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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

ガッリポリーロンドンへ (5月12日) 

眺めが最高だった、ガッリポリのホテル。
 が、前夜シャワーのお湯がでない。
 お部屋に電話はあるものの、レセプションの番号もわからない。
 Wifiもつながらない。
 団体の中学生がうるさくて、一度、リフトで先生らしき人たちに会った時に、”Forte Forte, Molto forte!”と言って、耳をふさぐしぐさをしたらわかって下さって、その時には注意をしたものの、夜中2時過ぎまで他の階で騒ぐ子供たちの声が丸聴こえ。

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 カーテンを開けっ放しで寝て、朝6時ちょっと前、目が覚めたら、この景色!
 なんという美しさ。
 

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 朝になってもシャワーは出ないので、レセプションへ行ったものの、英語がわかる方もいなくて、7時にテクニシャンが出勤するから、部屋へ行くから、とのこと。
 
 仕方がないので、昨年からピアノの練習場所が無いコンクールへ行く時に使っている、ポータブルピアノでとりあえず暗譜確認。
 この景色をみながら、モーツアルトのソナタを弾くのは想像力を掻き立てられます。
 
 結局、7時過ぎてもテクニシャンは来なくて、再びレセプションに行って、先に朝食に行くから、と言いに行ったら、ちょうどあの中学生たちも朝食。
 とんでもないうるささなのです。

 とても、あんな中で朝食を食べる気もなくて、前夜のうるささから全て、私の怒りが頂点に達し、レセプションにイギリス人らしく抗議。
 
 普通の旅行ならまだしも、私も時間を考えながらの行動をしたい日でもあり、全てが狂っていたのです。

 結局、テクニシャンが来て、シャワーヘッドに問題があって、それを交換。
 

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 中学生の食事が終わる頃、ダイニングへ。
 どうやら、一般客は、私ともう一組くらいだったみたいです。


 そして、レセプションで抗議をした時(そうでなくてもお願いしてみようとは思っていたのですが)、9時半に朝食時間が終わった後、ダイニングのピアノで30分ちょっと練習させてもらいたい、というお願い。
 あちらも、さすがにまずい、と思ったのでしょう。
 ダイニングに連絡をして、OKを頂きました。
 よって、この白いピアノ(韓国メーカー)で、チェックアウト前に練習。
 前々日はピアノに全く触れず、前日は30分。
 いくら、ポータブルピアノで弾いても、鍵盤の深さがないわけなので、ここで結局45分ほど弾かせて頂けて助かりました。

 宿泊先を探していた時、同じ値段でもう1か所とどうするか迷った時、決め手は写真にあったこのピアノでした。
 
  

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 相変わらず良いお天気で。
 これは、ガッリポリのお城。

コンクールは別記事に書いた通り。

 終わって、2日後に弾くことがわかって、フライトの値段次第で、一度帰るか残るかを決めよう、と思ったのに、ホテルのWifiが相変わらずつながらない。
 ネットカフェを教えて頂いたものの、シエスタでお休み中。
 仕方がないので、コンクールが2時半に終わって、午後3時47分の列車に乗らないと、午後9時45分のフライトに間に合わないので、一か八か、帰ることにする。

 

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 ガッリポリの駅から、FSE(私鉄)でレッチェへ。 そこからバーリ(これは、既に購入済み)へ移動して、空港へ。 前日と同じルートでバーリへ戻る。
 が、レッチェの駅での乗り換えは20分。
 ガッリポリで既に15分の遅れ。
 前日の遅れを考えると、もう無理か?という感じ。
  
前日とは違って、とっても古い車両。


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 中は、外から想像するよりもきれい。
 車掌さんが回ってきた時に、レッチェからの切符の控えを見せて、これに乗りたい、ということを伝える。
 「無理」
 と言われたのですが、運転手さんに話して下さったようで、元々の遅れがあったものの、それ以上は遅れないようにして下さったらしく、途中で、「乗れるようにしたから」と言いに来てくださいました。
 
 レッチェの駅で、購入済みの切符の控えを、窓口で切符に交換(他の切符はそのようなことはなかったのですが・・・)と書いてあったので、時間が5分もなくて、並んでいたけれど、他の方に事情を話して順番を前にして頂く。
 結局、駅の窓口の方もよくわからなくて、このままこれで乗っていいよ、と言われ(たと思う。 なにぶん、イタリア語なので・・・)、また駅を走ってバーリ中央駅行きのローカル列車に乗り込む。
 この時間、ちょうど速い電車がなかったのです。
 そして、前日よりも各駅停車みたいな感じで時間もかかったのに、なぜか料金は高い。
 イタリアは不思議です。 ローカル線には、事前割引切符がないのか?

 予定通りバーリの駅に着いて、空港へ行く列車まで時間があったので、焼き菓子まで買いに行って駅に戻ったら、調べてあったのと、時刻表が違う。
 けれど、本数も多いので、特に問題なし。
 昨年は、バーリの空港から終点のバルレッタまで乗った私鉄に再び今度はバーリ市内から空港まで乗車。
 

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 レッチェからバーリの列車にさえ乗れたら問題はなかったので、どうにかバーリ空港に到着。
 ちょうど、陽が沈むところ。
 もう少し早かったら、もっときれいだったのだろうな、と思います。


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 バーリの空港はきれい。 こんなにきれいなのに、お手洗いに便座が無い。

 午後9時45分バーリ発の飛行機で、夜中12時にロンドン・スタンステッド着。
 凄く遠いゲートに着いて、初めて、スタンステッド内を走る電車みたいのに乗って(いつも気になっていたのでやっと!)、入国は夜中なのにすごい人。
 それでも、1時のコーチに乗れたので、悪くないでしょう。
 
 家に2時半に着いて、5時まで翌日のフライト、宿泊先を手配して、というとんでもない日でした。
 
 


Posted on 2015/05/31 Sun. 16:17 [edit]

category: イタリア

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31

ガッリポリ (5月11日 ③) 

2度目のイタリアから帰ってきて既に2週間。
イタリアに行く前に、冬物をほとんど全部しまうつもりで洗ったのに、再びセーターを着たいような気候になっています。

ガッリポリ(Gallipoli)の続きです。

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 ホテルの目の前は、海。
 とにかく、きれい、というのが第一印象。
 セイシェルとはまた違う海の色。
 

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 旧市街にコンクールが行われている劇場があった為、旧市街へ。
 旧市街は島のようになっているのですが、ちょうどシエスタが終わる頃の時間、ともあり、とっても静か。

 ひとまず、会場へ行ってみましたが、まだもう少しかかる、ということで、この日を逃したら、この旧市街を歩く時間は無い、と思って、小1時間、先にお散歩をすることに。


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 ビーチを発見。
 最後に海で泳いだのは、4年前のセイシェル。
 あそこで泳いでしまったら、他のビーチに行くのはとても難しい(現に8歳の時にフィリピンのセブ島で泳いでから、20年くらい、セイシェルに行くまで海で泳いだことがありませんでした)。
 が、ここだったら大丈夫かもしれない、というのが第一印象。
 

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 この旧市街、外側が車が走れるようになっていたのですが、一方通行。
 外側を歩いて一周しても、1時間かかりません(私にしては、凄くゆっくりな歩行です)。
 

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 ビーチになっているのは1箇所だけなのですが、それ以外も、本当に水がきれいで。
 波の音を聴きながら歩くのは、至福の時間でした。
 
 いちおう、タラント湾に面しているものの、イオニア海でもある。
 こういうところにくると、地中海クルーズに乗船してみたくなります。
 そして、ギリシャに行きたくなる。
  

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 廃車を使ったような、オブジェ?
 こういうものが、とっても自然に馴染む街。


 とここで、この街に来た目的、コンクール会場に戻る。
 事前に主催者の方に練習場所があるか伺ったところ、無いけれど、前日午後6時に他のカテゴリーの審査が終わるから、その後、30分練習させて下さる、とのこと。
 5時半頃戻ったら、これからこの日最後のカテゴリーが始まるところ。
 せっかくなので、聴いてきました。
 ピアノ、ヴァイオリン、歌、ギター、後何だったか?
 この年齢枠は地元らしいイタリア人ばかりでしたが、私が教えている生徒たちと同じような年代、ということもあり、興味深く聴いてきました。

 結局7時に終わり、それから、舞台で30分ほど練習させて頂きました。
 1年ぶりの傾斜舞台。
 傾斜が緩いので、調節はしていなかったのですが(もっと大きな舞台だと傾斜も大きく、ピアノの手前側の車輪の下に調節の木を入れる)、普段傾斜無しのところでしか弾いていない私には、感覚がずれます。
  
 決して弾き込んであるピアノではありませんでしたが、ロンドンのオペラハウスと同じような色味の劇場。
 小さいけれどとっても居心地が良くて、練習しながら幸せでした。
 

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 この日がイタリア最後の夜。
 一度くらいはレストランに行こう、と思って、お散歩していた時に見つけたレストランに行く為に海辺に行ったら、日の入り。
 もう少し早ければ、もっと素敵だったのでは?と思います。
 セイシェルで、泳ぎながらサンセットをみる、という贅沢な時間を思い出しました。
 

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 ちょっと観光客向けな気もしましたが、海をみながらディナー。
 波の音をBGMに外でも暖かいし、幸せ。
 

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 ずっとサンドウィッチみたいなものばかりだったので、ここでしっかり食べる。
 『海の物』のセット。
 
 南イタリア、この地域で多いらしいパスタの形。
 トマトソースがとっても優しいお味の魚介パスタ。


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 さすがに、ポテトかサラダか選択できたのは、サラダで。
 メインは、イカとエビと何かわからなかったお魚のフライ。
 普段はこういうものは避けているのですが、昨年、ヴェネツィア近くの街の移動販売車で食べたイカの素揚げが忘れられないのです。

 イギリスのフィッシュ・アンド・チップスよりも衣が上品ですし、あげてあっても、お魚が新鮮。
 お醤油があったらよかったな、と超日本人的なことを考える。

 今まで行ったどこの街よりも、街が安全。
 ここに来た目的を忘れそうになるくらい、幸せな場所でした。

 

Posted on 2015/05/31 Sun. 15:23 [edit]

category: イタリア

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お喋りをする場所 

教えの時間が遅かったり、コンクールに行っていたり、体調を崩していたり、はたまた、当日券が買えなかったり。
 シーズン中なのに、『リーズの結婚』も新作の『ヴォルフ作品』も見逃したロイヤルバレエの公演。
 残すところ、ロンドンシーズンも後4回だけ。 というわけで、時間的精神的余裕があるので、久々に、朝からオペラハウスにチケットを買いに行きました。
 いつもなら金曜日は教えの終わるのが遅いので駄目ですが、ハーフターム中だから、久々に。 

 ボックスオフィスが開く1時間前に着いたのですが、先客は4名。
 ドイツから旅行中の大学生2人と、お年を召した女性二人。
 女性たちは別々にいらしていた方々ですが、お1人は60代後半ー70代、もうお一方は、80代前半くらいでしょうか。
 ロイヤルバレエを何年もご覧になっていらっしゃる方々でした。

 このような方々からお話を伺うのは、私にとって何よりも楽しみ。
 そして、昔の思い出を懐かしむように、話題を振ると、止まらない勢いで色々とお話下さいます。

 もちろん、話題はバレエのことだけではなく、昔のコヴェントガーデンの様子、自転車が歩道を走ることについての意見交換、語学、多岐にわたります。
 コヴェントガーデンが、今と違って、フルーツ&ベジマーケットだったころのお話は、もっと前のことだと思っていたので、驚き。
 

 どなたに伺っても、マーゴ・フォンテーンは、映像では彼女の本当の良さは伝わらない、ということ。
 映像でもそのエレガンスは伝わりますが、足が高く上がる、回転をたくさんできる、というのとは違う、マーゴの舞台。
 その解き放すオーラとステージプレゼンス。
 会場にいた人だけが得られたものが、彼女の場合は他のダンサーよりも多いようです。
 
 
  60代後半くらいの女性は、バックパッカーとして、中東、極東(日本でいうところのアジア)までいらしているそうで、そのお話を伺うのもとても有意義。
 以前、オペラハウスの外で夜越ししていた時のお友達で、現在65歳の女性は、家族の世話からの休暇(!)をもらって、今年に入ってから、お1人で、ユースホステルなどに泊まりながら、タイ、ベトナム、カンボジア、その周辺を2か月かけて回る、とおっしゃっていました。
 彼女は6か月の休暇を希望したものの、ご主人、お母様から猛烈に反対されて、やっと2か月の許可が出たそうです。
 帰っていらしていると思うので、お話を伺いたいと思いながらも、私も大してオペラハウスに行けていないので、まだお会いできていません。
 
 イギリスの女性たちは、頼もしいな、と思うばかりです。

 お喋りをしていたら、1時間の待ち時間はあっという間。
 持って行った本を全く広げることはありませんでした。

 夜の公演を観に行ったら、あまりにも久々でお友達に驚かれ。
 休憩中もずっとおしゃべり。
 私の両親よりも上の世代の方々とのおしゃべりの時間は、本当にあっという間に時間が経ってしまいます。

 マーメイトみたいに、Love or hateがはっきりわかれてしまう、マクミランのバレエ、『大地の歌』。 
 マーラーの同名の作品に振付けたバレエですが、私はLoveというか、Adoreなバレエ。
 
 バレエを観ている時間、ピアノを弾きたいな、と思わなくもないのですが、幕が下りると、行ってよかった、と思います。
 

 

Posted on 2015/05/29 Fri. 23:47 [edit]

category: 日常

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29

ガッリポリへ (5月11日 ②) 

レッチェ(Lecce)に着いて、そこで列車の乗り換え。
これが、わからず。
 
 イタリア鉄道から、私鉄のSud-Est線に乗り換えなのですが、ここから先の切符は持っていなかったから買いに行ったら、イタリア鉄道の窓口では買えず、キオスクで買うようになっていました。
 日本なら私鉄とJRがわかれていますが、そういうことを気にしない17年を送っている私には未知の世界で・・・

 乗り換え時間が10分ほどだったので、焦ったのですが、ホームに行ってみれば、列車は10分遅れ。

結局、この後3回、計4回レッチェの駅で乗換をしましたが、毎回走ってばかりいました。


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 途中のZollinaの駅で、多くが降りて、他の列車に乗り換え。
 この駅、マリア様がいました。

 この数日後、2度目にガッリポリへ行った時は、この駅で45分の待ち時間という状態でした。


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 レッチェから、ヒールを横断して、タラント湾へ向かう為、ずっと内陸。
 永遠にオリーブ畑、たまにブドウ畑、そしてサボテン。


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 最初は人が多かった車内も、最後はまばら。
 これは、きれいな新しい車両でした。


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 途中の駅は、みんなこんな感じなのですが、ここはなかでも味のある駅。
 ちなみに、単線です。
 だから、時間が狂いまくり。


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 1時間ちょっとの乗車で、終点、ガッリポリ(Gallipoli)に到着。
 

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 駅前はこんな感じで、ひらけているのかひらけていないのか??

 ちょうどシエスタの時間で、街は眠ったようでした。


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 この時は、新市街にあるホテルに宿泊。
 なぜか他よりも安かったのです。
 12階、最上階のお部屋。
 1人なのに、なぜかシングルベッド2つ、ダブルベッド1つのファミリールームみたいなお部屋。
 ミニキッチン付き。
 ですが、道具は何もなし。

 
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 カーテンを開けて、目の前に島みたいになっている旧市街がみえる、思わずワーッ と言ってしまった、素敵な眺め。
 ですが、私がこれまでに泊まった宿泊先(ドミトリーにもユースホステルにも泊まっています)で、史上最悪なホテルでした。
 眺めは最高。
 中身は最低。

 が、このホテルでなければ、ヘリコプターにでも乗らない限り、旧市街のこの風景はみることができないので、その意味でよかったのかな、と思います。
 

Posted on 2015/05/28 Thu. 11:00 [edit]

category: イタリア

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28

ピアノの練習の意義? 

 ハーフターム(ホリデー)中のイギリス。
 教えの時間も普段とは違い、学校がお休みの間はピアノもお休み、というご家庭があったりで、普段とは違う時間感覚で過ごす今週です。

 先日バスを降りる時、何を思ったか、運転手がドアを開けてすぐに閉めてしまって、まさに私の骨折した手がドアとドアの間に挟まれる、という事態。
 信じられません。
 間違って、閉まるボタンを押したらしいですが、お年寄りだったらどうなっていたことでしょう?
 在英の方々お気をつけて。
 直後は激痛だったものの、とりあえず、ピアノも弾けています。

  
 今年に入ってから、今まで教えたことがなかった人種のご家庭をレッスンするようになり、こちらも驚くような質問をされました。

「みゆきも、まだピアノの練習するの?」
「自分で作曲しないのに、本当にプロフェッショナルな音楽家なのか?」

 彼らは、一度もクラシックのコンサートを聴いたことはありません。

 練習する、ということに関しては、今までもご父兄から不思議に思われていました。
 私がピアノを演奏することをご存知でない方が大半です。

 私はピアノを教えるのと同じくらい、人前で演奏することを愛し、それを私から取り上げることはできません。
 こうみえて、誰も信じてくれませんが、シャイな部分もあるので、人に話せない自分の気持ち、というのを誰にも知られることなく、外に発散できるのがピアノ演奏。
 それ以上に、今が一番弾けているように思うから、そして、何万曲と存在するピアノ曲、弾きたいものがありすぎて、私を止めることは誰もできません。

 教材研究などをしない教師ですが、その教材をどのようにして生徒一人一人にいかしていくことか、ということの方が大切だと思うので、その場での見極めはある方だと思います。
 自分が練習をすることにより、生徒が弾く曲のレベルとは違っても、アドバイスできることは同じ。
 練習方法、手の動かし方、自分で弾いていなければ、みえてきません。

 それに、自分が普段からきちんと楽譜を読み込む(音を読む、ということではなく)ことをしていれば、自然と、弾いたことがなくても、生徒の曲で必要なことが即座にわかるようになると私は思うのです。
 
 
 ピアノの練習は大変。 ちょうど先週は学校の宿泊行事(日本でいう小学5年生くらいで、4泊5泊くらい、早いところは3年生で2泊)で出かけて、ピアノの練習をしなかったら、帰ってきてできなくなっていて、いかに普段の練習が大切なのかを感じた子達もいます。
 私だって、練習をしなければ弾けません。
 レパートリーの磨きもそうですが、読譜、暗譜する曲も山ほどあるので。
 たくわえが多少あるものの、それでも、指は動かなくなる。
 一昨年の骨折後は・・・ 

 決して、楽しいレッスンではない、私のレッスンスタイル。
 ここでも何度も書いていますが、私にとっての楽しい、というのは、その場がFunという意味ではなくて、弾ける喜び=楽しい、になってほしいから。

 今日も、一人泣きました(私が泣かしているわけでもないのですが、本人が一番悔しくて泣く)。
 が、練習方法を考え、間違える理由を考え、一つ一つClearにしていったら、自分で間違ったことに気が付くようになり、そのうち弾けて、最後は素敵な笑顔で終えました。

 日本舞踊、バレエ、私の子供の頃の先生方は、昭和の先生方。
 レッスン、おけいこが楽しい、なんて思ったことはありません。
 でも、その中でできるようになる、何かを覚えることがすごく楽しかった。
 だから、やめたい、と思ったことは一度もありません。
 
 師匠とのピアノのレッスンだって、戦場です。
 褒められたのは昨年ただ一回。
 でも、楽しいのです。
 先生が厳しくして下さるのは、私を上手にしようとしてくれることの表れ。
 先生があきらめたらおしまい。 そう思って私はレッスンを受けていました。

 定期的に湧き上がる、楽しいって何だろう?という疑問。
 
 私のレッスンは厳しくて有名。
 でも、頭ごなしに、「どうしてできないの」というレッスンではない。
 突き詰めていく。  
 でも、導入の子達には、求めることは厳しくても、きっと大きい生徒たちがみたら驚くほど、ゆったりレッスン。

 今日は、私の生徒で一番カメのような進みだった男の子が、やっと1年9か月経って、教本が2冊目に突入。
 早い子だと、半年くらいなのですが。
 練習の習慣がなかなかつかなくて起こってしまいました。
 が、楽譜に対して異常な興味がある子なので、本人も2冊目は1年9か月かからないで終えるそうなので、これ以上記録更新をしないで頑張ってほしいな、と思っています。

 私も弾きたい曲がありすぎて、ピアノの上は楽譜の山。
 そろそろ、次の目標をみながら、絞って練習していきたいと思います。
 
 

 
 
 
 

Posted on 2015/05/27 Wed. 23:18 [edit]

category: 音楽

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聖二コラ教会 (5月11日 ①) 

バーリ最終日。
 この日は、正午過ぎの列車で、翌日のコンクールの土地へ移動。
 
 朝9時頃の列車の後は、正午過ぎまで列車がないようでした(ローカル線があったのかな?とも思いますが)。


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 まずは、前日にホテルのおじちゃんに伺ってあった、市場、メルカートへ。
 市場好きな私は、どうしても行っておきたかったのです。
 そうしたら、なんと、ホテルから歩いて2分の距離でした。

 建物は大きいのですが、空きも多くて、お店の数はそれほどでもなく。
 相変わらず、お野菜は買えないので、ここで私が探し求めたお店は一つ。
 ドライトマトを売るお店。

 お値段的にも、お味的にも、イタリアで買ってしまうと、イギリスでは買えないのです。
 今回もお店をみつけ、

「Poco(少し)お願いします」
 と言ったのに、おじちゃんは、「Si!!」と言ったのに、大きなおじちゃんの手でつかんだものは、300gもありました。
 が、困るものではないので、そのまま購入。 これでも、200円ちょっとなのです。


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 それから、再び旧市街に戻って、前日に中に入らなかったけれど、せっかくバーリまで来て、ここにこないのは、と思って行ったのが、聖二コラ教会(大聖堂?)。
 バーリの守護人である、聖二コラ。 サンタクロースの何かに関係があります。 余談ですが、ロイヤルバレエの『くるみ割り人形』には、セントニコラス(サンタクロース)という登場人物もあります。

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 入口には、お花も。 
 ということは?

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 と思ったものの、団体観光客も入っていくし、特に入口に注意書きも無かったので入ってみたら、なんと結婚式の真っ最中でした。
 普通の平日の月曜日の午前10時です。

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 マイクロフォンを使って式をしていましたが、もちろん、私には何を言っているのか、皆目見当がつきません。

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 真っ白な壁に、天井画が、また凄い。
 イタリアは、教会などの宗教画をみているだけで、幸せになります。


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 ちょっと早めにバーリ中央駅へ。
 トラム用?と思うような電線が街中にもあったのですが、実際に走っているところはみなかったので、昔の話なのでしょう。

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 旧市街とは違って、バーリの駅前は、背の高い建物が並びます。

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 予めロンドン出発前に購入してあった割引切符で、ここよりも南のレッチェ(Lecce)をまずは目指します。 
 この1本あとの列車だと、スーパーエコノミーの切符は、2等車も、1等車も同じ値段でした。 

 ローマから来た高速列車は、とっても快適。
 時間の遅れも無し。

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 お昼には、残りのパンと、途中で買ってきた、プロシュート。
 イタリアでこういうものを食べておくと、イギリスで食べなくなります。
 
 毎回、イタリアに行くたびに少しずつイタリア語を覚えようとしますが、今回は1年空いたので、再びずいぶん忘れました。
 
 100g、というのを覚えないので、スーパーの切り売り場所で、
「イチ、ゼロ、ゼロ、グラム」とイタリア語の数字を言ってみたら、お店のおじちゃんはわからなかったのですが、そばにいたおばさんがわかって下さって、やっと、ここで、チェント・グラム、という言い方を思い出す。
 
 お惣菜を買いたければ、私は重さの感覚が無い人なので、「ピッコロ」と言って、小さい容器を出して頂いて、入れ始めたら、「Mezzo」とお願いすれば、そこに半分だけ入れて頂けます。
 どちらも、音楽で使う言葉。
 イタリアに行くたびに、音楽用語はそのままイタリア語なのだ、と再認識します。
 階段は、スケール。 ということは、私の生徒の多くは、階段の段差がめちゃくちゃです。

 というわけで、同じ州なのに、バーリから次の目的地、ガリッポリまで、2本の列車を乗り継いで、3時間ほどの旅でした。
 
  
 

Posted on 2015/05/26 Tue. 22:55 [edit]

category: イタリア

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バーリ観光 旧市街の小道 (5月10日 ③) 

バーリで出会った、おいしい甘いものがこれ。

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 Recce? Recca? どちらかが単数形で、どちらかが複数形。
 中には、カスタードでもない、チーズでもないその中間のようなものが入っています。
 前日のコンクールの後、夕食も食べていなくて、駅に近いピッツァなどの切り売りをしているようなお店で軽い夕食を買って、これが目に留まったので買ってありました。
 
 とっても気に入って、3つ買うと安かったので、バーリ空港から帰国前に、バーリの駅で30分ほどあったので、買ってきて、まだ私の冷凍庫に入っています。

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 青空に、グリーンと赤いお花が映えます。
 イギリスのお花よりも発色がはっきりしているように思います。


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 午後シエスタをしていたのですが、お部屋のお掃除の方がいらしたので、せっかくのお天気だし、と思って、再び旧市街へ。
 
 特別に何をみるわけでもありません。
 迷路みたいな小道を歩くことが幸せでした。
 イギリスにはない世界。
 そして、これもまた大好きなイタリアの建物。


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 太陽がある国ならではのひさしがついていて、お洗濯ものが干してあって。
 

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 こんな狭い道でも車が入ってきます。
 そして、道を挟んで、バルコニーに座ったおばあちゃんたちが井戸端会議。

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旧市街は、観光地化しているものの、人々のしっかりとした生活もある。
 だから、こうやって、家の前にお洗濯ものを干していたりもするのです。
 下着も何も気にしない。 日本人の私からするとびっくり。
 洗濯物を通りからみえるところに干す、というのも、イギリスではまずみかけない風景。
 お布団も太陽の下に干せないイギリスに住む私からしたら、とっても羨ましい。

 

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 見上げたら、何か実がなっていました。
 レモンかな?と思ったものの違いました。

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 どこもが、写真の題材になりそうで、適当に歩いていると、同じところに行きついたり、ぐるぐる回ったりしてしまったのですが、それすらも気にならない、居心地の良さ。


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 そして、こうして、クライストではなかったのですが、日本のお地蔵さんみたい?


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新市街地に来て、ここでも鮮やかなお花。

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 こちらも下にサボテン、そして、鮮やかなお花。


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 駅の近くのバーリ大学。

 帰りに、ピッツァリアがあったので早めのお夕食に、と思ったのですが、早すぎてダメ。
 また後で出直そう、と思っていたら寝てしまって、遅くなりすぎたので、この日もお夕食は、お昼の残り物。
 と思っていたら、前述のように、プロシュートを猫に食べられてしまっていました。

 バーリでは、結局レストランで食べることもなく終わりました。
 イタリアで食べるピッツァは好きなのに、今回は、2回の旅合わせて5泊したのに、一度も食べずに終わりました。


 

Posted on 2015/05/26 Tue. 12:29 [edit]

category: イタリア

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バーリ観光 アドリア海 (5月10日 ②) 

イタリア、続きます。

 旧市街の迷路のような狭い道、観光客たくさん、というところを歩いていたら、海がみえてきたので、そちらへ。

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 昨年は、イタリア、クロアチアの両サイドからアドリア海をみたものの、すぐそばまで、というわけにはいきませんでした。
 よって、こんな海辺を歩くのはやっとの初めてのアドリア海。


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 深いブルーなのですが、非常に透き通っています。
 ここは、岩場みたいになっていて泳げる場所ではありませんでした。
 が、勇者がいるもので、泳いでいる人もいました。
 さすがに私はやめておきましたが、再び、アドリア海で泳ぐ、という夢は叶いませんでした。


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 見えるかしら? カニもいました。


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 ちょっと歩いて行ったら、船がたくさんみえて


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 太陽が海面に反射して、なんとも美しい。
 そして、おじさんたちが、網の準備をしていたり。


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 市場があったので、入ってみたのですが、日曜日だからなのか、普段からなのかお店もあまりなく。
 みたことがないお野菜も多いのですが、キッチン付きでないのでお料理もできないので、みるだけ。


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 旧市街と新市街の分岐点に出て、なんとも今まで接したことがないような感じの劇場が。
 地図をみていると、劇場がいくつかあるのです。


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 ちょうどお祭りだったからなのか、それとも常設なのかはわかりませんが、この白い飾り物の門の先には、セント・ニコラスがまつられていて、何かやっていました。

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 バスも通るような大通りにも、ヤシの木が。
 

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 そして、再び劇場。
 
 ここでホテルのおじさんに教えて頂いた地元の人が行くようなレストランにランチに行ったのですが、日曜日のお昼。 
 1人は断られてしまいました。
 
 よって、スーパーを見つけたから、そこで量り売りのプロシュートなどを買って、ホテルのバルコニーでサンドウィッチランチ。
 残りのプロシュート、お部屋よりもバルコニーの方が涼しかったから、スーパーの袋に入れて、しばってテーブルの上に置いておいたら、なんと、猫ちゃんに食べられてしまいました・・・
 猫が食べて大丈夫なのかはわからないし、動物が苦手な私は困るし、でした。

 

Posted on 2015/05/25 Mon. 23:45 [edit]

category: イタリア

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25

師匠ご夫妻の発表会 

バンクホリデーウィークエンドのこの週末。

 恒例の師匠ご夫妻の生徒たちの発表会。
 私も、1年弱先生に最初に習っていた1998年、そして大学生になってから2001年から2006年まで(2007年も弾いたような気がしますが)先生に定期的に習っていた時は出させていただいていました。

 ロンドン郊外(厳密にいうと、ロンドンではなくて、ハートフォードシャー)の私立男子校の音楽棟ををお借りしての発表会。
先生方の息子たちが通っていたから、こうしてその後もお借りできているようです。

 今回が21回目の発表会、ということで、私は第4回に出させて頂いているのだな、と思いました。

 
 この発表会、生徒全員が参加ではありません。
 師匠がカーディフの音大で教えていらした頃は、5人くらいに声をかけた時もあれば、私だけの時もあれば、色々でした。
 皆で、ジュニアスクールの先生の生徒のお父様の車で行ったこともありますし、私は先生のお宅に前日に泊めていただいたこともあれば、いろいろな思い出があります。
 が、基本的に、発表会が日曜日なのに、その前の水曜日のレッスンの後、
師匠: 「じゃあ、日曜日に。 ○○を用意しておいて」
私: 「なに? 日曜日にって?」
師匠: あたふたしながら「予定があるのか? だめなのか?」
私: 「試験前だから、練習するだけ。」
師匠: 「よかった。 いつもの発表会だよ」

 と、このような会話が毎年なされていました。 一度は、2日前の金曜日に言われたこともありました。
 が、自分が出る時でさえ、こんな直前まで知らなかったのに、今回は、すでに1週間前の月曜日に、奥様の生徒のお母様に伺って発表会のことを知っていました。


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 今年は、師匠がある理由でお忙しくて、私にも手放す生徒を回されたほどなので、人数が少なめでした。
 そして、全員が出られるわけではないので・・・
 
 後半8人は、全員、中学、高校生(イギリスでいう、GCSE, Alevelsくらい)のグレード8を終えた生徒たち。
 最後の二人は、一昨日セント・マーティンでコンサートをした師匠の生徒たちでしたが、6人は奥様の生徒たち。
 音大を目指している子達ではありません。
 皆、このあたりの優秀な学校に通い、GCSEの試験は既に始まり、ハーフタームが終われば、A Levelsも始まります。
 
 車がなければ行くことが不可能な場所なので、連れて行って頂いたところの女の子は、既にGCSEの試験を8個終えて、ハーフターム明けの一週間に、8個、そのあとにも、と試験の真っただ中です。 外国語も、ラテンともう一つ。
 それでも、こうしてピアノを続け、夏にはディプロマ(Grade 8の上)を受ける予定です。

 彼女のことは、ちょうど10年前、先生方の子供の生徒5人と私ともう一人大学生で、ロンドンのユダヤ系ケアハウスで演奏をした時に知り合った子。
 その時、初舞台だったのですが、ずいぶんしっかりとした演奏をする子でした。
 
 今日はシューマンのノヴェレッテの1曲を演奏しましたが、客席をまとめることができる、聴かせられる演奏なのだな、というのが印象。 一番後ろに座っていたのですが、彼女の時だけ、客席の雰囲気が違いました。

 今はお勉強が大変で、30分のディプロマの曲を抱えていても、練習できるのは、最大1時間。
 それでも、小さい時に非常に熱心に練習をしていた貯えがあるから、基礎をしっかりと勉強しているから、今こうして続けることができるのだな、と思いました。
 ほかの子たちも同じです。

 もう一人、A levelsの1年目の女の子。
 彼女のことは、9年半前、私がロンドンに移ってすぐ、先生ご夫妻がロシアに出張に行かれた際、生徒たちのレッスンを任された時に出会った子。
 私のレッスンで泣いてしまい、奥様の生徒を泣かせたことで、私は本当に困ったのですが、お迎えにいらしたお母様も、報告をした時の奥様も、「いつも泣く子だから」と言われて、ちょっと安心した子です。

 彼女のいとこのレッスンを私は数年しているので、様子はちょこちょこ聞いていました。

 正直、彼女は小さいうちは目立つこともなく、発表会でソロを弾いたことはありませんでした(全員がソロではありません)。
 が、好きだったのでしょうね。 ずっと続けて、Grade7、8くらいになって、皆がソロを弾かせてもらえるようになるとソロを弾き始め、こうして続いているのです。
 決して器用な子ではないように思いますが、そこは奥様も選曲を考え、彼女ならではの演奏。
好きで続けること。 どんなに上手でも、好きでなければ続きません。

 私のまだ小さい生徒たちをどのように育てていくのか、その数年後をここで想像させていただける、大切な時間です。

 
 全体的に、皆、指がしっかりしています。 あの導入指導ですから。
 そして、構築力の強さ。

 発表会用に曲を仕上げる、というよりも、その時弾いているもの、4月初旬のグレードで弾いたものをしっかりと仕上げなおして演奏する、というスタイルです。
 
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 5週間ほどで還暦を迎える師匠と、姉さん女房の奥様。

 先生ご夫妻は、プログラムに記述は無かったものの、最後に連弾を。
 今回は、以前にも聴いていますが、ラフマニノフの6つの小品 作品11 から、スケルツォと賛歌(グローリー)。
 この二人の連弾は、一心同体なので。
 最初に説明がありましたが、グローリーでの、いくつもの鐘の種類。
 クワイヤーの音の重なり。
 
 お二人の演奏スタイルは違いますし、持っている音もずいぶん違うので、よけいに面白さがあります。

 休憩中、久々に先生ともお話しできて良かったです。
 そして、終わった後ご挨拶に行ったら、誰が誰の生徒かわかったか?と恐ろしい質問をされました。
 わかるときもありましたが、わからないことが多いです。

 今年4月までの課題曲のグレード7を弾いた子たち。
 フランク・ブリッジの子守歌。 とっても素敵な曲です。
 これは、一昨年当時9歳の私の生徒が弾いていた曲。
 ずっと育てていきたい、と思っていたのですが、諸事情により(ずっと耐えていたものの、お父様が私のことを召使のような扱いをする、言動、についに耐えられなくなって、子供たちを上手にしたい、という気持ちが私に無くなってしまった)、断腸の思いで手放した子。
 今でも、彼のことは忘れられません。
 今日演奏した子は、インド系の男の子。 14,5歳だったと思いますが、きっと私が教えていたあの子が大きくなったらこんななのだろうな、と思ったら、すごく複雑な気持ちになってしまって。
 
 
 今回は、グレード1-5までがほとんどソロがなくてちょっと寂しかったですが、5歳でもとっても弾ける子がいたり、私の生徒たちが弾いている曲(グレードの曲は同じなのです)があったりで、勉強になりました。

 そして、ここに来ると、色々な思い出があって、懐かしくなります。

Posted on 2015/05/24 Sun. 23:02 [edit]

category: 音楽

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24

バーリ観光 (5月10日 ①) 

 バーリ2日目。 
 バーリは、昨年空港を使っただけなので、市内観光をするのは初めてでした。 

 この日は、前日のコンクールで1位を取ればファイナルコンサートでしたが、そうでないので、特に予定なし。
 コンサートを夜聴きに行ってみたいな、と思ったものの、Sud-Est線が日曜日に走らない為、代わりのバスがあるのですが、行くことはできても、帰ってくることができなくなるので、残念ながら行くのを諦めました。
 
 余談ですが、泊まったホテルは、家族経営、という感じのほのぼのとしたところでした。
 朝食は、イタリアならでは・・・ 甘いパンばかり。
 これだけは苦手なのです。 甘いパンは嫌いではありません。 でも、朝から食べられません。
 イタリア人観光客が多かったのですが、ツワモノは、チョコレートクリームが入ったクロワッサンにさらにジャムをつけて、飲み物は、ホットチョコレート。
 私は、粉砂糖がふってある、一番甘くなさそうなものをチョイス。 でも、そういう人も多く、実は皆さん甘いパンを食べたくないのでは?とも思ってしまうのですが。


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 バーリは、右上に突き出しているのが旧市街。
 手前側の碁盤目状になっているところが、新市街。
 私は新市街に泊まっていました。 英語のガイドブックを読んでも、旧市街にはスリに注意、という注意書きがあるほどで、とても心配していたのですが、特に私は怖い思いをしませんでした(元々ロンドン在住で、普段からバッグを非常に気にして持っています)。

 旧市街は、細かい地図を持っていなかった、ということもありますが、まるで迷路のようでした。


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 新市街の道の一つ。
 イギリスにはない色使い。
 壁とシャッター(?)の色がちぐはぐか?と思いながらも、なぜか馴染んでいるのがイタリア。
 

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 知らない植物がバルコニーから垂れ下がっていたり。


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 公園も、なんともワイルドで、南国風情あふれます。
 初老の男性がたくさんいらして、日本だと女性の井戸端会議みたいな感じ。
 なんとなく雰囲気的に中に入りずらく、公園は素通り。



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 こちらが、バーリ城。
 ですが、中には入らず。
 ここが旧市街の西の端。
 一気に観光地化してきました。

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 お城の前の旧市街の家々は、新市街とはまた違い、私が大好きなイタリアの味。
 

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 狭い旧市街には、いくつもの教会が。
 これは、ちょっと大きめ。

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 名前を憶えていないのですが、旧市街の細い道に建っていた、外見は教会らしくない教会。
 ここが、本当に素敵で。

 3月にドイツに行った時には、ステンドグラスが眩い大聖堂に魅了されましたが、イタリアはステンドグラスの教会、というのを私はみた記憶が無いのです。
 
 ここはとっても小さい教会だったのですが、凄い装飾なのですが、実際にはそれほど厭らしくなく。
 写真では切れてしまいましたが、天井のブルーが非常に美しい発色。
 絵画でも、イタリアの古い宗教画が私は好きなので(昔は印象派が大好きだったのに、いつの間にか、かわっていきます)、こういう絵はみていて飽きません。
 そして、このエンジェルが、この前日に弾いた、ベートーヴェンのソナタ 第32番の私の想像にピッタリで。
 次にこのベートーヴェンを弾くのが楽しみになりました。

 つづく・・・

Posted on 2015/05/22 Fri. 23:55 [edit]

category: イタリア

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22

弟弟子のコンサート 

昨日は、夜9時に教えを終えて生徒のお宅を出た時、まだ薄明るい。

住宅地を歩くと、前庭はライラック、シャクナゲが咲き、壁、入口にウィステリアが美しく咲いているお宅も。
バスに乗っていると、空き地(?)には、エルダーフラワーが咲き乱れ、新緑が目に入り、今が一番美しい季節だと思います。
バスに乗っても、いつもと違って読書がはかどりません。

 イタリアの記事を書くぞ!と思っていた途中、さすがに先週の疲れ、いや、その前からの直前キャンセルしたコンクールの準備の大変さもあり、帰ってきた途端に体調を崩し始め、先週休んでいる分、教えをこれ以上休めないので、他のことは何もしないで、教えだけは行っていたのですが、遂に水曜日の夜からダウン。
 水曜日の教えの途中から非常に駄目で、本当はその夜、1か月以上ぶりのオペラハウスへ行く予定で、チケットとビノキュラを用意して、楽しみにしていたのですが、この私が、教えの後、オペラハウスではなくて、家へ向かっていました。
 お夕食も食べずに夜8時過ぎにベッドに入って、起きたのは翌朝6時。
 ほとんど熱も下がったので、寝ることが一番なのだな、と思わずにいられませんでした。

 

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 咳もずいぶんおさまったので、とっても久々にセントラルロンドンへ(教えでは週に1度行きますが)。
昼間行くのは、いつ以来でしょう。

 トラファルガー広場の片隅に建つ、セント・マーティン・イン・ザ・フィールド教会(ここの地下のカフェはロンドンの中ではお手頃価格でおいしくて、好きな場所)。

 ここに来るのは、4月にルーマニア人の友達のランチタイムコンサートを聴きにきて以来。

 今回は日本風に言うと、私の弟弟子のランチタイムコンサート。
 昨年とその前、サマーコースで一緒になってお互い同じ師匠に習っていることがわかった仲です。
  
 彼は、ギルドホール音楽、演劇大学ジュニアスクールで師匠に習っているので、同所で師匠が教えているもう一人の女の子とのジョイントコンサート。

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 プログラムは
 
 来月17歳になる男の子
  ベートーヴェン: ピアノソナタ 第31番 作品110

 ロシア出身の女の子
  バッハ: パルティータ 第1番 変ロ長調 
  ラフマニノフ: 楽興の時 第4番

 
 一番前にビデオカメラをセットした師匠発見。
 すぐにわかる後姿でありがたいです。

 とりあえずご挨拶に行きましたが、連絡は取り合っていても、お会いするのは昨年のサマーコース以来。
 まさか私が来るとは思わなかったようで、驚かれました。

 男の子は、先生と勉強して5年目。
 後期のベートーヴェンのソナタ。
 私も一昨年先生にこれをやるように言われましたし(時間がなくて、譜読みしては放り、譜読みしては放りを繰り返しています)、大学在学中も他の門下生が弾くのを何度も聴いた曲。
 
  10代の彼には、音楽的に出来上がっていない部分が多々あるのですが、随所に、師匠のこだわりが見えてくる。
反対に、師匠がここを言ったのにできていないのだろうな、と思う部分も見えてきてしまう。
 私の師匠は、一つの曲を数人に弾かせても、絶対に皆が同じにはなりません。
 それでも、師匠の元で一から学んだ私には見えてしまう部分もある。

 でも、12歳の時から師匠の元で学んだ彼は、下地がたくさんある。
 ショパンのエチュードをたくさんやり(師匠の考えでは、エチュードというのは13歳までに、遅くとも17歳までにやるもの。 私が昨年、今の私に必要なエチュードは?と伺ったところ、一笑され、この話をされました)、まだタッチの甘さはあるものの、必要なものは持っている。
 この年よりも遅く師匠が手ほどきして下さった私には、本当に羨ましいばかりです。

 
 後半の女の子は、ロシアで勉強した後、2年前から師匠に習っているようですが、ロシアの基礎がみっちり。
 バッハのパルティータは、私が師匠と最初に勉強したバッハ。
 他の門下生でこれを弾くのを聴くのは初めて。
 だから、とっても懐かしかったです。

 こちらも、音楽的に流されることなく、理知的に、きっちりと凹凸を勉強しているな、という印象でした。
 ただ、この曲に関しては、昨年のサマーコースで私の生徒がこれをイスラエルのイリーナ教授にみて頂いた時に見学させて頂いた時の感想が強いのです。
 
 またバッハの舞曲を弾きたくなってしまいました。
 
 ラフマの楽興の時は、先日遊び弾きしていたところなのですが、この曲を師匠の門下生が弾くのを聴くのは初めてのはず。
 この曲は、何度かラフマニノフが十八番のモスクワのイリーナ教授のレッスン見学をしている為、頭の片隅に彼女の顔が浮かんできて、
「涙よ!! 悲しみの叫び!」
などと、彼女が叫ぶ姿が浮かぶばかりでした。
 
 イリーナ教授に比べて理知的な師匠の指導のこの曲は、やはりちょっと物足りなさも。
 良いのです。 師匠とイリーナ教授はお互いに得意、普通の部分を非常に理解し合い、私はよく、二人の指導を合わせるとちょうど良くなる、とお互いから言われていました。

 
 同じ門下生の演奏を聴いて、年齢は全然違いますが、刺激を受けてきました。
 女の子の方の年齢は知りませんが、イギリスは、これからGCSE, A levelsの試験で中学、高校生たちは大変な時期。
 音楽でA levelを取っていても、実技の他に学科が非常に大変なのです。
 その最中にこのコンサートを行う、ということ、準備も大変だったことと思います。
 
 先週コンクールを受けてきた身からすると、人前で弾くのと比べて、聴く方は楽だな、と思います。 が、コンサートが終わる頃には、自分が人前で弾きたくなってしまうのですから、やはりこれが天職なのでしょうね。


  

Posted on 2015/05/22 Fri. 22:59 [edit]

category: エンターテイメント

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22

バーリへ (5月9日 ②) 

 非常に快適な列車の旅。

 2003年のこの時期に初めてイタリアを訪れて、その時もプーリア州。
 ローマからバスに揺られること6時間、という旅でしたので、今回はブリンディシに飛んで楽でした。

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 半分ほど進んだMonopoliを過ぎると、オリーブ畑、赤いポピーの花の隙間から、アドリア海が見えてきました。
 イギリスは基本的に、牧草地のようなもの、馬、羊というのが車窓からの眺め。
 それとはまったく違う眺めがイタリアにはある。

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 そして印象的だったのが、車窓からも歩いていてもみかけた、サボテン?
 太陽の力もイギリスとは全然違って、列車の中にいても、肌がジリジリと焼けてくるのを感じるほど。

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 今回、コンクールが行われた街にはほとんど宿泊先が無くて、バーリに宿泊。
 

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 ベランダ付でした。
 が、このベランダは3部屋共通。
 よって、窓を開けっ放し、というわけにはさすがの私もいきませんでした。
 

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 バーリからコンクールが行われたノイカッターロまでは、Sud-Estという私鉄に乗るのですが、これが厄介で・・・
 まず、バーリの駅で、乗り場がわからない。
 切符も、国鉄とは違うところで買う。
 
 日本なら、JR、私鉄各線いろいろとわかれていますが、イギリスは、それがないのです。
 よって、行く前に鉄道の時間を調べていた時も、いくつものサイトをみなくてはいけなくて、厄介でした。
 
 切符はSud-Estのホームで買うように、といわれたものの、そのSud-Est線のホームがどこなのかわからない。
 久々にあわてました。

 行きも帰りも、そしてこの後ガッリポーリに行った時も、Sud-Estは時間通りに走りませんでした。
 しかも、日曜日はほぼ運休、というすごい路線。

 ノイカッターロの駅に止まっていた、落書き列車。
 イギリスではこのように落書き?された列車はみたことがないのですが、スロヴェニアでも、他の国でもよくみかけます。

 ちょうど、この夜、バーリではお祭りが開かれていた、ということもあるのか、バーリ行最終列車(夜9時半)は、たくさんの人でした。
 
 

Posted on 2015/05/19 Tue. 09:59 [edit]

category: イタリア

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19

帰ってきた日常 

 イタリア滞在記を書いている途中ですが、まだ1週間前のことなのに、ずいぶん前のことのようにも感じます。

 30℃近い(超えた?)南イタリアから、10℃以上気温が低いロンドン。
 特に、今日は青空だったものの、風が冷たく、強くて、先週は半袖に素足で歩いていたのに、今日はヒートテックに黒タイツ。
 
 先週は非常に変なテンションで、月曜日の夜は泊まったホテルに宿泊中の中学生たちが騒いでいてうるさくて夜中2時過ぎまで眠れず。 レセプションに電話しようにも、それがない。 シャワーも出なくて、工事の人を待つ羽目に。
 火曜日はコンクールで、いつ弾くのかわからず、緊張状態を4時間保っていたら、おかしなことに。
 そして、完全燃焼しつつあった演奏なのに、途中で止められ(2つ前の記事参照)、消化不良。
 
 200km以上移動して空港に向かうも、列車の遅れがあって、ヒヤヒヤしながらの乗継。
 
 ロンドンに真夜中に帰ってきて、朝5時まで次のフライトなどの手配の後、3時間の仮眠。
 午後からいつもの水曜日よりも多い人数を教え。
 木曜日の明け方から再び徹夜でイタリアへ。
 
 木曜日、現地に着いたら、さすがに2時間ほどシエスタ。
 そして夜は20時間ピアノに触れていない状態でいきなり本番。
 
 完全燃焼して、寝不足で、街が美しすぎて、変なテンションになりすぎて、おかしなことに。
  
 金曜日は、さすがに夜のフライトのためにバーリまで200km移動することはできず、土曜日朝のもう少し近い空港からのフライトをとってあったため、一日ゆっくり。 4年ぶりに海で泳ぐことも。
 
 土曜日は朝6時に宿泊先出発でロンドンに戻り、80人並んでいたのに、奇跡的にたった50分のイミグレーションの待ち時間。 
 自宅に荷物を置いて、セントラルに行って、教え。

 普段の睡眠時間より極端に少ない。
 その間に移動、本番をこなしていたら、さすがに感覚がおかしなことになっています。
 
 濃い一週間だったな、と。
 が、一週間ほとんどピアノの練習もしていなくて、爪が伸びる速度が非常に遅い。
 一昨年の骨折の時以来の遅さ。
 
 タームが始まったばかりだと思っていたのに、来週はすでにハーフタームホリデー。
 恐ろしい速さで時が進んでいきます。

 ここで一度気を引き締めていきたいと思います。 
 そして、いい加減、1か月近く行っていないオペラハウスにバレエを観に行きたくて仕方がありません!


 

Posted on 2015/05/18 Mon. 20:56 [edit]

category: 日常

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18

STN-BDS-ブリンディシからバーリへ (5月9日 ①) 

 当初、2泊3日で行く予定が、2つ目のコンクールの為に3泊になり、結局、1日ロンドンに帰ってきたものの、とんぼ返りして2泊3日のイタリア滞在。
 1年振り、6度目のイタリアは、3度目のくるぶしからヒールにかけて広がるプーリア(Puglia)州へ。

 朝6時20分の飛行機に乗る為、夜中2時過ぎに自宅出発。 
 いつもなら、北ロンドンのコーチステーションからコーチに乗りますが、夜中で道も空いていることだし、と思って、その半額以下で乗れる、ベイカーストリートからのEasybusに乗ってみることに。
 小さなバンでしたが、東ロンドンに向けて走り、そこから高速道路だった為、興味深かったです。
 ちょうど金曜日の夜だったこともあり、Old streetを過ぎてからは若者があふれかえり、午前3時過ぎにあのような世界が繰り広げられている、私には知らない世界でした。
 そして、ふと見たら、バレエのトウシューズで有名な、フリードの工場も発見。

 朝4時20分頃スタンステッド空港に着きましたが、早朝ということを忘れるほどの人があふれかえっていました。


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 またもや、一番遠いゲートからの出発。 ですが、朝日が昇りかけていて美しい。

 ライアンエアー、ブリンディシ(Brindisi)空港行きは、ほぼ満席。 バギーを押している方が何人もいて驚きました(多くはイタリア人のようでしたが)。
 
 徹夜でしたので、フライト中はほぼ睡眠時間。 約2時間45分のフライトの後、無事到着。
 
 入国に時間がかかり、30分ほど並びました(審査官2人、とても丁寧に調べていました)。
 そして、待っている間、スーツケースが回っているのが見えたのですが、乗せ方が悪いのか、機能が悪いのか、U字のところで回り切れず、押し出されるように全て床に落ちる、というエンターテイメント。
 成田の機械は優秀です。
 

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 バスに走り乗り、空港を出たら、このような南イタリアならではの風景が。
 このオリーブの木と青空をみると、イタリアに来たな、と思います。


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 ちなみに、こちらが空港からのバス。
 私が持っているガイドブックによると、「薄い緑か、薄い黄色みたいな色のバスが、ブリンディシ駅へ向かいます」
とあります。 あやふやな内容・・・

 
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 南国みたいな、ブリンディシ駅。
 空港からはわずか10分弱のバス乗車でした。


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 30分ちょっとあったので、駅前を歩いてみることに。
 駅からまっすぐ伸びている道も、南国っぽい。
 

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 ブリンディシ駅の表示板は、私が子供の頃に空港にあったような、パタパタなんとも気持ちの良い音で表示がかわっていくもの。
 
 トリノ行きの列車に乗って途中全く停車しないで1時間ちょっと、ブリンディシから海岸沿いに100㎞ちょっと行ったところが、バーリ(Bari)。
 
 バーリにも空港があるのですが、ロンドンからの便は夜に着く。
 前日の教えを休みたくなかった為、バーリではなくて、朝着になるブリンディシに飛びました。
 
 ちなみに、ブリンディシからバーリへは前もって(といっても、急に決めたコンクールですし、予定が出たもの遅くて、1週間ほど前)列車の切符をインターネットで買ってありました。 半額以下のチケットが残っていてラッキー。
 こうした割引の切符が買えたら、本当にヨーロッパは安いです。
 この切符も10ユーロほど。
 日本の長距離の値段に驚くばかりなのです。

 

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 時間通りに列車は来て、長距離列車ということもあるのか、快適な車内でした。
 ブリンディシを出たのは11時半過ぎですが、トリノには、夜9時過ぎに着くようです。
 一度乗ってみたくもなくないような気がしますが・・・


Posted on 2015/05/18 Mon. 14:43 [edit]

category: イタリア

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ガッリポリでのコンクール (5月12日) 

 こちらも、英語の要項がないまま、申し込んだコンクール。
 一つ目のコンクールと同じ州、とっても近い日程、ということで、折角なので申し込みました。
 要項の写真の素敵な劇場に惹かれた、ともいえましょう。
 イタリアには多いですが、イギリスには、ほとんどありませんし、ピアノのソロであのような劇場を使えることも皆無に等しい。

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 モンサンミッシェルのような感じで(意味合いは全く違いますが、橋でつながっている島という意味で)メインランドから離れている旧市街にある、劇場。
 この細い道の右側にあるものが劇場なのですが、知らなければ見過ごしてしまいそうでした。


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 他の方のリハ中写真ですが。
 
 オペラハウスの小さい版にいるようで、嬉しくなります。
 ピアノはヤマハのC5か7かどちらだったか?

 それで舞台はこの大きさですから、バレエにもオペラにも使用は不可なのでは?

 劇場に練習用ピアノは無し。 よって、ホテルにお願いして、ダイニングにあったピアノで45分ほど練習させて頂きました。
 
 自分の番がいつなのか、全くわからず、ずっと緊張状態を保っていました。
 サマーコースの際、最後のコンサート以外は、自分の名前がいつ呼ばれるかわからない状態で待機なのですが、あのとんでもないことがここでとっても役立ちました。

 ここでは25分のプログラム。
 会場の写真をみて、どうしてもショパンが弾きたい。
 そして、この街の写真をみて、モーツアルトが弾きたい気分だったので、この3日前とは全く違うプログラムを組みました(←練習場所が無かったことを考えると、バカです)

 プログラムは
 モーツアルト: ピアノソナタ ハ長調 K.330
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 3日前のコンクールで一緒になった子が一人ここにも受けに来ていました。

 
 この広い会場で、審査員は一番前。
 主催者、もう一人偉そうな先生はピアノの方でしたが、他は、ヴァイオリンだったりいろいろ。
 
 私は人の演奏を中で聴くと緊張するので、外で待っていたのですが(音はずいぶん漏れてきます)、つまらない演奏だと、審査員は結構席を立ってしまっていたので、とりあえず、審査員を立たせない演奏をする、というのが一つの目標になりました。

 最後の方の演奏だったのですが、多分コンクールでモーツアルトのソナタを弾くのは初めて。 このソナタ、ここしばらく弾いていなかった。 ということで、結構緊張していました。
 
 が、25分のプログラムで、特別モーツアルトが自信があるわけでもないのに、このプログラムを弾く、というのは、危険。
 どれだけ、順位狙いでないプログラムであったことか・・・ ピアノで古典を弾いたのは、私だけだったと思います。
 
 舞台に乗ったら緊張も消え、第1楽章では出したい音も不思議なほど出て、調子よく進んでいました。
 が、第3楽章の最後の1ページを残して、ストップをかけられる。
 他の方は多分なかったことなので、動揺。
 すぐにショパンに移るように言われました。

 モーツアルトとは全く違う音が出始めたショパン。
 これも、ここの美しい海をみた後では、マヨルカには行ったことがないけれど、きっとこんなかな、なんて思いながら、私にとってジョルジュ・サンドとショパンの甘いささやきが始まる中間部の和音ムーブメントを弾いていたら、今までにない音が出て、これからどんな世界が待っているのだ?とゾクゾクし始めたところで、なんとストップさせられました・・・
 ”Perfetto”と何人かの審査員がおっしゃって、きっと、英語のPerfectと同じ語源かな?と思ったものの、似ている言葉かもしれないし、途中で止められるなんて、駄目だった証拠。
 自分では非常に珍しく納得がいきつつある演奏だっただけに、ショック。
 一昨年日本で受けたコンクールで、いつになく弾けてる、と思っていたのに、結果は下から数えた方がずっと早い、というのを思い出しました。 

 
 結果発表も、名前を呼ばれないことになれている為、セカンド・プレミオまでに呼ばれなかったから、がっかり。
 が、一番最後で、プリモ・プレミオの後に自分の名前が聞こえた時には、耳を疑いました。
 2日後のファイナルコンサートでショパンを、と言われ、賞状もその時に、と言われ。
 
 結果発表から1時間半後の列車に乗って、200km以上移動して、夜のフライトに乗る予定だったので、ここで、これからどうするか嬉しい反面、困ったことになったぞ、というのが、一番最初に出てきた感情でした。
 
 審査員の方々はほとんど英語を話せなかったのですが、私がわかる範囲のイタリア語の褒め言葉を頂き、驚くばかりでした。

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 天井の絵

 今回、身内だらけの中、点数が割れやすい私なのに結果が出たのは、これが、ピアノコンクールではなくて、音楽コンクールであったからだと思います。
 ピアノだけの審査員ではないので、評価が分かれやすいショパンも、「こう弾かねばならぬ」というのがピアノ以外の審査員には無かった。
 だから、あくまでも、そこに出てくる音楽だけでの評価をして下さったようです。
 もっとも、ピアニストでもある主催者は、評価して下さっていましたが。

 弟子をコンクール入賞させることで有名な某教授のレッスンでこの幻想ポロネーズを弾いた時には、それこそ、一小節毎に、直されました。
 でも、その人工的な音楽には私は納得ができなくて、全く従っていません。
 コンクールに入賞するには、審査員がよほど柔軟な耳をもっていない限り、教科書通り、つつきようのない演奏をする必要がある。
 でも、私はそれを拒否しています。
 師匠がおっしゃる、「コンクールは好きにしなさい。 でも、誰に何といわれても、みゆきの音楽だけは守ってほしい」、という言葉は一瞬も忘れません。

 自分の演奏をして評価を頂けた時、それが本当の評価だと思っているので。
 それに、コンクール用と自分用の演奏をしわけるなんて器用さは持っておりません。
 それなのにコンクールを受け続けているのは、紙の上での経歴が無い限り、小さなものでも演奏機会を頂けない。
 音源も聴いて頂けない、ということが何度もあるからです。
 そして、自分自身への鞭でもある。

 グランドピアノも所有したことがなくて、日々の練習は、電子ピアノ。 そして30半ばでの、初めての第1位。 
 とっても小さなコンクールです。
 それでも、この世界でとてつもなく遅いスタートだった私には、嬉しいことでした。
 

Posted on 2015/05/18 Mon. 11:02 [edit]

category: 自分のコンサート

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18

バーリ近郊の街でのコンクール(5月9日) 

まずは、コンクールのことから。

 今回、受けた2つのコンクール、国際、という名前が着いているのですが、イタリア語の要項のみ。
 イタリア語は全然わからないのですが、要項だけはどうにか読める為(細かいことはわかりませんが)、無理やり申し込みをしました。

 まず一つ目は、5月9日に受けた、くるぶしのあたりの、バーリ(Bari)から列車に乗って20-30分ほどのところにある、ノイカッターロ(Noicattaro)という街でのコンクール。

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 駅を降りて、ひたすらこういうところを歩きます。
 イギリスは基本、どこにでも歩道があるので、歩道がない日本のような感じでした。

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 これが建物?
 
 いやはや、なんというのでしょう。 芸術総合施設のようなものらしいのですが、見た目は倉庫。
 
 着いても、係の人がいるわけでもなく、一応、この日の参加者の表が張り出されていましたが、よくわからない。
 そばにいた、他のカテゴリーの子達がちょっと英語を喋れたため、ちょっと説明してもらうも、よくわからない。 
 が、今回、英語の要項が無いのに申し込んだのは私。
 よって、英語が通じない、英語の説明書きが無いことに関しては予め予想していましたし、それに対して腹も立てませんでした。
 
 

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 コンクールの会場のホールのとなりに、こんな小さな映画館のようなものがあり、そこに練習用のアップライトピアノが用意されていた為、誰もいなかったから先に指慣らし。
 
 自分のカテゴリーの時間よりもずいぶん早く行ったため、長い待ち時間でした。
 が、暑さ、湿気ですっかり偏頭痛になってしまった私は、こうして早めに行っておいて良かったようです。


 この日は、30分の自由曲。
 どうしても、いつも予選通過ができなくて、舞台に乗せられないでいたベートーヴェンを弾きたい、というのが今回の希望。
 
 私のプログラムは、
 ショパン: ノクターン ロ長調 作品62-1
 ベートーヴェン: ピアノソナタ 第32番 ハ短調

 ベートーヴェンは、第1楽章の繰り返しはしない予定でしたが、特に記述が無かった為、第2楽章は繰り返しを入れて弾く予定にしてありました。 が、直前で時間がおしているから、全て繰り返しなし、というお達し。
 感覚が変わってしまうし、このところ、繰り返しありでしか練習をしていなくて、それ用に音色も作っていたので、これはずいぶん痛い変更でした。

 ピアノはヤマハのC7くらい。
 休憩中に、一人2分、舞台のピアノを触れましたが、ずいぶんと明るい音で軽いタッチ。
 
 本番は、緊張が消えたものの、ショパンでは、あまりの鍵盤の軽さと明るさに細かい音のタッチのコントロールを若干失う。
 ベートーヴェンの方が、慣れて良かったように思います。
 それにしても、ベートーヴェンのこの曲、ここまで完全燃焼できたのは、久々。
 
 コンクール、という場所において、ここまで完全燃焼できたのも、いつ以来?
 今回の目的であった、自分の演奏を取り戻す、ということは達成できたように思いました。

 結果は、2位。 
 1位だったのは、私よりも10以上若い男の子。
 教本通りのシューマンのクライスレリアーナ。
 私は、個性が強くて点が割れる、と言われている為、点数制のコンクールで、それなりの点数がついたのは驚き。
 皆、ロマン派、現代が多い中、ベートーヴェンでの勝負でしたし、その中ではよかったのかな、と。
 何よりも、国際、と名前がついたコンクールでは今までで最高位。

 翌日のガラコンは第1位の人のみだったので、私はここで終了。
 審査員と多くの参加者が繋がっているようでした・・・
 そして、かなり時間がおしていましたし、英語も通じなくて、フィードバックを頂けなかったのは少々残念でした。



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 コンクール会場の目の前には線路。
 なんとものどかなところでした。

 

Posted on 2015/05/17 Sun. 22:35 [edit]

category: 自分のコンサート

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17

帰国しました 

150517-1


 昨日、5月16日の午後1時前、無事、ロンドン・スタンステッド空港に到着。
 2泊3日の南イタリア滞在から戻ってきました。

 
 写真は、ドーヴァー海峡を越えた後、イギリス内に入ってからみえた、この時期名物の黄色い菜の花のカーペット。
 この時期にイギリスを移動すると、菜の花のカーペットを見かけますが、上から見たのは初めて。
 いつも、イギリスに空から帰ってくる時は、ロンドン着が夜のことが多く、日中にこうした風景をみることは珍しい。
 自分で選ぶことができない飛行機の座席、今回は窓側だったことが幸運でした。

  
 14日のコンクールのファイナルコンサートは、楽しいものでした。
 ピアノだけではなく、弦楽器、室内楽、木管楽器、アコーディオン、マイクを持って歌う歌、パーカッションのアンサンブルなどなど、色々。
 残念ながら私は全体での賞には入れませんでした。
 各部門での審査員と全体のファイナルコンサートの審査員は違いましたし、入賞した人たちは、みなさん、現代曲、会場を楽しく、沸かすことができる曲ばかりでした。
 男性4人のサックスのグループが1位だったのだと思いますが(とにかく、言葉が・・・)、彼らの演奏は劇場内を非常に沸かせました。

 
 会場に練習ピアノも無くて、ロンドンの自宅を出る直前にピアノに触れたきり、20時間ピアノに触らずに本番で弾く、という初めての経験。
 ショパンの幻想ポロネーズの序盤の3度の動きのところで多少もつれてしまったのが残念でしたが、全体的には完全燃焼でした。
 
 部門での1位、というのはもちろん嬉しいです。 ただ、このコンクールは全体での賞に入らないと副賞がないわけで・・・
 欲を出してはいけません。 当初の目標は、とにかく、失った自信を取り戻すこと。
 それは達成したと思います。

 
 荷物も片付けないまま、昨日は一度家に戻ってから1時間の滞在後、セントラルまで教えに。
 さすがに今日の日曜日は、バテていました。
 
 昨日のロンドンと南イタリアでは気温も10度以上の差がある為、身体も多少おかしくなっています。
 そして、ピアニストに限らず、世界中で演奏をしている音楽家は本当にタフだな、と思わずにはいられません。
 
 
 愛して愛してやまないイタリア。 その6、7度目は1週間のうちに起こる。
 秩序という言葉がなさそうなのと、公共の場でのお手洗いの便座が無いことを除けば(バーリ空港も、ブリンディシ空港にも便座はありません・・・)大好きで仕方がないイタリア。
 言葉がわからなくても、みんな優しくて親切で。
 自分のことを棚に上げて言うと、例えお腹が出て、頭が寂しくなったおじさんでもセクシーな男性がとっても多いイタリア。
 帰りの空港で、イギリス人をたくさんみて、その違いになんだかおかしくなってしまう感じ。

 今までよりももっと好きになったイタリアでしたが、イギリスに帰ってくると、それはそれで安心する。
 田舎街にいた後に、セントラルロンドンに行くと、既に地下鉄の人の多さに酔い、自分の歩く速度が2倍くらい違うことを実感。
 でも、イタリアに住めるとは性格的に思いません。
 たまにこうして訪れることが一番。
 
 少しずつ、滞在記を書いていきたいと思います。
 
 そして、これから2週間は、必要に迫られることなく、好きな曲を、これから弾きたい曲を譜読みできるので、それがまた楽しみです。
 

Posted on 2015/05/17 Sun. 22:07 [edit]

category: イタリア

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17

やっと 

 ここで、私はコンクール敗戦記を書き続け、その名人になるのか、と思っていました。
 
 今年2つ目の国際コンクールは、1年振りのイタリア。
 5月9日の早朝にロンドンを出発して、同日夕方に南イタリアのバーリ(Bari)近郊の街で一つ目。
 そして、5月12日の昼間、タラント湾に面した、ブーツのヒールの内側の海沿いの街で2つ目のコンクールを受け、12日夜のフライトでちょうど真夜中にロンドン着。
 
 

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 こちらが、2つ目に行った、ガッリポリ(Gallipoli)の旧市街地。
 泊まっていたホテルの12階のお部屋からの朝6時の眺め。


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 一つ目のコンクールでは、2位を頂きました。
 国際コンでは、今までの最高が3位だった為、嬉しかったです。


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 そして2つ目のコンクールの会場の小さな、でも素敵な劇場。
  
 こちらでは、1位を頂いてきました。
 まさかのまさか。
 審査員の方々から、あんなにポジティブに言われたのは初めてです。

 こちらは、明日14日がファイナルコンサート+最終審査。
 ピアノコンクール、というよりも、音楽コンクールで、楽器を混ぜて審査していたのですが、他の年齢層なども含め、最終審査らしいです(全てイタリア語だったので、ほとんど把握していません)。
 
 今までが今までなので、まさかこうなるとは思わず、12日の午後早い時間に終わる、と思って、フライトをとってしまってありました。
 一瞬悩み、今日(13日)あの素敵な島で一日のんびりビーチで過ごしたいな、と悪魔のささやきが聞こえましたが、ここに2泊するよりもロンドンからここへまた来るフライトの方が安かったこと、そして、何よりも、今日レッスンを希望している生徒が多い(月、火に休んだ分の振り替えも含め)ので、悪魔のささやきに負けずに、帰ってきました。 それに、ピアノの練習場所もありません。
 
 昨夜、というか夜中、13日午前2時半にロンドンの自宅着。
 14日朝6時20分のフライトでイタリアへ戻るので、自宅出発は、14日午前2時過ぎ。
 ということで、24時間弱の自宅滞在。

 帰宅して、フライト、宿泊の手配をしていたら、ベッドに入ったのは、朝5時近く。
 身体がもつのかだけが不安ですが、明日は、ショパンの幻想ポロネーズだけを弾けばよいので、頑張ってきたいと思います。

 今回のコンクール、2つとも第1回の開催(イタリアは小さなコンクール王国)。
 2週間前に参加を決めました。
 2週間前の月曜日の夜中、ブルガリアでのコンクールを土壇場でキャンセルし、でも、6月まで演奏機会が無いまま過ごすのはあの状態では怖い。
 演奏する、ということへの自信が全くなくなってしまっていたのです。
 そのために、結果は二の次。
 自由曲30分で、点が取りやすいとかを考えずに自分が弾きたいものを自信を取り戻すために弾く。
 こんな、情けないことが今回のコンクールの参加のAimでした。

 が、結果、今まで味わったことがないほど、コンクールの舞台においても自分を開放、結果につながったようです。

 明日も良い演奏ができたら、と思っています。
 
 

Posted on 2015/05/13 Wed. 10:02 [edit]

category: イタリア

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13

英王室の答え・・・ 

日本は平和だな、と思わずにはいられません。

 サルの名前を、シャーロット、と名付けて抗議が寄せられているそうですが・・・
 英王室が、「名前の付け方は自由」と言ったこと、思っていた通りの答えでした。
 というよりも、きっと、どうして、そんなことをいちいち言ってくるのか?という考えの人のほうが多いのでは?
 今日は選挙でしたが、一緒に、これも世論調査してもらいたかったです。

 正直、発音がイギリス英語でのシャーロットと、日本語読みでのシャーロットでは違いますし、たまたま、今回は一般投票でちょうどプリンセスの名前も決まったところだったからこそ、問題になっているのかもしれませんが、そんなことを言っていたら、何の名前もつけられなくなります。
 
 大体、日本の皇室は近寄りがたい雰囲気もありますが、イギリスの王室は、
  彼らの写真が絵葉書になって、安価で売られる。
  エリザベス女王をはじめ、ウィリアム、ケイト、などなど、彼らの目がくりぬかれた状態のお面が売られる。
  ウィリアム王子とケイトが結婚した時には、彼らの着せ替え人形(昔ながらの厚紙の)が売られる。
  女王のジュビリーの時には、王室の主要人物の着せ替え人形が売られる。
  
 などなど、まるで、タレント扱いです。
 いや、ジャニーズなどの方が規制が厳しいのでは??

 日本で、天皇陛下、などのお面を販売したらどうなるでしょう?

 こういう国なのです。

 彼らは親しまれていますよ。
 カーディフの大学院時代、付属のジュニアスクールで仕事をしていた時、中学、高校生たちをいくつかのグループに分けて、エリザベス女王へのコンサート、というのを空想企画させた時、とんでもないコンサートばかりでした。
 彼らの言い分は、
「どうせ、女王は芸術なんてわからない。 だから、何やったっていいの」
 
 その後もオペラハウスでは、時折友人たち(御年65歳以上のアングロサクソン系イギリス人)は、
「まったく、エリザベスも馬のお尻ばかり追いかけていないで、芸術に触れたらいいのに」
 とおっしゃっています。

 公式ではなく、チャールズ皇太子とカミラがオペラハウスへ舞台鑑賞にいらっしゃると、劇場内が暗くなってからロイヤルボックスに入りますが、それも、口の悪い人たちは、
「あれは、カミラの趣味が悪いから、みんなの目を腐らせないように暗くなってから目立たないように入ってくるのね」
 なんておっしゃる方々も。

 皮肉さも交えて話される英国王室。
 でも、とっても愛されていると思います。

 
 ジョージ王子が誕生した後、ペットの犬に、ジョージ、と名前を付けた人、何人かはいると思います。
 公式の動物園だったから問題なのか?
 シャーロット王女が大きくなって、皇太子ご一家が日本を訪れて、大分の動物園に行って、サルのシャーロットと対面したら、それを楽しそうに日本訪問の一つの写真にするのがイギリスだと私は思っています。

 とっても日本らしい話題で、あきれつつも、どうなるのか、と興味と共にニュースを読んでいます。

 

Posted on 2015/05/07 Thu. 23:23 [edit]

category: イギリス事情

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07

楽典、セオリー、Theory 

強風であったり、晴れたり、急に雨が降ったりのここ数日のロンドンでした。
 
 グレード試験の申し込み締切が明日に迫り、つい最近、前回の結果が出たばかり、と思っていたのに既に次の試験の日程が迫っています。
  
 ピアノの他に、日本でいうと、ブルグミュラー25の練習曲終了程度のレベルから次に進むのに必要な楽典(セオリー)も教えていますが、珍しく数人が勉強しているところ。
 普段は、1タームに1人くらいなのですが、学校のお勉強の時期(大きな試験)も考慮して勉強期間を考えて頂く為、一気に勉強する人が増えることに。
 たまに、2人くらい教えた時もありますが、実技は他の楽器で、楽典だけ私に習う、ということがほとんど。

 このセオリーの試験、以前解いたことがある、日本の中堅レベルの音楽大学の入試と同じくらいだと思います(イギリスはレベルが低い、という方もいらっしゃいますが)。
 ピアノが先に進んでしまって、7,8歳で勉強をした子達は、それなりに時間もかかりました。
 中学生だとやはり理解力が早いな、というのが感想。

 実技の先生は、楽典を教えない方も結構いらっしゃるようですが、私は大好き。
 正直、細かいことは、私は日本語で勉強していないので、日本語の音楽用語があまりわからないのですが、日本語で説明をして、英語で覚えてもらう、ということも多々ありました。
 
 よって、駐在員の方など、楽典がネックになって実技の上級グレードを受けられない、という話もよく伺いますが、私からすると勿体ない。
 昨年は、中期でイギリス滞在していた小学校6年生、日本で楽典を勉強してあったので、日本語で理解していたから、というのが大きいところでもありますが、イギリスに来て6か月、ほとんど英語ができないのに合格した子もいます。
 彼女は、もちろん、問題の意味もきちんと読むことができません。
 
 過去問は、英語が母国語の子供たちでも、わけがわからなくなってしまうこともよくあります。
 よって、私は、キーワードさえ探せれば、わけわからぬ部分は、読めば読むほどわからないから無視。
 Up, down いくつかの音楽用語を覚えてもらって、英語ができなくても彼女は非常に良い成績で合格。
 英語がネックで・・・というのはナンセンスであることを彼女は立証したと思います。
 もちろん、私とご両親に注意されながらきちんと考えて、頭の中だけで解かない、ということを頑張った彼女の努力もありますが。

 数人教えていると、年齢、人種が皆違いますし、理解度、記憶力も違う。
 過去問は、毎年1月に前年度の分がまとまって発売されますが、これが毎年楽しみ。
 数年前から回答集も発売されるようになりましたが、私はゲーム感覚で自分で解いています。
 私自身が受けた時(急に音大に行くと言い出した時・・・)はあれほど苦労したのに。
 今年驚いたのは、1月にロンドン市内の本屋さんの楽譜売り場に昨年の問題を買いに行ったら、中国語で販売されていたこと。
 中国が大きな売り込み先になるとは思いますが、イギリスで受けるのであれば、英語で受けてほしいな、と思うのは私だけではないはず。
 
 賢いな、記憶力が良いな、と思う子ほど、実はうっかりミスが多くて、慣れるときちんと過程をふまずに、頭の中で解いて、間違いが多くなる。
 いかに見直しを正しくできるか。
 
 
 楽典を教えると、日本人はとっても楽。
 どうしてか、というと、日本人の子供たちは、現地校に通っても、日本の筆記具を所有していることが多いのです。
 私もそうですが、長年イギリスに住んでも、イギリスを愛していても、日本の筆記具(特に、鉛筆と消しゴム)の優秀さというのは認めずにはいられません。
 教えの時に使う鉛筆は、日本からまとめ買い。 昨年は日本へ行かなくて途中で足りなくなって、これだけは母に送ってもらうほどです。
 日本人の子供たちは、きちんと鉛筆を研いで、先のとがった鉛筆、きちんと消すことができる消しゴムを持っています。
  
 非日本人の子供たちは、良く書けないし、丸まった鉛筆。
 鉛筆削りを聞いても、どこにあるかわからない/持っていない
 消しゴムは消しゴムの意味をなさないほど消えない。

 ここから指導です。

 ただ、今はずいぶん変わってきていますが、それでも、私立の小学校、多くの中学生以上は鉛筆をほとんど使わない。
 私がイギリスの高校に通っていた頃は、試験の答案も全て万年筆だったと思います。
 万年筆、といっても、高価なものではなく、プラスチック製のものが安価で手に入ります。
 以前に比べて見かけることが減りましたし、生徒たちに聞いても、ボールペンが増えているようではありますが。
 小学校では、自分で筆箱を持っていく、ということもほとんどなくて、学校に用意されている。
 だから、とがった鉛筆を自分で用意する、という習慣がそれほどないのです。

 ところかわれば、です。
 
 
 
 

Posted on 2015/05/06 Wed. 23:46 [edit]

category: 音楽

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06

またバレエ界の大御所が・・・ 

 つい先日、日本のバレエ界の先人の一人、谷桃子さんが亡くなったばかりですが、ロシアのプリセツカヤも死去。
 今年に入って、小川亜矢子さんも亡くなったばかりですし、バレエ界の死去が相次いでいるように思います。

 プリセツカヤは、実際、一度も私は舞台を拝見することはできませんでした。
 彼女の旦那様であり、作曲家のシチャドリン氏は、私が敬愛するイスラエルに在住のイリーナ先生とモスクワ音楽院でフリエール門下で同門(もっとも、年が違いますので、同時期ではありませんが)。 
 シチャドリンが奥様のために編曲した、ビゼーの『カルメン』は、ロイヤルバレエでは、マッツ・エックがこの曲に振り付けたものが上演されますし、大好きな編曲です。

 2011年のチャイコフスキー国際音楽コンクールピアノ部門の新曲課題は、彼が書いた、バッソ・オステヌート。 たまに、コンクールでこれを入れる人を見かけますし、私も弾いてみたいものの、多少複雑な部分が・・・

 プリセツカヤ、といえば、『瀕死の白鳥』。
 あのモスクワ音楽院のイリーナ教授でさえ、私が一昨年のサマーコースで、師匠にピアノを弾かせ弾いて頂き、10年以上ぶりでトウシューズをはいて『瀕死の白鳥(もどき)』を踊った時、「ミユチカ(彼女はたまに私のことをロシア風に呼ぶ)、プリセツカヤみたいだったわよ!」とおっしゃったものです。
 それほど、彼女といえば、瀕死。

 私は彼女の瀕死の白鳥を映像でしか観たことがありませんが、素晴らしくしなやかな腕の動きです。
 足がどれだけ上がる、とかどれだけ高く飛べるか、だけではないバレエの世界を出せていたのが彼女。

 ご冥福をお祈りいたします

 

Posted on 2015/05/03 Sun. 23:09 [edit]

category: バレエ

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03

プリンセスが生まれた 

 プリンセスが誕生した英国。
 ジョージ王子が誕生した時には、私はちょうど日本にいたのですが、当たり前ですが一般市民にとっては、日本にいても、さほど遠くないロンドンにいても、ニュースの伝わり度は変わりありません。
 唯一、セントラルで教えに行く時、大衆紙SUNが配ったと思われる、ユニオンジャックを手にした方々をみかけたくらいでしょうか。
 
 出産から10時間経たずに退院したそうですが、ちょうどその頃結構近くを通過中。 ちょっと残念。
 これが、イギリスの現実。
 自然分娩で、母子共に問題なければ半日ほどで退院。
 生徒のお母様が帝王切開で出産なさった時は、まだまだ痛みが残っているのに、大量に痛み止めを渡されて、出産の翌日に退院でした。
 だから、私は日本の友達が、出産して1週間ほど経ってから退院、と聞くと、とても心配します。
 それは、何らかの問題がある、というのがイギリスでの捉え方だから。

 ジョージ王子が誕生した際、育児休暇をとったウィリアム王子のことが、多少日本で話題になりましたが、これも、彼が特別なのではなく、イギリスは法律で決められていること。
 永住権を取る際の試験で、これも勉強しましたが、今となってははっきりとは忘れたものの、定められた期間、父親も休みを取ります。 
 
 ロイヤルバレエでは、12月だったでしょうか、スティーヴン・マクレーとエリザベス・ハロッドご夫妻のお子さんが誕生した時には、その日の舞台、スティーヴンは降板になりました。
 年が明けて、フェデリコ・ボネッリと小林ひかるさんご夫妻のお子さんが誕生した際も、急に、フェデリコがドン・キホーテの主役を急に降板になったことがあって、その時には、お子さんが生まれたのでは?という話になりました。
 日本では、人前に立つ仕事は、親の死に目にも会えない、という考えかもしれませんが、こちらは違うように思います。
 
 ただ、さすがにダンサーという休むわけにはいかない職業、彼らが育休をとっているようには思いません。

 
 写真でみかける、今回もキャサリン妃が出産した、セント・メアリー病院。
 10年前の7月には、この病院のすぐそばの地下鉄の駅でテロが起きた為、何度もテレビに死傷者が運ばれるこの病院の前が映りました。
 今回は、おめでたいことで再びこの病院が映る。
 でも、10年前を思い出してしまいました。

 ちょっとの間、祝福モードになるのかもしれませんが、イギリス人は一部のコアな王室ファンを除いて、落ち着いていているような気がしてしまうのは、私だけ?

 

Posted on 2015/05/02 Sat. 23:54 [edit]

category: イギリス事情

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