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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

サマーコースでの自身のレッスン受講 

 本当は、サマーコースが終わって3日後から、コンクールへ行こうと思っていたのですが、締切直前になって、自粛。
 やめておいてよかった、と思う今週でした。

 サマーコース(講習会)から、早いもので既に1週間が経過。
 師匠ご夫妻の連弾のCDをかけながら、これを書いていますが、いつもの生演奏に比べ、やはり録音、ということで多少守りの演奏(←生意気? でも、師匠ご夫妻の演奏を何度も聴いているからこその感想)。
 それでも、リムスキー・コルサコフの『シェヘラザード』のピアノ連弾版、元がオーケストラであるわけですから、それだけ、難しい。 あの豊かなオーケストレーションをピアノ1台、4手で表わしていく。
 録音でも聴こえる、多彩な音色。 心地良いフレージング。 私にとっては、胎教のようなものです。
 これが、日本の素晴らしいホールで、素晴らしいけれど決して使われているとは言えないようなフルコンで録音されていたらどれだけ良かったことか。
 今でも私が思い続けていることは、いつか、先生ご夫妻を日本へお招きできること。
 決して有名ではないあのお二人が紡ぎだす連弾の世界は、ぜひ生で聴いていただきたいもの。
 派手ではないロシアピアニズムがあることを、ぜひ知って頂きたい、と思ってなりません。

 さて、サマーコースのことを少し。
 
 どこから始めようか、と思いますが、まずは私自身が受けたレッスンから。
 基本、このサマーコースは毎日30分のレッスンを2回(30分ですが、レッスンは1時間単位で組まれるので、2人一組で、相手のレッスンを30分聴講することにより、より多くを学ぶという趣旨)。
 今回は私は微妙な立場だった為、過去にも他の人でこういう配慮をされていた人もいましたが、私は初めて、最初の3回のレッスンは1時間のレッスンを一人で、そして最後の2回は30分のレッスンを2回、という状態でした。
 
 元々ロシア人でモスクワ音楽院で勉強した者の、1980年代にイスラエルへ移り住んだイリーナ・ベルコヴィチ先生は初日と最後のレッスン。 1度目は、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻第8番を、2度目のレッスンでは、モーツアルトのパイジェッロの歌劇『哲学者の・・・』よ6つの変奏曲をみて頂きました。
 バッハは、大学生の時に勉強して、時折解凍しながら、時間制限が大丈夫であれば、コンクールでも弾いている曲です。
 バッハが強いイリーナ先生に私が実際にバッハを見て頂くのは、初めての経験。
 それなりに自分の世界観があり、評価もして頂いていたバッハですが、レッスン後頭がおかしくなりそうになるほどしごかれました。
 特に、この曲を見て頂くと、大抵はフーガに時間を費やすのに、レッスンの3分の4をなんとプレリュードに費やす有様。
 絶対に妥協しないレッスン。 自分であれ以上どうにもできないでいたものが、全て解消され、すごく良かった。

 その日の夜、レッスン後ほとんど練習はできなかったのですが、グループにわかれてのインフォーマル・コンサート(私は、元々はまとめ役としての仕事、でも大学卒業年齢以上のグループだった為、弾く人も少なくて、どさくさにまぎれて、弾かせて頂きました)、レッスンでのことをほぼ直し(自分の中に入れて)、今までにないバッハを弾けたことが嬉しかった。
 長く長く付き合っていきたい曲です。

  2度目のレッスンでのモーツアルトは、単純だからこそ苦戦している曲。
 7月に師匠にも絞られましたが、また違う視点からで興味深い。
 ただ、私の心が一番落ちていたこの日、最初に通した時、驚くほど弾けなくて、先生もびっくり。
 精神面の弱さを先生にも注意され、これは以前から師匠にも言われていることなので、いい加減、強くならないと(どこかから何か飛んできそうですが・・・)と思うばかりでした。

 
 2001年、私が全然弾けない時から、ずっと私の演奏を聴いていて下さっている、モスクワ音楽院のイリーナ・オシポヴァ先生。 昨年は残念ながら先生のレッスンを受けることができませんでしたが(なぜか、レッスンを入れて頂けなかった)、今回は2度のレッスン。
 1度目は、5月のコンクールの時に一度仕上げて放ってあった、スカルラッティのソナタと、10年ほど前に先生に指導して頂いたことがある、ラフマニノフのエチュード作品39-3。
 ラフマは、7月のコンクールで久々に弾いたものの、審査員の先生方から一番厳しいご意見だったので、もう一度鍛えて頂きました。
 それにしても、先生はよく覚えていらして、私にこの曲を以前指導したことを覚えていらっしゃいました。
 7月に師匠にもこれをみて頂きましたが、やはり、ラフマをお得意とするイリーナのレッスンは一味もふた味も違う。
 私の技術的なものも、10年前とはケタ違いなので、今回もう一度やり直して頂いてよかったと思います。
 10年前には難しかったことが今はできるようになっていたり、だからこそ、手直ししていく部分があったり。
 
 2度目のレッスンでは、ショパンのバラード第1番を。
 心が不安定すぎる状態だったので、良い演奏ができませんでしたし、とにかく練習時間がなかった一番最後のレッスンでしたので、後悔はありますが、先生はそのところを理解下さり、これからどうすればよいのか、を中心にしたレッスン。
 ここでも、数年前に指導して頂いたような内容を、
「数年前に、ショパンのノクターンで同じこと言ったでしょ?」
 と言われる有様。
 海外に指導しに行くことも多い先生、こうしてできの悪い一人に何を指導したのかまで覚えていて下さること、身が引き締まります。
 
 バラードは、2年前に一度仕上げて、弾きこんでいこう、と思っていた時に骨折をして、その後、左手の技術的な部分が回復しなくて、ずっと冷凍庫に入れっぱなし。 今回、1週間で解凍したものなので、レッスンを受けるのを迷いましたが、非常に苦手意識の強いこのバラード第1番、ちょっと先が見えてきました。

 そして、師匠のレッスン。
 話は前後しますが、イリーナにバラードを見て頂く前日に、師匠に1時間ほど、ショパンのバラード第1番を見て頂きました。
 この曲をレッスンして頂くのはこれが初めてのこと。
 先生が使っていたレッスン室はグランド1台なのですが、横にアップライトを持ってきて、久々に2台ピアノでのレッスン。
 頭に来るほど(いや、情けなくなるほど)、私のファツオリでの演奏よりも先生のヤマハのアップライトの方が良い演奏なのです。 良い演奏、というよりも、音色が凄い。
 
 私が知る限り、師匠の生徒でバラードの1番を与えられた人はいないので(私のカーディフ5年間の話)、師匠がこの曲に対してどうなのかが不安でしたが、師匠自ら弾きながら、立体的になるレッスンでした。
 細かい部分は今までに師匠に鍛えられてきた部分でほとんど直しはないので、私の課題は全体的な部分。
 もちろん、細かい部分の直しもあるので、久々に楽譜を取り上げられ(他の日本人の方のように、2冊楽譜を用意していきませんし、師匠はどこからでも暗譜で弾けるべき、という考え。 これができていなくて大学生時代は怒られたこと数度・・・)、言われたところから弾いていきますが、今回はボロを出さずにすみました。 この数年で私の練習方法(特に、譜読み+暗譜方法)が変わってきたことによる産物か、と思います。

 2台ピアノで一緒に弾いていくので、そして流れが大きくできていくので、なんとも爽快。
 ですが、凄い白熱レッスン。
 1時間弱のレッスンが終わった時には、私、完全に放心状態。 
 周りの方が気が付くほどの放心。

 今回、レッスンの復習の練習時間もないので、私にしては珍しく、レッスンを録音させて頂きましたが、全てのレッスン、レッスン中に直しているので、楽譜を開けば、ほぼ覚えている状態でした。
 
 私は周りの方々と違い、年齢と経験が比例していません。
 だからこそ、この年になっても、こうしてまだまだレッスンを受けたいと思う。
 私がこれからもずっと指導を受けたいと思うこの3人の先生方、皆さん60前後。
 先生方がいつまでもお元気でいられるとは限らない。
 この年代の先生方に(フリエールとか、マリーニンの弟子たちですし!!)、うわべではない指導を受けられることは貴重。
 私にとって、先生方が有名か無名かは全く関係ない。
 有名でも残念な指導の先生方を何度も見てきています。
 私にとって納得ができ、信頼し、ついていける先生方。 
 まだまだ学ばなくてはいけないことが、山積みです。

 定期的なレッスンを受けていないからこそ、貴重な計4時間のレッスンでした。
 
 
 
 

Posted on 2014/08/30 Sat. 20:29 [edit]

category: サマーコース 2014

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30

子供はできる! 

 8月とは、まだ夏だと思っていたのですが・・・
 すっかり、日が暮れるのも早くなり、夜になるとキャンドルに火を灯す毎日が再び。
 しかも、そのキャンドルの香りが、早々にフランキンセンス(私の中では、フランキンセンス=冬、クリスマス)です。
 8月末にこんなんで、大丈夫なのか?と思ってしまいますが。
 街を歩くお年寄りはコート姿だったり。 もちろん、その後ろをノースリーブの人が歩いていたりするのが、私が大好きなイギリスの部分。

 先週とは密度にギャップがありすぎる、今週。 
 まだホリデーから帰ってきていなかったり、ホリデーから帰ってきたばかりで全く練習ができていない、などの理由で、今週もまだ3分の1の稼働率。 よって、土曜日にサマーコースから帰ってきて、月曜日のバンクホリデーもあったり、レッスンをまとめられたりしたので、まさかの4連休が今週頭。
 ひたすら、休養していました。 

 サマーコースで、色々な子供たちの演奏を聴きました。
 自分でレッスンしていろいろと感じた子もいたり、師匠の子どもへのレッスンを見学させて頂いたり。
 よって、私自身が再び鞭を打たれ、絶対に私はこういう子供たちの演奏にしてはいけない、と再確認になったり。
 緩みまくっていたねじを、何本も締めてきました。
 生徒たちがかわいそう・・・というご意見が聞こえなくもないですが。
 でも、習っているからには、上達しないと、ピアノを弾けるようにならないと意味がない、と私は思っています。
 別に、プロになる、というわけではなくて、長くピアノと付き合ってもらいたいな、と。
 ここで何度も言っているように、ピアノをやめても、ピアノが、音楽が好きなのであれば、弾きたい曲を楽譜を見てある程度弾けるようになってほしいな、と思ってなりません。

 この1年、恐ろしく上達せず、ピアノをやめたい、と何度も話し合った子が、4週間ぶりのレッスンで、率先してピアノの前に座り、クリスマスまでに、教本を1冊、終わらせたい、と言ってくれたこと、これ以上にない喜び。
 本人の自覚があるから、そして、きちんと繰り返したら5回間違えないでその部分を弾けるようになる、ということがわかったから、今日の彼の眼は真剣そのもの。
 こうなったら、私は何度間違えても絶対に怒らないし、応援するだけ。
 どうやったら弾けるかを考えて、間違っていることに自分で気が付いて止まれるようになったことをほめるだけ。
 こんなに簡単なこともできなくて!という先生、親御さんがいることもわかります。
 その気持ちがわからないわけでもない。
 でも、大人が簡単に思うことも、子供には難しいことがたくさんある。
 私が指を持ってそこへ導くのではなく、私のまねをするのではなく、自分で楽譜を読んで弾けるようになる。
 これが私が目指すもの。
 時間はかかります。 親の手助けがあった方が早いこともあることが導入ではわかっています。
 でも、私は導入だからこそ、時間がかかっても、本人の手で仕上げてほしい。
 親にとって、見守ることほど大変で、難しくて、気が気ではないこととは感じます。
 でも、手助けされすぎたら、子供はどこかで絶対に壁にぶつかる、その時の壁は、今よりも何倍も何倍も高い壁、というのが私の持論。

 我が家も、よく、母が勉強でもなんでも手伝ったのだろう、と思われがちです。 
 全くありません。
 小学校の宿題だって、間違っていても、間違ったまま学校へ持っていきました。 それが、我が家の方針だったので。
 「加藤のばーか」
 とよくクラスでは言われましたが、先生に直された方が、小学生のうちは、頭に入ったものです。
 放任主義ではなく、母が勉強をみてくれたのは、私たち家族の意思ではなく、中学受験をしなくてはいけなくなった、小学校5年生の夏から受験までの1年半ほど。
 ただ、求めれば、それを克服するためのヘルプはしてくれましたよ。 運動音痴だったので、跳び箱とか、マット運動とか、大繩とか・・・ 今でも覚えていることがたくさんあります。

 我が家の教育方針、というか考え方が決して一般的ではないものなので、というのは徐々にわかってきたこと。
 これを周りに押し付けはしません。
 でも、もっと子供に任せてほしい、と思ってなりません。

 一番言いたいこと。
 どうして、自分はピアノを全く弾けないのに、子供にピアノを教えてしまうのか、イギリス人の一部!!!
 これが、一番の叫び・・・
 何度も、お伝えしているのですけれどね。
 勝手に間違ったことをどんどん進めないでほしいです。

 
 

Posted on 2014/08/29 Fri. 20:01 [edit]

category: 音楽

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29

サマーコース終了、既に2日・・・ 

ご無沙汰しています。
すっかり、夏という言葉がどこか遠くへ行ってしまったかのようなロンドンです。

一昨日、23日の夜、無事1週間のサマーコース(講習会)を終えて、生還いたしました。
最後の4日間は特に大変で、まさに怒涛の1週間でした。

受講生、として申し込みをしてあったにも関わらず、結局のところ指導業が主になり、4時間のレッスンは受けてきましたが、講習中はほとんど自分の練習の時間も取れず、毎晩10時半頃に練習室を追い出されるまで練習。
レッスン受講、レッスン指導、私の生徒のレッスン見学、コンクールの伴奏、その他諸々の雑用。
本当にあっという間にすぎて、でも濃くて濃くて仕方がない1週間でした。

というものの、毎日の食事の心配もせずに、3食、食堂へ行けば食事をとることができ、いつもは一人の食事も、皆でおしゃべりをしながら。
夜は年齢が違う方々とおしゃべりをし、非常に充実していたことは確か。

この講習会は、特定の先生に習うのではなくて、様々な先生にロシアンルーレット方式で習うのが特徴的。
夜に先生方が話し合って、翌日の予定を決める為、生徒たちは朝にならないと、その日にどの先生の指導を受けるのかがわかりません。
ですが、私は今回、正直皆が驚くほど全く弾けない子供が参加していた為、1日を除き、5日間、私が彼女の面倒をみることに。
きらきら星が両手で弾けないレベルです。
私は11回目の参加で、ここまで弾けない子が参加するのを見たのは初めて。
ですが、この講習会は初心者も受け入れることになっている講習会。
途中、師匠に泣きつきながらも、最終日までには何とか両手で弾けるようにし、もっと大切なことは、彼女が間違った、ということを気づけるようになるまでの指導をして、最後のコンサートでは、この私が涙するほどちゃんと弾けるようになりました。 もっとも、その私の姿をみて、「お、どうしたんだ?」と師匠が雰囲気をぶち壊してくれましたが。

彼女の状態を知っていた師匠は、たとえ、最後のコンサートで彼女がきちんと弾けなくても、私のせいにはしなかったと思いますが、他の子どもたちと違い、彼女のことは私に丸投げされたので、その責任、プレッシャーは計り知れないものでした。
 あの指導についてきてくれたことに感謝。
 他の先生方と違い、肩書が全くない私の指導なのに、文句ひとつ言わずに、信じて下さったお母様にも感謝です。
 もっとも、一番最初のレッスンの時には、「あなたが先生なの?」と驚かれましたが。
 いまだに、ヨーロッパの人たちには私の年齢は外見と釣り合わないらしいので。

 
リピーター率も高く、嬉しい再会もたくさん。
中でも、9年ぶりに、モスクワから毎年いらしているヴァイオリンの先生のお嬢さんと再会できたことが大きな喜びでした。
彼女とは、お互いに生徒としてこの講習会で出会い、今回は、お互いに教授アシスタントとしての参加。
彼女はモスクワでヴァイオリンの指導をしている為、彼女も生徒さんをモスクワから連れてきていました。

私は、今回はイスラエルとモスクワのイリーナ先生(二人とも同じお名前)、そして師匠のレッスンを受けてきましたが、毎回が真剣勝負。 レッスン後に練習をすぐにして定着させる時間がない分、レッスン内で全て直していきます。
なので、レッスン後には周りの方々から心配されるほど、腑抜け、放心状態。
まだまだ先生方から教わりたいことがたくさんです。
すぐにでも、今年こそイスラエルへ勉強に行きたい気持ちですが、今の状態だと・・・
先生には心配ない、と言われましたが、さすがの私も今の状態のイスラエルに飛んでいく勇気はありません。

23日の日は、6時過ぎに全てが終わり、荷造りをして、結局のところ9時ごろまでその日も泊まる人たちとおしゃべりをして、帰宅したのは夜10時半過ぎ。
昨日は、一日何もできませんでした。 ベッドの上にいた時間の方がはるかに長い。
荷物を片付ける気にもならず、洗濯機に洗濯物を入れることすらできず、こうなることを予想して、あらかじめ、ご飯とおかずをタッパーに詰めて冷凍しておいたものを、電子レンジに入れて食べる。 これだけしかしませんでした。
さすがに今日は雨の中買い物へ行き、洗濯もしましたが。

来年からは、指導に専念になってしまうのかな?と思いつつ、あの厳しい師匠が私をアシスタントとして雇ってくださって、ご自身の生徒のレッスンも任せて下さって、ありがたく、嬉しいばかりです。

私は日本のパスポートを所有し、日本人の外見で、日本で生まれた、という事実を変えることはできない。
生活している国はイギリス。 イギリスの教育機関で勉強して、日本よりもイギリスを理解する人間。
でも、ピアノに関しては、根っからのロシア人。
ロシア人の先生方の指導が心地良く、彼らの求める指導を理解し、私自身の指導も、イギリス人でも日本人でもなく、ロシア人。
そりゃあ、導入から指を1本1本持ちながら私に指導をして下さったのは、あの師匠。

現代社会はボーダーレス、と言われるかもしれない。
でも、こういうマルチの中で生きているからこそ、ボーダーレスでは決してない世界を実感し、日本対ヨーロッパのはざまで生き、難しく感じることも多々ある。
私は、よほどのことがない限り、日本に住んで日本のピアノを変えなくてはいけない、なんて全く思いません。
根本的に違う国だから。
今回も多くのことを思い知りました。
私は日本のピアノ界で生きていくことは不可能。
自分の人生を犠牲にしてまでそうしようとは全く思わない。
これが明らかになったのが、今回の講習会でした。

お世話になった方々、ありがとうございました。
今日はまだダラダラしていましたが、明日からはまた真摯にピアノに向かいたいと思います。

少しずつ、回想記録を書いていきたいな、と思います。

Posted on 2014/08/25 Mon. 21:53 [edit]

category: サマーコース 2014

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25

明日から恵まれた牢獄へ 

 暑い日本が羨ましくなるほど、まだ8月中旬なのに、すっかりと今週に入ってから秋の風になっているロンドンです。
先週までは、家の中ではノースリーブだったのに、今はカーディガンを羽織り、昨晩は、掛布団だけでは、少々肌寒く、毛布が必要かな?という気候になってきました。
 
 前回の続きを書きたいですが、再来週に。
 明日から、サマーコースです。
 自宅から車があれば、30分ほどの場所ですが、生憎運転ができないので、現地に泊まり込みます。
 今回は、3.5、いや、4足のわらじをはくことになるであろう、サマーコース。
 受講者、指導者、伴奏者、雑用・お世話係と受講者の苦情承り係。 これに場合によっては通訳。
今回は、英語を話せる日本人も多いのがわかっているので、例年よりも楽なはず。

 気候の変化で体調を崩すことを心配はしていましたが、ハニー&レモン、気合でどうにか乗り切りました。
 
 1週間、食事の心配もせず(寮なので、3食付)、ピアノに打ち込んできます。
 毎年のように、女の先生方とは、コース終盤になると、「もうそろそろ、家事に戻るのよね・・・」という会話が行われます。
 私は独り身なのでまだ良いですが、ご家庭がある先生方はもっと大変でしょうから。

 ピアノも荷物も準備が終わりませんが、どうにかなるでしょう。 いや、しなくてはいけません。
 人里離れて、周りには自然しかない(徒歩圏内に、コストコはありますが)中で、朝9時から夜まで決められたスケジュール。 常連たちは、『恵まれた牢獄』という言い方で、頑張ります。
 2001年に初参加してから、今回が11回目の参加。
 師匠の長男を除くと、一般参加では一番の古株の1人。 
 8日後、無事生還できることを願って、勉強してきたいと思います。
 
 1週間後の天候が読めない為、北半球の8月だというのに、セーター、ヒートテックを念の為持参します。
 日本の暑さを理解した上で、夏なのに汗をかけない不健康な気候に悲しくなる、私の8月です。
 

Posted on 2014/08/15 Fri. 13:13 [edit]

category: サマーコース 2014

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15

どうして私はイギリスにいるのか ① 

 いつの間にか、夜9時には暗くなっていました。
 8月頭、といえども、この国は既に時間帯によっては秋の風。
 そして、これからどんどんと日が短くなるばかり。

 あとひと月もしたら、私の英国16年目も終わります。
 1997年9月1日、初めてイギリス、ロンドン、ヒースロー空港に着いた時のことは忘れません。
 あの時、高校生で10人まとまっての渡英。
 空港で世話役の方とお会いして、そのままミニバスに揺られて、滞在先のケント州へ。
 空港を出て、高速道路(今から思うと、M25か?)に入った時、羊の群れを見ながら、
「自由に呼吸できるところに着いた」
 という不思議な感覚がありました。
 なんだか、懐かしくて、ホッとした瞬間。
 
 もちろん、英語はできないし、嫌いだし、ヨーロッパ自体初めて。
 知っている人は誰一人いない。

  渡英して1週間経った頃には、
「この国で生まれた」
 という感覚すらありました。
 
 これだけ長い間この国にいて、女性で独り身、というのは珍しくて驚かれますが、それでも私はこの国が好きで、この国にいる。
 よく、
「イギリスのどこが、どうして、何が好きなのか?」
ということをきかれます。
 正直、わからなかった。
 色々と文句もありますが(特に、バスのこと)、イギリス人が好きだし(ロンドンはちょっと置いておいて)、この国の空気が好き。
 現実的なことを言うと、日本においてのクラシック音楽、というのは、いまだ日本の芸事(お茶などの世界)と似た部分があって、日本でピアノを勉強しなかった私は、部外者であり、私のように、ロシア人から導入からロシアピアニズムを叩き込まれ、イギリスの大学で勉強した者にとって、音楽の世界では非日本人だけれど、日本人、という国籍、いや人種が正直邪魔なことがしばしばあったから。
 そして、私は日本のクラシック界に納得できない、理解できないこともたくさんあって、その中でやっていきたい、という気持ちが今はまだ無いから、イギリスにいる。
 音楽のことを育ててくれたのは、イギリスだから。

 こういうことをまとめたうえで、私はイギリスで生活することを選んでいます。

 でも、それだけではないこと、もっと根拠があることに気が付いてしまったのです。
 私にとって、イギリスが心地良い理由。
 
 それは、適切なマナー、ほどよいプライド、良い意味での個人主義。
 これらをまとめたもの。
 イギリスに住んでいるとこれが当たり前だったのですが、ある方の質問で気が付いてしまったのです。
 長くなるので、また後日。

 

Posted on 2014/08/06 Wed. 20:22 [edit]

category: イギリス事情

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06

伴奏譜と共に 

 非常に珍しいことに、いまだに暑さが続くロンドンです。
 といっても、やはり夕方になるとカーディガンを羽織りますし、25℃前後の気候は、東京だったら、「涼しい」という感覚になるでしょう。
 
 書きたいことはたくさんあるのですが、なかなか書けずにいます。
 特に、木曜日に観てきた、ロイヤルオペラハウスで引っ越し公演中のマリインスキーバレエの『ロミオとジュリエット』。
 踊りそのものは素晴らしかったのですが、音楽のつぎはぎが非常に多くて、プロコフィエフの存命中にこの作品が上演されていること、そしてこのラブロンスキー振付が初演されて20年ちょっと経って生まれた、マクミラン振付け。 マクミラン振付けの音楽性、その他、考えだしたら止まりません。
 
 教えの量が半分ほどなのに、落ち着かない理由。
 それは、今週頭に楽譜を受け取り始めた、伴奏のこと。
 便利な世の中なので、全て、PDFファイルでEメールに添付されてきたのですが、人によって、スキャンしたものを写真のように送ってくださったものはそのまま印刷したら、とてもではありませんが、効率よく読める楽譜にはなりません。
 よって、せっかく送って下さっていますが、もう一度私がImslpで楽譜を検索し、そこから印刷する必要がありました。 
 幸い、Imslpに載っているものが多い、版の種類も少ないので、相手の版と同じもの、もしくは、近いものを探せたので助かりましたが。 しかし、バッハだけは、通奏低音として書かれているものを、出版社(編集者)によって、ずいぶんピアノ用アレンジが変わってしまっているので、どうするべきか、考え中。 

 この印刷に時間がかかる。 3人分、合わせて2時間半を超える量なので、まだまだ終わりません。
 今回は知らない曲が多い為、とりあえず、Youtubeで検索して先に音を耳に入れてしまって、譜読みの時間を短縮です。
 
 この数年、相手がいなくてソロしか弾いていませんが、本当は、合わせ物は大好き。
 カーディフ時代は、伴奏、室内楽の学内コンクールは全てとっていますし、常に誰かと合わせていて、デュオはヴィオラ中心でしたが、多くの勉強をさせて頂いていました。
 
 今回は、コンクールの為の伴奏なので、私にとっては試練。
 今までは二人で音楽を作り上げていく、ということが多かったので、こうしてソロパートに完全にあわせていかなくてはいけないのは、実はあまり経験のないこと。
 どうしても、私の場合は『こう弾きたい』というものが最初から湧いてくる人なので、それを抑えていかなくてはいけません。 合わせも直前だけなので、本当にニュートラルに弾いておかないと後で大変なことになるのが目に見えています。
 
 というわけで、久々に伴奏、自分のソロを合わせて、これから2,3週間後に弾くものが5時間近い分量。
 伴奏はさすがに全てを毎日は弾けませんが(まだ楽譜の印刷すら終わっていないのですから)、効率よくやらないと、大変なことになっています。 あの、カーディフ時代、休み中は朝8時から夕方6時まで、学校が開いてから閉まるまで、30分の昼食休憩を除いて、ほぼ弾き続けていた時代を思い出します。
 さすがに今回は昨年の左手骨折が完治していませんので、これほど長く弾き続けることは不可能。
 今回は、珍しく夏に日本へ行くことにしていなくてよかった、の一言です。
 日本にいたら、練習量が減ってしまうので。 昨年は、日本から帰ってきてサマーコースまでの数日間が修羅場でしたから。

 怪我で全く弾けない時期も経験したので、大変ではありますが、ピアノを弾けることは幸せです!
 
 

Posted on 2014/08/02 Sat. 23:33 [edit]

category: 音楽

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