09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

 

今日は多少涼しかったものの、10月がもうすぐ終わろうとしているのに、未だにコートを着ていないロンドンです。
 在英17年目、こんなことは初めてです。
 明日は、最高気温が18℃だか19℃だか、いずれにしても、驚く気温。
 暖房も入れていませんし、寝る時は夏のような格好で寝られるほど。

 ありえないといわれる遅い年齢でこの世界に飛び込んで、がむしゃらに前を見て走ってきて、念願だった音大の修士号に進学した頃、鬼門だったロイヤルバレエの舞台を観に行くようになりました。 オペラハウス通いをし始めて、もうすぐ7年が終わります。
 4週間前にオペラハウスのメインハウスの舞台を観た後、腰を痛めたりした為、シーズン中だというのに、既に4週間メインハウスへ行っていません。
 現在行われているアシュトン・ビルは大好きな作品ばかりで本当は行きたいのに、ピアノソロが含まれる作品が3つ。 気持ちの問題で、なかなか足を向けられません。

 オペラハウスへ通うようになって、高校1年生の時、ロイヤルバレエのビデオを観て渡英を決めたことについて、私の眼は確かだったのだ、と思えましたし(詳しくは、HPのPiano参照)、どんなに素敵な衣装を観ても、衣装をやめてピアノの道に進んだことを後悔することはありませんでしたし、やってみたかったのかな、とも思ったことはありませんでした。
 それだけ、ピアノが私の人生になっているからなのだと思います。

 先日、某所で、ピアノを聴きました。
 私は2度就活して落ちた場所。
 曲が1小節も進まないうちに、そのピアニストが出す音に耐えられなくて、頭痛と気持ち悪さ。
 でも、私はこの人以下なのだ、という現実。
 
 そして、他のピアニストたちでの音色の乏しさ、というか、私は今こういう音をここで求められている、というのを感じて、それをピアノのところに飛んで行って出したいのに、示したいのにできないもどかしさ。

 そのちょっと後に、目の前でロイヤルバレエの衣装を至近距離で目にして、そのあまりの美しさ、精巧さに目を奪われ、これを私はやりたかったのだ、と思ってしまったこと。
 一瞬でも、私はどうしてピアノにしたのだろうか?と後悔はしていませんが、衣装をやめてピアノの道へ進んだことに対して、揺らいでしまったこと。
 今まで、どんなにピアノで嫌な思いをしても、納得がいかなくても、それは次への活動原になるばかりでした。
 今回、自分の気持ちが一瞬でも揺らいだことにショックだったのが事実。
 そして、皆、どんな仕事でも自分の思い通りになんていかないし、悔しい思いをするものですが、社会的にも地位的にも、どうにもならない気持ちの持っていきようのないことに、ずいぶんと沈む数日でした。
 
 あのピアノの音の後、偏頭痛が酷くて、久々に薬を服用。
 私は生徒のレッスンでも、どんなに弾ける子でも音が悪ければ、まずは打鍵から直す人です。
 打鍵を直させてもらえなければ、レッスンをお引き受けしません。
 達者に弾くのに、1ページも進まずに私に最初のレッスンで止められた子達もゼロではありません。 
 
 渡英前、日本でスイミングスクールのコーチのバイトをしていた時には、水中だから、子供の命を預かっているのだ、という自覚と緊張のもとに仕事をしていました。
 ピアノは、人の命を奪うことはない、と思っていました。
 でも、音によって、具合が悪くなることもある。 以前、某有名国際ピアノコンクールの最高位のピアニストの演奏を数回聴いた時、音で吐き気を起こし、途中で退席することもありました。
 今回のことで、生徒たちにも、嫌な音を出させてはいけない。 
私自身も、絶対にそのような演奏をしてはいけないのだ、と自分自身に喝を入れられました。
 
 情けないことに、2日間、ピアノを弾く気にもなれないほどでしたが、口先だけの先生にはなりたくありません。
 ちゃんとピアノに向かいます。 
 結局は、ピアノが好きで、この道に進んだことは後悔していないのですから。
 後悔しているのは、どうにもならない、年齢のことだけですね。
 先月もブルガリアのコンクールで、先生方から、私の外見はヨーロッパ人には、実年齢よりもいくつか下に見えるから、コンクールで年齢が審査員に見えなければ、審査の結果が変わってくる、と言われたばかり。
 でも、パスポート偽造だけはできません。
 この年でコンクールに出ること、世間的にはあきれられているようなこと。
 でも、元々が遅いのだから、仕方がありません。
 今できることをやるしかありませんね。

 
 

Posted on 2014/10/29 Wed. 23:55 [edit]

category: 音楽

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29

夏時間おしまい 

 経験したことのない暖かい10月末。
 今日で、夏時間もおしまい。
 明日というか夜中の2時に時間が1時間戻ります。
 
 ガイフォークスはまだもう少しあるのに、既に花火の音が聞こえてきています。
 住宅地で打ち上げ花火の音をきくので、少々怖い。

 あっという間にハーフタームで、それが終わると、生徒たちのグレード試験。
 できている子とできていない子の差が激しい。
 できていない中にも、全くそれを気にしない子供もいれば、気にしすぎて、試験の日程がわかった途端に、ボロボロに崩れてしまった子もいる。
 だからこそ、子供と接するのはおもしろいし、責任もあるように思います。

 昨年も、一昨年もこの10月のハーフターム中はコンクールを受けに海外へ行っていた為、イギリスにいるのは久々。
 やることはたくさんあるので、生徒たちのレッスンもほとんどが時間変更を希望で、今週はめちゃくちゃになりますが、有意義に過ごしていきたいと思います。
 普段夕方の教えが、ほとんどが午前中になるので、変な感じ。
 午前中外に出ることはほとんどないので。

 明日から一気に日が短くなるように感じますし、暗い日々がやってくるはず。 
 ですが、先日セントラルに教えに行った際には、既にクリスマスの飾りが出始めていましたし、きれいになる季節でもあります。
 

Posted on 2014/10/25 Sat. 23:24 [edit]

category: 日常

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25

コンクール ファイナル (9月14日) 

 ブルガリアの続きです。
 
 久々に本選へ進み、いつもはぼーっとしている私もさすがに緊張したのか、ほとんど眠れない夜を過ごしました。
 小さな電気ポットをいつも持参している為(イギリスだと、冷蔵庫がホテルになくても、電気ポットはほぼ必ず用意されていますが、他の国はその反対)、ハーブティーを淹れたり、色々としておりました。
 
 本選で弾く、ベートーヴェンのソナタ第32番、この曲は私は第2楽章の方が得意なのに、第1楽章のみをプログラムに入れてあったため(時間とルールの関係上)、より緊張していたようでした。
 大好きな曲なのに、その曲の世界観を出せるかどうか、毎度のこと緊張なのですが、第1楽章のみを弾く方が私にとっては鬼門。
 しかも、この曲を最後にコンクールで弾いたのは、11年前。 
 あの時は、師匠の目の前で、大崩壊したのです。 ひたすら、その悪夢がよみがえるばかりでした。
 数年この曲に触らないこともありましたが、昨年、コンクールに戻ってきた時、再びきちんとこの曲に向き合いましたが、これまでは、第1次予選の次には進めなくていたので、この曲を弾くチャンスはありませんでした。

 

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 ホールの入り口はこんな感じ。
 この入口からは、中の装飾が想像できませんでした。
 
 
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ホールを後ろから。

 本番がお昼前だった為、朝からリハーサルで、前日の練習場所に再び戻ってしばし練習。
 
 本選は、
 ショパン: ノクターン 作品62-1
 ベートーヴェン: ソナタ 第32番 第1楽章
 
 時間とルールで不思議なプログラムでした。
 
 ノクターンはまだしも、ベートーヴェンで崩壊はしていないものの、ちょこちょこミスがあり、音楽的にも、やりたいことをできずに再び悔いの残る終了。

 結果を待つ間、他の部門に生徒さんの付き添いでいらしていた、アゼルバイジャンのバクー音楽院のピアノの先生や、トルコのイスタンブール大学からのピアノ伴奏でいらしていた先生方が声をかけて下さり、しばしおしゃべり。
 特にバクー音楽院の先生は、私がイギリスから(日本の国籍は使われず、私の国名はイギリス、となっていた)なのに、ロシアのピアニズムであることに疑問をお持ちになったようでした。
   
 これは、うれしい。
 私が初期の部分からずっとロシア人の先生についているから、ということをお話したら、納得されていました。
 国籍は日本人だけれど、ピアノはロシアなのです、私は。

 ここで一つ賢くなったことは、トルコ語とロシア語はお互いの言葉で意思疎通ができる、ということ。
 ブルガリア人主催者、関係者の方々と、トルコ人とかアゼルバイジャン人は、英語ではない言葉で会話をしていらっしゃいました。
 ロシア語とブルガリア語が似ている、というのはわかります。
まさか、トルコ語も、とは思っていませんでした。
 
 マンチェスター時代にはトルコ人の友達も数人いたのですが、ロシア語母国の人たちとトルコ人も英語で話していたので、似ているとは知らなかったのです。
 
 こうなると、ヨーロッパの人たちが、日本人、韓国人、中国人が英語でしかコミュニケーションをとれないことを不思議に思うのがわかります。
 よく、東洋人が集まって話していると、ヨーロッパ人は、どうして、自分たちの言葉で会話しないのか?と聞いてきました。
 私たちは、できないのが当たり前。
 でも、ヨーロッパの言葉は本当につながっているのだな、と改めて実感しました。
 そうなると、英語は共通の言語がなくて、ある意味で疎外感があります。
 英語とフランス語、英語とロシア語、英語とイタリア語、似ていません。
 


 
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 その場で結果発表が行われることもなく、夕方の入賞者ガラコンサートのプログラムだけ発表。
 私は含まれていなかったので、そういう結果なのかと。
 審査員の先生でおひとり英語が話せたのでお話させていただいて、何がという問題はない。 でも、あなたは、自分の持っているものを殻にこもって出せなかった、という私自身もわかっていた、納得できすぎる感想を頂きました。

 ガラコンサートは私が受けた部門よりも前の日にちに行われていた子供たちの部門も聴きたかったので、聴きにいきました。
 とにかく、言葉がわからないのですが、先に授賞式。
 私がぼーっと座っているのがみえたのでしょう。
 それまでにお声をかけて下さっていたイスタンブールの先生が私のところに来て、
 「名前を呼ばれたらすぐに出られるようにしておきなさい」
私、?????
 そのうち、名前が呼ばれ、3位を頂きました。
 部門が多いため、ガラコンは、1、2位だったようです。

  ガラコンの子供の部は、ブルガリア人がほとんどでしたが、きちんと勉強しているな、という感想。
 日本みたいに背伸びもしすぎないで、その年齢でしか弾けないようなものをきちんと弾いている。
 基礎がしっかりあって、これからの伸びしろはたくさん。
 双子の男の子たちの連弾は圧巻でした。
 
 トルコ人の大学生がエルガーのチェロ協奏曲の第1楽章を弾いたのですが、マンチェスター時代に、数人の伴奏をしたこの曲。 当時を思い出し、イギリスの景色が目に浮かび、郷愁に浸りました。
 ですが、イギリスとはフレーズ感、ニュアンスが違って、新鮮というか驚きでした。
 終わった後、彼女から演奏の感想を聞かれたのですが、やはり、このイギリスのグレーの空体験をしたら違うのかも、と答えましたが、彼女の演奏は青空。 この物悲しいイギリスの空がエルガーのチェロ協奏曲そのもの。
 
 とにかく、小さな小さなコンクールでしたが、久々に賞を頂けたのはうれしい限りです。
 問題点はわかっています。
 それをどのように克服していくのか。
 コンサートみたいにコンクールでも演奏できたらよいのに、と情けなくなるばかりです。

Posted on 2014/10/24 Fri. 23:08 [edit]

category: ブルガリア

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24

ブレイントゥリーでのコンサート(10月15日) 

 グレーの空が続きます。
 しかも、私が住んでいるフラットは、現在、Scaffoldingが張り巡らされているので、昼間から暗い部屋の中です。
このScaffoldingは、本当は9月第1週目にできる予定だったのに、つい数日前に張り巡らされました。
 イギリスは、何事もスローペースなので、数か月この状態が続くそうです・・・

 先週、10月15日のコンサート。
 10月1日のものと同じ主催者で、セットのコンサート。
 
 この日も、オリンピックのメイン会場があった、Stratfordから列車に1時間ほど揺られて、Essexのブレイントゥリー(Braintree)まで。
 1日に行った、ウィタムまでは、メインの路線なのですが、このBraintreeは、ちょっと横にそれる為、単線。 
 途中の駅も、プラットホームが1つしかない為、ここは1時間に1本しか列車がありません。
 

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 演奏した、Christ Church内部。

 プログラムは、
 モーツアルト: ソナタ ハ長調 K,330
 グリンカ・バラキレフ: ひばり
 ショパン: バラード 第1番
 ショパン: 4つのマズルカ 作品67
 ショパン: ノクターン 変ニ長調 作品27-2
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 本来は、幻想ポロネーズではなくて、リストのメフィストワルツでした。
 が、事情により、メフィストを弾く直前に幻ポロに変更。

 事情とは、このピアノ、ブルットナーで、昨年、一昨年の感触は、軽めで、軽快な音の楽器。
 今回、ここでは20分のリハーサル時間しか頂けず、リハーサル中、怪しい、とは思ったのですが、調節する時間も無く。
 
 ありえないことに、高音域が非常にDull(曇った?)な音。 低音域が、非常に明るい音。
 音質が全く違うのです。
 ある程度は、タッチを変えることにより、音質を作りますが、根本的に、一つの楽器で違う音質を持ってしまっている場合、どうにもならないのです。
 しかも、軽い鍵盤(ブルットナー自体、ダンパーが軽めに思いますし)なので、左手、低音域のタッチの調整がとても困難。
 ひばり、では、高音域でのメロディーが単旋律ならどうにかしたのですが、和音的になってくると、何を弾いているのかわからないほど、自分で弾いていても、メロディーが全く聴こえないのです。
 
 単旋律のノクターンだけはよかったものの、マズルカも、バラードも力のバランスを考えるあまりに、暗譜を落とす有様。
 音楽的内容なんていうことには手が回らず、自分が弾いているものを考えるだけで終わり。

 正直、私がふだん非難している、日本のように音を聴くのではなくて、指だけを動かす、ということが必要なのではないか、と思えてくる状態でした。

 このような状態で、きらきらした音がほしくて、高音域での細かい動きが多いメフィストを弾くことは非常に危険度が高い、と判断。
 よって、9月末に弾いてから、冷凍庫に入れてあった幻想ポロネーズを、急解凍どころか、そのまま使う、ということになりました。
 時間的にも回数的にも弾き込んでいる曲なので、多少の不安はありましたが、どうにか。
 もちろん、コーダの部分は、音の厚みが増すと、トップラインは、普段でも出すのを気にしますが、今回は全く何も聴こえませんでした。

  非常に悔いが残る演奏になってしまって、疲れはピーク。
 この夜、市内で教えがありましたし、そのまま、チケットが残っているのがわかっていた、ロイヤルバレエの『マノン』を鑑賞する予定でしたが、そんな気力は全くありませんでした。
 
 そして、翌日からは悲劇。
 普段、生徒たちにも私自身も姿勢には厳しいところがあります。
 それなのに、このコンサートで音が出ないから、無理やり知らないうちに、身体を使って音を出していたようで、翌朝は、腰と背中に激痛。 身体を起こせなかったので、午前中は諦めて横になっていたのですが、午後になってもダメで、この日のレッスンは申し訳なかったのですが、全てキャンセル。 
もちろん、すでにチケットを持っていた、この夜のロイヤルバレエも行けませんでした。
 その翌日は近いところだから、と思って行きましたが、バスで5分立っているのが、限界。

 1週間経って、ずいぶん楽にはなりましたし、ストレッチもしていますが、バレエダンサーならまだしも、ピアノを弾いていても腰、背中をここまで痛めてしまうことを実感。
 姿勢は本当に大切です。
 そして、音質が同じピアノも。
 

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 ブレイントゥリーのタウンホール。
タウンホールの前の道に、水曜日は、マーケットが開かれます。
 新鮮なお野菜が並んでいましたし、おいしそうなコリフラワー(子供の頭くらいの大きさ)も安くて、スーパーストアに並んでいるものよりも私の心をとらえたのですが、荷物もあるので、しかも演奏前だった為に買うのは見送りました。

 ルバーブもおいしそうでしたし、この時期に地元のイチゴまで出回っていました。


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 街の中はこんなちょっと風情がある道路も。
 時間も時間ですし、素敵なご年配の方がたくさんいらっしゃいました。
 

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 誰もいなかったので、行きの列車の車内。
 イギリスの単距離列車もきれいになったものです。
 

Posted on 2014/10/23 Thu. 13:41 [edit]

category: 自分のコンサート

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23

台所見学 (9月13日) 

 続きです。
 私が、特に東欧へ行って大好きな場所。
 それは、マーケット、市場。 フランスだとマルシェという場所。
 ここは、ロシア語と一緒かな似ているような、バザールいや、パザールか。
 
 現地の方の食事情がみえて、現地で採れるものがわかる場所。
 もちろん、お水の調達の為にスーパーストアへは行きますが、やはり新鮮なお野菜があるのは、市場なのです。

 前日、夜にこの街に着いた時、バスの終点の少し前に、この市場があるのがみえたので、楽しみにはしていました。
 が、事前にバス停の場所が地図上でみつからず、ホテルとバスターミナルの位置関係が全くわからなかった為、市場の場所も見当がつきませんでした。
 実際には、街の中心部から5分もかからない場所にありました。

 そして、驚くことに、コンクールが終わってからなので、夜7時くらいなのに、まだ多くのお店が開いていました。


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 こういう外見。

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 中はこんな感じ。
 いくつものお店がありますが、ほとんど内容は同じでした。
 セルビアで出会ってから大好きな、キセリ・クプス(キャベツの酢漬け)にまた出会えたら、と思ったのですが、そのようなものを売るお店はこちらでは、残念ながら出会えませんでした。


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 ホテル住まいでお料理ができないので、ブドウだけこちらで購入。
 このはかりがなんとも良い味。
 どこのお店も、このようなちょっとアンティーク(西欧では)なはかり。


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 外にもつながっていました。
 写真にはないのですが、なぜか、瓶の蓋だけを売っていたことに不思議。
 もしかしたら、保存食用に瓶は何度も使えるけれど、蓋はだめになるからでしょうか?
 言葉ができないのが非常にもどかしい。 

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 スイカもまだありました。
 イギリスに入ってくるスイカは、多くが、ギリシャやトルコ産。
 球体、というよりも、細長い球体なので、こういう丸いスイカをみるのは久しぶりでした。
 

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 写真ではわかりにくいのですが、大きなお茄子。
 イギリスにあるものも、日本に比べれば大きいのですが、30cm近い、お化けのようなお茄子がありました。

 こんなに大きいと、日本のお茄子が生っているところしか見たことがないので、どういう状態になるのか、畑をみてみたくなります。


 
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道すがら、多くの方がビニール袋いっぱいに持っていらしたのが、ピーマン。
 いったい、何に使うのか?というような量なのです。

 ここに来て、なんとなく納得。
 これは旬なのでしょうか?

 大きな、チリなのか??と思いたくなるし、正直未だに何なのかわからない、赤ピーマン??
 大きさが大きいのです。
 イギリスでも見たことがないサイズです。
 

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 こちらでは、ジャガイモを売るように、大袋で、ピーマン再び??
 こういう時、有名人になって、テレビ番組でいろいろな国を訪れて、ご家庭にも潜入して、お料理の説明をしてもらうような方々のことが羨ましくなります。
 
 まあ、私がサボらずにもっとロシア語を頑張っていれば、もう少し意思疎通ができたのではないか?と自分の責任でもありますが、言葉が通じないことのもどかしさ。
 日本と同じで、いくら英語は世界の共通語、と言っても、英語が通じない場面もあるのです。
 

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 こちらが、多分、チリ、唐辛子??
 これは、まさかこの袋一つではなくて、量り売りだとは思いますが。


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残念ながら既に閉まっていたのですが、オリーブのお店も。
 種類が豊富。 

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市場の片隅で、匂いにつられて購入したのが、このお皿の上のもの。
 ちなみに、これが、この日の私の夜ご飯。
 レストランに食べに行くよりも、スーパーストアと市場の揚げ物やさんに惹かれてしまったのです。

 揚げ物やさん、英語が全く通じなかったのですが、お店のお姉さんも、その周りで、ビール片手に揚げ物を食べていらしたおじちゃんたちもとっても楽しくて、小魚の揚げ物を指さしたら、魚という単語をブルガリア語で正しく発音できるまで練習させられました・・・ これ、ロシア語と同じなのですが、舌を振動させるのですが、全然発音できないのです。
 やはり、私が何人なのか、というのが気になるらしく、日本人、でも、イギリスに住んでいる、と答えたら、日本人だ!! と珍しいものをみるように、喜んでくださいました・・・

 そして、輪っかのは、大好きなイカの揚げ物。
 これは、メニューに、イカ、という言葉らしきもの(イタリア語と非常に似ていた=イタリア語はできないですが、好きな食べ物の単語だけは覚えていられます)を見つけて頼んでみたら、予想通りでした。

 そして、もちろん、スーパーストアで買ってきた、お魚の酢漬けもお夕食の一品。
 
 お肉よりもお魚派の私は、普段、イギリスでは食べられないようなものを食べて、幸せでした。
 
 
 

 

Posted on 2014/10/23 Thu. 00:17 [edit]

category: ブルガリア

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ブルガリア、コンクール1日目(9月13日) 

気分が乗った時に、続けて更新。


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  もちろん、今回の滞在も、ホリデーではなくて、コンクール。
 ピアノだけではなくて、ヴァイオリン、チェロ、年齢も子供からあるような、たくさん部門がある、でも、小規模なコンクールでした。

 この写真の中央あたりが、コンクールの会場。
 

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 会場前の広場もまた広い。 
 とにかく、街の造りがおおらかというか、ゆとりがあるというか。


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 お昼頃に、前もって言われていた、リハーサル。
 ピアノのところから見ると、こういう会場。
 いかにも、という雰囲気があって、コンクール、ということを忘れたかったです。
 が、前から2列目に、キリル文字で、『審査員』という字が・・・ 英語と同じ単語だったので、文字だけは読めるので、意味がわかってしまったのが、良かったのか悪かったのか。

 短いリハーサルの後、本番まで数時間あったので、本当は練習をしたかったのですが、英語を話せるお世話係の方は既にランチに行ってしまい、全く言葉が通じないので、諦めてホテルへ。
 
 午後の審査が始まる時間に戻り(会場とホテルは5分もかからない)、自分の出番まではそれでも、3時間ほどあったので、練習室を伺って、連れて行っていただいたところは・・・

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 なんだか、古そうな建物に入って行って、ここ。
 こちらは、この街のコンサートホールのロビー。
 

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 ピアノがありました。
 アップライトなのですが、ふたをあけないと、一見、机。
 でも、音は大きな狂いもないですし、タッチもしっかりしていたので、問題なく練習ができました。
 
 本当に、こうしてコンクールを受けていると、ユニークな練習場所にたくさん出くわします。
 

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 他の場所からも音が聴こえていたのですが、途中で聴こえなくなったので、行ってみたら、そこは、コンサートホール。
 
 スタインウェイのフルコン(本番の会場も、スタインウェイのフルコンでした)だったので、良いチャンス!と思って、どなたも弾いていなかったので、しばしここで練習して、調節。
 すごい色になっていますが、ここまで黄色ではありません。
  
 日本の文化会館を思わせるようなホール。

 ちなみに、この日の予選は、3曲弾く必要があり、いくつかの決まりもありましたので、

 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第2巻第1番 ハ長調
 エシュパイ: トッカータ
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 時間の関係で、十八番の第1巻第8番ではなくて、こちらを。
 サマーコースから、2,3週間後のことでしたのに、そこで学んだものではない曲を持っていく、という私らしい矛盾。
 
 頭に来るほど、固くなり、頭で演奏して、自分自身が嫌いになりましたが、予選を久々に通過させて頂きました。


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 会場の近くには、こんな噴水のようなものも。
 演奏後は練習場所も閉められてしまっていたので、諦めて、ホテルに戻ろうと思ったのですが、すれ違う方々のショッピングバッグをみて、皆さんが歩いてくる方向へふらりふらりと、寄り道。
 
 続く・・・

Posted on 2014/10/22 Wed. 23:27 [edit]

category: ブルガリア

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ブルガリア、 ドブリッチの街(9月13日) 

いったいいつのことやら、の話ですが、やっと日本語を書く気になったので、1か月以上経ちましたが、9月のブルガリアの続き。
 教え以外で日本語を使うことがないので、そして、一度ブログを休むと、日本語で考える力が停滞します。
 本当に、中学、高校時代の私には考えられないことです。 学校の先生方は誰も信じないでしょう。 英語は、追試でないテストの方が、追試のテストよりもはるかに少なかったのですから。


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 この日は、快晴! 8月から、たいして太陽をみることがなかったロンドンからやってきた私には、眩しすぎるほどの青空でした。
 これは、ホテルのお部屋からの風景ですが、前日は夜に着いた為、あらためて、コンクリートの大きな建物だらけで、旧社会主義の国にいることをなんとなく実感。
 国境をめぐっての多くの歴史があった国。 建物の多くは決して古いものではないのです。

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 今回は、朝食付き。 ブッフェでした。 イタリアと違い、暖かいものや、甘くない食べ物が多くて嬉しい。
 

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 チーズ、ハム類、オリーブだけでもこれだけありました。
 3月にセルビアで初めてお目にかかったような姿のチーズとも再会。
 イギリスにあるのは、イギリスのものと、フランス、イタリアチーズがほとんどですからね。
 アルコールが非常に弱いのに、お酒のおつまみのようなものが大好きなので、とりあえず、滞在中、ほぼ全種類のチーズを頂いてきました。


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 真ん中にあるのが、サルマの一種のはず。
 ブドウの葉に、お米とひき肉のようなものが巻かれています。
 カーディフ時代、ギリシャ人の友達がよくこれを食べていて(イギリスでも、缶詰で手に入る)、一度もらったことがあるのですが、あの時は独特な風味に驚きましたが、これは温かかったので食べやすい。
 
 それよりも私を嬉しがらせたのは、写真はありませんが、お魚の酢漬け、というかお酢で〆たもの?
 とにかく、イギリスでは手に入らないもの。
 切り身ではなくて、頭だけは外してありましたが、15cmほどのあれは、ニシンか? お魚。
 大好物なので、毎朝食べて幸せでした。
 
 食に関していえば、私は東欧の食べ物がとてもあいます。
 だから、今年は太るのです。

 ちなみに、甘いケーキなんてものもありました。
 もちろん、ヨーグルトも。
 
 
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 私の招集時刻は正午だった為、気分転換も兼ねて、1時間ほど午前中はホテル周りをお散歩。
 こちらが、泊まっていたホテル。
 風情も何もない、というか、大きい。


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 ホテルは街の中心部だったのですが、その前の広場というか、街の中心がこれ。
 とにかく、だだっ広いのです。
 徒歩3分のところに、スーパーストアも見つけて、導線は便利でした。

 太陽のない国から来た私には、日差しが強すぎて、サングラスなしには歩くことができませんでしたが、他の方は、みなさん裸眼で歩いていらっしゃいました。
 

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 こんな、水があるところに、ハトが集会していたり・・・

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 ブルガリア語だから、全くどなたなのかわかりませんが、多くの銅像(かなり大きめ)があった街でした。

  

Posted on 2014/10/22 Wed. 23:07 [edit]

category: ブルガリア

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お料理のお手伝いとピアノの関係 

 恐ろしい勢いで、月日が過ぎていきます。
 新学期が始まったばかり、と思っていたのに、私立の学校の一部は、来週から2週間のハーフタームホリデー。
 公立の学校は、ハーフタームは1週間なので、再来週から。

 ピアノにおいて、音命、の私は、ある程度まできたら、生徒たちのレッスンでも、音色を豊かにする為のタッチにうるさいです。
 タッチの違い、というのは、皆骨格も違うわけですし、肉のつき方も違うし、非常に厄介。
 どんな音を出したいのか、子供たちにまだその耳は無いので、ある程度の導きをしてあげなくてはいけません。

 ピアノを弾くというのは、日常生活で得られる手の感触がたくさんある、と私は考えています。
 子供たちにわかりやすい方法で伝える。
 それは、結局のところ、子供たちが経験した物が生きてくる。
 
 中でも、日々のお手伝いから得られるものはたくさん。
 手首の動きは、テーブルをお台布巾で丁寧にしっかりと拭く、ということから得られますし、和音をつかむ感触は、こねることから得られる。
 パン作りのDough(生地?)をこねるのと、ハンバーグを作る時のひき肉をこねる時。 これらは、似ているけれど、違う。
 よりボールから中身を外に出さないように、手の付け根と、指を使ってやっていくこと。
 お手伝いをしている子供たちは、つかむのが早い。
 していない子たちは、難しい。
 真似だけではできない世界、と私は考えています。
 
 もちろん、我が師匠は、2台のピアノで弾きながら、徹底的に音として私に叩き込み、先生が違う、と言えば、1小節を1時間でも先生の音が出るまで、自分で指の角度を変えたり、強さを変えたり、腕の重さを変えたり、速度を変えたりしながら私自身が修得したものです。
 ですが、2台ピアノがないですし、さすがに子供たちに1時間1小節をするわけにはいかないので、私は師匠とは違う方法で、ピアノから離れたところからタッチを伝えています。

 日本では、ピアノを専門に学ぼうとする場合、小学生のうちから、ピアノだけに打ち込まなくては無理だ、というのは重々承知しています。
 でも、それ以外から得られることもたくさんある。
 もっとも、日本では私が今まで接してきた部分では、タッチ、というのはほとんど重要視されていません。
 ということを考えれば、私がここに書いたものは意味を持たないのですが、私は日本人という人種、国籍を持ちながらも、ピアノに関しては、日本人ではありません。 ロシア系の指導をずっと受けてきていても、日本人であるということ、これで、どれだけ今まで、今でも嫌な思いをしてきているか。 仕方がないことなのですが。

 私は私なりのこだわりもありますし、自分が受けてきたピアニズムを、多少伝え方を変えながら、子供たちに伝えていきたい、と思っています。
 良い音が出るようになったら、音色が増えたら、コンクールでは評価される対象になりにくいかもしれませんが、聴いて下さる方には伝わる、と思っています。

 私は子供の頃にピアノに打ち込むことはありませんでしたが、母のお夕食の支度のお手伝いをしたことは、今となっては一番の宝だったのかな、と思います。
 お料理を覚えなくても、その時の感触、というものは、ずっと残るもの。
 ホイップクリームに指を突っ込んだり、お豆腐を壊れないように持ち上げる。 今まで、私はこういうことにレッスン中救われてきたように思います。
 
 ということで、ピアノが上手になるには私はお手伝いをすべき!という考え。
 その時、練習時間を30分短縮したとしても、後に残るものになるのではないかな、と思いますが。
 
 

 
 

Posted on 2014/10/17 Fri. 23:00 [edit]

category: 音楽

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Лондон - Варна (9月12日) 

あっという間に、1か月前のこととなってしまいましたが、書き残しておきたいので、今更ながら、9月の東欧の記録です。
 タイトルは、キリル文字で、ロンドンーヴァルナ。
 半年振りのキリル文字使用の国でした。

 東欧に縁がある今年、9月12日から4泊5日で、ブルガリアとルーマニアへ行ってきました。
 いつものことで、コンクールです。

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 今回は、格安にしては珍しく、午後の早い便で、ルートン空港から、ブルガリアの首都ではなくて、黒海近くのヴァルナ(Varna)へ。
 今回初めて知ったのですが、他の多くのヨーロッパの都市とは違って、ブルガリア、ルーマニアというのは、ロンドンとは2時間の時差。 飛行機を予約した時、午後2時にロンドンを出発して、ヴァルナに着くのが夕方7時過ぎ、ということで驚いたのですが、もしかして、と調べてわかりました。
 
 ヴァルナ、この地名にピンとくるのは、多くはバレエファンでしょうか。
 ヴァルナのバレエコンクールはとても有名。

 ちなみに、ルートン空港で今回は時間があったので(前回7月に使った時は、ギリギリ)、ちょうど写真のEasy jetが到着したところで、乗客が降りる様子も見られる、という飽きない待ち時間でした。


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 どこに飛ぶのだ?と思うような、小型飛行機がたくさん。
 

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 東欧へ行くのには助かる、格安航空、Wizz Airに再びお世話になりました。
 Wizzは、手荷物の小さな鞄以外は、キャリーバッグの持ち込みでも、追加料金がかかります。
 それでも、全て込みで、ロンドンからブルガリアまで5000円ほどで飛べてしまったので、非常に助かりました。

 席も自由席。 いつものように、短距離なので、窓側。
 満席ではなかったのですが、運が悪いことに、隣2つの席にお座りになったのは、とっても恰幅の良いブルガリア人のおば様お二人。 
 私も恰幅が良いですが、その比ではありません。
 彼女たちは、お尻がシートに収まらないほどでして・・・ 
 よって、通路側からのはみ出した分が、私のところまできて、なんと3時間のフライト、まっすぐに座ると、おば様の肩とぶつかるので、斜めになって座る、という状態でした。
 しかも、乗ってすぐに、チーズ&オニオンのクリスプス(ポテトチップス?)をお召し上がりになり始め、においが結構きついクリスプスで、狭いところだと見事ににおいが届きました。
 一袋終わってホッとしたのもつかの間、次の袋をお開けになりました。


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 途中は、雲ばかりで、何も見えませんでしたが、真っ青な空に、真っ白な雲。
 しかも、写真のようなうねりが続き、ほとんど外をみていましたが(身体も斜めですし・・・)、幸せ。
 私自身のピアノに生かしたいような、雲でした。


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 小さな、ヴァルナの空港に到着。
 新しいターミナルがありました。
 ですが、飛行機はターミナルには近づくことはできず、タラップ、バス移動の空港のようでした。
 ちょうど、着陸する頃、写真よりももう少し上にある真っ赤な太陽。
 飛行機を出て、タラップの一番上に立った時、本当に素晴らしい眺めでしたが、立ち止まると注意されるので、これは、ターミナルへ運ばれるバスの中からの日没。
 湿気があって、ちょっと日本を思い出す気候でした。

 乗客は、ほぼ、ブルガリア人。
 ちょこちょこ、イギリス人。
 ブルガリアは、EUに入っているので、私は列の後ろの方でしたが、多分、EU以外のパスポートを持っていたのは私くらい。
 完全に流れを止めました。
 結構いろいろと質問されましたが、フレンドリーで、私がこれから向かう都市を答えたら、隣の審査官がそこの街の出身だったようで、私の担当の審査官と多少世間話(日本とかイギリスのイミグレでは考えられませんね)。

 あまりインフォメーションがなくて、よくわからぬままに空港に着いたのですが、とりあえず、空港のインフォメーションで(いまいち、英語が通じない)市内の長距離バス乗り場へ行く方法を伺ったら、市内までの乗り合いバスで、10分ほど、とのこと。
 
 乗り合いバスで、車掌のお姉さんに、長距離バス乗り場で教えて下さるようにお願いしたのですが、お姉さん、忘れてしまったらしい。
 バス停、みたいなキリル文字の建物をみかけたのですが、よくわからぬままにお姉さんを信用していたら、既に2つバス停越していました。
 ここで嬉しかったのが、周りの乗客の方々、年代的に、ロシア語が外国語であったような方々までが、何人も私に既にバス停を過ぎていて、戻りなさい、ということを伝えて下さったのです。
 真っ暗だし、歩くのは・・・と思っていたら、次のバス停でちょうど降りるところだった20代くらいの女の子が英語も話せて、道路をくぐって(地下道)、反対側のバス停から、バス乗り場を通るバスに乗せてくれました。
 
 その姿をみていたバスの乗客が、また気にかけて下さって、英語がわかるけれど、私が行く街へのバスがわからない人が、その街への行き方をご存知の方をブルガリア語で声をかけて下さって、恐縮するばかりでした。
 
 ちょうど、そのバス停で降りるご家族がいらして、ちょっと英語もわかったので、面倒を見て下さることになったらしいです。
 表通りからのバスターミナル入口は閉まっていて、裏へまわって、開いているバス切符売り場(バス会社によって、売り場が違う)で、その街行きの長距離バスのことを聞いて下さり、事なきをえました。
 事前に調べてあったのは、バス乗り場に8時15分頃についても、次の長距離バスは夜10時半と思っていたのに、8時30分のバスがあることがわかり、一安心。
 バス会社のウェブページは、珍しく英語が無くて、私の文字の判別だけができるキリル文字の土地名の情報での検索だった為、非常に不安だったのです。 もしもの時はタクシーを使うつもりで(料金だけではなく、安全の面からも、一人でタクシーは避けたい)、空港で多少大目に両替しておきましたが、そうならずに済みました。

 ここから、1時間弱北上し、ドブリッチという街が私の目的地。
 さすがに、そこのバス停からはホテルへタクシーで向かいましたが。

 着いてすぐに、人々のやさしさに触れ、一旅行者として、言葉が完全に通じなくても、どうにかして伝えよう、として下さる方々に感謝するばかりです。
 これって、言葉の能力ではありません。
 
 

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 着いたホテルは、いかにも、旧社会主義、というか、東欧、というか。
 朝食込みで、1泊3000円ほどのホテルなのに、広い。
 そして、絨毯とか壁とかの雰囲気が、なんとも東欧。

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後日ですが、上の写真の反対側は、こんな感じ。
 いつも思うのですが、一人でツインのしかも、こんなにベッドがくっついている部屋に泊まるのは微妙。
 ダブルだと大の字になって寝られるのに、と思ってしまいます・・・
 この大きな窓が完全に開くのにも驚き。
 B&Bでない限り、ホテルで窓が大きく開くことは珍しいです。
 バルコニーがあるわけでもないので、窓の下のベンチ(?)から身体を出すと危険でした。

 今年は、現在は中央ヨーロッパと呼ばれるような国も含め、東欧へ行きましたが、ここまで、東欧の匂いが強いホテルは初めて。 
 でも、好きです。
 行けばいくほど、私は病みつきになりました。
 イタリアは好きですが、私は、スペインとかフランスよりも、俄然、東欧派です。

 続く予定・・・

Posted on 2014/10/10 Fri. 22:57 [edit]

category: ブルガリア

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10

ウィタムでのコンサート(10月1日) 

 さすがに、コートを着る方を多く見かけます。
 それでも、家の中でまだ暖房をつけずに、素足でいられるのは、珍しいことです。

 既に1週間経ちましたが、1週間ほど前、10月1日のコンサートのことです。
 今回で3回目(3年目)になる、ロンドンオリンピックのメイン会場があった、駅からちょっと北東に30kmほど行った、エセックスのウィタム(Witham)という街でのコンサートでした。
 ここは、来週行くところと共同でのコンサート。 珍しく、同じ主催者の元、コンサートが2か所で行われています。
 数か月前に、お客様にアンケートを取ったらしく、それにより、また聴きたい、とおっしゃて下さる方が多くて、再び呼んで頂けたそうです。

  ブロードウッドのピアノは昨年、一昨年は必要以上の鍵盤の重さ、鍵盤の返りの悪さだったのですが、大調整をしたのか、多少音は狂っていても、重さが程よくなっていて非常に助かりました。

 プログラム
 
 モーツアルト: ソナタ ハ長調 K.330
 グリンカ/バラキレフ: ひばり
 ショパン: バラード 第1番 ト短調
 ショパン: 4つのマズルカ 作品67
 ショパン: ノクターン 変ニ長調 作品27-2
 リスト: メフィストワルツ 第1番

 慣れているのだかなんだかよくわからないプログラムでしたが、こちらの主催者は、昨年、プロコフィエフを弾こうとしたところで開演30分前に、プログラム変更を私に申し渡した方なので、わかりやすいプログラムで今年は組みました。
 
 メフィストは5月のコンクール以来、バラードは、サマーコースでみては頂いたものの、本番にかけるのは、久々でないかと。 危ないところもありましたが・・・
 バラードの1番は、ずっとしっくりきていなくて、あまり本番に出さずにいたのですが、夏に師匠に熱血レッスンをして頂いて、つかめたものがありました。 
 メフィストは、攻めが足りませんでした。
 まだまだ見えてきていない世界があるので、恐れずに弾いていきたいとは思っています。

 ノクターンも、作品62-1の方を良く弾いているので、こちらは久々。 でも、この曲の美しさはピュアで、たまに出すとその世界に入れます。
 
 前日に、マチネでロイヤルバレエのマノン、夜はトリフォノフのリサイタルという芸術鑑賞日でしたので、練習がほとんどできていなかったのですが、反対に充電直後だったので、それはそれでよかったのかな、と思います。
  
 短距離列車なのに、珍しく帰りは熟睡。 危うく、乗り過ごすところでした。 まあ、その後1駅で終点ですが、教えに行くためには、その駅で降りた方が都合が良かったので。 昔は、イギリスの列車では怖くて寝られなかったのに、今は寝られる自分が恐ろしいです。 この辺で気を引き締めたいと思います。


 
 
 

Posted on 2014/10/07 Tue. 23:25 [edit]

category: 自分のコンサート

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07

Warringtonでのコンサート(9月27日) 

 10日近く経ってしまいましたが、9月27日の北イングランド、リヴァプールから内陸へ20kmほど入ったところの、ウォリントン(Warrington)でのコンサートです。 ロンドンから、北へ約300kmの移動でした。
 久々に、初めて伺う場所でのランチタイムコンサートでした。
 土曜日の昼間、というのも珍しい(日本ではこれが一般的だと思いますが)。



 
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 街中にある教会で、何が何だかよくわからない写真だとは思いますが、中央の、時計台がついている、茶色い建物が、今回演奏した教会です。

 教会、といっても、私には宗派の違いがよくわかりませんのでここでは多くは語りませんが、様々なお姿の教会があります。

 

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 中はこんな感じ。
 イギリスは、日本と違って、とんでもない状態のピアノがあることもあるので、初めて伺う場所は、楽しみな反面、恐怖もあります。
 今回は、4,5年のヤマハのC2。 コンサートで弾くには結構厳しい大きさですね。
 しかも、床が絨毯の為、吸収が凄い。
 ですが、土台はあるピアノなので、救われました。
 古いピアノにはそのよさもたくさんありますが、その分、調節すべきこともたくさんありますので。

 今回のプログラムは、第1回目王道パターンで。
 
 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻第8番 嬰ホ短調
 モーツアルト: 6つの変奏曲 K.398
 ショパン: 4つのマズルカ 作品67
 ショパン: ノクターン ロ長調 作品62-1
 ショパン: 幻想ポロネーズ 作品61
 
 しゃべり無しでいこうと思っていたのですが、スタート5分前に、主催者の方からしゃべりを入れるように言われたので、急遽、頭の引き出しを探しました。

 教会、といっても、とっても温かみのある雰囲気の会場だった為、バッハの平均律もまたおもしろい。 サマーコースで、イスラエルのイリーナ先生にとことんしごかれ(プレリュードだけで、45分超え、フーガはちょっと)、その当日にインフォーマルコンサートでフラフラ状態で弾いただけで、本番に出すのは、レッスン後初めて。 長い間弾いていますが、フーガの暗譜落ちの怖さはおいておいて、違う音色、映像を出せるようになったかな、と思います。
 前日の夜に観た、ロイヤルバレエの『マノン』のある一場面が浮かんで、興味深かったです。

 ショパンは、この数日前に引き続き、久々にマズルカを弾きましたが、去年1年間離れたからこそ表現したい世界があることがわかりました。 今年は盆踊りにも残念ながら行けなかったので、あの日本のお囃子に私の耳が染まらなかったのも良かったのかもしれません。 とはいうものの、やはり、盆踊りでも良いから民族舞踊というものに触れることは大切なので、東京音頭や八木節に染まったマズルカも好きです。 これはこれで、私のマズルカ、ということで。

幻想ポロネーズは、弾けば弾くほど中毒です。 回数的にもかなり弾いていますが、どんどん世界が広がります。 今年度は、日帰りでもよいから、一度ポーランドの空気を吸いに行きたいものです。 大切なので。

 いつものことですが、地方は本当に怖い。
 ロンドンももちろんなのですが、今回くらいのランチタイムコンサートに、私よりも上の世代の同業者の先輩方がいらっしゃることが非常に多い。
 今回も、終演後多くの方がお声をかけて下さったのですが、その中のお1人は、グレード試験の試験官もなさっていらして、私が何度かレッスンを受けたことがあり、この夏もお顔をあわせた方と同世代同門だとか・・・
 しかし、バッハを評価して下さったのが非常にうれしい。 音を評価して下さり、バッハのぺダリングに対して良いご意見を下さったのが、私としては、師匠との今までの勉強があらわれたのだな、と思うばかりでした。
 「このコンサート、全てバッハがよかった。 8番がこれだけ弾けるということは、平均律全て勉強しているよね?」と言われて、冷や汗が・・・
 私は偏っているので。 サマーコース中も、インフォーマルコンサートを聴いてくれていた同門の兄弟子としゃべっていたのですが、やはり、この第1巻、第8番は最高だよね、と。

 平均律は、もっとやらないといけないな、と思いつつ、ここまで来てしまったので、今回背中を押して頂いたので、少しずつ・・・ 
 本当に、どんなに小さなコンサートでも、全力投球をしなくてはいけません。
 結局、全力投球できなかった時は、その口惜しさ、辛さは、全て自分自身が一番わかっているので。
 
 終わった後、列車の時間まで時間があったので、ちょっと街をフラフラしていたのですが、お声をかけて下さる(コンサートにいらしていた)方がいらっしゃるのも、また地方の良さ。
 ぼーっと歩けません。
 
 ロンドンへの道中、途中から記憶がありませんでした。
 
 
 

Posted on 2014/10/06 Mon. 23:05 [edit]

category: 自分のコンサート

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06

18か月 

 ちょっと過ぎてしまいましたが、先月の最後の金曜日で、ちょうど18か月。
 何からか、というと、悪夢の左手複雑骨折から。
 
 ドクターから言われていた、最短完治までが18か月。 ただ、ピアノを弾いている分、もう少し時間がかかるだろう、とは言われていました。
 結果、完治は残念ながらしておりません。
 何をもって完治、というのかはわかりませんが、痛みが出ること、力が戻らないこと、というのが私の基準では完治に至りませんでした。

 とはいえ、痛みが出ることも以前に比べれば、ずいぶんと減りました。
 サマーコース中は普段よりも時間的な面で調節ができなかった為、冷やすもの(夏の間、スーパーマーケットで簡単に手に入った、ピクニック用、ボトルを冷やす為のフレキシブルな冷却材)を手放すことができませんでしたが、あれが一番ひどい状態。
 先週のコンサートでは、久々に痛めてしまって、いつもなら、冷やす塗り薬のようなものを持ち歩くのですが、このところ平気だったので気を抜いていて、薬局に駆け込んで、冷却スプレーを買うこともありましたが、対処が早かったからか、翌日に痛みを残すことはありませんでした。
 これは、ずいぶんな進歩です。

 骨折時に一番問題になったのは、親指付け根の骨が、動いて折れてしまったこと。
 これだけは、日常生活にはほぼ問題がありませんが、ピアノを弾く、という意味では、以前とは感覚が違ってしまいました。
 それでも、私なりに調整をして、これだけ弾けるようになっている、ということは、感謝するばかりです。
 手に異物が入ることが恐怖で、私は、手術を選ばなかったので、そして、ドクターが最初に説明をして下さった時に、初めてみる自分の手の指のレントゲンに見惚れていて、ドクターのお話をきちんと聞いていなかった為に、自分の怪我の認識が甘くて、もう少しギブスが外れた時に手を大事にすればよかったのかな、本当は手術の方が治りが早かったのかな?と思わないこともありませんが、後悔はしていません。

 いまだに左手でバス、チューブなどの手すりには摑まることはできませんし、先日は、左手でザルを持って、茹で上がったパスタのお湯切り(?)をしようとしたら、多少の重さで、全部流しにぶちまけたりもしていますが、あの片手生活を思うと、大進歩です。

 人混みではまだまだ不安で、手をかばいながら歩いていますが、これだけピアノを弾くことができることに、感謝しても感謝しきれません。

 ただ、怪我の後、ずっとできないでいるのは、ビーズ。 左手で小さなビーズをつかむことはまだ大変ですし、左右の手に工具を持って作業することも、左右の力が違う為に不可能。
 これだけが、残念なこと。 頑張ればできるかもしれませんが、ピアノを弾く力が優先なので、仕方がありません。
 ビーズができるようになったら、完治までに一歩前進、と私の中では思っています。

 このところ、ギブス姿の方をみかけることも多く、私の最初のギブスとお揃いの紫のギブスをみると、懐かしくなります。
 

Posted on 2014/10/05 Sun. 23:15 [edit]

category: 日常

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間が開きましたが 

 御無沙汰しております。
 
 私が渡英してから、前代未聞の暖秋のようで、昼間半袖で歩くことができたり、夜は少々涼しくなるものの、カーディガンに薄いストールで歩けるほどです。
 温度予報をみる限り、これから最高気温が20℃を切るようになりそうですが。

 今回は、ずっとイギリスにいたのですが、先週の土曜日は、リヴァプールから内陸へ20kmほど入ったところでコンサート、翌日は6月から通っているオックスフォードでの教え、帰ってきてロンドンで教え、水曜日には、3年目になるロンドンから北東へちょっと行ったところのエセックスでのコンサート、合間に教えで、バテバテでした。
 プラス、先週の金曜日にロイヤルバレエのロンドンシーズンが開幕し、火曜日にはコンサートの前日にも関わらず、ロイヤルバレエのマチネを鑑賞、夜には川を渡ってRFHにて、ダニール・トリフォノフのリサイタル、水曜日のコンサートの後は、教えに行った後、また市内に戻って、ロイヤルバレエ、という無茶ぶりをしていたら、さすがに、体が壊れました。
 芸術鑑賞は遊びに思われるかもしれませんが、これが全くそうではなくて、観れば観るほど、聴けば聴くほど疲労が増す、というとんでもない状態になっております。

 バレエ鑑賞が再び始まって、凄い舞台を目の当たりにして、たくさん感じて、たくさん考えて、頭が壊れそうです。 が、これらは私の演奏には非常にプラスに働くため、この2回のコンサートは、集中し、違う世界観を持てたのではないかな、と思っています。

 今したいことは、紅葉をみながら温泉で露天風呂にでも浸かること。
 この2,3日、お夕食の支度をしようと思うと思い浮かぶのは、農家の親戚でつくってくださるお米と、焼き魚と、冷奴、そして母の同級生(=私のお友達でもある)が作って下さる、白菜のお漬物。 これに、日本のお水で淹れた番茶とお味噌汁があれば、最高。
 普段、日本食をほとんど食べない(作れない)のですが、年々、年を取るごとになのか、在英年数が長くなればなのか、わかりませんが、あれほど、日本よりもイギリスの方がよい、と言っているのに、疲れる時に食べたいのは、純日本食なのです。 情けないです。 オーブンでは、日本の焼き魚にならないことがわかったので、無駄な抵抗はやめました。

 まあ、叶わないので、とっておきのマリアージュの紅茶と、家の近くのイラン系のケーキ屋さんがそれなりにおいしいことがわかったので、フランスの紅茶にイランのケーキ、という組み合わせに逃げております。 
 
 書きたいことは溜まっているので、少しずつ書こうと思います。
 それにしても、土、日にロンドンにいるのは、4週間ぶり。 
 先月のブルガリア、ルーマニアは遠い昔のこととなってきました。
 
  
 

Posted on 2014/10/04 Sat. 21:45 [edit]

category: 日常

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