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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

コンサート @Sewerby Hall and gardens, Bridlington 

 数日前までは、浴衣を着て、盆踊りへ行くのがちょうど良いような気候でしたが、一気に冬が近づきました。

  

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 昨日は、昨年8月末に初めて呼んで頂いて以来3回目になる、ロンドンから北へ300kmあまり、東の海岸沿いのブリリントン(Bridlington)でのコンサートでした。

 今シーズン、最初のコンサートでした(演奏自体は、既に先週始まっていたのですが)。

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 前回、4月末に訪れた際には、お屋敷を改装中でシートに覆われていましたが、6週間前から、一般公開が再開されたそうです。

 この向かって右側の、オランジェリーが演奏場所。
  
 ここは、クラシック演奏者には珍しく、1時間半ぶっ続けコンサートです。
 カジュアルな感じなので(コンサートを聴きにいらっしゃる常連の方もいらっしゃいますが、お屋敷、お庭に遊びに来て、ふらっと数曲聴いて行かれる方もいらっしゃる)、選曲にも迷います。 
 昨シーズンから、コンクールを受けていることもあり、以前よりも小品を弾いていないので、冷凍しっぱなしになっていて、冷凍庫から取り出す作業が多少難しいこの1年です。
 
 そして、コンクールの為に、日程上コンサートも減っているので、トークが久々だったり、いろいろと思うこともあり。
 ですが、やはり、自分を解放できるのはコンサート。
 どうして、コンクールでこうやって弾けないのだろうか?と自分自身に怒るばかりでした。
 結局のところ、師匠および、私がお世話になっている先生方に言われている、精神力の弱さ、師匠の言葉を使うと、娼婦になれ、ということになるのでしょう。

 プログラム

 ドビュッシー: アラベスク 第1番
 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第2巻第1番 ハ長調
 モーツアルト: パイジェッロのオペラ、『哲学者』 による6つの変奏曲(タイトル、多少省略)
 モーツアルト: ピアノソナタ ハ長調 K.330
 チャイコフスキー: ロマンス ヘ長調 作品51-5
 シャブリエ: スケルツォ・ヴァルス
 ショパン: 4つのマズルカ 作品67
 ショパン: ノクターン ロ長調 作品62-1 
 エシュパイ: トッカータ
 シューベルト/リスト: 水車職人と小川
 ショパン: 幻想ポロネーズ

 ここは、プログラム提出がなくて、当日自分で曲目を言いながら進めていく会場。
 本当は、グリンカ/バラキレフの『ひばり』を弾こうと思っていたのに、どうにもこうにもピアノとの相性が悪すぎて断念。
 その代りに、ショパンのノクターン。 そして、ショパンのバラード第1番を、サマーコースで勉強した成果を出そうかな?と思っていたのに、リハーサルで全く思うように弾けなくて、結局、幻想ポロネーズ。
 リハで全ての曲を弾く時間はなかったので、1週間ぶりに本番で触ったような曲もありましたが、ここは、長年弾いているものは強いです。

 モーツアルトの変奏曲は、つかむのに苦労していますが、サマーコースで指導して頂いたことが成果として表れてき始めました。
 ソナタも久々。
 第2楽章で、なぜか、『ロミオとジュリエット』のバルコニーのシーンの前、バルコニーというジュリエットの心理のようなものが見えてきて、非常におもしろかった。
 これは、全く想像も用意もしていなかったこと。
 きっと、数日前、今週末から始まる、ロイヤルバレエの『マノン』のインサイトを観に行って、私の中でこの数日、『ジュリエット』と『マノン』の違いのようなものを考えていたのが原因か、と思います。
 別に、モーツアルトだから、モーツアルトの人生を考えて弾く、という必要が絶対ある、とは言えないのが私の考え。
 その時に、会場とお客様と私とピアノが合わさって生まれてくるストーリー。
 だから、本番はおもしろい。 何が起こるかわからないし、思ってもみなかったものが生まれてくる瞬間。
 私の場合、こういうものは考えておくわけではなくて、自然に浮かび上がるものなので、次回はどうなるかがみえてこない。
 これを良いこと、という人とと、悪いこと、という人がいる。
 幸い、私がお世話になってきた先生方は、自然に起こっているのなら、良いこと、として下さっているので、そうしていきたいと思います。
 私自身も、バレエを観ていて好きなダンサーは、予め用意してあるよりも、その場でケミストリー反応が起こるダンサーたち。


  チャイコのロマンスも、実は結構久しぶり。
 バレエでお馴染みの曲なので、その場面が浮かんできて、これは、導かれていく作品。
 
 ショパンも、先週末はポーランドではないですが、東欧に行ってきたばかりなので、東欧の空気がまだ私の中に鮮明に残っている為、違うものが生まれたのかな、と。
 マズルカも昨シーズンは一度も珍しいことに弾かなかったと思うので、新鮮。
 マズルカを弾き終わった時に、ブラボーを出して頂いたのがとても嬉しい。
 でも、ポーランド人が聴いたら私のマズルカはまだまだ邪道だと思います。

 小事故はちょこちょことありましたが・・・ とりあえず、新シーズンの最初のコンサートが終わってホッとしています。
 今週末は、西寄りの北イングランドへ。
 来週半ばには、3年目になる、エセックスでのコンサート。
 大してコンサートの数は入っていないのに、なぜか集中してしまったこの10日間。
 少しでも良い演奏ができるよう、精進していきたいと思います。


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 このコンサートの楽しみは、なんといってもその往復。
 ロンドンからたくさん列車に乗ることができるのも醍醐味ですが、ブリリントンの街中から、お屋敷までは、このランドトレインで、海沿いを走っていきます。
 こんな遊園地みたいなランドトレインに乗ってコンサート会場へ行くことなんて、滅多にありませんから、最高です!

Posted on 2014/09/22 Mon. 14:31 [edit]

category: 自分のコンサート

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22

少し空きましたが 

 お久しぶりです。
 変に湿度が高く、9月半ばも終わろうとしているのに、半袖で外を歩くことができる、8月よりも気温が高そうなロンドンです。
 
 新学期早々ですが、今年度最初の遠征へ先週末は行っておりました。 16日の火曜日に帰国はしたのですが、バテバテ、しかも、今週末は北イングランドでコンサート、ということで、ここもそのままになっていました。
 ぜひ書き残しておきたい旅行記なので、追々書いていきたいと思います。
 
 今回は、少々あわただしく、4泊5日、2か国(+トランジットの時間を使って、3か国目にも入国)。
 私にとって、17、18国目への渡航だと思います。

 シェンゲンの国が広がる前に(今回行ったところも、パスポートコントロールがなくなるのは、もう目前)、陸地移動(バス)にて、国境を渡ること、そしてその出入国スタンプをもらうことができて、大満足でした。
 もちろん、メインはこれではありませんが。

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 詳細は後に書きますが、ここが私の目的地。


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 こちらは、2か国目、どうしても行ってみたかった場所の入口。

 今回も、問題なく無事に帰国できてほっとしています。
 そして、言葉が通じなくても、多くの方に助けて頂き、親切にして頂いた旅でした。
 
 日本でオリンピックに向けて、語学を習う方も増えている、と聞きます。
 でも、是非、大都会(首都など)ではないところに、一人旅をその分でしてもらいたい。
 言葉以上に大切なものを感じるはずです。
 英語が第1外国語ではない世代の方々も多い国で、知っている単語を並べて何人もの方々が私に何かを伝えようとして下さったその姿、日本ではみられないものです。

 とりあえず、明日は朝から夕方まで教えて、そのまま列車に乗って北に向かい、北泊りです。 
 いつもなら、当日の朝早い列車で行っても十分に間に合うのに、日曜日は、どうにもならない列車の運行スケジュールで、コンサートの時間に間に合わないので、前泊。
 昨日、今日でさらいなおしているので、旅のものも片付けていません・・・

Posted on 2014/09/19 Fri. 12:09 [edit]

category: 日常

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19

魔法のレッスン 

 既に3週間前のことですが、サマーコースのこと。

 レッスン開始2日目、私はその日は教えもなく、自分のレッスンが1時間だけ。
 あとは、私の生徒のレッスン見学(他の先生のレッスンの)。
 
 その前日に1時間の指導をし、結局、この翌日からは毎日私がみることになった、ピアノ歴2年の女の子。
 この日は、私の師匠が彼女のレッスンを担当。 
 毎晩、先生方は生徒たちの翌日のレッスンの予定を組みます。
 師匠は、できていない子は自分が一度みなくてはいけない、という使命感のようなものをお持ちだと思います。

 前日あまりにも驚く状態だったので、一応師匠に前日の内容をお伝えした方がよいかな、と思って師匠のところに行ったら、教えがないのだから、1時間レッスンを見学してほしいと拉致されました(本当は、この時間は、私の生徒のレッスン見学に行く予定でした・・・)。
 
 あの師匠の子どもへのレッスン。 以前、ご自宅でのレッスンの際、私の前が4歳の女の子で師匠の指導には驚いたことがありました。
 今回は、このピアノ歴2年、全然弾けない子と、このコースでは初であるはずの、UAEからのグレード6に既に良い成績で合格している女の子。
 このグレード6の女の子も私が前日に指導をして、疑問を持った子。

 ピアノ歴2年の女の子、前日にやったことを全て忘れていました。
 それが、コピーをさせるわけではないのに、師匠の指導で、とりあえず、4小節、正しい音で、正しいリズムで弾けた。 あまりの出来事に、私には魔法にしか思えませんでした。
 そんな目に見えてすごいことはしていないのです。 でも、度胆を抜かれた。
 一瞬にして、彼女の音が変わりました。

 UAEからの女の子も、長期にわたって教えるのではなく、短期で、うわべだけではない指導をどうすればよいのか。
 私たちからすると、打鍵に問題がありすぎた。 師匠が直したいと思った部分と、前日私が直したいと思った部分は、同じでした。
 それをどのようにするのか。
 
 現在の私の指導、というのは、
 私自身が師匠に与えて頂いた膨大な時間、内容のレッスンでの記憶。
 ラッキーなことに何度か見学させて頂けた、師匠の奥様の子どもたちのレッスン見学で得た知識。
 私自身がこうして講習会、マスタークラスなどで指導して頂いた記憶。 
 以前から、サマーコースで練習に疲れると、他の方のレッスン(特に子供)を見学させて頂いて得た知識。

 これらをミックスさせたものだと思います。
 怠け者ですし、自分が実際に受けたものを信じたいタイプなので、あまり指導書のようなものは読んでいません。
 共感できる時もありますが、そうで無い時、納得しないでそれを受け入れるよりも、私が信用している先生方の伝統をつないでいきたい、という思いがあるからかもしれません。

 通常のレッスンでは、ひらめきが強い方なので、生徒たちの問題点がみつかって、それまでにその解決をしたことがない場合は、どうすれば一番良いのか、というのがどちらかというと、すぐに閃いて、それにより問題解決をする。 それでうまくいかなければ、他の方法を試す。 というスタンスです。
 私が弱いのは、他から移ってきた子供で、ある程度進んでいるのに、とんでもない癖とか、根本的な問題がありすぎる時。
 長期にわたってみるこの場合は、ご両親、本人と話し合って、長期戦で一度全てを崩して臨みます。
 が、こうして短期の場合、どうするのか??
 多くの場合は、残念ですが根本的なことには目をつぶって、とりあえず、うわべを良くします。
 そういう先生がほとんどです。

 でも、私は性格的にそれが嫌。 
 根本的解決をしなければ、1週間が無駄になる子供たちもいます。
 師匠の場合、あまりにも癖が強くて出来上がっている場合は、それをいかしていくことも多いのは確か。
 ですが、改良の余地がある、と思えた場合(これは、私が思うに、付き添いのお母様だったり、本人だったりを先生は結構鋭く瞬く間に観察しています)、これからに役立つであろうこと、この1週間でできるであろうことを伝えていきます。

 これが、再び目から鱗が落ちるレッスンでした。
 
 UAEからの子は、この後私は2度レッスンをしましたが、師匠のレッスンを元に、直していき、できている部分は、その次の階段を上るだけ。

 私にとって、今回の講習会で、自分自身が受けたレッスンももちろんですが、この師匠の1時間のレッスン見学をさせて頂いたことが、あまりにも大きな糧でした。
  
 でも当たり前ですね。 この私を、21歳から指を一本ずつ持ちながら打鍵法を教えて下さった先生。
 普通なら無理、と言われる世界ですが、どうにかなんとかここまで来ることができた。
 もちろん、私は大きなピアニストではないし、コンクールも予選落ちを繰り返し、大きな舞台にも立っていません。
 でも、日本なら、いや、多くの先生には門前払いになってしまうような経歴でもここまでは来ることができた。
 なんだかんだ言いながらも、とりあえず、王立音楽大学の修士号は修了していますし。
 
 できが良く、それなりに出来上がっている生徒に磨きをかけられる先生もたくさんいる。
 でも、私は結局のところ、できない人を根本的にできるようにできる先生が好き。
 師匠は有名ではありませんが、そして私が下手だからというのもありますが、師匠から学ぶことはまだまだ多くあります。
 毎回のレッスンでは、打ちのめされてばかりいます。
 
 私が師匠に初めて出会った時の予定だと、師匠は今頃80代のはず。
 私の(いや、多くの人の)予想を大きく外れて、来年還暦。
 
 コースが終わって、師匠としゃべった時、私が、初日に先生だと思われなかった(その後も、実年齢より7歳以上は若く見られることがわかった・・・)という話をしたら、以前から知っていたことでもありますが、師匠の髭の話に。
 師匠は若くして自分よりも年上の人たちの指導をした為、若く見られないように、20歳頃から髭をはやしているそうです。
 だから、私にも考えてみろ、と。
 ストラヴィンスキーのThe Rake's progressのオペラの話になって、女も髭をはやすだろ、と。
 さすがの私もこれには従いませんが。
 若く見られるのは複雑。
 もう少し年を重ねたらそう思えるようになるのでしょうが、ヨーロッパで素敵に年を重ねているご婦人を目にすることが多いので、若ければよい、という考えがあまりありません。 私の場合中身の問題でしょうね。

 というわけで、この夏に得たことを私の生徒たちに伝えていきたいです。
 私も先生の魔法をほんの少しでよいから使えるようになりたい、と思うばかりです。
 望んでばかりいないで、身につけなくてはいけませんね。


 

Posted on 2014/09/08 Mon. 12:41 [edit]

category: サマーコース 2014

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家の周り 

イギリスも私が来た当初とはいろいろと変化があるようで、9月1日が新学期の開始、という学校も。
 我が家の辺りは、公立でも学校によって7月の学校が終わったのがまちまちだった為、明日からが新学期、という学校もあります。

 始業式、入学式なんてものはありません。
 初日から、しっかりと授業です。

 運動不足を感じて、お天気も良かったので、2日ほどは片道徒歩30分の生徒のお宅へは徒歩で伺ったので(普段は時間もないので、バス使用)、カメラを持って、近隣を歩きました。
 

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 陽が短くなってきて、でも、昼間はこの1週間は暖かくて、ノースリーブで歩いている人も。
 夕方になると一気に気温が変化しますが。

 我が家近くの道は、落葉が始まっています。
 日本のように、紅葉があって落葉、ではなくて、イギリスは非常に個性的に落葉していきます。


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 道端のブラックベリーも個性的に色がついていきます。
 なかなかタイミングがあわなくて(ほど良いころだとしても、さすがに個人の方のお庭から出ているブラックベリーは採れません・・・)、今年はまだお恵みに出会えていません。
 この前、教えに行った先の道沿いの公園からはみ出しているブラックベリーをご婦人が、アイスクリームのタブを持って採取中でした。
 イギリス人の特にご老人は、アイスクリームの空になったタブを、タッパーウェア代わりに用います。
 時として、ランチボックスにもなります。
 私のホストファミリーもそうでした。
 

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 地域にある、大きめの公園の入り口。
 夏前に植え替えをしていらしたお花。
 2週間前くらいが一番良い状態でしたが。

 なんだか不思議な感じで、ちょっと背の高い植物が植わっていて・・・
 そして、見えにくいですが、なんとも私には赤紫蘇にしか見えない植物も。
 ちょうど暑かった頃、この植物を見て、赤紫蘇のジュースのことが浮かぶばかりでした。
 
 
 チャリティーショップの棚にはクリスマスカードが並び、せかされる勢いです。
 生徒たちのレッスンもほぼ通常通りになり、この3,4週間で背がぐっと伸びた子が多いです。
 練習してあった子も、2か月放ってあった子も、いろいろ。
 
 休み明けなので、今週は大目に見ていましたが、また戦いが始まります・・・ 

Posted on 2014/09/07 Sun. 22:18 [edit]

category: 日常

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07

ファンコンサート 

このサマーコース名物、ファンコンサート。
見かけだけは(中身は? 真面目ですが、時折私にエロおやじと言われるような部分もあり)真面目な師匠が主催するのに、やはり彼はロシア人。 私が思うに、非常にまじめな顔を、性格をしていても私がこれまで出会ってきたロシア人たちは、ユーモアに優れ、ウィットがある。 イギリスのおやじギャグとはまた違う。

 以前は、師匠とそして、このサマーコースを最初から指導しているモスクワのイリーナ先生の二人が楽しみたいが為にファンコンサートが存在するのでは?と思う部分もありましたが、この数年先生方はすっかり楽しむ方に回ってしまいました。(昨年だけは、久々に師匠とイリーナで出し物をしましたが)

 私は基本、観る専門なのですが、昨年は、師匠に事前確認なく、サン・サーンスの『白鳥』を弾いて頂き、それにあわせて、寮の部屋からはがしてきたシーツをチュチュ替わりに腰に巻き付け、10年以上ぶりにトウシューズを履いて、瀕死の白鳥もどきを踊った為、それを覚えていらした昨年の参加者の方々から、今年もまた踊るのか?と事前に聞かれたのですが、今年はその余裕ゼロ。
 というか、基本そういうアイディアを持ち合わせておりません。
 昨年は、実家の床に捨てられようとしていた趣味でバレエを続けている妹のトウシューズがあるのが目に入ったからひらめいた産物。

 今年は、基本皆おとなしめ。
 久々に再会し、同じく教授アシスタントとしての参加だった、モスクワからのヴァイオリンのリーザは、彼女がコース中指導していたヴァイオリン、チェロのアンサンブルを素晴らしいユーモアを交えて演奏。
 あの彼女があのような演技ができることに、私は驚き続けるばかりでした。 やはり、ロシア人なのだな、と。

 私は何もやる予定は無かったのですが、事務のことをしているドイツ在住ロシア人の男の子(元コース参加者)がその場でその企画に参加する人を名指しする、という企画で名指しされ、よくわけがわからぬものに参加。
 モスクワのイリーナ先生、師匠が呼ばれ(この二人は、事前確認なしに名指しされても絶対に断らない、という判断をされている人たち)、遊びに来ていた師匠の長男の従弟(在住国は違いますが、父親はロシア人)、師匠の長男のガールフレンド(ロシア人)そして、私が呼ばれました。 師匠の長男は、ピアノの前へ。 どうして、こうファミリー感の強い中に私まで入れられているのか、謎。
 ロシア語の言葉遊び的なもので、私もロシア語の単語を一つ覚えさせられ、リズムに合わせて言っていく、というようなもの。 ちなみに、師匠は言葉ではなく、変顔というか、唇で変な音を出す、というか・・・ 先生にあれをさせるのはさすが・・・
 
 このコンサートの序盤、日本人の子たちが、日本の歌を2曲歌ったのですが、私はそちらへは参加もせず、なぜか一人ロシア語人ではないのに、ロシア語グループの企画に入れられる、という矛盾。 そして、私もなぜかこういう突然企画に含めても大丈夫要員にされているらしい不思議。
 私、国別に分けられたらどこに入るのでしょう? 先日書いたように、ここはピアノのコースだから、ピアニズムで行くと、Japaneseではなくて、Russianというくくりになるのか? 来年からが怖い。
 私が憧れる女性は、モスクワのイリーナ先生ではなく(彼女もとても素敵ですが)、クールな師匠の奥様。
 クール系で行く予定が、すっかり宴会要員のようです。

 4年ほど前からコースに来るようになった、全盲の女の子がいます。 彼女のことは、私はカーディフの音大の子どものための音楽教室で働いていた時に出会ったので、10年知っていることになります。
 ピアノが大好きな彼女は、ファンコンサートで、毎回のように即興演奏を披露してくれます。
目が見える、とか見えない、とかではなく、あの感性。 今回は、途中から彼女の先生であり、このサマーコースでも主にグループレッスンの指導をしていた、私の13年来の友人がトランペットで加わっての即興。 
 カーディフの大学時代、必修であった、ジャズの授業で苦戦し、即興が大の苦手の私からすると、非常に羨ましいばかりの演奏でした。

 子供の頃からの夢は、欽ちゃんの仮装大賞に出ることだった私、このファンコンサートが、欽ちゃんの仮装大賞代わりか??? にしては、頭が固くて、ロシア人グループのように良い企画がなかなか頭に浮かびません。
 音楽を元にしつつ、そこに工夫を凝らしていく。
 それは、最初の曲紹介、なんていうことからも始まるのです。

 
 
 

Posted on 2014/09/03 Wed. 23:30 [edit]

category: サマーコース 2014

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03

My seventeenth year starts today.  

17年前の今日、初めてイギリスという土地に足を踏み入れた。
今のようにインターネットが盛んでもないし、誰も知る人もいない場所。
友達の家にも、祖父母の家にも、一人で泊まりに行ったことがなかったのに、1年間、日本の家族と離れて全く知らない場所で過ごす覚悟を決めた瞬間。

 8月31日の夜、成田空港を飛び立ち、改装前の古い香港の空港で乗り換えて、9月1日早朝に、ロンドン・ヒースロー空港第3ターミナルに着いたあの時。
 今みたいにヴィザが厳しくなる前の話だから、事前にヴィザを取得することもなく、受け入れ先からの手紙を持って緊張して入国審査に並んでいたこと。 
 私たちのお世話をして下さったイギリス側のカウンセラーの方と空港で会って、最初に言われたのが、「ダイアナのこと知っている?」 だったこと。
 きっと私が機上にいる間に起こった元ダイアナ妃のあの事故。
 イギリスに着いて、英語もまだちゃんと聞き取れない時に、彼女の死に涙するイギリス人を目の当たりにした1週間。
 
 滞在先は、今考えるとあまりにも恵まれすぎていた、周りにはなんにも無いところにポツンと建つ、レンガ造りのおうち。
 古い馬小屋があって、りんごの木が何本もあって、池があるお庭に、芝生のテニスコート付き。
 周りのフィールドには、羊がいて、なんとものどかな環境。
 
 あの時は色々と大変だったけれど、今振り返ると、あれはなかなか経験できる生活ではない、と思うばかり。
 
 あそこの家にホームステイをしなければ、今私はピアノをやっていない。
 元々の留学の目的であった、バレエの衣装デザインを勉強する、という夢に向かって、がむしゃらにやっていたかもしれない。
 高校1年生の時に、ロイヤルバレエの衣装部に手紙を書いて、そのお返事を頂けたことが、私のイギリス行きへの始まり。
 
 学校でも、ホームステイ先でも、日本語で助けてくれる人はいないから、何が何でも英語で理解しなくてはいけなかった。
 当たり前、と思われるかもしれないけれど、それなりに情報が日本語で入る今とあの当時とは違う。 
 宿題を間違えてやっていったことは数知れず。
 習慣の違い、日本から持って行った辞書をひいても載っていない、イギリス特有の言い回し、単語。
 だからこそ、数年前までは、通訳というものが全然できなかった。
 今でこそ、ずいぶん英語と日本語がつながったけれど、未だに咄嗟の英語→日本語は苦手。
 基本、英語で考えて、日本語で出力。
 中学、高校、英語が大嫌いで、小テストも期末試験も追試の常連だったから、学校の先生は信じられないでしょうね。
 4年前、日本でリサイタルをして同級生たちと再会した時、「かとみ(私)って、英語できなかったよね?」と言われるほど、できなかった。
 渡英して2か月は、一対一の会話はどうにかなっても、みんなが休み時間にしゃべっていることは聞き取れないし、中にも入れなくて、残念だったこともある。
 
 今ではその全てが大切な思い出。
 
 私のイギリス生活17年目がスタート。
親の仕事の関係でもなく、結婚でもなく私の年齢で在英17年目はまだまだ少ない。
 
 海外に憧れがあったわけでもなく、例えば、鹿児島の人が、勉強したいことを勉強するには東京へ行かなくてはいけないから、上京する。 私にとっての渡英はそういうこと。 たまたま、私の本来の目的の為の勉強ができる場所が、イギリスだった、というだけ。
 どちらかというと、海外=怖いだったから。
 
 私が自由に空気を吸うことができる場所で好きなことをさせてくれている両親にも感謝。
 必死に手に入れた永住権があるからこそ、今ここにいることができるわけだし、だからこそ、無駄にせずにこの地に根を張り付けて17年目を過ごしていきたいと思います。

 

 
 
 
 

Posted on 2014/09/01 Mon. 23:35 [edit]

category: 日常

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