04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

グレード試験まで4週間・・・ 

またご無沙汰しております。
週末出かけておりまして、帰ってきてからあっという間に時間が過ぎてしまいました。

今週は多くの学校がハーフタームでお休み。
ですが、夏休みまでの間にグレード試験を控えている子供たちも多くて、気が抜けません。
お休み中なので、変則的な時間割でのレッスンをしているので、昨日は、一日教え歩いて(4つの地域)、疲れ果てていたらしく、お夕飯も食べずに、気がついたら8時にはベッドにひっくり返っていたようでした。 そして、目が覚めたのは夜中の2時。
大変な日(色々な意味で・・・・)は、帰宅してそのままベッドへ直行、ということもよくあるのですが、6時間も寝てしまったのは初めて。 年ですね・・・

 昨日はなんだか寒くて、ヒートテックに、セーターに、冬のウールのオーバーコート、という格好。
 今日は、少し暖かかったですが。 お年寄りの中には、ダウンコートを着ていらっしゃる方も見かけました。
 
 グレード試験の日程もだいぶ出揃って、今回はだいぶ希望通りの日程(5週間の試験期間、いつになるか希望週は出せるものの、実際に来るまではわからない)だったので、正直、1週目が来なくてホッとした子もいます。
 
 この1週間、先週注意された分、気をつけて練習ができていた子、練習してほしい部分を書いたノートを全く読まずに練習してきて、間違いが直っていなかった子、もちろん色々。
 大抵は、学校で注意されるような内容と私に注意されることはほとんど同じようで、お母様方にレッスン後にご報告をすると、
「最近、学校の先生からも呼び止められて、注意されたばかりなのよね。 それとみゆきに言われていることは同じ。 困ったわね」
ということがほとんどです。
 
 前回のレッスンで、私は特に怒っていないのに、自分ができていない、ちゃんとやらなかったことが辛くて泣いた子は、今回はきちんと正しい練習ができていて、本人も終始笑顔。
 何度もこれを繰り返していますが、もうそろそろ、わかってくれたら嬉しいな、と思います。
  でも、自分がやらなかったことが辛くて泣く、というのは、ある意味でとても素晴らしいこと。
 こういうことを全く感じない子もいるわけですから。

 私の唯一の長所は、待てること、その子その子にあった言い方をみつけること。
 ご両親のほうがあせるほど、私はのんびりしているように思われるようです。
 のんびりはしていますが、のんびりしているのではなくて、子供には子供のテンポがあるから、それにあわせるだけ。
 一度でできなかったことを怒鳴ったって、できるようにはなりません。
 それよりも、一緒に解決策を考える。
 
 昨日のレッスンでは、装飾音符の入れ方のタイミングがちょっとわかりにくかった子に、ひらめいて、バレエ好きな彼女だから、『眠れる森の美女の猫』と言って、パ・ドゥ・シャ(猫のステップ)をやってみせたら、すぐに話が通じました。
 パ・ドゥ・シャ、なんてずっとレッスンに行っていない私は、何年ぶりか?? 
 どんな方法でもよいと思うのです。 その子がわかるのならば。
 もちろん、バレエを知らない子には違う方法で教えますよ。

 
  毎年恒例の師匠が主催するサマーコースまで、2ヵ月半。
 今年は、アシスタントとして参加します(レッスン生としても参加しますが)。
 師匠の生徒だからアシスタントなんて当たり前でしょ?と思われるかもしれませんが、私の師匠は、必要以上に潔癖であり、他の人の何倍もできていなかったら、自分の生徒には一番厳しく接します。
 ですので、私にとって、こうしてアシスタントをさせて頂ける、ということは、とってもうれしい事。
 昨年もアシスタントとしてのお仕事を頂いたので、きっとまた、教授の先生方にみせる前に問題がある子供たちの指導を行うことになると思います。
 これから2ヵ月半で、見て頂きたい曲を、先生方の顔を思いながら、仕上げていきます。
 

 
 

Posted on 2014/05/29 Thu. 22:59 [edit]

category: 音楽

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29

ピアノ指導で 

 ピアノを教えている、ということ、色々とあります。
 私の場合、出張レッスンなので、良い面もあり、悪い面もあると思います。

 私が育った時代には考えられないことですが、私のことを怒鳴ったり、指導に対する口出し(意見ではありません)が多すぎたり。
 ここには書いていませんが、年始早々には、ずっと悩んでいてもう限界がきていた為、あまりにも口出しが多すぎて、これ以上指導をしていくことが難しい、と思ったご家庭を、やめて頂いたこともありました。
 ただ、子供たちとの相性は良かったので、ここまで続いていました。 年末に、初めて、『この子達を上手にしたい』と思えなくなってしまい、苦しみ悩んだクリスマスを過ごした後、やめることになりました。
 もちろん、すんなりと私に決心が着いたわけではありません。
 数週間は子供たちにかわいそうなことをした、という気持ちが強くて、ストレスから体重増加。
 やっとおさまって、3月のセルビアのコンクールへ行く2週間ほど前、私が教えていた時から申し込んでいたフェスティヴァルに参加しなかったことを他の生徒から聞いて(同じカテゴリーに申し込みをしてあった)、また悩んで、コンクール前は練習もできませんでした。

 もちろん、私のような身分で、生徒にやめて頂いてよい、とは思っていません。
 ですが、限界、というものもあります。
 私に対する態度は、お手伝いさん、いや、奴隷に対するような態度が続いていたのですから。

 
 もちろん、きちんとした方もたくさんいらっしゃいますよ。

 ここに何度も書いてきたように、私にとって、『楽しい』ピアノレッスンとは、自分で楽譜を読んで弾けるようになるようにすること、一つずつ習得していくこと、です。
 イギリスにはグレード制度がありますので、そのことで、良い面もありますが、悪い面も多くあります。
 グレード1、は完全なる初心者のものではありません。
 それを理解して頂くのがどれだけ難しいことか。
 ご両親のお気持ちもわかります。
 でも、グレード1を簡単に取らせてあげると、グレード3あたりで躓きます。
 グレード1をとるのに、しっかりと譜を読めるようにして、楽譜、音楽のルールをわかってもらえば、そこへ行くまでには時間がかかっても、後は飛び級などもできるので、グレード3で躓くことはほとんど無いと思います。
 
 何度も説明をし、2年掛けてやっとご理解頂く事もしばしば。
 
 何度も話し合いを続け、お母様は半年位前からご理解して下さるようになった生徒、先日、学校でコンサートがあり、
 ご父兄もいらっしゃる前で弾いたところ(私は知らなかったのですが、3月のグレードで弾いた曲)、皆さんからほめて頂いたそうです。
 何度も戦った末に(本当に!!)仕上げた曲。
 私が口うるさく、数えること、音を読むこと、音の出し方を気をつけること、など言っていたことを、少しわかってもらえたみたいで、嬉しい。

 私の師匠Dr.Sは、21歳の私に導入から、指を1本1本持ちながら打鍵を教えて下さった先生です。
 あんなことをして下さる先生は滅多にいないと思います。
 私に費やして下さった膨大な時間とエネルギー、パッション。 これを他の21歳でできあがっている優秀な方に費やしたら先生はもっと名前が知られるようになっていたと思います。
 でも、そうでなくて、できない生徒をできるようにすることに、喜びを感じるらしい先生。
 
 日本で習っていたバレエの先生も、あの年代ではある程度知られている先生ですが、どう考えてもバレエの道には進まないのに、高校3年生でもレッスンに行っていた私にも、きちんと教えて下さいました。
 バレエの道には進みませんでしたが、オープンクラスなどを受けに行った時、よく誰に習っていたのか、その基礎を驚かれました。
 専門に進まないから適当、ではなくて、専門に進まないのに、みっちり基礎を身につけさせて下さった。
 きっと、私には彼女の存在が非常に大きい。 根性も着いた。
 
 趣味とか専門とか関係なく、みっちり基礎を身に着けてほしい、難しいことも噛み砕いて、できるようにする、といういささか時代に逆行している私のピアノ指導、私が尊敬する先生方から頂いた、最高のプレゼントだと思っています。

 以前教えていた生徒が、私の母に(これを聞く母も母)、私が厳しいか聞かれた時、
「厳しいけれど、怒るわけではない(だったかな?)」と答えてくれて、厳しさと怒る/怖いが違うことをわかってくれたことを嬉しく思いました。 もちろん、日ごろからのご両親のお考え、お子さんに対する接し方がきちんとしていらっしゃるから、子供がこういう考えをできるのだろうな、と思いましたが。

 厳しいけれど、どうしてできないの!とは言わない、思わない。
 昭和生まれの頑固ばあさんになりそうですが、それもまた私。
 こういう人は生きにくい世の中ですが、わかってくださる、求めて下さる方も少なからずいらっしゃるので、もう少し頑張りたいと思います。
 

Posted on 2014/05/23 Fri. 22:34 [edit]

category: 音楽

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23

バスにもシエスタ! コンクール当日(5月6日) 

 既に2週間前のこととなりましたが、イタリア滞在記、続きます。

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 というわけで、迎えた2つ目のコンクールの初日。
 朝9時に劇場に集合。
 劇場の周りは、こんな感じでした。
 8時50分に劇場に着いたらまだ中には入れなくて、太陽を浴びていました。

 コンクールのことは既に別記事で書いてあるので、省略。

 舞台リハを終えて、前日と同じように離れたところまで練習に行って、本番にあわせて帰ってこよう、と思っていたら、なんと、バスの運行時間にまでシエスタが・・・
 1時20分のバスの後は、4時過ぎまで帰りのバスが無い。
 さすがに、本番前に炎天下歩くのは嫌だったので、1時間半ほど練習して、1時20分のバスで帰ることに。
 余裕を持って1時10分にバス停に行ったら、なんとバスがすぐに着ました。
 あと少し遅かったら乗り遅れるところでした。

 軽くランチを食べて、B&Bでドレスに着替えてから、劇場へ。
 昼間から、ドレスとかDJを着た人たちが歩く劇場周辺・・・


 ちなみに、午前中に舞台リハを待っている間、主催者の方から、日本人の中で一番英語がわかると思われたようで(英語圏からの参加は私のみ。 マジャール語圏が多かった)、他の人に伝えることとか、何かとまた雑用係。
 この前日には、練習場所で面倒をみて下さっていた主催の方から、
「明日は、何時に劇場に行けばよいの?」と聞かれました・・・ どうしていつもこうなるのかわかりません。
 やはり、年齢? でも、外見だけではあまり年に思われていないようで、結果発表後、講評を伺った際に、一人の審査員からは、ご自身が主催するコンクールにお誘いをして下さいました。
 年齢制限が要の私は、年齢制限を伺って、もちろん、駄目。 驚かれましたが・・・ 若く見られるのは良いような悪いような。 もう少し大人な女性になりたいです。

 

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 劇場の上の方にこのような小ホールがあり、こちらで直前ウォームアップ。
 この前には、電子ピアノで指ならしもできました。

 ただ、この小ホールは非常に響き、劇場とはずいぶん違う。
 しかも、ピアノが軽めのタッチのヤマハで、やたらと弾きにくかった劇場の舞台のスタインウェイとはずいぶん違って、参加者同士このことばかり話していました。
 
 ちなみに、私は前日、当日と真面目に弾きこんだので、ついに、骨折の状態がイマイチになってしまい、念の為に痛み止めを飲んでしまいました。
 骨折後、常に予選敗退だったので、プログラムが重くなる前だったので痛み止めを持っていても、のまずに過ごすことができていました。
 
 通常の練習では、ドクターに言われている通り、痛みが始まる一歩手前で休憩をとっています。
 ですが、本番直前、自分の都合で練習時間が運ばない時には、どうしても仕方がないかな、と思い、絶対に過剰摂取はせず、うまく痛み止めと付き合っていくようにしたいと思っています。

 結果、演奏中に痛みを感じることはありませんでしたが、力が弱くなっていくことは、当たり前ですが、薬では防ぐことはでいないのだ、と再認識しました。

 ちなみに、今回は楽譜を2部提出しなくてはいけませんでした。
 もちろん、コピー譜ですが、受付の係りの方々に、私の製本を驚かれました。
 そして、来年から、皆にさせようかしら?なんておっしゃっていましたが。
 楽譜の製本がきれいでも、演奏でミスタッチがあれば、何にもなりません。

 落ちたことがわかったので、これから数日滞在していては生徒たちに申し訳ないので、すぐにB&Bのおじさんのところに行って、滞在日数変更。 そして、帰りの飛行機の手配でした。
 
 コンクールは精神的にも経済的にも賞に入らなければ、ダメージを受けます。
 が、負けても得るものは大きい。
 特に、私の年齢になって、エリート教育を受けている人たちと、私のように大してレッスンも受けていない人が戦うのは厳しいのは確か。 でも、普段よりもよくさらって、なかなかランチタイムコンサートでは弾きにくいようなプログラムをきちんと勉強できる機会、と思いながら、参加することにします。

 

Posted on 2014/05/19 Mon. 08:22 [edit]

category: イタリア

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19

ロンドンのお花 

昨年のこの時期よりも暖かいであろうロンドン、教えに行く道で、目を楽しませて頂く様になりました。


 
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 大き目の公園の外にある、藤の木。
 一番良かった時期を過ぎてしまいましたが、房が長ければ、『藤娘』の舞台に使えそうな藤の木。
 

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 急な変更で、今日は高級住宅地での教え。
 しゃくなげのお花が見事。


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 こちらも。
 先週の方がきれいだったのですが、塀に沿って、数色のしゃくなげが咲いていました。


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 実際よりも写真だと暗く感じるのですが、夜8時40分の空。
 今年の冬は暖冬だったものの、やはり、日が伸びて、青空が広がるようになると、非常にほっとします。
 この時間でも、半袖に、カーディガンで、ショールも持たずに歩けるようになりました。
 1週間前には、コートを着ていたのですから、体の調子を保つのが難しいですが、それでも、助かります。

Posted on 2014/05/18 Sun. 22:08 [edit]

category: 日常

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18

CIA-BRI-Barletta (5月5日:イタリア) 

イタリア滞在記、続きます。

 日本はこどもの日、イギリスは5月の第1月曜日はバンク・ホリデー。
 イタリアは? とにかく、11年振りの、南イタリア、プーリア州へ向けて出発です。

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 朝6時50分のローマ・チャンピーノ発、バーリ行きに乗る為に、朝5時には、チャンピーノへ。
 かなりの割合の飛行機が、ライアンエアーのチャンピーノ空港、朝なのに、酷い混雑。
 間に合わないかと思いました。

 が、荷物預けクローズぎりぎりの時間になると、ぎりぎりのフライトのパッセンジャーは他の列で荷物預けを行っていました。
 結局、1時間近くかかって、荷物預け完了。

 セキュリティーチェックも長蛇の列でした。

 ライアンエアーのローマ→バーリ便は、この朝の時間か、夜遅く。
 電車だと、午後にあるのですが、時間がかかるし、飛行機の方が電車よりも安かったので、飛行機で行くことにしました。
 本当は、電車に乗ってみたかったのですけれど。

 危うく、いつもの癖で、シェンゲン外のイギリスへ帰る時と同じように、パスポートコントロールを通るところでした。
 
 

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 端の方のゲートだったのですが、こんなおもしろい光景を見ながら、自分が乗る飛行機に向かいました。

 約40分の飛行で、長靴のくるぶしのちょっと上あたりの、バーリ空港着。
 空港は、海よりも内陸に入っているのですが、それでも、アドリア海が見えました。
 

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 私の目的は、バーリではなくて、ここから、アドリア海沿いに北へ約1時間行った所にある、バルレッタ(Barletta)。
 以前は、バーリ市内まで行って、そこから、国鉄、という方法だったようですが、半年ほど間に、空港に私鉄が乗り入れるようになって、バルレッタまで、空港からまっすぐ55分ほどで行けるようになったそうです。

 あたらしいわけで、とてもきれいだったのですが、切符売り場は空港を出てすぐだったのに、そこから、永遠と、このような地下道??を通る必要がありました。
 ヒースローの第3ターミナルから空港中央駅までよりも、遠かったような気がします。 ヒースローよりもずっときれいで明るいですが。




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 最新式の改札。 
 ハイテクすぎて、驚きました。


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 ホームも、きれい。
 次の停車駅からは普通でしたが。
 反対側へ行くと、バーリ市内です。

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 飛行機からも見えたのですが(私は通路側の席だったので、よくはみえませんでしたが)、ずーっとオリーブの木が続きました。
 やっと、青空、そしてイギリスでは見かけることのない、オリーブ。
 合間に、ブドウの木と、その下には、ポピーの赤いじゅうたん。

 この色の組み合わせは、ロンドナーにとっては、感動でした。

 時間の遅れも全く無く、途中、6駅位に停車をして、定時で、バルレッタ着でした。

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今までのイタリアが、よほど小さな街とか、村が多かったようで、バルレッタの駅前が栄えていることに、驚きました。


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 朝9時半前で早かったのですが、とりあえず、B&Bへ荷物を置きに行ったら、私が泊まるところと、チェックインの場所は違うところ。
 どうやら、2箇所のB&Bを経営していらっしゃるらしく、私が泊まったところから2分ほど歩いて、アドリア海が見えるところに、そのB&Bはありました。
 私にとって、やっとやっと初めてのアドリア海でした!!

 が、宿のおじさんも、奥様もお嬢様も、誰も英語がわかりませんでした。
 どれくらい英語が通じないか、というと、私のゼロに近いイタリア語の方が、おじさんの英語よりもマシなレベル。
 ですが文明の利器がありますので、おじさんは、コンピューターをつけて、Google翻訳を用いて、私との会話をしました。
 私が英語で打って、おじさんがイタリア語で読んで、答えは、口頭でイタリア語で返ってくる、という、何ともイタリア語の勉強になる滞在でした。

 チェックインには早すぎるので、荷物を預かって頂いて、楽譜だけもって、とりあえず、そこから徒歩3分もかからない、コンクール会場の劇場へ。
  
 張り紙があって9時半から12時半、そして午後3時半から7時半まで、練習できます、とのこと。
 乗るバスと住所が書いてあったので、とりあえず、それを写してそばのタバコ屋さんでバスの乗車券を買って(これは、やっとわかるようになった)、45分に1本あるかないかのバスで、その場所へ。


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 降りるバス停は指示されていたのですが、そこからどのように行けばよいのかわからない。
 Wifiを使いたくても、周囲では繋がらず。

 降りた近くのカフェで伺ってみたら、お客様の一人が、その文化なんとかかんとかという場所をご存知で、教えて下さいました。
 が、全てイタリア語。
 私は全くイタリア語がわからないのですが、それでも、なぜかフランス語とは違ってイタリア語だと理解できるので、不思議。
 
 ちょっとわかりにくくて探したのですが、こんな事務所のようなところが、文化何とかセンター。
 アップライト2台、グランド2台、電子ピアノ1台の音楽教室のようなところでした。

 とりあえず、1時間半ほど、集中してさらうことができました。
 シエスタでセンターが閉められてしまうのですが、ちょうどバスも行ってしまったところで、練習に来ていた、ロシア人、旧ソ連人と共に、30分歩いて、劇場付近まで戻りました。

 

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 チェックインをして、こんなお部屋。
 お昼も食べずに、1時間ほどシエスタをして、3時10分のバスに乗って、再び練習へ。
 ピアノの数よりも、練習する人が多かったので、交代で30分の休憩を挟んで、それでも、午後にも2時間半の練習。
非常に助かりました。
 
 いつも、コンクールの前日は移動日。 その前日、前々日は、休む分の振り替えをなるべくするようにしているので、夜9時頃まで教えをして、自分のことができないままにコンクールへ飛ぶ、ということがほとんど。
 今回は、直前は、ほとんど徹夜での練習が多かったのですが。
 だから、実際現地に行って、練習場所が無い時間、場所の時には、寝てばかりいるのです。

 コンクール前日の集中練習で、不安が解消されたことは多くありました。

 帰りは、再びバスを1時間近く待つ必要があったので、日本人参加者2人を連れて、再び歩いて帰りました。
 夕食を食べに行く元気も無く、スーパーマーケットだけ見つけたので、サラダの材料を買って、B&Bで部屋食。
 
 イタリアのチーズはイギリスでは中々手に入らないので(やはり、フランス系が多い)、量り売りを買ってみました。
 
 というわけで、バルレッタ一日目は、練習して終わりでした。

 

Posted on 2014/05/16 Fri. 23:40 [edit]

category: イタリア

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16

暑くなってくると・・・ 

一気に気温が上がってきました。
20度くらいは、あるようです。

こうなると、困るのが柔なロンドン。
教えに行くのに、日中は8-10分に1本来るバスを待っていました。 30分経っても来ない。
やっと来たバスは、次のバス停まで行って、壊れてしまいました。
たぶん、気温が上がったから起こる、オーバーヒートでは??と思うのですが、ちょっと気温があがるだけで、すぐにバスは故障してしまいます。
ロンドンよりもずっと暑いセイシェルだって、まともにバスは走っていたのに・・・
ロンドンもセイシェルと同じバスを使ったら??と思わずにはいられません。

バスが壊れるのを見越して、教えに出かけたらきっとむこうで何分も待つことになるし、とても困ります。

 先週のイタリアで、他のコンクール参加者と話している時に、どうやら、皆さん、イギリスはきちんとしている、トラブルが無い、と思っていらっしゃるようです。
 いやいや、ストはあるし、家の色々な問題も起こるし、修理が来るのが遅いし、他のヨーロッパの国と大して変わらないと思います。

 そりゃあ、先日も書いたように、イギリスは紳士の国だとは思います。
 イタリアの男性は、おじさんでも格好が良いし、見てくれが良いのです。
 そして、救いようの無いほど軽い。
 あの軽さは、感動すらします。
 でも、紳士なのはイギリス人。
 だからといって、他のこともすべてうまくことが運ぶか、というと、決してそうではありません。

 良い季節になることは嬉しい。
 でも、バスの問題が起こりやすくなることだけは、勘弁。
 普段から問題ありなのが、故障が多くなると、バスしか走っていない地域、チューブを使うと、バスの何倍も時間がかかってしまう地域への移動が多い私は、本当に困ります。
 だからといって、チューブが問題が無いか、というとこれもまた違う。
 夕方は、どうして、普段の1.5倍の時間がかかってしまうのかなぞ。
 今日は、セントラルの教えに行くのに、いつもなら、5分に1本来るチューブが、10分以上来ませんでしたし。
 チューブが来なくて、ホームで待つ人がイライラし始める頃、お決まりのように流れる放送が、

『現在、ロンドンの地下鉄は全て正常通り運行しております』
 
または、

『○○線に遅れが生じていますが、この△△線は、正常通り運行しております』

さすがイギリス。
先手を打っています。
 

Posted on 2014/05/15 Thu. 23:04 [edit]

category: イギリス事情

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15

ホジャイノフのリサイタル 

 久々に、ウィグモアホールでした。 昨年の秋に、トリフォノフを聴きに行って以来のはず。

 2012年のダブリン国際ピアノコンクールの賞の一環としての、ウィグモアホールでのリサイタル。
1992年生まれの、ニコライ・ホジャイノフのウィグモア・デビューでした。

 日本では既に結構演奏しているようですね。
 
 ダブリン、シドニーで優勝していても、チケットの売れ行きは思わしくなかったようで、チケットが回ってきました。
といっても、ウィグモアのチェックを怠っている私は、チケットの話が回ってきて、初めて、彼のリサイタルのことを知りました。

 感想を書きますが、あくまでも、私が個人的に感じた意見です。
 これが、正しい、というわけではありません。
 今夜のウィグモアホールでの演奏だけの感想、と思って読んで頂けたら、と思います。
 名前は知っていたものの、Youtubeなどでも聴いていないので、私にとっては全く予備知識なしに聴いたリサイタルです。

 魅力的なプログラムで、

 ショパン: 舟歌、 子守唄、 12の練習曲 作品10

 ラヴェル: 亡き王女の為のパヴァーヌ
 ラフマニノフ: ピアノソナタ 第1番

 アンコール: 
  ラフマニノフ: ひな菊
  リスト: 超絶技巧練習曲より、鬼火
  リスト=ブゾーニ: 『フィガロの結婚』による幻想曲
  ドビュッシー: 月の光

 モスクワのヴォスクレンスキー教授に師事しているようですが、さすがヴォスクレ門下だからのか、あの良くきく、ヴォスクレのヴォリュームを非常に身に着けているピアニストなのかな、というのが第一印象。
 21歳には見えない、幼さが残っていて、体も10代?と思うほど。 小柄であれだけの音量が出る、しかも、数箇所を除いて、たたくことも無かったので、完全な脱力、タイミングの良いタッチを身に着けているのでしょう。
 今回は、スタインウェイを使用でしたが、ウィグモアで、あれだけピアノが鳴って、後ろまで心地よい波動がくるのは私は初めての経験でした。

 私にとっては、音そのものはそれほどでもなくて、音色もとても豊か、というわけではなかったのですが、音量の幅の広さが抜群。
 ショパンの子守唄での、多声の区別は、見事でした。
 内声部を聴かせられるピアニストで、興味深く聴いていました。

 エチュードは、軽々。 羨ましいばかりのテクニックとメカの強さ。
 でも、彼でもミスタッチをするのだ、と少しばかり安心(していてはいけません・・・私)。
 10-7の分離。 10-11のアルペジオの美しさ。 10-8は、もう少し輝きがある方が私は好みだな、と思いつつも、黒鍵では、師匠のレッスンが思い返され、やはり私もロシア派でずっと来たのだな、と思ったり。
 
 ただ、ショパンに関しては、2010年のショパコンのファイナリストに言う言葉ではありませんが、あと数年経ってからもう一度聴いてみたい、と思いました。
 
 後半のラフマの1番は、有名な2番に比べ、演奏されることも少ないですが、今、弾く人が増えてきていますね。
 コンクールを受けに入っても、ちらほらと、ファイナル、もしくは、ソロの最終にこの曲を入れる人がみられます。
 
 私には、ショパンよりも、ラフマニノフの方がいろいろと見えてきました。
 とにかく、左手の細かいパッセージでさえ、心地よいピアノの鳴り方なのが、見事。
 
 あれだけ弾いた後に、よくリストの鬼火をアンコールで弾くな、と思っていたら、拍車を掛けるように、リスト=ブゾーニのフィガロ。 実演に接するのはもちろん、初めて。 半年ほど前、たまたまこの楽譜が半額になっていて、興味があったので買ったのですが、ちょっと弾いて、今はギブアップ。 弾いてみたい曲ではあるのですが。

 月の光でしんみりと終わりました。

 頭脳派、コンクール向きではない師匠に師事している私にとっては、ペダル、フレーズ処理でまだ甘いところが多いかな、と思ったりもしたのですが、きっと、来年の大きいコンクールにまた出てくるであろう彼が、コンクール人生を終えて、ヴォスクレの元を離れて数年経った時に、再び聴いてみたいな、と思わせてくれるピアニストでした。

 
 正直、先週のコンクールの後、ピアノが何かわからなくなってしまって(予選の私の後の人たちを全員聴いたので)、ピアノに向かうものの、この数日は、指を動かしていただけ。
 今日のリサイタルも、直前になって、行くか行かないか、迷いました。
 でも、行って良かった。
 ラフマの途中で、ピアノが弾きたくなったし、まだまだ弾きたい曲があるのだ、と思うばかりでした。

 
 久々に音楽関係の友達に会えるかな?と思ったものの、全く。 
 まあ、音大(他のイギリスの大学も)は、学科試験、エッセイ、論文提出、実技試験の真っ只中。
 人のリサイタルを聴いている余裕なんてありません。
 元王立音楽院ピアノ科主任のエルトンだけは見かけましたが。
 エルトンは人気がある先生ですが私は過去に7,8回レッスンを受けたものの、あまり相性も良くなく。
 ホジャイノフのようなピアニストは彼の好みだろうな、と過去のレッスンを振り返りながら思っていました。
 
 
 
 

Posted on 2014/05/13 Tue. 23:54 [edit]

category: エンターテイメント

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フラスカーティの街歩き(5月4日) 

先週の今頃は青空の下にいたのに、イギリスは肌寒くて、4月の気候と変わらない気がします。

 コンクールが終わって、この日の夜は入賞者演奏会のみ。
 もう行く気はなかったので(子供たちの部が気になりはしたのですが、交通手段が非常に悪かったりしたので、行くのをやめました)、翌日のフライトの為に、空港から近いチャンピーノの街に泊まることにしてあったので、ちょっとフラスカーティの街を歩いてから、お昼過ぎには、チャンピーノへ移動。


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 フラスカーティの街は、階段、坂ばかり。
 駅は低いところにあって、町の中へ行くには、かなりの高さを上らなくてはいけません。
 私の泊まったB&Bは、地図上だと駅から2分なのに、B&Bの目の前には、この階段。

 着いて早々、小雨がぱらつく中、この階段を上るのは、非常に大変でした。


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 これが、B&Bが入っているビル。
 普通のアパートで、その一部をB&Bとしているので、最初わからなくて探しました。
 

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 散策中、また階段。
 お年よりは皆さん大変そうでした。 が、きっと足腰が鍛えられているのでしょう。
 普段、階段が無い生活をしている私には、堪えました。


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 この色合いは、そして建物の建ち方はイギリスでは見ないもの。
 この古さ、というか、手入れのしていないのが、何ともイタリアの良さ。

 街を歩いていても、私は絶対にフランスよりもイタリアが好きです。
 イタリアは、大都市よりも地方都市の方が多い(ミラノもフィレンツェも行っていません)のも理由のひとつかもしれませんが、言葉も、食べ物も人も好み。


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 ちょっと変わった形の教会の鐘??
 歩いていると、いくつかの教会から鐘の音が聞こえてくるのですが、あの軽くて、軽快な鐘の音は、イタリアならでは。
 同じ鐘の音でも、ラフマニノフの鐘の音と、パガニーニの鐘の音(カンパネラ=ピアノではリスト編曲ですが)の違いを思わせてくれます。

 
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 前日のモンテモルツィオよりは標高が低いですが、それでも、建物と建物の間から時折見える景色は、素敵でした。

 大体、3日目にして、やっと晴れ。 
 イタリアからロンドンに来るイタリア人から、ロンドンの天候を馬鹿にされてばかりいるので、こちらとしては、イタリアへ行ったら、青空を期待せざるを得ないのです。
 それがグレーの空に雨だと、必要以上にがっかりしてしまう、ロンドナー。


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 街の中心の大きな教会の前には、テントが並び、工芸品などを売っていました。
 残念なことに、今回のイタリア滞在中には、お野菜などのマーケットを見かけることはありませんでした。

 日曜日の礼拝で混んでいるのか?と思ったのですが、10歳くらいの子供たちが、白い宗教的な服を着て、首から十字架を下げていました。 家族は着飾って、この白い服を着た女の子たちは、びっくりするほど、凝った髪型をしていました(イタリア人ママたちは、器用なのか???)。 きっとキリスト教の何かの儀式なのでは?と思います。
 

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 ずーっと歩いていって、こんな車がぎりぎり通れる路地ばかりの街。
 ほとんどが、一方通行でした。 そして、車も小型車ばかり。
 そうでないと、この街では生活できそうにありません。


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 写真の右側の建物が、音楽教室。 Music Schoolといわれましたが、とっても小さなお教室。
 それでも、イギリスのグレード機関の一つ(最大のものではありませんが)のグレード制度を取り入れていて、ポスターも貼ってありました。

 開いていたら、練習したかったのですが、残念ながら閉まっていました。
 

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 音楽教室のそばには、こんなに立派な門がある、公園が。
 

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 日曜日は、2時間に1本位しか電車が無いので、お昼過ぎの電車で、フラスカーティの街を発ちました。
 駅で、ローマ観光に行く、というコンクールで一緒になった韓国人の女の子と一緒になって、しばしおしゃべり。
 

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 チャンピーノの街はとても静かで、小さい。
 日曜日だったこともよけいに静かだった理由かもしれませんが。
 お散歩をしていたら、こんな植物がいくつもありました。
 無知な私はまた何かわからないのですが、私の目には、水筒を洗うタワシにしかみえませんでした・・・



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 駅の向こう側から買い物袋を下げた人がたくさん来るので、行ってみたら大きなスーパーが。
 ここで、サラダ野菜を買って、ランチと夕食。
 ハムの量り売りが安くておいしいのが助かります。

 そして、量り売り?の冷凍食品があったのですが、私は、思わず、おでんの種だと思ってしまいました。
 冷静になってよくみると、違うことがわかりましたが。
  
 この写真の山のどこかが、滞在していた場所のはず。
 
 ローマ市内へ半日観光へ行こうか迷ったのですが(何しろ、11年ぶりのローマなので)、次のコンクールのことを考えて、おとなしくしていました。

 イタリアらしく、シエスタばかりしていた滞在です。

Posted on 2014/05/13 Tue. 12:28 [edit]

category: イタリア

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ローマ郊外山の中腹の街、小さな国際コンの練習場所の実情(5月3日) 

 一夜明けて、コンクール当日。
 私のカテゴリーは11時半スタート。 一つ下のカテゴリーが10時スタートで、8時半から、両カテゴリーのリハーサル開始、とのこと。

 フラスカーティから乗り合いバスに乗って15分ほど山を登ると、モンテポルツィオ・カトーネ(Monteporzio Catone)の街(村?)へ。
 

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 バスを降りたら、こんな門?壁?がお出迎え。


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 8時20分頃着いたら、下のカテゴリーの参加者の方々が会場入り口で待っていらっしゃいましたが、肝心の係りの方がいらして、ドアを開けて頂いたのは、8時45分過ぎ。 さすが、イタリア時間です。
 
 裏に、こんな場所があって、2台の電子ピアノで、指ならし。
 日本では考えられないと思いますが、小さな海外の街では、コンクールの指ならしが、電子ピアノ、というのは、よくある感じです。
 

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 本番ピアノ(ヤマハ)で短いリハーサルをした後、本番まで1時間半以上あったので、世話役の方が、車でフラスカーティの街に戻って下さり、練習に連れて行って下さいました。
 他の日本人参加者もいたのですが、英語の問題で、彼が音楽学校へ(どうやら、生ピアノが2台、電子1台らしい)行って、私は、練習場所を貸して下さる、バーへ。
 
 この日はもちろん、写真を撮る余裕はありませんでしたので、翌日の写真。
 このビルがピアノ有りのバー。


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 バー、というからイギリスの感覚だと??と思っていたのですが、クラシックな感じ。 
 置いてあった楽譜も、バッハのパルティータとか、クラシックばかり。

 ピアノが狂っていたら・・・と心配で、世話役の方が私を置いていく前に確認したら、問題なし。
 ヤマハの茶色のピアノを、素人が、ラデュレのグリーンに塗ったようでした。
 店主の好みなのか、素敵な空間でした。
 イタリアなのに、ラデュレのマカロンの箱まで飾ってありました。

 

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 会場まで車で送り届いて頂いて、本番で弾いて、午前中の残りの人を聴いて、長いお昼休憩。
 ちょうど天気も良かったので(夕方には雨)、村をお散歩。


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 盆地のようなところなので、眺めが最高。
 多分、左側がローマ市内だと思います。


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 他にも山の中腹にある街が見えたり。


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 ちょっと塗装がはげた家がたくさんなのですが、何ともいえぬ色合いと風情。
 

 
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 細い路地のようなところが多く、石畳で傾斜もある。 平地のロンドン、イギリスに住んでいて、石畳に慣れていない私は、足が情けないことに筋肉痛になりました。
 元々静かな町なのか、それとも、シエスタだからか、不気味なほど静か。


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 イタリアに初めて来た時、何に驚いたか、というと、堂々と洗濯物を干すこと。
 イギリスでは、表通りから見えるところに、洗濯物を干すなんて、考えられません。
 見えにくいですが、ドアの上辺りに、洗濯物を干す場所がついているのが見えるでしょうか?



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 いくつか、手入れされたお花を置いているご家庭も。
 路地を歩くだけで、幸せです。


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 コンクールの後、仲良くなったオリエンタル参加者(韓国人女2、日本人女2、日本人ロールキャベツ男子)で、フラスカーティの街に戻って、夕食。
 
 そこまで食べられない私たちは、シェアをさせて頂いたのですが、韓国人の子達が頼んだ、シーフードのピッツァ。
 
 ちなみに、私以外は、皆さんドイツ在住。
 4ヶ国語が飛び交う食卓でした。


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 そして、2枚目のピッツァは、お店の方にお勧めを伺って、カプリチョーザ(だったかな?)。
 アーティチョークを見て、「たけのこ?」とおしゃった日本人の方々・・・
 ドイツにはアーティチョークが無いのでしょうか?
 
 地元の方々が多そうなレストランだったのですが、皆さん凄い量を食べていらっしゃいました。
 子供でも、ピッツァを1枚一人で。
 その前に、前菜も食べているわけですから、身体が違うことをとても実感しました。

 コンクールで出会って、その時には仲良くテーブルを囲んでも、すぐにお別れ。
 2つ目のコンクールでは、この半年のコンクールで一緒になった方が何人かいましたが。
 お互いに色々と話して(別に音楽の話だけをしているわけでは全くありません)、普段ロンドンでこのような機会が全く無い私にとっては、非常に貴重で、楽しい時間でした。
 
 

Posted on 2014/05/12 Mon. 13:25 [edit]

category: イタリア

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イタリア1日目(5月2日) 

5月2日、約半年振りのイタリアへ向けて出発。
 

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 ロンドン・スタンステッドからは、格安にしては珍しく、午後1時頃のライアンエアーにて。
 非常にゲートが遠くて、着いたと思ったら体育館みたいな空間で、飛行機までは本当に歩いてすぐでした。

 半年振りにライアンエアーを使ったら、オンラインチェックインの時点で、座席指定に変わっていました。
 出発8-30日前は、5ポンドほどで、座席を選べるようです。 もし、お金を払いたくなければ、7日前から、自動振り分け。
 たぶん、チェックインした順番で座席が決まっていくのだと思います。
 
 手荷物も、今までは本当に厳しくて、小さめのハンドバッグも、全て大きい荷物に押し込まなくてはいけなかったのですが、今回は、大きさ規定があるものの、ハンドバッグも追加でOK。
 

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 運良く、窓側の席。 イタリアで着陸態勢に入る前、非常に揺れて酷かったのですが、雲を抜けたら、イギリスとは違う家の建ち方に、フィールドの形。
 オレンジ色の屋根がたくさんみえて、イタリアに来たのだ!!と思いました。

 私の隣2席、通路を挟んだ1席は、小さな女の子を連れたご家族。
 聞き馴染みの無い言葉だったので伺ってみたら、ブルガリア人、とのことでした。
 非常にきちんと躾をしていらっしゃるお母様でした(きっと、同じくらいの年なのだと思いますが。 もしかしたら、私よりもお若いかも)。



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 今回は日本からの発着もあるような、フィウミチーノ(レオナルド・ダ・ヴィンチ空港)ではなくて、ローマにもう少し近い、格安専用の、チャンピーノ空港使用。
 乗り合いバスで10分ほどで、チャンピーノの町の駅へ。
 ここから20分ほどで、ローマ市内に着きますが、私は反対側へ一駅、14分。
 
 ですが、残念なことに、ホームに着いたら、列車は発車していたようです。
 スーツケースをもって、駅の階段の上り下りをしたのに。
 次の列車は1時間後。
 

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 こんな標識が。
 セルビアで、セルビア人に言われて、線路を歩いて隣のホームへ行ったことがあったので、また階段の上り下りをしたくない、かといって、ホームで1時間待ちたくない私は、線路を歩こうと思ったら、こんな標識が見えたので、やめておきました。 ということは、皆さん同じ考えなのかも・・・

 駅近くのカフェで1時間潰して、やっと列車に乗って、目的地の、フラスカーティへ。


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 泊まったB&Bのお部屋。
 イタリアらしく、石の床。
 何だか馴染みのある机!と思ったら、私のロンドンの自宅の机と同じ、IKEAのもの。
 私が良く泊まるようなランクのホテル、B&Bは、どこへ行っても、IKEAが多くて、世界が同じになってきていてちょっと残念です。

 一人にはもったいないほどの広さのお部屋でした。
 3部屋しかなくて、しかも、隣は、年下のコンクールのカテゴリーを受けに来ていた、ロシア人の女の子と先生(ロシア人は生徒+先生でコンクール参加が多い)。
 英語がぜんぜん話せない方々だったので、またロシア語。
 いい加減に、もう少し使えるようになりたいです。


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 後日ですが、これが、キッチン。
 朝食付きですが、他の時間も自由に使えました。


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 片隅にパンが置いてあって、これを自由に。
 冷蔵庫にジュースとヨーグルト。
 

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 B&Bに着いたのが7時頃。
 荷物も解かずに、とりあず、もしかしたら練習ができるかも!と思って、雨の中音楽学校へ。
 とっても小さなところで、練習している人がいるのは音が聴こえたのですが、係りの方がいらっしゃらず、ドアに鍵がかかっていたので、諦めました。

 暗くなり始めていましたが、石畳と、石造りの家で、素敵な光景でした。


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 とりあえず、食べよう、と思って、近くにあった、大衆食堂へ。
 英語、ゼロ。
 
 イタリアでピッツァを食べる時は、フンギ(きのこ)のピッツァが多かったのですが、メニューを見ていたら、Zuccaという言葉を発見。
 Zuccaは、前回のイタリア滞在中に買ってきた、インスタントのリゾットの素が、かぼちゃの絵で、Zuccaと書かれていたから覚えた単語。
 かぼちゃのピッツァ?と思いながらも、かぼちゃ大好きな私は、これを頼むことに。
 
 運ばれてきたのが、上の写真。
 イタリア語のできない私は、Zuccaの前にいくつか書かれていた単語を無視しました。
 その中に、きっと、花、という単語が含まれていたのではないかと。
 ピッツァの種類はとっても知らないので、こういうことになります。
 
 というわけで、かぼちゃのお花のピッツァでした。
 
 後日、スーパーマーケット、八百屋さんで、このかぼちゃの花が野菜売り場に売られていたので、イタリアはその習慣があるのでしょうね。
 
 そして、今更ながら、イギリスでは、クジェットと呼ばれる野菜、日本ではズッキーニですが、そのイタリア語が、Zucchinaということに気づいて、やっと、かぼちゃもクジェットも同じ仲間で、だから単語が似ているのか???と気付きました。 何となく、Zuccaの小さいのが、Zucchinaという気がするのです。

 今回の滞在は、17年前イギリスに来て、英語を覚えていった過程を思い出させてくれました。
 私は、語学の勉強方法がわからない人。
 実践で覚えていく人なのです。
 

 もちろん、全部は食べきれず、おじさんが箱に入れて、もたせてくれました。

 食べ終わる頃、レストランに入ってきた一人の国籍?な男性。
 何となく、同業かな?と思ったら、肩に掛けているのは、スタインウェイのバッグ。
 声をかけてみたら、やはり、コンテスタントでした。
 練習をしていたそうで、翌日のコンクールのことも聞けて、良かったです。

 「アルファベットのEまでが、午前中で、それ以降は午後って言っていたよ。 僕は午後だけれど」
といわれたのですが、ホテルに帰って調べると、このコンテスタントの名前は、D。 ということは、Eまでが、ではなくて、Eから1番ということ。 Dの後は抜けていて私のK。
 これは、どう考えても演奏順1番。 ということが分かって、覚悟を決めるだけでした。
 
 

 

Posted on 2014/05/11 Sun. 17:00 [edit]

category: イタリア

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色々ズタズタになって・・・ 

本当は、今頃まだイタリアにいる予定だったのですが、数日早く、一昨日帰国。
5月2日にロンドンを出発して、ローマ近郊に3泊、そこから飛行機で南イタリアのプーリア州に飛んで、アドリア海沿いの街に結局3泊して、8日にロンドンに戻ってきました。

 いつものことで、コンクールです。
 奮闘記ならぬ、勝負に負けた記ばかり書いていて、情け無いのですが、これも私。
 3月、4月の低迷からは抜け出したものの、今回は、2つのコンクールで、正直、音楽、というものが何なのか、わからなくなりました。 精神的にもズタズタ。
 何を信じればよいのか、何を目指せばよいのか、自分の落ち度は認めた上で、本当にわからなくなりました。 

 もう、ピアニストなんて、人間ではなくて、コンピューターが、いや、自動演奏ピアノが演奏すればよいのでは?と思わざるおえません。

 たくさん傷ついていますが、師匠がおっしゃる、「コンクールは好きにしていい。 でも、誰になんと言われても、みゆきの音楽だけは絶対にまもれ。絶対に失わないで欲しい」 という言葉だけを信じて、それだけを糧に私は次に目を向けます。
 絶対に褒めてくれない、他の人の何倍もできていなかったらすぐに落とす師匠の言葉だけは、私がピアノを弾く上で本当に信じることができる言葉。

 とはいうものの、2つのコンクールで、コンテスタントたちに恵まれ、南イタリアでは太陽の光も浴びて、次への活力をもらってきました!!

 日本のコンクールとは違って、勝負の前、後は、コンテスタント同士、すぐに仲良くなって、ギスギスした雰囲気はありません。 審査員に対しての感情だけです。

 

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 まずは、5月3日に、ローマ郊外の山の中腹にある街(村?)にて、モーツアルトのコンクール。
 子供の部門もあり、大人の部門は、一人30分の審査時間で、今年は、モーツアルトのロンドのニ長調か、イ短調を入れる、というもの。 あとは自由曲。
もちろん、本番ではなくて、リハーサル中、というか、遅い出番の人が審査員を待ちながらちょっとずつ弾いていた時の写真ですので、あしからず。

 私のプログラムは、

 モーツアルト: パイジェッロの歌劇『哲学者気取り』の「主に幸あれ」による6つの変奏曲 K.398
 モーツアルト: ロンド ニ長調 K.485
 スクリャービン: エチュード 作品65-3
 ショパン: 幻想ポロネーズ 作品61

 
 折角モーツアルトのコンクールなのだから、モーツアルトを弾こう、と思ったのですが、ソナタとロンドを弾くと、残り時間が厳しい。 よって、今まで弾いたことがなかった、変奏曲をこの機会にやってみたら勉強になるだろう、とまたバカなことを考えました。
 デュポールとか、皆が弾くものは避けたいな、と思って、楽譜を一通り弾いてみて、Youtubeを漁って出てきたのが、この長い名前の変奏曲。 ギレリスの演奏する動画にとりこになってしまったのです。

 写真でわかるように、とっても小さなホール。 審査員が非常に近い。
 
 アルファベットのEからスタートで、私は一番。 何十回も弾いているショパンで、ありえないことに2小節左手の暗譜落ち。
 他でもちょちょことミスタッチ。
 
 他の人も、一人を除いては、全員暗譜落ちとか、ミスタッチが目立つコンクール。 一人は完全に止まって2ページ戻って弾きなおし。 私の中では、一番やってはいけないこと。 でも、彼女は結局2位に入りましたし、私は講評を伺ったら、ミス、暗譜落ちしか書かれていないし、それしか言われませんでした。 一人の審査員はそれでも良い評価をして下さって、2、3位はもめたんだよね・・と教えて下さいましたが。
 結局、私以上のミスがあっても、後の方の順番だと、他の人たちもミスが目立っているから、他の部分も考慮してもらえたようです。 一番はその点本当に不利、と思いました。

 審査委員長には、
「これはコンクール。 コンサート、試験とは違う。 だから、ミスが最重要視される」と言われました。

  全員の演奏を聴いてきましたが、日本のピアノ教室の発表会でも定番であろう、ロンドニ長調を大人が弾く事の難しさをとても感じました。
 モーツアルトもメシアンも、ショパンも同じタッチで弾く人がほとんどで、これも驚き。
 

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 そして、5月6日からは、南イタリアでのコンクール。
 今日がファイナルです。


 立派な外観の劇場。
 
 参加予定者の3分の2しか実際は来なかったのですが、半分が日本人。 
 本当は、集合して、アルファベットを一つくじでひいて、そのアルファベットからアルファベット順、という話だったのが、人数が少なかったからか、全員くじ。 
 といっても、「くじをひきたい人!」といわれ、一人が舞台に上がって、その人が全員分のくじをひく、というみなで笑ってしまうような感じのくじびき。

 私は5番目。 参加者の3分の2が男性で、女性はたまたま固まった出場順でした。

 

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 リハーサルの時、前の人を待ちながら、舞台に一番近いボックス(ROHだと、ストールサークルの舞台より)からの客席!

 コンサートホールではなくて、劇場なので、音響はピアノには厳しいのですが、それでも、私は今までこんな素敵なところで弾いた事がないので(いやいや、いつも大聖堂とか教会とかの雰囲気は味合わせて頂いていますが)、それだけで、幸せ! 
 ロンドンのロイヤルオペラハウスと色使いも似ていて、舞台に立った瞬間、あまりにも幸せで、ロイヤルバレエのダンサーはいつもこれ以上に素敵な劇場で踊れて、とても幸せなのだろうな、と思うばかりでした。


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 舞台は恐怖のかなりの傾斜。
 ピアノにも、ピアノの椅子にも、高さを調節して、かなり水平にはなっていましたが、傾斜は感じました。

 予選の私のプログラムは(平均律、スカルラッティーのソナタ+自由曲)

 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第8番 変ホ短調
 スカルラッティー: ソナタ ハ短調 K.22
 リスト: メフィストワルツ 第1番

 昨年10月のコンクールでは、時間制限があったので、バッハは他のものを弾きましたが、今回は、時間制限が特になかったので、コンクールで弾くのは7年ぶりになる、一番好きな変ホ短調の平均律を。
 暗譜が怖い(現に、4月24日のコンサートでは、暗譜を一部落としました・・・)バッハですが、それもなく。 久々にバッハでやりたいことができました。 他の人とも話していたのですが、会場に響く音が聴こえない。 特に、普段教会で弾くことが多い私にとって、こうした劇場では音がどう響いているのか、自分の音が全くといってよいほど、わからないのです。

 スカルラッティーは、実は弾いた事がなくて、今回の為に用意。
 定番のものを選ぶのは嫌ですし、左手の骨折が完治していない為、手の交差が多かったり、左手に細かい動きが要求されるスカルラッティーは、私には鬼門。
 持っている楽譜を片っ端から弾いて、今の私の手の状態で弾けるものを選びました。
 やはり、親指の付け根の骨が動いて折れたので、親指の動きが鈍いのが本当に参ります。

 自由曲は、本当は時間的にも問題が無い、ショパンの幻想ポロネーズを弾きたかったのですが、11月のコンクールで、この曲を予選で弾くのは・・・と散々言われて、今回は、時間的にも、メフィストを弾くことに。
 メフィストは、9年前に一応勉強したものの、あくまでも、勉強のため。 コンクールで弾くとは思ってもいませんでした。
 が、やはり、私の一番の問題点である、ミスタッチをいくつか出してしまいました。
 
 私以外にもメフィストは3人(全て男性)弾きましたが、私は、ミスタッチが問題で落ちたものの、テンポを非常にゆっくりにして、問題の跳躍も、ありえないテンポで弾いて、眠くなるメフィストだけれど、ミスタッチをしなければ次に進んでいたので、本当に音楽、が分からなくなってしまったのです。

 落ちた人が少なくて、落ちた人が発表される、という、なんとも情けない気持ちになるコンクールでした。

 講評も伺ってきましたが、音の質はずば抜けていたし、バッハも非常に良かった。
 でも、ミスタッチが問題。
 
 「コンクールの賞には、コンサートを与えることが入っている。
 その際に、聴衆は、ミスタッチが無い演奏を求めている。 だから、ミスタッチがある人を次には進めさせられない」

 と言われてきました。
 
 ミスタッチをしない為に、音楽的なことを殺してまで、他の人みたいに、ミスタッチをしやすい場所で、伴奏を大きくして、右手の細かい動きを聴こえなくさせるのか、テンポを落としてまで確実にするのか、本当にわからなくなりました。
 もちろん、自分のミスタッチは認めた上、でです。

 
 コンクールによっても、本当にそれぞれ。 審査員の質もそれぞれ。
 一番上に書いたように、もちろん、ミスタッチを減らす練習をする上で、師匠がおっしゃるように、私自身の音楽は失いたくない。 ミスタッチが無くても、もう一度聴きたい、と思えない演奏はしたくない、というのが、私の結論。
 今は落ち着いていますが、結果が出た夜は、久々に泣いてホテルの部屋で暴れていました。
 
 この数年、日本への一時帰国以外、生徒のレッスンを長期でお休みすることはありませんでした。
 が、このところ続いてしまい、とても申し訳なく思います。
 でも、私自身が生きて行くため、生活していく為には、コンクールを受けないと仕事もなくなります。
 もっとも、今のところ結果がついてこないので、意味がありませんが。

 ちっとも練習をしてこないのに、レッスンを私がお休みすることを怒鳴った(本人は怒鳴っていないという)お母様もいらっしゃいます(もちろん、日本人もイギリス人でもありません)。
 レッスンできる時には全力で。 レッスンで譜読みを一緒にするのではなくて、私がお休みする時には、譜読みを自分で進められる力をつける。 
 ご理解頂いているご父兄には、非常に感謝した上で、ピアノが弾けるピアノ教師でいたい、というのが私の考えなので、今年は迷惑をおかけ致しますが、私自身も挑戦させて頂きたい、と思っています。

 

Posted on 2014/05/10 Sat. 23:39 [edit]

category: イタリア

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Gentlemanの国?  

ここをお読みの日本人男性、以下の文章は、あくまでも、私は亭主関白、という言葉が存在しない家で育ち、中学から女子校へ通い、18歳でイギリスへ渡って現地にどっぷりと浸かっている人の話、としてお読み下さい。


 ごく最近、ドイツ在住の日本人女性、日本人ロールキャベツ男子と話す機会がありました。 

 私は、ヨーロッパ、というのはレディ・ファーストの国がほとんど、と思っていたのですが、やはりイギリスはその中でも、ずば抜けているのでは?と思い始めました。

 男勝りの女子校から渡英して、イギリスの高校は、男子が数人いるだけの女子校(17、18歳のコースは一部共学)。 大学生になって、音大と言えども、日本とは違って、男女比はほぼ半々。 まあ、男子の半分はゲイですが。
 
 カーディフの音大に入って、レッスン室兼練習室がある建物は、なぜか、廊下にたくさんのドアがありました。

 男友達と歩いていて、私は別に何も考えずにドアを開けること数回、ついには怒られました。

「みゆきは、僕のことを馬鹿にしているのか?」

 私は全くそのようなことはなかったので、そういわれたことにビックリ。

 「男と歩いていて、女がドアを開けるのは、男を馬鹿にしている態度になる」
と言われました。

 その数週間後、師匠、Dr.Sと歩いていて、先生は当時45歳だったのに、70歳近いおじいちゃん、だと思っていたので、目上の方だし、と思って、もちろん、私がドアを開けて押さえました。
 その次のドアが来た時、先生小走りになって、ドアを開けて、私を通しました。
 次のドアは、私はまずい、と思って、小走りになって、先生も小走りになって、チェイス。

 そこで言われたことは、友達に言われたことと同じこと。

「みゆきは、僕のことを男と思わないのか? みゆきの行動は、男を侮辱するのと同じことだ」

 私はカルチャーショックでした。
 それ以降、かなり気をつけるようになりましたが、今でも先生とドアがあるところを歩くのは、嫌です。

 もちろん、『一人の男として』であり、それ以上の感情はありません。
 あくまでも、女性に対して男性がすべきこと、というようなものです。


 これに慣れたころ、同じ大学の日本人の私より10歳近く年上の日本人男子生徒が、一緒に歩いていて、私がドアを開けるのを待っていたので、それに対して、再びカルチャーショック。

 
 全ては話していませんが、このイギリスの話をしたら、ドイツ在住の方々は驚いていました。
 やはりイギリスが特殊??

 どうしてこの話になったのか、というと、食事をしていて、この女性が男性にワインを注いだから、私が非常に驚いたことに始まります。

 日本在住ならまだしも、ヨーロッパ在住で、同じテーブルで男性がいるのに女性が男性にワインを注ぐ、ということがとても奇妙なことに見えてしまったのです。 

 
 私が知る中で、やはり一番スマート(痩せているという意味ではなく、行動が洗練されている?? 日本語訳わからず)なのは、修士号の時に師事したゴードン先生でしょう。
 師匠Dr.Sには絶対に言ってはいけないことですが、私は二人を知っている友達に、『紳士と野獣』と言って、皆から納得されていました。
 なんだかクールな妹でさえ、卒業式に来てくれた時、ゴードンを目の前にして、ポカーンとして、「Dr.S負けたね」という言葉がその場で出てしまったほどです。 師匠には絶対に内緒。 今度こそ、破門されます。

 でも、私はピアノを習う上で、イギリスで名が知られているゴードン先生よりも、Dr.Sに再びつくことにしました。 あの野獣さが私には合っているので。

 移民も増えて、イギリスも変わってきてはいます。
 でも、私が一番耐えられないことは、男尊女卑をされること。
 4年半耐えて、ついに耐えられなくなってやめた事もあります。
 
 日本は・・・ どうでしょう?????? コメントを控えます・・・・

 
 
 
 

Posted on 2014/05/04 Sun. 23:53 [edit]

category: イギリス事情

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ブリリントンの街 (4月24日) 

気がついたら、5月になっていました。

 早いもので、既に10日前のことになる、北イングランドのブリリントン(Bridlington)。
 昨年の8月末に訪れたことも、ブログの記事にしてありますが、折角なので、今回も。


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 ブリリントンの駅構内。 前回訪れた際には、おびただしい量のお花に圧倒されて、実は今回も内心楽しみにしていたのですが、ありませんでした。

 海に近いことを予想させてくれる駅構内です(どうしてかは、わかりませんが、色々と訪れていると、感じるものがあるようになるのです)。


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 駅の外側。
 小さな駅でも、趣があることが多いのが、イギリス。


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 前後しますが、駅入り口にある、カフェ。
 どうやら、お花の苗を育てている感じ???
 シーズンにあわせて、このお店が、駅のお花を飾っているのかも??と思いました。


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 駅を出て、街へ向かう道は、なんだか寂れた感じ。
 この街は、他のイギリスの地方都市とは、私はずいぶん違う印象を受けます。
 たった、8時間の滞在でしたのに(しかも、そのうちの数時間は、コンサート会場)、この夜、ロンドンのキングス・クロスに着いた時には、ハリー・ポッターの気分でした。



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 アイスクリーム屋さん兼キャンディー屋さん。
 いくつもこの街にはあります。
 このディスプレイというか、看板が、何とも時代をタイムスリップ。
 
 何だか疲れていたので、朝から、海を見ながら、アイスクリームを食べていました(ロンドンでは、このようなところでアイスクリームを買うことは、まず無し)。
 コンサート前に、何をやっているのだか・・・


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 船がたくさんとまっていて、この壁の向こう側は、海。 なのですが、あまりにも霞んでいて、海は見えませんでした。
 

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遊歩道にお花が一定の間隔で置かれているのですが、なんとも・・・ これが、日本人の方が憧れてる、イングリッシュ・ガーデンの国です。
 

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 昨年訪れた時にも驚いたのですが、カニ!!
 右側手前から、ご丁寧に、小さい順で並んでます。
 甲羅に値段が書かれてますが、1匹(単位があっているでしょうか??)現在のレートで、500円位?
 高級な食材には、全く興味が無いので、わかりません。
 カニとイカだったら絶対にイカです。


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 街の海沿い。
 ゲームセンターがたくさん並んでいます(ほぼ、ゲームセンターと、アイスクリーム&キャンディーショップ)。
 驚くことに、帰り道、ゲームセンターで遊んでいたのはご老人でした。
 何とも説明ができないのですが、競馬(自分で、馬を動かす感じ)まであって、お年寄りが夢中になっていらっしゃいました。
 ロンドンでは見かけない、超カルチャーショック。

 とにかく、この街は、50年前のホリデーロマンスか何かの映画をそのまま撮れるのでは?と思うほどです。
 一日、映画のセットに入っている気分でした。
 

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 海ですので、鷗(あえて、旧字。 そうでないと落ち着きません)の声が。
 昨年来た時には、レジャー施設だった場所が、今回は壊されて、新しいものを建設予定。
 その壊されたところに、鷗の大群が。
 それはもう、ものすごい音量でした。
 
 ということは、私が通った中、高校は、この鳥の名前ですが、やかましくて当たり前だったのかも・・・ 


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 海辺に、ファンフェア。 移動式のものかと思いきや、ここに常設されているものらしいです。
 それにしても、色使いがなんとも・・・ いや、ファンフェアの色使いは、ここだけではなくて、他のところも時代をいくつかさかのぼる感じです。

 海を見ながら、高いところにあがる乗り物は気持ちがよさそう、と思う反面、実はこう見えて、ジェットコースターも空中ブランコも、怖い乗り物は一切駄目な私は、絶対に乗りません。


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 海賊船??なんだか1.50ポンドで入れるアトラクションがあって、お姉さんが暇そうにしていたので、お一人様が得意な私は、一人で入ってみたかったのですが、ここに入ったら列車に遅れるので、やめておきました。 ちょっと気になるのですが。

 というわけで、海辺街のお散歩でした。
 2度目だったのに、またカルチャーショックを受けただけでした。
 

 

Posted on 2014/05/03 Sat. 23:09 [edit]

category: イギリス 遠出

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