

 今回も、同級生などの同年代の友達には全く会わず、年が違う方々にお会いすることが多い日本滞在でした。
 私にとっては、家族との時間も大切で、お声をかけて下さった方々皆さんとお会いすることも難しく、申し訳なかったこともありました。
 ですが、久々に親戚に会ったり、お墓参りに行って、やっと自分の中の区切りがついたり、貴重な日本の時間でもありました。

 ピアノの指導を通じて、再び日本のピアノに疑問がわいたことも確かですし、残念に思いながら、どこにも持っていけない自分の気持ちがあることも改めてわかりました。
 国籍は日本人。 見た目も日本人。 でも、ピアノは日本人ではない。
 何度も直面してきた問題に、再び自分自身がむきあうこともありました。

 
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 最後に、写真を1枚。
 先週、6年ぶりに写真を撮影して頂きました。
 私が日本に来てからの10日間ほど、母が頑張ってくれて、5年ぶりにドレスを2着縫ってくれました。
 これは、私が来る前にほぼ形ができていたドレスです。
 古い子供の着物で縫ってくれたドレス。
 そして、前回と同じ方が脚立に登ったり、照明を駆使しながら撮って下さいました。
 贅沢な時間を感謝するばかりです。

 明日、無事に飛べることを願いつつ、またロンドンから更新します。

Posted on 2015/09/07 Mon. 22:55 [edit]

category: 日本

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