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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

多民族の街 

 先日、オペラハウスで、私が立っていた立ち見の場所の真正面のロイヤルボックスに座っていたのは、チャールズ皇太子とカミラ。
 ロイヤルボックス、といっても、一般人も買うことができる席。
 ですが、客席が暗くなってから人が入ってきているな?と思っていたら、隣に立っていらした知らないおばさまが、「チャーリーとカミラがいるわよ」と教えて下さいました。
 何度か、彼らが来ていた、ということを上演後に友達から聞いたことはありましたが、いつも気が付かず。
 今回は、初めて、ちょっと暗かったですが、チャーリーのお顔を生で拝見することができました。
 ミーハー、というよりも、後世、歴史の教科書に載るであろうお方のお顔を生で拝見したい、というのが私の中にあるので、今回はやっとそれが初めて叶いました。

 ウィリアム王子の日本訪問、ケイトも一緒だったらもっと話題が凄かったのかも。


 イギリス、ことにロンドンで生活をする、ということ。
 それは、多民族社会で生きていく、ということ。

 私の教えるピアノの生徒も、イギリスのパスポートを持っていたとしても、人種、民族は多種多様。
 もちろん日本人、敬虔でないユダヤ系、インドと香港のハーフ、インド、コロンビアとポルトガルのハーフ、アフリカ系黒人などなど。 
 
 先日のフェスティヴァルでも思いましたが、特に北ロンドンで行われたフェスティヴァルのプログラムをみると、ほとんどがインド系。 白人は1割に満ちませんでした。
 特に、私の周りで考えると、インド系は、きっと昔のピアノブームだったころの日本と似ているのかな?と思うほど、熱心。
 インド系、といっても様々で、いわゆる二世もいれば、駐在、生徒のご両親が大学生の頃からイギリスに来たという感じ。
 男尊女卑、子供であっても、インド人の男の子は私に対しても男尊女卑を強く感じることがしばしば。
 相手の文化をうけいれる必要がある反面、ここはイギリス。
 私だって外国人ですし、もし、私がインドに住むのであれば受け入れる決心があってその国に行くと思いますが、難しい問題。
 ピアノを習うことには貪欲ですが、クラシックは聴いたこともない。 家で聴くのは、ヒンドゥーの音楽です、というご家庭も多い。 まあ、日本人の生徒でもクラシックのコンサートを聴いたことが無い生徒は多々いますので。

 ただ、もちろん、人種で分けることはできませんが、インド系の子供たちは、ピアノを弾くのに良い指を持っていることも多い。 骨格がしっかりしている、というか。
私の場合は、白人系がふにゃふにゃ指にあたることが多くています。

 生徒の1人がお引越しをして、人種は全く違うのに、ユダヤ人街に通うようになって1か月。
 以前から、何度かバスで通ったことはありましたが、降りたことはありませんでした。
 Kosherのお店がほとんど。 おいしそうなパン屋さんも。 Kosherでなくても入っていいのかわからず、未だに未知の世界。
 ただ、非常に驚くのが、夜7時過ぎ、今の季節は真っ暗なのに、子供だけで出歩き、さまよっている子が多いこと。
 子供、といっても、イギリスは11歳以上でしたっけ?になるまでは、子供を一人で外に出したり、家に子供だけで留守番をすることが禁止されている為、それより上の年齢ですが、先日も、歩道で物凄い勢いでキックスケーターで遊んでいる子供たちに危うくぶつかられるところでした。
 私の後ろから来たので、私はよけられませんでしたが、事故にならなくてよかった。
 私に責任が来てしまうはずです。

 なんというか、その一角は、異国。
 これは、バスに乗っても同じことで、地域によって空気が違う。
 セントラル・ロンドンでバスに乗っても、そのバスの行き先によって、ある番号のバスは、強い香辛料の匂いが漂い、乗っている人の多くも、自分が今どの国にいるのか分からなくなる雰囲気。

 その反面、色々な国の食材に出会えることもここの利点。
 私が住んでいる地域のハイストリートのお店を考えても、ロシア、ポーランド、イラン、トルコ、中東一括、アフガニスタン、様々。 これにレストラン、テイクアウェイを含めたら、もっと。 
 中東系のお店だと、日本に近いキャベツ、さつまいもが安価で手に入るので助かります。
  
 
 
 
 

Posted on 2015/02/27 Fri. 10:45 [edit]

category: イギリス事情

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27

読譜工夫? 

ご無沙汰しております。
今回は、ずっとロンドンにおりましたが、久々の更新です。

 2か所の生徒たちのフェスティヴァル(ミニ・コンクールのようなもの)を終え、色々な不信感、ピアノのレッスンの意義に悩み、ついには図ったかのように先週はハーフ・ターム・ホリデーでしたが見事に体調を崩し、でも来週からはグレード試験が始まる、という落ち着かなさ。
 
 今回は4年振りに、生徒たちが出るフェスティヴァルを聴きに行けたので、総まとめをそのうちに。
 思い返せば、2年前のフェスティヴァルの時には、その前日に手の複雑骨折というバカなことをやった為、忘れられないです。
 
 私のレッスンは厳しい、と有名ですが、怖い、というわけではないようです。
 厳しいのは、頭ごなしに怒る、ということはまずなくて、きっちりと音を読ませる、とか、フレーズにうるさかったり、ということ。 何度も言いますが、「どうしてこんなこともできないの!」とは私は一度も生徒に言ったことがないはずです。
 
 現在の私の生徒の最年長、9月から大学生になれる予定の生徒の楽譜が今回の話題。
 レッスン後に写真をとらせてもらいました。

 6年前からピアノを始め、学校が忙しくてほとんど練習していませんが、とにかく性格が素直で、ピアノが大好き、という子なので、私もレッスンを続けています。
 先日は、A level(イギリスの大学統一試験のようなもの。 実技科目以外は大学ごとの学力試験は基本的にありません。 医学系は面接、オックスブリッジも学科に関係なく面接あり)の模試の真っ最中、というのに、レッスンを続けるような子です。
 以前は、狂ったようにお菓子作りをしていましたが、このところそれどころではないようです。
 ただ、日本食にこっていて、私も作り方をきかれるのですが、焼きそばの作り方をきちんと知らなくて呆れられました。


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 現在練習中のグレード8のテキストより、ショパンのワルツ。
 大好きな曲でやり始めましたが、彼の場合、楽譜を細かく読むのが大の苦手。
 音はきちんと読めます。
 リズムもわかります。
 でも、少しの違いをまったく気にしないタイプ(なのに、歯学部希望、右左もしょっちゅう間違えるのでご両親も私も心配中)。

 ですが、一応正しい音で読んでほしいので、ずっと注意し続けていたのですが、一向にダメなので、ここは私が降りることに。

 

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 私の楽譜への書き込み、というのは、私が今までみてきた日本人の先生に比べると、はるかに少ない量です。
 色を使うこともまずありません。
 毎週注意する内容は変わっていくので、指使い、フレーズ以外は、基本、注意点はノートに書き込み、それをその週に直してもらう、というのが私のやり方。
 
 子供にも色音符を使うことはありません。
  
 その私が、今回は、左手の和音の音により、色鉛筆で丸印をしていくことに。
 これにより、はっきりと、同じ音系(和音?)を繰り返している、ということがわかった彼は、それまで、何週間もかかっていたのに、この1ページの左手は1度のレッスンで完了。

  小さい子であれば、私は楽譜を読めるようになってほしいので、これはやりません。
 でも、彼の場合、音は読めているけれど、面倒、でも、練習時間もない、ということを理解し、A levelの大変さも私自身が経験しているので、このような処置に踏み切りました。
 本当は、その面倒、という気持ちに正面から向かってほしいとは思っていましたが。
 

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 指使いを守らないから、しょっちゅう音を間違えるし、覚えない為、4の指で弾いた直後に1の指で弾くのが苦手、という彼の為に、4の指を着地させる前に、1の指を4にくっつけてしまえば、次の音を確実に1で弾ける、ということを伝えてみることに。
 これが、見事に上手くいき、その手の形から、
「バニー(うさぎ)みたいだね」
というので、忘れないように、バニーの絵を描くことに。
バニーの絵を私に描かれる、18歳男子。

 勉強中は、ほとんどクラシックを聴いているようで、耳に残った旋律を弾き、私に曲当てクイズを出してきます。
 
 きっと、これからも、ピアノをステキな友達にし続けてくれそうな子。
 私がイギリスの高校生の時(当時は美大進学希望・・・)に使っていた色鉛筆も役立ったことですし。

 
 
 
 

Posted on 2015/02/26 Thu. 13:48 [edit]

category: 音楽

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26

南フランスでのおいしいもの 

既に2か月前のこととなりましたが、南フランスで出会ったおいしいものたちを。

 イギリスは食にこだわりがないというかなんというか、コンサートで様々な土地を訪れますが、その土地特有の食べ物にはなかなか出会いません。
 一度、ウナギと書いてあるお店が多い街へ行った時に、お値段もそれほどではなかったのでウナギを食べましたが、日本のかば焼きを想像していた私には、ゆでたウナギ、というのはあまり得意なものではありませんでした。

 
 ヴェネツィアとは比べ物になりませんが、中央にカナルがあり、ちょっとした島のようになっていた、セット(Sete)の街。

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 いくつもの船が停まっていたのですが、カナルの中を覗くと・・・


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 黒い物体が。
 お魚が泳いでいる時も。
 黒い物体はうに。


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 歩いていたら、こうした、オイスターバーのようなところも。
 この街でとれるオイスターは、ブルターニュのものに比べ、塩気が多いそうです。

 街の中心に屋内のマルシェがあったのですが、そこでは、いくつかのお魚屋さんがあり、テーブルも置いてあり、みなさん、オイスターとかうにとかをその場で召し上がっていらっしゃいました。 もちろん、ワインを片手に。

 私は、お魚好きなものの、高級なものは非常に苦手で、多分オイスターも生では食べたことがありませんし、食べられるとは思いますが、ああいう食感が苦手なので、素通りしました。
 イカとかタコは食べたかったのですが、生で食べられる雰囲気ではなかったので断念。



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 滞在中、一度だけレストランに入ってみました。
 海の幸がたくさんメニューに並んでいましたが、私、英語のメニューをお願いしそびれて、仕方がないのでフランス語を辞書を片手に解読。
 ですが、音楽で曲に使われているような単語は、スペルを書けないものの見ればなんとなくわかる為、頼んでみたのが、ポワッゾンのスープ。 俗に、ブイヤベースといわれるものだと思います。

 これが、非常においしい。
 食べ方がわからなかったので、お店の方に伺ったところ、ジェスチャーで理解したのが、クルトンに左下にある何だか結局わからなかったものを塗ってスープに入れ、チーズもスープに入れて食べる。
 クルトンに塗る、というのが不思議でしたが、そのまま食べてもおいしかったのですが、スープに入れることにより、より旨みが増しました。

 

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 レストランに行かない分、マルシェでこのようなものを買ってきては、ホテルで食べていました。
 ムール貝も身が大きくてつまっていて。
 他にも、海の幸のお惣菜をたくさん食べました。


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 そして、忘れてはならないのがこちら。
 日曜日、コンクールのファイナルが午後からだったので、落ちた私は午前中街歩きをしていたのですが、真っ赤な箱を持っている方々を多く見かけました。
 おいしいタルトのお店でもあるのか?と思うほど。

 観光案内所に行って地図を頂きがてら、観光所のマダムが暇そうにしていらしたので、この街でおいしいものは何なのかを伺ってみたら、Tiellesというお答え。

 他の街ではクロワッサンを食べる感覚で、この街ではマダムが子供の頃、小腹がすくとファーストフードのように頂いていたのが、このTiellesだそうです。
 
 いくつものお店があるけれど、一番最初にお店を開いたところが一番おいしい、と言って観光案内所からすぐそばのお店を教えて頂きました。
 間口一間という感じの、Tiellesしか売っていないお店。
 私のは一番小さいサイズなので紙で包んでくださいましたが、20cmくらいの大きさ以上は、あの街でみかけた真っ赤な箱。
 私が一つ小さいものを買う間も、日曜日ということもあるのか、大きなサイズを2つも3つも買っていく方が何人もいらっしゃいました。


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 こちらが、Tielles。

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 中身はこんな。
 トマトソースとタコを混ぜたものを、パイ生地(しっかりめ)で包んだもの。
 タコ好きの私にはおいしい一品。 
 トマトソースも強すぎず、見事な調和。

 あまりにもおいしくて、翌日、帰国する前にこれを買ってお昼に食べたほどです。
 これを食べにまたセットの街へ行きたい、と思うほど私は気に入りました。
 大きいものを買ってきて、冷凍すればよかった、と思うほどです。


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 そして、ちょうどクリスマス前で、クリスマスマーケット(ちょっと情けない)が開かれていたので覗いてみたら出会ってしまった、飲み物。
 イギリス風に言うと、ミュルド・ワイン。 フランス語では既に忘れ、日本だと、ドイツ語で広まっていますね? なんでしたっけ? クリスマスの前に飲む、スパイスがたくさん入ったホットワインです。

 カーディフ時代はおいしいものにありつけていたのに、ロンドンは高いだけでおいしくない。
 ですが、このお店のものは、その場でフルーツを足しながら、非常においしそうな香りだったので買ってみることに。
 カーディフ時代を思い出すようなおいしさ。
 
 アルコールに弱い私も、これだけは別。
 

 というわけで、今更ながら、南フランスのおいしいものでした。
 毎回、フランスはイギリスと比べても物価が高くて困りますが、バゲットだけはどこでもおいしくて、滞在中も食べていましたが、帰国する日にも1本買って、折り曲げてキャリーケースに入れて、ロンドンまで持って帰ってきました。
 フランス人には、食のことを馬鹿にされても仕方がない、と思わずにはいられません。
 でも、イギリスも本当に進化して、外食に関しては昔とは比べ物にならないほど豊かになりました。
 家庭料理がおいしいのは昔から。
 
 

Posted on 2015/02/12 Thu. 13:30 [edit]

category: フランス 

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12

イギリス人ってのは・・・ 

 私の在英2年目、マンチェスターの音大へ行った時には、現在はイスラム系の学校になってしまった、すてきな古い音大の寮に住んでいました。
 が、食事は非常にまずくて、当時はピアノと勉強が大変すぎてとりあえずお腹がいっぱいになればよかったのでどうにか食べていましたが、非イギリス人の間では、
「イギリス人は、舌のブツブツの数が少ないから、味を感じることができない」
という皮肉というか笑いものにしたものが代々受け継がれ、食事がまずいのは、仕方がない、ということになっていました。

 そして、私が思うに、イギリス人は舌のブツブツの数が少ないのと同時に、皮膚の感覚も少ない(あくまでも私の診断)。
だから、青空であれば、私はヒートテックにセーター、ダウンコートでそれでも寒くているのに、半袖で歩く人たちが出てくるわけです。
 私が寒がり、というわけでもなく、家にいる時、一日中暖房をつけていることはまずありませんし、昔は0度以下になっているのに、オペラハウスの外で一晩過ごしたことだってあるような人です。

 どうしてこんなことを書いているのかというと・・・
 先日の土曜日、オックスフォードへ生徒のフェスティヴァルの演奏を聴きがてら教えに行き、帰りの長距離バスでのできごと。
 私の場合列車よりもコーチ(長距離バス)の方が便利なので、オックスフォードへはコーチを使用しています。
 列車よりも本数が多いですし、エアーコンディショナー完備、と書かれている車体。
 
 確かに、この冬は既に今日はクロッカスも咲き始めていましたし、暖かめと思います。
 が、なんと夜なのに、そしてガラガラの車内で、暖房なし。
 音からするに、運転席の窓も開いていたと思います。

 通常、コーチの中ではオーバーコートを脱いでいますが、今回はコートも着て、中、長距離移動の時に持ち歩いている赤ちゃん用のブランケット(軽くて便利)も使っているのに、途中から嫌な寒気がし始め、すっかり風邪をひきました。
 一瞬、運転手の方に暖房のことを言おうか、と思ったのですが、こんな冬に暖房をつけない、ということは暖房が壊れているのかも、とさすがイギリス滞在が長いと色々なことを考えるようになり、あえて運転手には言いに行きませんでした。
 その代りというか、その場でこのバス会社の『苦情』というところにメールを書き、翌日お返事を頂きました。
 
 苦情のメール、非常に得意です。
 英語学校時代、よくやったのですが、私は想像力豊かすぎて、タトゥーだらけだけれど、教え方は非常に上手かった先生に毎回呆れられていました。

 お返事によると、全てのコーチの空調は運転手が手動で行います。 人によって体感温度が違うので、極端に寒ければ、遠慮せずに運転手に申し出て下さい、とのことでした。

 が、いくら人によって体感温度が違うといえども、さすがに2月初旬に全く暖房を入れないのはどうか?と。
 ロンドンに着いてから乗った、乗り合いバスの方がよっぽど暖かかったです。

 精神的にも、肉体的にも疲れていた先週(その前の週は、疲労で、この私が衝動的にお肉を食べたくなって、教え帰りに初めてビーフのステーキ肉を買って夜10時に食べたほど・・・ ビーフを買うなんて、1年に1度あるかないかのことです)、家に帰る頃にはすっかり具合が悪くなったもよう。

 そして、ずぼらなのに、ロンドンの1人暮らしでは、絶対にソファーの上で寝ることが無い私。 実家だと誰かが起こしてくれるから、その辺で寝てしまいますが、一人暮らしは別。 どうしても眠い時には30分アラームをかけて、ベッドに入ります。
 ずぼらなので、朝起きて夜使ったホット・ウォーター・ボトルをベッドに入れたままベッドメイキングをするのですが、疲れていたこともあるのか、立膝になってベッドからホット・ウォーター・ボトルを取り出して、なんとそのままそのボトルを頭の下に枕のように置いて、床の上に寝ていました。 フローリングではなくて、カーペットなのが普段は嫌なのですが、今回はそれが幸いしました。
 コンピューターの画面がついたままになっていたので、時間にして5分ほど。 長くても10分以内。
 こんなことは前代未聞。
 私のホット・ウォーター・ボトルのカバーはFluffyなので、なんとも気持ちが良かったようです。

  教えだけは行っていますが、日中はそれほど動けずにこの2,3日を過ごしましたが、さすがに明日からは通常に戻らないと大変なことになります。
 
 教訓。 イギリス人の体感温度に頼りすぎてはいけない。 でも、正直、空調が壊れている、とまず最初に思ってしまったのが、段々私がイギリス人化している証拠。


 
 

Posted on 2015/02/10 Tue. 22:17 [edit]

category: イギリス事情

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10

ロンドンでのコンサート (2月5日) 

年が明けてから2度目のロンドン乗り合いバスの大規模なストライクにあたったこの日、珍しく前回のコンサートから3か月半も開いた2015年最初のコンサートは、ロンドンにて。
 
 このアカデミックイヤー(2014年9月)から始まったばかり、ピアノは11月に購入したばかり、というまだ知れ渡っていないランチタイムコンサートは、ハイドパークの北側にある、St James教会にて。

 今まで弾いてきたランチタイムの会場はかなりの数になると思いますが、今回初めて、非常に日本風で、ポスターも自分で作るように言われ、お客様も自分でお声をかけるように言われる、という初めての経験。


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 内部はこういう教会。
 ピアノをまだ動かしていない状態です。
 ピアノは、Boston。
 Bostonはカーディフ時代の大学に1台ありましたが、未だに苦手でした。

 プログラムは

 ショパン: 華麗なる大円舞曲 第1番
 チャイコフスキー: ロマンス ヘ長調 作品51-5
 シャブリエ: スケルツォ・ヴァルス
 ショパン: 幻想ポロネーズ
 ベートーヴェン: ピアノソナタ 第32番 作品111 ハ短調

 時代的に変な順番で弾いているのは、私の個人的理由で、ベートーヴェンのあのソナタの後にロマン派を休憩なしに弾くのが感情的に辛いからです。

 響きが豊かすぎる教会で、打鍵をつかむまでは、結構ごわごわの音になってしまっていたようです。

 昨年は多くのコンサートで、どうしても直後のコンクールに使うものを弾くことが多かったのですが、今回は状況がつかめていないので、前半に久々に小品数々、そしてベートーヴェン。
 正直に言うと、一昨年くらいまでは、ほとんど小品でのコンサートをしていましたが、2年間小品を減らしていたら、小品の難しさを嫌というほど思い知りました。
 小品=簡単、楽、という考えの方も多いですが、全く違います。

 最初の華麗なる大円舞曲は、つかめずに終わり、シャブリエも、アンコールピースとして弾いた方が弾きやすい、ということを改めて実感。

 チャイコフスキーは、コンサートの前日そして数日前にロイヤルバレエで『オネーギン』で使われるのを観たばかり。
 幸せでした。
 特に、2日の日に観た舞台が蘇り、繰り返しの多いこの曲、どのように変化をつけていくのか、というのが毎度の課題ですが、今回はあまり考える必要もなく、場面に導かれ、前半は真っ赤なドレスを着たタチアーナと夫のプリンス・グレーミン。 特にあの舞台でのヨハネス・ステパネク演じるグレーミンが非常に心理描写豊かで素晴らしかったのでそれが蘇ることに。
 後半は、バレエの中で、美しい人妻となったタチアーナは、以前自分がふった田舎娘だ、とこの曲の間に気が付くオネーギンを演じたニァマイア・キッシュが、他の今まで私がみてきたオネーギンとは違い、タチアーナに見惚れる(後悔という感情が普通は多い)という表情をしていたのが印象的で、それが私の目の前に現れたので、それを追ってみたら、おもしろかったです。
 が、これはあくまでも私の中で起きていること。 これが外に出ているかはわかりません。 
 ちょうど、先日のフェスティヴァルで、審査員が一番大切にした項目は、《聴く人にメッセージを伝えること》とおっしゃっていて、私はそこにも含まれていなかったわけですから、私の自己満足に過ぎません。

 幻想ポロネーズも、自己満足の世界ではありますが、1月に観てきたパリの風景が蘇り、1日のフェスティヴァルよりは良い演奏だったな、と。
 
 ベートーヴェンは、9月にコンクールで1楽章だけは弾きましたが、全楽章弾くのは久々。
 改めて大好きな曲です。

 

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 暗いのですが、教会の後ろのステンドグラスが素敵でした。

 貴重なお時間を使って、いらして下さった方々、ありがとうございました。
 下手な演奏に耳を傾けて頂いたこと、感謝です。
 

Posted on 2015/02/09 Mon. 11:04 [edit]

category: 自分のコンサート

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09

やっと本番 

 あっという間に年が明けてから1か月。
 
 既に20年以上前のことになるのに、2月1日、といえば毎年思い出すのが中学受験。
 あの時、もし2月1日の第一志望校に合格して、進学した2月2日校に行っていなかったら、今の私は99%いないはず。
 ピアノを弾く人生は無かったと思います。
 
  珍しく本番のない1月を過ごし、12月の悪夢のコンクール以来、最初の本番は、昨日。
 コンサート開始は5日ですが、昨日は、久々に、イギリスのフェスティヴァルに参加してきました。 
 フェスティヴァル、とは、様々な意味がありますが、ここでいうのは、イギリスならではの、ミニコンクールのようなもの。
 でも、日本ほどギスギスは全くしていないと思います。
 審査員も一人で行うのがほとんど。 よって、審査員の好みによりけり、といえましょう。

 生徒はフェスティヴァルに参加していますが、私自身は、カーディフ時代に一度、そして数年前にロンドンで一度受けただけ。 
 今回、生徒のフェスティヴァルを探していて、私も受けられるカテゴリーがぎりぎりあったので、受けてみることに。
 普段、教会の響き、そしてポンコツピアノでの本番ばかりで、コンクールで海外に行って、ホールの響き、良いピアノでの演奏に慣れていないので、今回の会場は興味があった為に、申し込んだともいえます。

 オックスフォードのあるカレッジのホールで行われたフェスティヴァル。
 審査員も、私は全く面識がないものの、過去に私の母校のピアノ科主任を務めていらした方でもあるので、興味がありました。

 珍しく、私が受けたカテゴリーは、30分のリサイタルプログラムを弾ける、というもの。
 思っていたよりも狭いホールでしたが、久々のスタインウェイのフルコンで、高さのある舞台、という日本だったら小学生だって、幼稚園の子供たちだって当たり前に弾けるような舞台ですが、イギリスでは、非常に貴重。
 実際には、日本のいわゆる、小ホールよりも狭い会場です。

 プログラム内容も審査される、ということでしたので、それを考慮してプログラムを組んであったのですが、12月末になって、入れてあったスクリャービンの幻想曲が、左手の負担が重すぎて、痛みを伴ってしまった為に、諦め。 これと、モーツアルトの幻想曲とショパンの幻想ポロネーズでプログラムを組んであったので、スクリャービンを変更すると、他も変更する必要がでてきて、結局は、ショパンだけ残して、12月のコンクールで大破壊してしまったバッハの平均律をリベンジすることに。
 そして、バランスを考えて、12月のコンクールの為に譜読みした、カーディフ時代にお世話になったこともあるフィリップ・マーティン先生の1987年にダブリン国際コンクールの課題曲として作曲された、曲を弾くことに。
 が、昨日の本番1時間前に、フィリップの曲が暗譜がとびまくる、というとんでもない状態になってしまい、これはまずい、と思い、要項には曲変更は当日も可、と記載されていた為、そして楽譜原本提出があったので、ある事情から手元に楽譜があった、グリンカ/バラキレフのひばりを演奏。
 ひばりは、前回弾いたのがいつなのか思い出せませんが、一度弾いて暗譜が残っていたので、残り1時間で弾き込みをして、舞台に上げる、という状態。 ただ、基本的に、自分の中で、元に戻る時間、というのはわかっているので、こういうこともできるのです。

 悔しいことに、バッハの平均律はフーガの3ページ目で暗譜が怪しくなり、つなげましたが、悔いの残るものに。
 ただ、12月のひどさを考えると、とりあえず、舞台に戻すことができて、一安心、という感じもします。

 ショパンは、コンサートでは一度も変なことはしたことがないのに、5月のローマ郊外でのコンクールに続いて、中間部での左手暗譜落ち。 前回とは違う場所で、今まで一度もあんなことはしたことがないので、舞台の魔物にやられました。

 ただ、9月のコンクールの時にも言われ、今までのコンクールで私自身が感じていた、自分を出せない、というのは今回はずいぶんクリアしたかな、と。 あのミスが痛い。
 講評では、結局のところミスに関しては言及されませんでしたし、審査員の求めていること、といういくつかのお話はほとんど納得ができることでしたが、結果はついてきませんでした。
 私がきちんと理解していなかったのですが、講評後、すぐに3人の名前が発表され、その3人が再びプログラムを弾いて、最終順位がでる、というものだったようです。
 
 「若い人に舞台経験を与える為に、」とおっしゃっていましたし、現に選ばれた3人は、全員ロンドンのギルドホール音楽院の学部3年生。
 ようは、私は年齢制限に入っていても、ずば抜けて年寄だった、というわけです。

 大学、院を卒業したら、コンクールやフェスティヴァルを受ける人は本当に少数派。
 ピアノのように早熟が求められる世界で、30過ぎてコンクールを受けているのは問題、と私自身も思います。
 小学生でショパンのエチュードだの、バッハの平均律をやっていて、その20年後にまだコンクールというのは、反対に問題がありすぎる。
 だから、私のようなこの世界ではありえない経歴の人間は、困るのです。
 外へ出ていけば、「なにこのおばさんやってんだ?」という見方になってしまうから。
 でも、自分が非常に少数派、ということはわかっているので、あくまでもずいぶん割り切ってコンクールを受けられるようになりました。
 
 今回も思いますが、学生の方が、普段から厳しい耳に演奏をさらされ、学校のホールなど、条件も良いところで演奏をしています。
 教えが中心になっている私にとって、そして定期的にレッスンを受けていない状態でのコンクール参加は無理があるのかもしれません。
 でも、スタートが遅い分、コンサートでの優しい方々に甘えることなく、コンクールという審査される場での演奏は私には必要なもの、とコンクールから5年間離れていたからこそ、思います。

 昨日は私の生徒も参加していた為(これについては、おめでとう! また全てが終わった後に)、朝4時前に起きてとりあえず練習し、7時出発でコーチでオックスフォードへ行き、生徒の本番を聴いて、お昼前に自分の審査があって、そのまま生徒の来週の為のレッスンをして、結果をきく、ということをやったら、さすがに、ぐったり。
 帰りのコーチは、ぐっすり寝ていました。

 オックスフォードの素敵なカレッジの中(建物の中ではありませんが、敷地内)に入れたことは素敵なことでした。
 これを子供の頃から知っていたら、お勉強を頑張って、オックスブリッジを目指したのですけれどね。
 
 
 一つ、全体的な講評の中で審査員がおっしゃったことで、肝に銘じたいな、と思うのは、
「練習中は、思う存分にSelf criticalになりなさい。 でも、舞台の上では絶対にやってはいけない」
 というもの。
 私はこれをコンクールになるとやっているのです。
 意識はしていないけれど、審査員に別に私に向けての言葉ではなく言われて、ドキッとしました。
 そして、それに気が付きました。
 
 情けないですが目標は、状態の良いホール、ピアノでも教会のポンコツピアノと同じように演奏できるようになること。
 普通は、教会のポンコツピアノだと演奏できない人が多いのですが、私の場合は悲しいかな、ああいうピアノをコントロールできてしまうのです。

 今回も、音だけは非常に評価されていましたが、これは、全く自分ではわからずにやっていることですし、コンクールでの結果にはプラスにならない部分。 でも、コンサートでは、全く音楽をなさらないという方々からも、何度も聴いていて心地よい音だった、とおっしゃって頂くことが多いので、これはこれで保とうと思います。

 安定のある演奏を目指して、老体にムチ打って若い方々ともう少し同じ舞台に立たせて頂こう、と思っています。

 
 
 

 

Posted on 2015/02/02 Mon. 12:25 [edit]

category: 自分のコンサート

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