05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

師匠他 

ご無沙汰しております。
一週間放ってありましたが、今回は、ロンドンにいました。
コンピューターの調子がイマイチだったり、バタバタしていたりで・・・

夏休みも近づき、生徒たちは浮き足立ち、注意力散漫な子たちもちょくちょくみかけます。
まだ数人、今週、来週でグレード試験が待っているので、真剣に取り組んでいる子達ももちろん多くいますが。

 今までは、試験を受ける人数が多くても、違う級での受験が多かったのですが、今回は、なぜか、一番こちらも緊張するグレード1を受験する子供たちが4人。
 どれだけ仕上げてあっても、初めての試験、というのはどうなるのか、非常にドキドキします。
 特に、今回は、試験官の質問にわかっていてもちゃんと答えられるのかわからない、とってもとってもシャイな女の子が二人いるので、よけいに気になってしまいます。
 私にできることは、完成度をあげ、試験がどのように行われるかを毎回話すこと。 
 みんなが笑顔になれる結果が出たらよいな、と思っています。

 そして今週木曜日には、2015-16のピアノのグレードの課題曲が発売されるので、こちらもドキドキ。
 良い曲、そして子供たちにとって次につながる勉強になるような曲が多く入っていたらよいな、と願うばかりです。

 私自身は、先週2ヶ月半振りに師匠のレッスン。
 モーツアルト、ショパン、ラフマニノフ、みっちりしごいて頂きました。
 が、先生と勉強して10数年、初めて、「オーチン・ハラショー(Very good!)」と言って頂きました。
 ショパンのノクターン作品62-1、修士の時から勉強していますが、師匠にみて頂くのは、1年半前にみて頂いて以来、2度目。 
 あの厳しい師匠にこういう言葉を頂いたのは、何よりもうれしいことです。
 もちろん、そこから、いくつもの直しが入っていくわけですが。

 1時間半ほどのレッスンの後は、放心状態。
 バス停までいくつもりが、あまりにもボーっとしていて、久々に先生の最寄り駅まで30分ほど歩いてしまいました。
 まだまだ先生から教わりたいことがたくさんです。
 17年前に先生に初めて出会った時、まさかピアノに進むとも思っていなくて。
 ピアノに進むことに決めてから、別に先生のことを特別にも思っていなかったので、無駄な2年間を過ごしました。
 21歳で先生の元で、指を持たれながら、打鍵から学びましたが、その時だって、
「こんなおじいちゃんで、私が上手になるまで、長生きしてくれるのだろうか?」
と不安だったものです。

 実際には、当時まだ40代。
 数日後に50代最後の誕生日をお迎えになります。
 あの時が60代後半でなくて、本当に良かった。
 先生の実年齢を知るまで、ずっと、
「このおじいちゃん、あんなに若くて美人な奥様がいらして、やるな」
と私は思っていたわけですから。

 私がもっと勉強して、生徒たちに伝えていかなくてはいけない。 
 今年はまた結局イスラエルに行けなかったものの、イスラエルの先生からも学びたいことが山ほど。
 先生探しで苦労する人も多いこの世界、こうして、信頼して、習いたいと思える先生がいて、先生にも教えたい、と思って頂けることは、本当に幸せです!
 
 あっという間に6月も今日で終わり。
 夏休みに日本へ行かないのは8年ぶり。
 日本で汗をかかないと、体の中が腐りそう(汗をかくのは、気持ち悪い反面、かけない国にいる人にとっては、快感です!)ですが、その分、バレエを観たり(?!!)、ピアノに向かったりしたいと思います。
 

 
 
 
 

 

Posted on 2014/06/30 Mon. 23:49 [edit]

category: 音楽

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30

久々のロンドン演奏 

昨日は、多分今シーズン(2013年9月から2014年8月)最後のソロコンサートでした。
 8月のサマーコースを含め、演奏する機会はありますが、よほど緊急のことが無い限り、これが最後のはず。

 30分の短いコンサートだったにも関わらず、完全燃焼したようで、昨日は教えの後(セントラルロンドンでコンサートを終えて、家に15分滞在して家よりも一駅セントラルロンドンとは反対側へ教えに行って、再びセントラルロンドンに戻って教え)、夜10時にはベッドに倒れこみ、4時にアラームをセットしていたのに全く記憶無し。
 とりあえず目が覚めたのは、7時45分。 体を起こせたのは10時近く。
 ただ単に、年をとったからなのか、それとも、それだけ出し切ったのか??

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 こちらが演奏をした、ロンドン市内のSt Bride's Church。
 ここでの演奏は初です。
 それどころか、ロンドンでの演奏は2012年4月以来です。

 ビルの谷間に見える教会。
 すぐ斜め前が友達の職場(現在は海外転勤中ですが)なので、場所だけは以前から知っていました。


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なぜかピアノは奥の方ではなくて、中央よりも後ろ側に設置。

K.KAWAIのグランドは、多少重め。 というよりも、アクションの動きが少々鈍ったです。

 プログラムは、

 モーツアルト: パイジェッロの歌劇『哲学者気取り』による6つの変奏曲 K.398
 ラフマニノフ: エチュード音の絵 作品39-3
 シューベルト/リスト: 水車職人と小川
 ショパン: 幻想ポロネーズ 作品61

 アンコールを頂いたものの、時間厳守の為、弾かずに終わりました。

 安全プログラムにしたわりには、モーツアルトは、5月のコンクールで弾いてコンサートでは初出し。 
 ラフマのエチュードは、コンサートでほとんど弾いた経験なし。
 水車職人は、一時よく弾いていたものの、この数年はほとんど弾いていない。
 ショパンは定番。

 モーツァルトは、少々危ないところもありましたが、これから色々とおもしろくなりそうです。
 水車職人だけは、トークを入れましたが、リハーサルの時に諦めか?と思うほど反応してくれなかったピアノが反応してくれて、職人と小川の対話を出せたかな?と思います。
 高音のコントロールが難しいピアノで、でもそれがとっても要求されるこの曲、演奏後に右手の薬指、小指がおかしくて、5年前の小指の靭帯の怪我をぶりかえしてしまったか?と不安になりましたが、単に筋肉痛なだけだと思います。

 ショパンは、いつものように、あまり色々と考えずにその時に湧き上がるものにまかせていたのですが、最初から風景が浮かんできて、ジョルジュサンドとショパンがマヨルカに向かっているであろう、船の汽笛がきこえてきて、船のゆれも感じて。 そして、パリの秋の風景、ワルシャワの風景、お墓、色々と見えてきました。
 きっと、4月にパリに行った時にも再びショパンのお墓へ行きましたし、昨年の10月末にパリへ行ったこともあるのか、と。
 ということは、やはり9年ぶりにワルシャワへ行かなくてはいけません!! 日帰りでも良いから、ワルシャワの空気をすいたいです。 
 そして、まだ行ったことの無い、マヨルカへ行かなくてはいけません!!
 船を感じたのは、先月ヴェネツィアで、観光もほどほどに、水上バスに乗りまくっていたからかもしれません。

 

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 もちろん、色々と直す部分はあるものの、気持ちよく久々のロンドンでの演奏を終えることができました。
 オペラハウスのお友達とか、生徒のお母様とか、知っている方もいらして下さって、他の地方都市とはまた違った空気がありました。 ありがとうございました。

 コンサート後、お声をかけてくださた老紳士が、とても素敵なコンサートの聴き方をなさっている方でした。
 これは、またいつか書きたいと思います。

 というわけで、新レパートリーの譜読みをがんばります!

Posted on 2014/06/21 Sat. 23:59 [edit]

category: 自分のコンサート

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21

ゆっくり 

 明日はコンサートですが、5月頭のモーツアルトのコンクールで新しく譜読みした変奏曲に少々悩まされております。
モーツアルト特有の難しさ、というものにいつものことながら、やりがいを感じつつも、いくつもの可能性をどのように調理するのか、という楽しみ。
 コンサートに出すのは初めてになるので、あとは明日の教会の響きとピアノに任せようかな、と思っているところです。

 グレード試験も近いので、曲のまとめに入っている生徒がほとんど。
私は、選曲の後は、ゆっくりのテンポで細かいことができるようになるまでは、ほとんどインテンポで曲全体を子供たちの前で弾くことはしません。 私のコピーになってほしくないからです。
 もちろん、ペダルのこと、その他諸々、ちょこちょこは弾いていますが。

 まとめなので、子供たちにどのような曲なのか全体像をつかむ為に、よほどグレード7,8の長い曲以外は、通して弾いているのが先週、今週のレッスンでの話し。

 いつも思っていることですが、テクニック的には全く難が無い、単純な曲こそ本当に難しい。
 先日は、チャイコフスキーの子供のための曲集より、『甘い夢』で、冷や汗をかきました。
 私は、他のピアニストに比べ、チャイコフスキーの小品に結構取り組んでいる方です。
 先生にも他の先生方にも、単純で弾きにくい小品に対して、今まで評価が高かった。
 それなのに、もちろん、演奏、というよりも、生徒が弾く事をみこしての演奏ですが、難しかったです。 
 もちろん、テクニックのことではなくて、つなげかたです。

 とっても賢い子なので、変に私の舞台用演奏をしてしまうとまずい部分が多かったので、よけいに気を使ったのですが。
 でも、しっかりと流れをつかんできてくれて、ご都合の為にレッスン変更があって、私が弾いてみせた4日後のレッスンでは、4日前とは全く別人の演奏をしていました。

 表情をつけていくレッスンはたのしい。
 それまでの下積みが、先日も書きましたが、生徒も私も必死です。
 
 私自身は、大学生になって基礎を習ったので、21歳の時、7,8月の夏休み中にショパンのエチュードの譜読みをして、9月に暗譜をして、ひたすら2月頭までは、徹底的にゆっくり音楽をつくりあげました。
 2月末だったか3月がテクニカルの試験で、こんなんでどうするのかしら??と思っていたら、師匠は1回のレッスンで本当の速さで弾けるようにしてくれました。
 師匠の基本は、 『ゆっくり』。 この教えを受けた私の指導も、『ゆっくり』
 
 だから、本番の日も、時間が許す限り、ゆっくり練習。
 ピアノがわからない母でさえ、日本で私が本番前に家で練習をしていると、
「今日、本当にこれを弾くの?」 と不安になったこともあります。
 しかも、ペダルなしなので、余計に心配になるようです。

 ただただゆっくり弾くだけでは、何にもなりません。
 きちんと考えてのゆっくり。
 
 サマーコースでロシア系の先生方が生徒に、
「ゆっくり弾いて」
というと、大抵の日本人受講者は、とても速い。
  
 ラフマニノフにも、ゆっくり練習していたエピソードが残っていますし、どなただったか、有名なピアニストにも同じエピソードがあります。
 考えてゆっくり弾く、ゆっくりだから簡単、では決してありません。
 
 

Posted on 2014/06/19 Thu. 23:33 [edit]

category: Category: None

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19

お知らせとミュール貝と・・・ 


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お天気が良い日の夜8時はまだこんな明るさ。
冬になると、午後4時でもほとんど暗いのに。

 今のフラットへ引っ越してきて、1年が経ちました。
 これは、私が住んでいるところと隣のアパートの共通のお庭。
 本気でここに洗濯物を干したくなります。
特に、掛け布団を干したいです。 こういうところは、非常に日本人。

 今日は夜8時に家に帰ることができたので、紅茶を淹れて、芝生に寝転んで読書でもしようかな、と思いましたが、空気が冷たくなってきてしまったので、やめておきました。
 今、体調を崩すことだけはできません。

 言わないでおこうかとも思ったのですが、久々なので、少し知らせ。

 今週金曜日、20日、午後1時15分から30分間のランチタイムコンサートで演奏いたします。
 2年ちょっと振りに、久々のロンドンです。
 場所は、St Bride's Church, Fleet Streetです。
 最高裁判所がある通りのところですが、Twiningsとは離れた、反対側だと思います。
 モーツアルトの変奏曲、ラフマニノフのエチュード、シューベルト/リストの水車職人と小川、ショパンの幻想ポロネーズ、という有名曲というのからは少々違いますが、前回のロンドンでのコンサートでは非常に悔しい演奏になってしまったので、今回は、安全面をとりました・・・

 もし、ロンドン市内にいらっしゃる方がいればと思い、お知らせしておきます。


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 一昨日だったか、久々に対人のお魚売り場が閉まる前にスーパーマーケットへ行くことができたら、こんな掘り出し物が!
 ミュール貝が、500gでなんと90ペンス。 現在のレートで160円ほどでしょうか。
 もちろん、殻の部分が多いのですが。 タイムサーヴィス(?)で、半額以下になっていたようです。
 今が旬なのかはわかりませんが、おいしいものでした。
 自分で調理をするのは初めてなので、簡単に、ワイン蒸しにしました。
 赤ワインと白のスパークリングワインが手元にあり(ほとんど飲めない人なので、何かの時に珍しく飲もうと思って買って飲まなかった)、赤よりも白だろう、と思ったので、スパークリングワインを使いました。
 別に問題はありませんでした。

 思っていたよりもずっと調理が簡単(洗うのが一番時間がかかる)だったので、癖になりそうです。

Posted on 2014/06/18 Wed. 22:48 [edit]

category: 日常

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18

疲れた翌日 

 金曜日にロイヤルバレエのロンドンシーズンが終わり、私もチケットを手に入れて観に行って、お友達(ずっと年上の方ばあかり)と7月末からのマリインスキーバレエのロンドン公演での再会約束し、昨日は、一日教え。
 学期末が近い為、学校の行事も多くて(先週は毎晩学校の劇の公演とか)、この1週間は変更の嵐でした。 
 皆さんもお忙しいので、出張レッスンの私は変更をするのは、簡単ではありません。
 よって、土曜日に、教えも移動もMAXということになってしまのです。
 それでも、一番最後のお宅で、長男がレッスンから逃亡して行方不明(携帯電話の電源を切ってあるらしい)だった為、45分は早く終了。
 お母様、カンカンに怒っていらしたので、逃亡しないで、レッスンを受けた方よかったとおもいますが。

 そのまま家に帰ったら、先週のように何もやらずにベッドに直行、となりそうだったので、あらかじめ用意をしていって、途中のスタバで、事務仕事。
 ですが、『ワールドカップ、イングランド戦のため』、閉店時間よりも、30分早く店じまいでした。
 早く出ていけ、とばかりに、ずいぶんと早くから、お掃除を始めていらっしゃいました。

 今日は疲れ果てていて、ずいぶんとゆっくりとすごしてしまいましたが。

 というわけで、料理をしない、と思われているので、このところ、再び餃子を作っているので、餃子。
 
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 どうやら、気まぐれらしく、縦長になってほしい写真はそうならなくて、何も操作していないのに、なぜか、これは縦長。
 私の手にはおえません。

 ひだの寄せ方が適当なのは、私専用だから。
 子供の頃、母のお手伝いをしながら覚えたことは、忘れません。
 餃子の皮を作る気力はないので、チャイナタウンで買ってきています。

 昼間チャイナタウンへ行くと、外から餃子を作っているのが見えるお店で、皮の作り方も観察しているのですが、あれは熟練の技。

 というわけで、今週末は、2ヶ月振りのコンサート。
 練習です・・・



 

Posted on 2014/06/15 Sun. 21:54 [edit]

category: 日常

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15

ファンコンサートみたいなバレエ: ロビンズの『The Concert』 

明日で、ロイヤルバレエのロンドンシーズンは、千秋楽。
やっと今日は、10日以上前から始まっている最後のトリプル・ビルのチケットを無事に手に入れて、オペラハウスへ行ってきました。
アシュトンの『The Dream(真夏の夜の夢)』も、大好きな作品ですが、10年以上ロイヤルバレエのレパートリーから外れていた、ロビンズの『The Concert』が、私にとっての目玉作品。 この作品が上演されるのを、どれだけ待っていたことか。

 ショパンのピアノ曲にのせて舞台で繰り広げられる、コミックバレエ。
 パリ・オペラ座のDVDを買っていないので、数年前にYoutubeで一部をみただけ。

 舞台下手にピアノが置かれ、途中、オーケストラ編曲されたものも入りますが、生演奏。
 こんなに、楽しいバレエは初めて。
 
 ロビンズといえば、 『Dances at a Gathering』『In the night』などで、素晴らしい音楽性あふれる振付を観ています。 だからこそ、これも楽しみでした。

 『軍隊ポロネーズ』の最初の部分がオーケストラで奏でられた後に、舞台をピアニストが歩いてきて、演技をしながらピアノの前に座って、『子守唄』を弾き始めると、コンサートの観客たちが現れる。
 
 こちらで、公式のものではありませんが、動画が観られます。
 さすがパリオペ、ピアニストは暗譜ですし、ロイヤルのクオリティーとは違います。
 今日は、本当に酷かった・・・ 指がまわっていなかったし。
 これは、いつか弾きたい作品です。 特に、最後にピアニストが虫を捕まえる網を持って、蝶になった観客たちを追いけるのが最高!! 以前、『コッペリア』で、コッペリウスおじいさんを演じて(私がです)、杖を舞台の上で振りまわしたことはありますが・・・

 この冒頭の『子守唄』、サマーコースのファン・コンサートでやったら楽しそう。
 演技力達者な人たちがそろっていますから(私の師匠、モスクワのイリーナ先生とか・・・)、素晴らしいものになりそうです。
 
 興奮して笑いすぎて、幕が降りた時には、久々に、舞台を観ての偏頭痛でした。
 
 演技力に優れたロイヤルバレエのダンサーたちが繰り広げるこの舞台、60年ちょっと前にニューヨークで初演されたものが、こんなにおもしろいものだったとは。
 日本のバレエ界は、技術は先進国ですが、まだまだ後進国。
 というよりも、音楽をしている人に観てもらいたい作品です。
 私の場合はこういうものばかりを観ているから、きっと、個性すぎるピアノになってしまったのかもしれません。
 この前のコンクールでも、個性が強い、と言われてきたばかり。

 普通の曲で踊れる世界を知ってもらいたいから、あえて、私は昨年のサマーコースでは、『瀕死の白鳥もどき』を踊ったのです。 
 
 大学生の時、カーディフの音大は演劇科もあった為(どちらかというと、演劇科の方が、優秀)、表現ができない私に師匠は「ピアノなんか弾かなくてよいから、演劇科に行け!」と怒鳴ったことも、1度や2度ではありません・・・
 
 ずいぶんと舞台を観ているようでまだまだ観ていない作品ばかりです。
 

Posted on 2014/06/12 Thu. 23:46 [edit]

category: バレエ

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12

ダブル・がっかり 

 なんだか蒸しているロンドンです。

 ロイヤルバレエのロンドンシーズンも今週で終わり。
 最後のトリプルビル、昨日は観に行けるように予定を組んで、フレンズの秋からのチケットの先行発売日だった為、電話で当日券を買うのは不可能、と判断し、朝からオペラハウスへ行ったのですが、いつもの立ち見が買えませんでした。
 10時にオープンして、10時10分頃オペラハウスへ着いて、いつもなら問題が無いのに、なんと、最初に20人の学生グループが来て、安い席は全て売れてしまった、とのこと・・・
 好き勝手していると思われがちな私ですが、バレエのチケットに関しては、自分できちんと制限を設けています。
 ロイヤルバレエなら、一番下から2つ目の値段まで。 だから、本来買う予定の3倍(といっても、2000円ちょっとですが)のお値段の席を勧められても、私は手を出しません。
 泥沼にはまらないようにする最後の規制です。

 よって、朝からがっかり。
 普段、午前中からセントラルロンドンへ行くことはほとんど無いので、移転したばかりの大きな本屋さんへ行ったり、古楽譜店で楽譜を漁ったり、それなりに普段はできないことをしたので、良し、としなくてはいけません。

 
 そして、今日は、教えへ行く途中のバスの中から、5ヶ月前に悩んで悩みぬいた挙句に手放した生徒のことを見かけてしまい、背も伸びて、姿を見た途端に、何とも表現できない気持ちになって、非常に落ち込みました。
 自分で決めたこと、とはいえ、あれ以上、お父様に命令されながら教えることは私には不可能でした。

 「みゆきよりもよい先生なんてすぐにみつかるから」とは言われたものの、フェスティヴァルに参加しなかったこともあるので、そして、何よりも、ピアノはレンタルしているものだったので、ピアノをやめるのは簡単なこと。
 続けていてほしいな、と思うばかりです。
 
 まだまだ乗り越えてなかった自分に腹も立ちますし、それだけ、思い入れもあった、ということ。

  種類は違えども、2日続けて、落胆した昨日、今日でした。
 
 

Posted on 2014/06/11 Wed. 23:25 [edit]

category: 日常

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11

あじさいとギリシャ風サラダ 

雨だったり、湿気が高かったり、日本のようです。
 わかりやすくいうと、盆踊りの夜のような空気。


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 教えに行ったお宅の近くでは、今年も再び紫陽花がきれいに咲き出しました。


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 こんなかわいらしい大きさのものも。
 私の頭の中は、この時期いつも沸き起こる、あの日本の美しい紫陽花の水菓子(和菓子?)のことでいっぱい。
 ネットでレシピを検索して、海外在住の方のものを参考に、今年こそは作ろうと思います。

 日本のことを嫌、といっている私ですが、あの美しくそして季節感のある和食、和菓子はこのようなものが無いイギリスに住む私には、憧れのようなものかもしれません。
 特別です。 季節感が無さ過ぎて、真夏に、「おでんやおなべを食べたい」と日本滞在中に家族に言って、誰も相手にしてくれません。
 

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 この気候なので、私にとっては暖かくなってくると食べたくなるギリシャ風サラダを本日開業。
 カーディフのバプティストカレッジの寮時代に、ギリシャ人の友達数人が作っていたサラダ。
 私は、色々と変えてしまっているので邪道かもしれませんが。
 レタス、きゅうり、トマト、フェタチーズ、オリーブ。
 味付けは、オリーブオイル、レモン汁、塩(今回はギリシャサラダなのに、イギリスのモルドン塩を使用)。

 トマトを忘れたので、先日イタリアで買ってきたドライトマトで応用しました。
 ちなみに、5月は2度イタリアへ行きましたが、1度目に500g買ってきて、2度目は買わない予定だったのに、ヴェネツィアのマーケットでドライトマトに見つめられたので、また500g買ってきてしまいました。 一人暮らしなのに、1kgもどうするのでしょうね???
 でも、イギリスで買ったらこの3倍の値段ですし、みかけもイマイチ。
 
 フェタチーズは、今回買ったものは、Lightだったからかもしれませんが、最初は苦手だった癖にずいぶんと慣れました。
 
 寮時代、普段掃除なんてしたことが無い、一緒にデュオを組んでいた、自称『モテテモテテ困っちゃう世界一美しい男』が、珍しく、なぜか寮の共同の冷蔵庫の掃除をしたことがありました。
 その日の夜、梅干を冷蔵庫の中で探したのに無い。
 この男が、得意そうに掃除したことをみなに話していたことを思い出して聞いたところ、
「変な赤いものがあったから、捨てたよ」
 もう大喧嘩です。
 当時の私は、フェタチーズの匂いが苦手だった為、
「あなたのこのチーズの方が変な匂いでしょ。 捨てるから!」
 といって、揉めたものです。

 梅干だけはうるさい私は、生活クラブのものを持参。
 だからこそ、無くなったらとても悲しかったのです。
 食べ物の恨みは恐ろしい・・・

 フェタチーズを食べながら、色々と当時を思い出してしまいました。
 今ではこうして自分でこのサラダを作るのですから、おもしろいものです。

 
 
 
 

Posted on 2014/06/09 Mon. 23:50 [edit]

category: 日常

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09

乗り越えた時 

 午前中グレーの空だったので、イギリス人らしく、冬の格好をしてみたら、何故か生暖かい空気。
 というわけで、ヒートテックではさすがに暑い昨日でした。

 長時間教え+そのほとんどが導入か、4週間後に試験を控えている子供たちの土曜日。
さすがに疲れて、寄り道もせずに夜9時45分過ぎに家に帰って、11時には寝ていた模様・・ ピアノの練習もせずに。
 家から徒歩5分以内のバス停でバスを降りたのが9時35分。 それなのに、どうして家まで10分以上もかかったのかなぞ。
 
 いつものことですが、教えている間は意識がはっきりとしているのに、全力投球の私は、一人での移動時間は、魂の抜け殻。
 
 グレード8の試験を控えている15歳の女の子。
 私に移って2年ちょっと、しごかれてきました。
 グレード7の準備の途中から私だった為、とまどいも多かったとは思います。
 涙したことも1度や2度ではなくて・・・
 でも、優秀な公立校に通う彼女、他の同じクラスのお友達で私に習っている子達が、学校の試験だから、といってお休みする時にも、彼女はしっかりと練習して、レッスンをお休みしない頑張り屋さんです。 

 ゆっくり弾く事の大切さ、そして、大変さ。
 細かい直し。
 先週までのレッスンは、お互いにとても大変でした。
 試験まであと4回のレッスンとなった昨日、やっと表現、音楽的流れを作るレッスンに入ることができました。

 ソラー(Soler)のソナタは、バロックの難しさ、どうしても同じようなことの繰り返しで、飽きてくる演奏になってしまう作品。
 私が高音部で旋律を弾きながら、それについてきてもらう。
 細かいことは徹底的にやってありますので、テンポをあげて、音楽を流れさせても、崩れることはありません。

 キッチンにいらしたお母様が驚いて出ていらしたほど、音楽が一気に変わります。
 それまで、音のつなぎあわせでしかなかったものが、一気に『音楽』になる瞬間。
 
 現代曲も、肩のねじを外してあげて、音質が一気にかわり、やっと、どんな曲なのかみえてくる瞬間。
 本人の顔つきがかわってきます。
 
 今までの辛いレッスンは、全てがこの為。
 私だって、師匠の念密なレッスンに頭が狂いそうになったことは何度もあります。 
 でも、その先に待っているもの。 試験の直前に、師匠が流れにのせて下さって、そのまま本番。
 それがわかるから、あのレッスンに耐えることが(!!)できたのです。
 挫折していった人も多くいます。
 私だって、彼女を教えながら、ここでストップしようか、妥協しようか、と何度も思ったこともあります。
 でも、妥協しなくてよかった、と昨日は初めて思うことができました。
 もちろん、ピアノのことはわからなくても、私を信じて、すぐに結果がみえてこないことに口出しをしないで待って下さっていた、お母様のご協力があってのことです。


 師匠にしても私にしても、今の社会にはなかなか理解してもらいにくいレッスンです。
 私たちはここが問題なく気が合うので、奥様がおっしゃる、『あなたたちは、お互いに最高の先生であり生徒である』という言葉になると思いますが。

 というわけで、疲労感は凄まじかったものの、安堵というか、嬉しかった土曜日の長丁場でした。
 今日は、これからとっても楽しみであり、とても責任がある教え。

 昨年の6月の第2日曜日は、骨折後最初の本番の為に、母とカーディフに向かった日。
 同じパディントン駅から今日も出発。
 
 

 

Posted on 2014/06/08 Sun. 06:57 [edit]

category: 音楽

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08

今年の夏は・・・ 

 久々に、2回オペラハウスへ(メインハウスではなくて、地下劇場ですが・・・)へ行くことができた今週でした。
 本当は、先週から始まったトリプル・ビルを今日チケットが手に入ったら観に行きたかったのですが、疲れ果てていたので、やめました。

 偏頭痛持ちですが、このところ、ほとんど薬を使わずにすごせていたのに、3,4週間後に生徒たちのグレード試験もあるので、ストレス、疲れ、そして、体に疲れが出やすい不規則な天候により、今週は珍しく4日も薬のお世話になる羽目に。
 どうにか頑張って、6月を乗り切りたいものです。

 私にとって、夏の最大行事は、盆踊り。
 ですが、今年の夏は、日本へ行くのをやめました。
 コンクールで、数回ロンドンの生徒たちのレッスンをお休みしてしまいましたし、サマーコース前にピアノの練習をきちんとしたいので、ロンドンに残ることに。
 というわけで、一時帰国をしたら、レッスンを、とおっしゃって下さっている日本の方々、今回はすみません。

 早い話が、通常はこの時期になると、魚食べたい病にかかるのですが、昨年引っ越してきてから、近所のスーパーで、数週間に一度は良い状態のお魚が手に入ること、そして、イタリアで大好物のタコとイカをたくさん食べたので、力が蓄えられた、というわけです。

 盆踊りだけは、後ろ髪がひかれる思いですが。

 ロイヤルバレエのロンドンシーズンも、あと来週を残すのみ。
 今年は、悲しくなるほど、観に行くことができませんでした。

 

Posted on 2014/06/06 Fri. 22:39 [edit]

category: 日常

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対人関係を学ぶ 

テレビを見る習慣がない私は、現在もテレビを所有していません。
唯一テレビを見ていたのは、カーディフ時代のバプティスト・カレッジの寮でのこと。

2002,3年頃に私がはまりにはまっていたテレビ番組は、『Airport』というようなタイトルの番組。
元々は、週末の夕方になると、同じ学校のギター科のスウェーデン人の男の子がこれにはまっていて、私もはまってしまったのです。
小さな寮の娯楽室で、私たち二人は居座っていたので、周りから呆れられていました。

 ドキュメンタリーというか、空港で起こる様々なことを描いた番組を、当時は大笑いしながら見ていた記憶があります。

 対人関係がとても下手な私、どうにかならないか、と思った時に思い出したのが、この番組のこと。
もしかして??と思ってみてみると、Youtubeにありました! Airlineという番組名でしたが、Easyjetのライフを追ったもの。

 考えられないことがたくさん。

 パスポートを忘れる人たち、『表紙が同じだから』といって、有効期限が切れたもの、他の家族のパスポートを持ってきてしまう人たち。
 10歳の子供のパスポートの有効期限が切れているのに、「どうせ、10歳の子供のパスポートの中身なんて、誰も気にしないよ」と言い張る父親・・・

 Easyjetでは、生きている動物の持ち込みは禁止(放送当時、今は知りません)なのに、へびを持ち込もうとする人。
 「こんなにかわいいのに」と職員に見せていましたが・・・

 男性ストリッパーグループをみかけて、べたべた触るおばさん・・・

 チェックインの時間に遅れたのに、職員を怒る人たち。

 はたまた、職員のプライベートまで。

 預け荷物が行方不明で、その中に、車の鍵や、お金を入れてしまったから、空港から動けない、という人たち・・・
 貴重品は絶対に預けには入れない主義の私からすると、信じられません。
 ロンドンへ帰る時以外は、もしものことを考えて、着替え1泊分を手荷物にする人なので。

  2001年頃、ルートン空港のスーパーヴァイザーかだった、20代前半のEasyjetの男性は、とても凄い!と思うほど、大変なお客さんに対しても、温厚に接していらっしゃる方で、多くを私はこの番組で学びました。
 これがきいているのか、この2週間、毎回私を怒鳴っていた生徒のお母様から、怒鳴られていません!!

 当時のEasyjetのハブは、ロンドン・ルートンと、リヴァプール空港だったようで、この2つの空港がでてきますので、特にリヴァプール空港で働く人の英語は、訛りも強くて、英語の勉強になります・・・

 一つのエピソードが20分ほどなので、休憩時の楽しみに、見ています。
 自分が空港でのトラブルに出会った時にどうするのが一番賢いのか、というインフォメーションにもなりますし・・・

 うまく、Youtubeを貼れなかったのでエピソードの一つのアドレスは、https://www.youtube.com/watch?v=q3dnTeXGwxk

 

Posted on 2014/06/05 Thu. 14:06 [edit]

category: 日常

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05

何色でしょう? 

あっという間に6月に入っていました。
 空はグレーなのに、なんだか生ぬるい気温のロンドンでした。
 安定しない気候で、久々に続けて偏頭痛。


 さて、私は子供の心理学者でもないし、子育てもしたことがありませんが、子供の頃の記憶が非常に強い大人。
 小学校では学校の先生から傷つき、今でも深く傷が残っていることが多くあります。
 日本に一時帰国した時、通った小学校の前を車で通るのさえ嫌なほど、小学校は嫌いです。


140602


 この写真。 先日ヴェネチア郊外の街へ行った時、ホテルのすぐそばにあった、ピアヴェ川。
 スロヴェニアへ行った時にも、こういう色の川を見ました。
 この川、何色に見えるでしょう?
 もし、自分が小学生で、夏休みの思い出の絵を夏休み明けに描く。
 その時、この川を描くとしたら、何色の絵の具で色を塗るでしょう??


 私は、小学校2年生の時、親に騙されてフィリピンにつれていかれました。
 別に、悪いことをしたわけではなくて、ちょうど日航が山に落ちた年でもあり、私の親は、
「これから、千葉の海に遊びに行くよ。」
成田空港が近づいたら、「今日は、特別に成田で飛行機を見せてくれるのだって」
そのうちエスカレートして、
「成田の上空を特別に飛んでくれるらしい」

私は車の中での会話を非常に良く覚えています。
 当時は、子供は(12歳以下だったかな??)パスポートが個人で必要なかった時代。 親のパスポートに併記することができました。

 成田の上空を飛ぶどころか、着いたところはフィリピン。
 セブ島に渡って、楽園でした。
 エメラルドグリーンの海。
 だから、私は海とか水が大好きだったのに、この年以降、海に遊びに行きたい、ということはまったくありませんでした。
 よって、セブ島の海を経験した後、3年前にセイシェルへ行くまで、私は20年以上海に入ったことはありませんでした。

 当たり前のように、夏休みが終わって9月、学校の図工の時間に、夏休みの思い出、の絵を描く時には、セブ島のエメラルドグリーンの海を描きました。 今でも構図を非常に鮮明に覚えています。

 色を塗り始めた時、担任の先生に、
「これは何ですか?」
「海です」
「こんな色の海はありません。 海は水色だから水色に塗りなさい」
「(日本の海なんて茶色なのに、と思いながら)これは、日本の海ではないから、本当にエメラルドグリーンでした」
こういう会話を繰り返し、私は絶対に色を塗りなおすことはありませんでした。

 田舎の学校で、この時の担任の先生は、色々と問題があったようです。
が、子供にはそんなことは関係ありません。

 周りと違うことをすると、いじめにあう。
 
 今回、イタリアでお散歩しながら、この写真の川を見て、真っ先に思い浮かべたのは、小学校の時の、この悲しい会話でした。

 現在、子供たちに接する仕事をして、絶対に子供を傷つけたくない、という気持ちを私は忘れたことはありません。
もちろん、私は愚かな人間なので、知らず知らずのうちに傷つけていることもあるとは思います。
 
 見聞を広げ、多くを知らなくてはいけない。
 まして、ここはロンドンで、多人種多国籍が生活している街。
 私だって、見たことがないこと、知らないことは山ほどあります。
 
 でも、いつまでも、子供の柔らかい心を持ち続けたいな、と願っています。
 子供たちと話していて、びっくりするような色の川が出て来るときもありますが、私が知らないだけかもしれない。
 だから、絶対に否定はしない。 私の二の舞の気持ちは味わってほしくないから。
 

 

Posted on 2014/06/02 Mon. 23:25 [edit]

category: 日常

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02

お手洗いの話 

現代先進国社会の人間が生きていく上で、なくてはならないもの、それはお手洗い。

 私がイギリスで生きていける一つの理由は、お手洗いがきれいなことが多いから。 20年ほど前のオーストラリアは(今は知りませんが)、お手洗いの個室のドアが、ひざくらいの高さから下は開いていて落ち着かなかったのですが、イギリスは、ちゃんと床までドアがあるから。

 3年前にセイシェルへ行った際には、一番不安だったのは、お手洗いでした。
 それはきっと、1990年代にロシアへイギリスの学校の学習旅行で訪れた際、引率の先生からお手洗いについて色々と説明を受けたことがあると思います。
 そして、私の実家には、世界のトイレ、という、大きな写真集があり、子供心にあれをみながら、多くのことを思っていたからです。
 
 ちなみに、セイシェルのお手洗いは、基本的にごく普通の水洗のお手洗いでした。

 
 今までで一番衝撃を受けたのは、今年の3月。 セルビアのベオグラード駅にて。
 セルビアへ行く際、心配性の私は、トイレットペーパーを持っていきました。 幸い、出番はありませんでしたし、なるべく、宿泊先、音楽学校などを使っていたので、問題ありませんでした。 地方の駅のお手洗いも、入り口のおばさんに50円ほど払って、普通のお手洗い。
 が、帰りの空港へ向かう時に、ベオグラード駅でお手洗いへ行ったら・・・ 50円払って中に入ったら、なんと、和式トイレ。
 アジアに近い、といえども、まだここはヨーロッパ、という分類のはず。
 日本の和式とはちょっと違って、真ん中に穴があり、足を置く場所にタイルがはまっている、という感じ(一応水洗)だったのですが、驚きすぎました。

 もし、これがトルコだったら、ここまでの驚きは無かったと思います(まだトルコへは行っていないので、実際は知りません)。 セルビアだったからこその衝撃。

 
 実は、10日ほど前にも、再びイタリアに数日行っていたのですが、毎月行っても良い、と思えるほど大好きなイタリア。
 ですが、慣れたものの毎回お手洗いはどきどき。 ホテルは問題ありませんが、ちょっとしたレストラン、カフェは、洋式トイレなのに、便座が無いことが多々あります。
 最初にこれにあたった時には、非常に驚き、真っ先に思い浮かんだのは、ソ連の時代に、モスクワ音楽院に留学していた在日韓国人の方の本のモスクワ音楽院の寮のお手洗いには、便座が無かった、というお話。

 今では、仕方が無いか、と思えますが、最初はどのように使えばよいのか、あの本の内容を思い出したものです。
 空港は基本的に問題ありませんが、数週間前のバーリの空港は、とってもきれいなのに、空港なのに便座がありませんでした。
 
 個室の鍵も問題があることが多く、先日は一度、開かなくなってあせりました・・・
 鍵の部分が赤くないから、と思ってドアを開けたら、中に人がいたことも1度や2度ではありません・・・
 やっと、イタリア人は鍵をかけずに使うこともある、ということを学びました。

 たかがトイレ、されどトイレ。
 現代社会で生きてきた人たちにとっては、非常に無くてはならないものです。

 日本は一番凄いと思います。
 私は機能を全然使いこなすことはできません。
 私の子供の頃、祖父母の家は水洗ではありませんでしたし、実家の裏へ行くと、バキュームカーが来ていた時代。
 そこから、わずか20年ちょっとで、他の国ではみかけないほど凄いことになってしまった。
 
 

Posted on 2014/06/01 Sun. 23:00 [edit]

category: 日常

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