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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

さくら 

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日本(関東)は桜がきれいなようですね。
 母と電話でしゃべっていて、どこそこにお花見に行った、だの、どこそこがきれい、だった、だの話を聞いて、日本へ行きたくなってしまいました。 生まれも育ちも埼玉。 中学、高校は東京まで行っていましたが、東京の地名などを言われても、恐ろしくわかりません。 いつもの日本短期滞在中は、東京へ行くことも少ないですし、行くのは、毎回決まった場所(浅草橋=仕入れ)。
 次回は、こちらで、東京のガイドブックでも買っていって、東京めぐりでしょうか。

 写真は、セルビアの桜。
 どこでも、桜を見ると嬉しくなるのは、やはり、私の中に日本人の部分がまだ残っているのかな、と思わずにはいられません。

 ですが、1本植わっている桜と違い、日本には、桜並木。 あの素晴らしさは、ヨーロッパの雪景色のようなものでしょうか。 親戚のおばさんが作って下さる草餅を持ってお花見に行きたいです。
 そして、和菓子屋さんにならぶ、春の見た目にもおいしい美しい和菓子のことを考えると、いてもたってもいられません。 結局は、花より団子。
 
 
 今日は、それこそ、桜咲く、で生徒のレッスンで、1年半以上、伸びなくてどうしましょう?と子供ともご両親とも何度も話していた子が、初めて、スケール8つを間違えずに弾いた日。 のびなくて、って別に大きなことを言っているのではありません。 本当に、私もどうしてよいのかわからないほど、弾けない子だったのです。
 先週のレッスンでも、とことんスケールをやりました。 このところ、グレード5以上の生徒にある工夫をしてもらって、スケールの練習をしてもらっていました。 それが効いているので、この子にもお母様にお願いして、その方法を用いてみたのです。 
 彼にとっては、それが、ゲーム感覚だったようで、おもしろかったらしい。 ゲーム、とは私は思っていなかったし、他の子供たちもそのように言っていなかったので、目からうろこ。
 
 スケールが弾けたら、バーナムも、曲も完璧に言ってあったことができていました。
本当にうれしい。 
 残念なのは、イースターホリデーでお出かけなので、これからまた4週間レッスンがなくなってしまうこと。

 子供はいつ目覚めるか、本当にわかりません。 この子が、これを5月に会う時まで継続しているかもわかりません。
でも、今まで悩むほどできなかったことができたのは、事実。

 笑顔でホリデー前のレッスンを終えられて、良かったです。
 どんなに大変でも、辞めたい、と思っても、このような瞬間があるから、教えを続けられるのかもしれません。

 

Posted on 2014/03/31 Mon. 23:34 [edit]

category: 音楽

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31

ノヴィ・サドの街 

ずいぶん経ってしまいましたが、セルビア滞在記、続きます。
 
 3月11日、東北の地震から3年目。 ノヴィ・サドは、素晴らしい青空でした。
 この日のミッションは、鉄道駅と、バスステイションへ行くこと。
 この翌日は、折角なので、違う街へ行くことにして(本当は、ハンガリーまで越境するつもりだった)この前日に調べていたのですが、インターネットだと時間などがわかりにくく、直接、駅へ行くことに。 歩くと駅まで宿泊先から、45分。 ちょうど、駅行きのバスを逃してしまったところだったので、天気も良いし、急ぎのことも無いので、歩くことにしました。

 もはや、何の為にセルビアへ行っていたのか、わからない滞在記になっています。
 この日は、本当は、私が受けていた部門の、第2次予選の真っ最中でした。
 聴きに行きたかったのですが、この私が、本当に音楽学校へ足が向かわなくなってしまったのです。 自分弱さを知りました。

 というわけで、ノヴィ・サドの街、写真多数でいきます。


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 宿泊先から、ドナウ川を渡って、大通りに入ると、ここが、東の大都市なのだ、と思わずにはいられません。
 左端にみえる人の顔の看板は、たぶんなのですが、選挙かな、と。 街の中でも、それらしきものを多く見ました。
 来週、ハーフ・セルビアの友達のお母様がロンドンにいらっしゃるので、お目にかかれたら伺ってみたいと思っていますが。


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 街の中を走っている、乗り合いバス。 ほとんどがこの色でした。 行き先表示は、キリル文字。 停留所案内もありません。 

 結局、私がこのバスに乗ったのは、この翌日の駅への往復のみ。 

 
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 街中。 コーラルピンクの左側の建物は、地域の図書館のようでした。
 

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 こちらが、ショッピングストリート。
 オープンカフェが出ていたりして、にぎやか。
 ちなみに、西ヨーロッパのチェーン店もたくさん。 驚いたのは、イギリスのモンスーンと、それに付随するアクセサライズのお店があったこと。


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 時系列はめちゃくちゃですが、国旗がでていて、ここは何だ?と思って表示をみたら、バレエスクールでした。
音楽学校の外観写真は撮ってこなかったのに、バレエスクールはとってくる。 私らしい。

 



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街の中心の広場の大きな教会。 
 素晴らしい建物でした。
 

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 ちょっと裏手の広場。
 天気がよかったこともあるかもしれませんが、一人でぶらぶらと歩いていても、全く大丈夫な街でした。



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 この右側の水色の建物は、何だったのか、忘れてしまいましたが、こういう装飾、色使いの建物はイギリスには無いので、嬉しくなってしまう。 16年前、サンクト・ペテルブルグで初めてこういう建物を見て、感動したことを思い出します。
 多くの歴史があったことをわかった上で、やはり東への憧れが私は強いです。 
 言葉も、食べ物も、人も、東が好き。
 なのに、結局はイギリスが一番心地が良い、という矛盾。
 

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 こういうキオスクを街のいたるところで見かけました。 これも、ポーランドや、サンクトと一緒。
 ここでも、数独を売っていました! セルビア産ではなさそうですが、もはや、日本の数独(ナンバープレイス?)はこのところ、どの国へ行っても見かけます。 


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 フラフラしながら、駅へ到着。
 立派です。 中身は、数日前のブログにて。

 歩行者が、横断歩道で、赤信号で渡らないことに驚きました。
 ロンドンでは、車が来なければ、赤信号で渡るのが当たり前になっているので、カルチャーショックでした。

Posted on 2014/03/30 Sun. 23:17 [edit]

category: セルビア

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30

『眠りの森の美女』 マリアネラ、ワディム 

 珍しく、最初から買うことができていた立ち見のチケットで、1週間ぶりのオペラハウスでした。

 今年度は本当に行く回数が少なくて、今日は途中でバレエアソシエイションの会長さんと顔を合わせた時に、
「珍しい人が来ている! 君は、もう常連ではなくて、Strangerだよ。 バレエアソシエイションにもきていないではないか。」 と言われてきました。 


 バレエの記事を書かなくなって2年経ちます。 今回は、私にとって、一度足を洗ったバレエの世界に再び足をつっこむきっかけとなった舞台。 率直な気持ちを書き残しておきたいと思います。
 あくまでも、私個人の感想です。 
 そこのところをご理解いただけたら、と思います。
 2年前に問題になったことのひとつ、キャスティングに名前をのせておきながら、その人の感想は書いていない、ということがあります。 全員の感想はかけません。 あえて、キャスティングは書きません。

 

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 傾いた写真ですが、今夜のオーロラ姫とフロリムンド王子の、マリアネラと、2月にENBから移籍してきた、ワディム。

 元々は、王子は、マリアネラのだんな様のティアゴの予定でしたが、怪我により、直前になって、ワディムに変更。
 ENBからの移籍、といっても、ロイヤルバレエスクール出身で、2009年からENBで5年半踊っていたワディム(スピード昇進)は、ロイヤルバレエに入っても、全く違和感は感じません。 

 
 
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 私はピアノを始めて、それまで大好きだったバレエからは、足を洗いました。
 自分の心がバレエに向いたら、私のピアノはそれまでだ、と思っていました。
 カーディフには幸いバレエを観る習慣はありませんでしたし、ピアノが本当に遅れていたので、その余裕も全くありませんでした。

 それなのに、念願だった王立音楽大学の修士に進学して、ちょっと重荷もなくなったのでしょう。 2006年12月、鬼門のロイヤルバレエを観に行きました。
 思い立って行った日は、チケットが完売。 翌週の土曜日の夜のチケットを、誰が踊るかも知らないで買ったら、それが、マリアネラのオーロラ姫。
 黄金時代のロイヤルバレエの日本公演も観ています。 でも、あの夜のマリアネラは輝いていて、足裁きも見事、豊かな表現力に、高い技術。 今から考えると、あれからだいぶ進化しているのですが、それでも、私は彼女の虜になりました。
 たくさんの幸せを緞帳が降りた後に残してくれたダンサーだからです。

 彼女の翌週の『眠れる森の美女』も観に行って、最初に観た時とは、また違うオーロラ姫だったことに、当時大学院で演奏表現などのエッセイを書きまくっていた私は、非常に興味を覚えました。


 正直、あの時、最初にマリアネラを観なかったら、私はここまでバレエに再びはまったのだろうか?とわかりません。 今まで、コンサートで、ふと彼女の舞台が出てきて、新しい表現を与えてくれたことが何度もあります。
 

 
 マリアネラよりも人気があったダンサーたちも観に行きましたが、私の考えとは違うことも多くて、マリアネラの追っかけをすることになりました。
 もちろん、この年月の間には、がっかりする舞台もいくつもありました。 一時、スタイルが変わって、というか、変に女性っぽさが出てしまって、こちらからすると、空回り、という時もありました。 それを超えて、ここ2,3年の彼女の進化は、毎回驚きでした。

 私がマリアネラを見始めたころは、日本人観客は彼女の日にはほとんどみかけたことがありませんでした。
 今日は、日本が春休み、ということもあるとは思いますが、日本人がかなり多く、このところ、彼女の主役の日には、日本人が増えていると思います。


 今日は、いつもの彼女に比べると、バランスが危なかったのですが、第1幕のヴァリアシオンは、白眉でしょう。
 曲が短調に変わるところから、ステップで後ろに下がって、パッセ、4番、ピルエット。 を繰り返す部分の、ステップのきれいさ。 そして、今夜は、3回転のピルエットを全てきれいに決めました。 3回転をした、という感覚はあまり感じず、ふらふら、っと回っています。 相変わらず。 そしてそこからの、4人の王子に対しての笑顔。
 途中には、座っている王様とお后に目を向ける余裕。 

 
 今回の眠りは、やっとやっと、待望の、ヴァレリ・オフシャニコフが振って下さっているのです!! 彼は、日本、ロシアでお忙しくて、なかなかロイヤルへ来て下さらないのですが、この方は、特別です。
 このヴァリアシオンも、ゆっくり目のテンポで、確実にあわせてきてました。 この当たり前のことができていない指揮者がどれだけ、今までロイヤルバレエを振ってきているのか・・・・


しいて言えば、今日のマリアネラは、初々しさがあまりなくて、王様に、「この4人の誰かと結婚するのです」といわれる部分、いつもなら、驚いたりしていたのに、当たり前のようにうなづいて、最初の王子を、自分から引っ張っていました・・・ これはどうかと思いましたが・・・


 マリアネラは素敵なダンサーですが、相手の男性ダンサーを振り回します。 いや、きっと本人に振り回している自覚はないと思いますが、振り回す、というよりも、その時その時の舞台で新しいものが自然と湧き上がるダンサーです。
 彼女と比べてはいけませんが、足元にも及びませんが、私がこのタイプのピアニストです。 このことで、ピアノトリオをしていた時には、ヴァイオリンの友達と怒鳴りあいの大喧嘩をして、そこにいらした、指導の先生までが引いてしまった、ということもありました。

 若いワディムとの共演でどうなることやら、と思っていたのですが、彼の性格もあるかと思いますが、そんな心配は全く必要ありませんでした。

 ワディムは、エレガントなダンサー。 非常にクラシックなマリアネラとも、この作品では、ティアゴとよりも、よっぽどお似合いでした。 ティアゴも素敵なダンサーです。 ですが、彼は、やはり王子よりも、レスコーとか、ティボルトの方がずっと向いているわけでして・・・


 昔のワディムは、ただただ踊っているダンサーでしたが、今年1月のENBの『海賊』で、凄く良いものをみせてくれて、今回、王子は、まだまだ良くなることがあると思いましたが、数年前の心配はずいぶん消えました。 

 技術も高いですし、あの身のこなし。 これから、ロイヤルバレエでどのように変化していくのか、楽しみにしています。
 

 特筆すべきは、第3幕のフロレスタン兄妹(一般的な版での、宝石の踊り)の最初の踊り(銀の精)を踊ったヤズミンでしょう。 彼女は今シーズンがこの役のデビューですが、持っている高い音楽性で、最後の部分をしっかりと、あわせてきました。 まだまだ足りないことはありますが、彼女が2010年に入団直後から楽しみにしていたダンサーなので、また楽しみに観て行きたいと思います。
 そして、このトリオの男性のヴァレンティーノが、やりすぎではない、良い踊りをしていたのが印象的。

 
 マリアネラの『眠り』を観る時、私は、あの何年もの年月を経て、覚悟してロイヤルオペラハウスへ向かい、マリアネラのオーロラ姫を観た、あの最初のエクスペリエンスを鮮明に思い出すのです。
 
 

Posted on 2014/03/28 Fri. 23:27 [edit]

category: バレエ

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28

再会 

 再び気温が下がっています。 ダウンコートを洗ってしまおうかな、と思っていましたが、雨だったこともあり、久々に今日はダウンコートでした。

 
 昨日は、マンチェスター時代にお世話になったお姉さんと再会。
 数年前に、ちらっとオペラハウスで会いましたが、ゆっくりとしゃべるのは、私がカーディフを去るちょっと前に、遊びに来てくれた時なので、なんと9年ぶり。

 彼女は、マンチェスターの大学の新学期が始まる少し前に渡英した私が、ついてきた母と大学の食堂でしゃべっていたところに、声をかけてくれたのです。 きっと、誰も知らないところに一人私を置いていくことに多少の不安があったであろう母は、彼女としゃべって、とても安心していたのを覚えています。

 当時のマンチェスターの大学には、日本人は合わせて5人。 学部は私だけ。 
 私が寝込んだ時には、寮の友達からそれを聞いて、寮の食事は食べられないでしょう?と言って、ご飯を炊いて、おかずを作って持ってきてくれたこともある、私とは違って面倒見のよいお姉さんです。
 

 2年前に日本に長期で帰って、今回諸事情により、イギリスへ。
 彼女は、お友達のところに泊まる、と聞いていましたが、Facebookでやり取りをしていたら、発信元が、私が住む隣の町内(日本風に言うと)。
 驚いて、「○○にいるの?」と聞いたら、「わからないけれど、☆☆通り」と、通りの名前(こちらの住所は、全て通りの名前がついています}を書いてきました。

 驚くことに、☆☆通りは私が夏から住んでいるところ。
 それほど長い通りではありません。
 この近辺のこの名前の通りを見てみたら、ここしかありません。
 発信元表示は微妙にずれるので、こうなってしまったのでしょう。


 というわけで、なんと15軒(といっても、大きい家とか、アパートが多いので、5分くらい)しか離れていないところに住むお友達のところに滞在でした。
 ロンドンは道の数が多いです。 同じ地域だとしても驚くのに、まさか、同じ通り、というのは、本当に驚きました。

 昨日の朝電話が来て、彼女に会いに、そして、彼女が滞在しているお友達が私と同じ年だし、紹介したい、ということで、このお宅に遊びに行ってきました。
 そうしたら、再び驚くことに、このお友達は、私の妹と同じ大学。 大きな大学ではありません。
 そして、彼女が日本で仕事をしていたところは私の妹と同業。 私も名前を聞いてた職場でした。
 なんたる偶然!

 
 ハイストリートのおしゃれなカフェにてランチ。
 ここに越してきて9ヶ月になるのに、前を通っていても、入ったことがないところばかりです。
 
 イギリス、とは思えぬ(ガレットもあって、フランス風)非常においしいキッシュ。 
 イギリスのキッシュも好きです。 が、これはまた違う。
 
 補修校がある為、日本人も多めの地域なのですが、狭い店内に、駐在妻のグループがいくつか。
 その中で、私たちは、多分声も大きく、会話のテンポも速すぎて、どんどん脱線、またすぐに戻る、ということを繰り返していました。

 合わせて3時間半ほどおしゃべりしていましたが、積もる話がありすぎて、まだまだ終わりませんでした。

 お姉さんから、日本の音楽事情を聞いて(多分、日本の音楽界に属していない私には、本心を言いやすい)、再び考えさせられました。 日本の音楽高校、音大を出てからイギリスに来ても、その滞在が16年になってから日本へ帰国すると、色々と違うのだなと思うばかりでした。

 このところ、私はイギリスでも日本でもないある人種の人たちとの文化、考え方の違いに悩みすぎて、イギリスよりも日本に私の指導を理解してくださる方が多いことから、今すぐではありませんが、日本への帰国も少しずつ考え始めていなかったわけではありません。
 ですが、彼女の話を聞いて、これは、完全に白紙に戻りました。
 やはり、無理です。

  
 というわけで、もう一度位会えるかな。 私のところに泊まってもらっても良いのですが、4週間前の風邪から咳が続いている私は、夜中中しゃべるわけにもいかないので、来週の私の体調しだいですが。 徹夜でしゃべり倒しそうで、怖いですが、それもまた必要。 
 日本語で、あれだけしゃべったのは久々。 リフレッシュな時間でした。

Posted on 2014/03/26 Wed. 23:30 [edit]

category: 日常

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26

たくさん親切にしていただいたノヴィ・サド駅にて(3月13日) 

セルビアで、おいしいものを食べ、素敵な景色をみてきました。
でも、一番心に残ったことは、皆さん非常に親切だったこと。
 
 私がロンドンで、ヴィザの為の裁判、そして永住権取得の際にお世話になった弁護士の方はセルビア人ですが、非常に素敵な方でした。 彼女のお母様にもロンドンに遊びにいらしていた際にお会いしていますし、私のコンサートにもいらして下さって、言葉は通じなくても、素敵な笑顔を頂いていました。

 セルビアで接した方々は、彼女たちの印象をまったく崩しませんでした。

 何よりも驚いたのは、歩いていて、横断歩道(信号がないところ)を渡ろうとしている時、必ず車が止まって下さいました。 それは、軽そうなおにいちゃんでも同じことでした。 ロンドンでは、歩行者優先の横断歩道でさえ守らない車がたくさんいます。 

 セルビアの方々に一番手助けして頂いたのは、ロンドンに帰ってきた日のノヴィ・サドの駅でのことです。
 まだ、前の記事とこの日の間に、書きたいことは残っているのですが、先にこちらを。



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 ホームにあった『ノヴィ・サド』の表記。
 着いた時は暗かったので、わかりませんでした。


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 切符売り場。 非常に広く、切符売り場(自動販売機はありません)もたくさんあるのに、発着の列車の数はそれほど多くありません。
 両替所、キオスクが、2、3箇所ありました。

 8時5分のベオグラード行きに乗るのに、切符を買って、しばらく待って、ホームへ行こうとしました。
 この列車の前後20分ほどは、列車の発着はありません。

 ホームは3番線まで。 2つのホーム。
 ホームが2本なので、どちらに行けばわからないのですが、表示はまったくありません。
 仕方がないので、その辺にいらっしゃる方に伺ったら、手前の階段を上がるようにいわれました。
 ちなみに、エスカレーターも、リフトももちろんありません。
 

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 長いプラットフォーム。 呑気に一番上の写真などを撮っていたのですが、向こう側のホームにたくさんの人。
 こちらには、10人くらい。
 
 そのうち、アナウンスメントがあって、皆さん向こう側へ行ってしまいました。
 一人は線路を通って。 後は、階段で一度下に下りて。

 ベオグラード、とも聞こえなかったので、わけがわかりません。
 一人わからなくていたら、反対側のホームから、数人が私に気づいて、

「ベオグラード??」
 「そうです!」

 色々と言って下さいますが、もちろんわかりません。
 そうしたら、手招きして、こちらへいらっしゃい、と言ってくださるのがわかりました。

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 荷物もある私は、思わず、階段の上り下りをもう一度か・・・と思っていたら、皆さんのジェスチャーで、線路を渡りなさい、ということがわかりました。
 何人もの方が、どうにか私に伝えよう、として下さっていました。
 
 さすがの私もこういう駅で線路を渡るのは・・・と思っていたら、あちらにいらした男性が線路を渡ってこちらへ来て、私のスーツケースを運んで下さったのです。
 私もくっついて、線路を渡りました。(ますます、アウシュビッツの世界・・・)

 列車へ乗り込む時にも、段差が高い為、この男性が、スーツケースを乗せてくださって、非常に助かりました。

 列車に乗って、4人がけの指定席へ行ったら、私の斜め向かいは、おじいちゃま。
 私のスーツケースを網棚に乗せようとして下さるのです。 周りにいた男性2、3人も、すぐに立って手伝ってくれようとしました。
 ですが、私は、上に乗せるのは大変だし、背もたれと背もたれの間に、横にするとスーツケースを置けることが、行きの列車でわかっていたので、そこへ置くから、とお伝えしました。

 イギリス人男性も、皆さん親切です。 でも、ここはそれ以上でした。
 
 数年前、珍しく日系の飛行機が安くて、日系でロンドンー成田間を飛んだことがあります。
 その時、成田に着いて、私が頭上の自分の荷物を降ろしたら、後ろにいた日本人のおじさんから、
「おい、それも取ってくれ」
 と言われて、その方の荷物を降ろしました。 私の方が背が高かったですが、さすがの私も驚きました。
 別に、レディー・ファースト、とは言いません。でも、びっくりしました。 飛行機の中で、欧米人の男性は、すぐに荷物にてを貸して下さいます。 
 スーツケースをベルトコンベアから降ろす時にも、手を貸してくださることも多々。
 成田では、お年寄りが大変な思いをしながらスーツケースを降ろしていても、手を貸す方はいません。
 私はそういう時、手を貸すほうなのですが、それをみても、日本人男性は・・・

 

 いやいや、教育の違いだから、言ってはいけませんね。
 でも、若いから、きれいだから、かわいらしいから、こういう女性にはみていると、手を貸す日本人男性は多いですよね? そうでない、私のような者にも親切にして下さったのが、セルビアです。

 レディー・ファースト、とかではなくて、人に親切にする。 
 私も自分にもう一度気をつけたいことです。

 気難しそうなおじちゃんが下さった笑顔。 どこでも、言葉がわからないから、と思わずに、助けて下さったこと、これだけでも、この国に対しての私の印象は非常に良くなりました。

 豊かって何なのかしら?と考えるばかりでした。
 ポーランドへ行った時も、みなさん親切でしたし、私には東の空気があっているようです。 
 

Posted on 2014/03/24 Mon. 23:52 [edit]

category: セルビア

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24

マーケット巡り (3月10日) 

朝一で、オーストリアへ電話。 スカイプの有料プログラムで、非常に安価で電話ができるので、本当に助かります。 インターネットで飛行機の変更をしようと思ったのですが、既に行きの分を使った為、できなかったのです。
 手数料を払いましたが、無事変更。

 こうなったら仕方がありません。 気分転換に、観光客をしてきました。

 青空が広がった月曜日、美術館、博物館はお休みだったので、地図をみていていくつかのマーケットがあるようだったので、マーケット巡りをすることに。


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 ドナウ川を渡って、川沿いに歩いていきます。
 団地のような感じの建物が続きます。


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 買い物を抱えて出てくる人がたくさん。
 ここがマーケット、と知らなければ、ジプシーキャンプ?と思って、入ることを躊躇したと思います。


 この2日前に行ったマーケットとは雰囲気も違い、売る単位が大きい。 もちろん、小売もしています。
 たまねぎ10kg200円とか。 
 イギリスではあまりみかけない、日本のものに近いキャベツもここでも多くて、本気で持って帰ろうか、と思いました。


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 ここは青空マーケットなのです。 端にりんごやさんが数軒。
 
 
 多分なのですが(後から理解した)この25、と書かれている数字は、1kg25円位、ということだと思います。
 私は、kg単位では多すぎるし、持ち運べないので、
「3つください」とお願いしました。 もちろん、単位がわかりませんので、「3、お願いします」という感じ。
 そうしたら、おじちゃん、
 「3キログラム??」 違います・・・ 

 わかって頂けて、3つ手渡してくださったので、
「おいくらですか?」と伺ったら(とりあえず、これ位だと、ロシア語が通じます。 英語は完全に駄目でした)、
 「Ne, Ne!!(いらないいらない!!)」

 わけがわからなくていたのですが、隣にいたちょっと若い男性が、
「3つなんて、お金の払いようがないよ。 おいしいから、ギフト!」
私は困って、お返ししようと思ったのですが、食べて食べて!といわれて、頂いてきてしまいました。

 この時には、まさか1kg25円、とは思っていなかったのですが、このマーケットの他のお店で、ビニール袋に入ったりんごが、3kg100円、とか、それ以下だったので、やっと、意味がわかりました。

 もちろん、おいしいりんごでした!!
 申し訳ないことをしたのですが、暖かい気持ちまで頂きました。


 他には、日用品を売ったりするお店も多く、とにかくにぎわっていました。



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 2日前にも行ったマーケットへの移動中、桜をみかけました。
 住宅街を歩いたのですが、色々なことを思いました。


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 それほどの距離無く、2日前に行ったマーケットへ到着。
 野菜などが売られているのは、この建物の奥です。
 これらの建物は、パン屋さん、カフェなどです。



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 おいしい、酢漬け野菜を売る、おばちゃん。
 2日前に、こちらで、ガーキン(酢漬けきゅうり)を買いました。 非常においしくて、イギリスでは瓶詰めのがーキンを良く買っているのですが、もう瓶詰めのものは食べられなさそうです。
 おばちゃんは、私のことを覚えていて下さいました(本当に、東洋人を見かけません)。

 買い物に来ていらしたどこかのおじちゃんから話しかけられたのですが、もちろん、セルビア語なので、全くわかりません。
 「ヤ ニパニマーユ(おっしゃることが、理解できません)」と答えたら、
「なんだ、しゃべれるじゃないか。 ロシア語?」 といいながら、ロシア語に切り替えて下さったのですが、私のロシア語は、そんなにできるものではないので・・・ 

 
 この写真の、中央あたりにある白い丸いものは、キャベツの丸ごと酢漬けです。
 写真を撮ってよいかお聞きしたら、この格好でポーズしてくださいました。



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 街を抜けて、もうひとつのマーケットへ。
 こちらは、街中なので、混んでいました。
 
 写真はありませんが、しいたけが、SHIITAKEという表示で売られていました!
 
 この写真は、このマーケットの一角にあった、チーズ屋さん。
 いくつかのお店が屋内に連なっていました。
 私は、思わず、『豆腐屋さん』かと思ってしまいました。
 私の目には、豆腐にしか見えないのですが、匂いはチーズ。
 少しずつ味見させてくださり、一番癖が無いものを少しだけ買ってきました。

 おばあちゃま方が売っていらしたのですが、私の国籍が気になるらしく、(中国人かしら? 日本人かしら?)とささやきあったあと、「日本人?」と聞かれ、当てたおばあちゃまは、他の方に、「やっぱり当たったわ!」とうれしそうにしていらっしゃいました。

 ちなみに、多少のロシア語で買い物をしていた為に、場所によっては、私は、「カザフスタン人」といわれていました。 カザフスタンあたりは、見かけは東洋人にとっても近いですからね。

 

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 こちらが、酢漬け野菜のおばちゃんのお店で買ってきたもの。
 キャベツの千切りの酢漬けと、丸ごとトマト、マッシュルーム、ピーマン、きゅうり、ニンジン、コリフラワーの酢漬け野菜のミックス。
 きゅうり以外の酢漬けの野菜は初めて。 コリフラワーとトマトが意外とおいしかったです。
 キャベツは、「少し」とお伝えしたのに、多分500グラム以上あったと思います。
 ロンドンに持って帰ってきて、うどんに乗せたり、サンドウィッチに挟んだり、とにかくおいしい。
 変な味がしないし、毎日食べても飽きません。


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 再び横向き写真ですが、セルビアで売られていた、紙パックの牛乳。
 ほとんどが、開封まで、常温保存の牛乳でした。
 あまりにもかわいらしいパッケージでした。

 
 カルシウムを取りたい私は、ヨーグルトがほしかったのですが、基本、飲むヨーグルト。
 味付のものもありましたが、大多数が、甘みもない、ヨーグルトをただ薄めただけ、というような飲み物でした。
 最初は驚きましたが、最後には慣れました。

 ちなみに、日本やイギリスでも売られているような、4つパックのヨーグルト(わかります?)も多少みかけたのですが、なぜかどこでも、4つパックが4つに切り離されて売っていました。 未だに謎。

Posted on 2014/03/23 Sun. 21:38 [edit]

category: セルビア

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23

要塞へ上る (3月9日) 

セルビア滞在記、続きます。

 第1次予選で、とんでもない演奏をして、泣くこともできないほど落ち込みました。
 夜、翌朝の朝食のことでお部屋にいらした宿泊先の奥様が、私の顔を見て、驚いたほど、死んでいたそうです・・・

 とりあえず、夜中にサルツブルグにいる前回11月のイタリアのコンクールで仲良くなった友達(私の友達の中では、彼だけがコンクールを受けることを知っていた)とチャットして、長々最後は日本語を教えて、すっきり。
 1月だったかは、この友達がガールフレンドに振られた時は、夜中話をきいたので、おあいこ、というか、やはり、同じ境遇でピアノをやっている人にコンクールのことを愚痴るのが一番。 「忘れて、次をがんばれ」の一言でしたが。 でも、それしかありません。 自分自身が一番わかっていること。


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 さて、日曜日の朝。
 いつも朝食を食べに行くケーキ屋さんは、日曜日がお休み、ということで、宿泊先の奥様が、朝食を用意してくださるようです。

 テーブルクロスまで持ってきてくださって、豪華な朝食。
 おいしかったですが、1人前とは思えない量のハム。 もちろん、半分昼食まで持ち越し。

 落ち込み病が酷く、本当は第1次予選の3日目も聴きたかったものの、あの会場へ戻ることはできなくて、練習室の割り当てが夜だったこともあり、部屋でグダグダ(正確にいうと、これまで一週間の睡眠不足解消)していました。


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 あまりにも、良いお天気だから、と思って、夕方になって、目の前の要塞 (Petrovaradin Fortress)へ上ることに。
 宿泊先のドアの前から見上げる丘。
 あの時計台まで上りました。

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 これが、ドナウ川越しにみた、要塞。


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 これが、メインストリート。
 古い、というか、1999年に被害を受けたのかな、というような傷があったり。
 街の中心とはまた違った趣のある建物ばかりでした。


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 5分ほどで頂上へ。
 素晴らしい景色でした。
 街の中心をみたものです。
川はもちろん、ドナウ川。 右側にかかっている橋を毎日歩いてわたっていました。

 ですが、この橋は新しいものです。 ガイドブックによると、1999年にNATOにより、以前の橋は壊されたそうです。
 1999年、というのは、私がマンチェスターで大学生生活をスタートした年。 前述した、寮の隣の部屋だった、セルビア人ハーピストに出会った年です。
 
 今回、多くのことを考えさせられました。


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 この空、光。 私が思い描く、ベートーヴェンの32番、最後のソナタの世界。
 今回も、第2次予選でベートーヴェンを弾く予定だったので、この空を見た時に、また沈む・・・
 でも、ずっと眺めていた、とっても素敵な空とそれにあう周りの景色でした。


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 ちょうど、真ん中位に、私が泊まっていたアパートメントホテルの薄いミントグリーンの入り口の壁がみえます。
この屋根の風景、というのは、イギリスではみられないものだと思うのです。


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あまりにも素敵なお天気で、やっと生きている気持ちが戻ってきたので、早めの夕食を、この要塞にあるレストランで頂くことに。 マーキーのようなものの中で頂くのか、お外でか選べました。 
 
 これは、イカのサラダ。 イカ大好きな私は、セルビアのイカサラダに興味を持って頼んでみました。 まさか、フライだとは思いませんでした。 ですが、これは軽くて、おいしい。 


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 徐々に日が暮れてきて、それによってドナウ川に差し込む光がますます美しく。
 ただただ、前日の反省をしながら、光を眺めていました。
 きっと、次にベートーヴェンの最後のソナタを弾く時に、この映像が浮かんだら、素敵なものになりそう・・・


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 一人旅の女なので、自分の写真はとことん撮らない人なのですが、折角なので、周りの方々もお互いに写真を撮り合っていたので、撮って頂きました。 コートは近いから、暖かいし、と思ってホテルにおいてきましたが、コートも着ないで歩いていたのは私だけです。 病み上がりなのに・・・
 でも、実際暖かく、昼間はコート無しで、歩き回っていました。


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 この写真に写っているもの、元々は橋が架かっていた場所。 
 ガイドブックによると、これも、NATOによって破壊された残骸のようです。
 

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 要塞から降りてきたところ。
 つたがからまり、この味わいのある電灯ともすてき。
 季節によってはもっと味わい深いものかもしれません。



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 表に面している、装飾のある建物とはまた違って、こういう建物の部分も。
 旧社会主義なのだろうな、と思うばかりでした。


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 7時に音楽学校へ行って、とりあえず練習室の振り当てがこの日まであったので、3時間練習。
 次に進めないことはわかっていましたが、グランドで練習できる時に練習しておきたかったのです。

 途中で、世話役の女の子(皆さん、とっても親切。 英語もしゃべりましたし)が、「あと10分くらいで、結果を発表するので集まって下さい」と呼びにいらして下さったのですが、あの場所に戻れない私は、そのまま練習していました。

 結果は、帰りに掲示板に貼ってあるのを見ましたが。

というわけで、残りの3日半は、グダグダすごしたり、マーケットめぐりをしたり、ハンガリーの国境近くへ行ったり、普段ホリデーが取れないので、自分の為に時間を使ってました。 続きます。

Posted on 2014/03/22 Sat. 23:59 [edit]

category: セルビア

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22

1周年 

 朝は、素晴らしい青空でしたが、途中、何度か(私が移動をしていたからかもしれませんが)、ヘイル・ストーン。 多分、あられかひょうのどちらかです。 そして、再び青空になって。 繰り返していました。

 タイトルの1周年。 昨年の3月22日は、私が転んで左手を骨折をした日。 といってもその時にはわからなくて、イギリスの病院は、すぐには診てもらえないので、病院へ駆け込むこともせず、翌日、確実にレントゲンをとっていただける病院へ行って、専門医がいらっしゃらなかった為にわからず、これが土曜日だった為、週明けの月曜日まで、レントゲンの結果は待たされました。 あの時は、痛み止めも効かなくなって、痛いし寝る時に掛け布団が手に触れるだけでも我慢できない痛さで、途方に暮れたものでした。

 レントゲンをみせられて、ドクターがお話をして下さっても、商売道具の手をやってしまった、というショックのみ。 でも、ポジティブなので、レントゲンの話を伺いながら、初めて見る、自分の手の指の骨にしか興味はいかなくなってしまって、話半分に聞いていました。 よって、半年後、ドクターから完治までに最短18ヶ月、と言い渡され、呆気にとられた私に、再び説明をして下さって、私が思っていたよりも、多くの骨が折れていて、靭帯も痛めていたことを、ここで初めて知りました。
 そこにいらした、看護師の方は、複雑骨折にびっくり。 それをわかっていなかった私にも驚いていらっしゃいました。 すみません・・・
 
 
 かなりの高い確率で、手術を行う怪我でしたが(5本以上折れていたようです)、私は手術無しで、看護師さんにおさえられて、泣き叫んだものの、ドクターが私の手をひっぱったり、曲げたりしながら、骨を元に戻すことができたようです。 イギリスでは、レントゲンを治療の後にとらないので、実際、どうなっているのかは、未だにわかりません。
 でも、外見からは、普通の手の形をしています。

 手が商売道具、ということを考慮して下さり、通常は、私の怪我だと、肘の下までのギブスですが、私は、肘を直角に曲げて、脇のすぐ下までギブスでした。 生徒たちをはじめ、多くの方々を驚かせてしまいました。
 ですが、イギリスのギブスは、カラフルで、色を選ぶことができる、ということを在英15年目にして初めて知ることができたのは、収穫でした。

 6週間のギブスをつけて、右手だけの生活は簡単ではありませんでした。 ギブスが取れたら、元のように左手を使えると思っていたのに、まったくそのようなことはなくて、がっかりでした。

 それでも、ギブスを外して5週間で、50分のコンサートに出演できたことは、火事場の馬鹿力でしょう。
  
 怪我から7ヶ月で、コンクールにも参加。 コンクールに使いたい曲が、未だに不自由な左手親指付け根の為に、弾けなかったりもしています。 エチュードなどは、とにかく、今の手で弾けるもの、というのが選択の一番の重要なことなので、それを元に新しい曲選びをせざるをえません。

 親指の付け根の骨は、動いて折れてしまっていたので、仕方がないと思っています。 右手と比べて、親指と人差し指の開き具合が、40度位違います。
 手首は、ずいぶんと曲がるようになりました。

 まだまだ左手の感覚が鈍くて、できないことも、危なっかしいことも多くあります。
 この1年はあっという間。 最短であと6ヶ月。 でも、これだけピアノを弾いているから、1年は覚悟かな、と思っています。

 怪我の間、多くの知らない方々に助けられました。 生徒のお母様方にも、本当にお世話になりました。 生徒たちには、両手で弾いてあげられなくて、申し訳ないことをしましたが、誰一人、だからやめる、ということもなく、片手でバランスが悪い私に耐えてくれました。 そして、多くの方にご心配をおかけ致しました。

 修士号の時に師事していたゴードン先生には、ご心配をおかけするから黙っていたのに、同門の友達から先生に話が伝わってしまいました。 数年前に、右手の小指の靭帯を切っている私は(これは、けんかで)、先生はこの怪我のことを覚えていらして(こういうことはさっさと忘れて、私の経歴を簡単に覚えて頂きたい)、ギブスが外れてからお会いした時に、「これ以上、怪我をしないこと」と、しっかりと言い渡され、約束させられましたが、こればかりは・・・
 ちなみに、師匠は、本当に怪我のことをわかっていらっしゃるのか、なぞです。 ギブスの時の写真もみせたのですが。

 油断せず、いたわりながら、ピアノを弾きつづける為に、この手と過ごしていこうと思います。
 来年には、日本でレントゲンをとる覚悟です。 今年は、まだ知りたくありません。

 

Posted on 2014/03/22 Sat. 23:45 [edit]

category: 日常

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22

ロイヤルバレエ『眠りの森の美女』ひかるさん、フェデリコ 

5週間ぶり位で、ロイヤルオペラハウスへ行ってきました。
 たまたま、いつもの場所を売って下さる方がいらしたので、チケット確保!!

 久々ですが、私たちが待ちに待っていた共演なので、少し書いてみようと思います。


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 あまりに久々、たまたま隣だった仲が良いおじちゃんとカーテンコール中にしゃべっていた為、あまり良い写真ではありませんが、折角なので。

 『眠りの森の美女』

 私たちが(もちろん、ご本人もでしょう)待ちに待っていた、小林ひかるさん、フェデリコ・ボネッリのご夫妻でのオペラハウスでの主役共演でした。 先週、キャスト変更で既に踊られたようですが。

 昨年の4月頃、『ラ・バヤデール』で怪我のダンサーの代理で、ひかるさんがニキヤを踊った時に、フェデリコがソロルを踊る、という表示がでたのですが、2日位して、今度はフェデリコの怪我で、また変更。
 あの時は、私たちは楽しみで、やっと!!と思ったものです。

 どちらも主役を踊っているのに、一緒に共演できていなかったのは、このご夫妻だけのはず。 スティーブン・マクレー、エリザベス・ハロッドご夫妻は、数年前に、ランクが違うのに、『くるみ割り人形』で、ハンス・ピーター、クラーラを急遽共演して、オペラハウスでの共演をしているのですから。

 フェデリコは、第2幕で舞台に出てきた時、まさに、プリンスです。
 あの佇まいはさすが。
 第2幕では、笑顔過ぎるかな、と思うこともありましたが、とにかくお二人の息のあったパ・ドゥ・ドゥでした。

 第1幕で、ひかるさんは、再び少々硬くなってしまっていましたが(でも、ローズ・アダジオでのバランスはきれいに決まりました)、第3幕はのグランのアダージョでは、フェデリコに身をまかせ(良い意味で)、本当に幸せそう。
 
 フェデリコは、グランのヴァリアシオンで、私が今まで見てきた中で、一番良い彼の踊り。 迷いが全く無く、勢いだけでもなく、見ていて非常に気持ちが良い踊りでした。

 
 第3幕でのひかるさんは、最後ちょっとお疲れでしたが、それでも、幸せあふれ、踊りも素敵でした。
 
 とにかく、技術とか表現力なんていうことはどこかにいってしまうほど、この『眠りの森の美女』という幸せ溢れる作品を、作ったものではなくて、自然にみている人たちを暖かい気持ちにさせてくれ、こちらも笑顔になれるお二人でした。
 フェデリコのひかるさんに向ける眼差しが愛しく、やさしい。 幸せですね、ひかるさん。

 彼らは、これまでの間、本拠地のオペラハウスでの共演ができなくて、待って待ってやっと、だからこそのあの幸せ溢れる舞台だったのかもしれません。

 
 写真に写っていますが、カラボスは、ヘイリー・フォーキット。 今シーズンの『眠り』がカラボス・デビュー。 最初は硬かったものの、すぐに持ち味を出しました。 演技力がある方なので、あと数回やれば、もっと良くなるでしょう。

 怪我が非常に多いようで、舞台はさびしかったです。

 まず、プロローグでのリラの精のお付きのフェアリーは、8人のところ6人。
 第1幕のオーロラ姫の友人は、8人のところ、6人。 しかも、その1人は、リラの精。 ありえません。
 第2幕の森の精(ニンフ)たちは、16人のところ12人。
 第3幕のリラの精のお付きのフェアリーは、なんと8人のところ、4人。 

 初めてご覧になる方は、気づかないかもしれませんが、何度も観ていると、たとえ、私にとってこれが今シーズン初であっても、違和感がありすぎました。 大丈夫なのでしょうか、ロイヤルバレエ。
 群舞に、マリアネラの若い頃ととっても似ている方がいましたが、学生か? クリスマス頃、数人ロイヤルバレエに途中入団があったので、あまりこのところ観にいけていない私には、新顔が多かったです。

 プロローグのフェアリーは、若いダンサーも多くて見ごたえもありましたが、あれはいかがなものか・・・
 隣にいる仲の良いおじちゃんと、何度も顔を見合わせてしまうものでした。5番目のフェアリー(黄金の松)のリズ・ハロッドが、しっかりと引き締めてくれましたが。


 というわけで、久々のオペラハウスは、がっかりする部分も多く、この1年持っている芸術監督に対しての疑問符が大きくなるばかりでしたが(キャスティングについて)、第3幕の最後、ひかるさんとフェデリコが幸せのパ・ドゥ・ドゥをみせて下さったので、良いことにしたいと思います。
 
 それにしても、フロリナ姫と青い鳥のパ・ドゥ・ドゥ、私の中では、ユフィちゃんと、ブライアン・マローニーの組み合わせが、音楽性豊かで、エレガントで大好き。 彼らを観る為に、『眠り』を観に行ったことは、過去何度あることか。 ブライアンの引退により、これも適わなくなってしまいました。 舞台を観ながら、過去を思ってしまいました。

Posted on 2014/03/21 Fri. 23:07 [edit]

category: バレエ

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21

日々 

 ずいぶんと長い間、オペラハウスへ行っていません。 最後に行ったのは、2月中旬のトリプルの時のはず。
 その後、本当は、ユフィちゃん、ローレンの眠りの森の美女を観に行くはずが、大風邪をひいて行けず。
 ロイヤルバレエの中間休みがあったり、私がセルビアへ行ったりしていたが為に、行けていません。
 今日も、当日券が手に入ったら行きたかったのですが、明日、あさってのことを考えて、とりやめ。

 今シーズンほど、バレエに行っていないことはありません。
 毎回行くたびに、「どうしたの! 日本へ帰国してしまったのかとおもったのよ」 とお友達から言われます。
 お友達、といっても、60-80歳くらいの白人イギリス人の紳士、ご婦人。
 休憩時間の度に、大抵はこの方々と盛り上がっている、やたらと年齢が若く(この方々の中では)、東洋人の私は、通り過ぎる方々から変な目でみられることもしばしば。

 日本人の方々(よくいらっしゃる方々)からは、たまに一人でいると、
「あら、今日は一人なの? 珍しい。 いつも、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒だから、なかなか話しかけられない」と言われます。
 オペラハウスに居座っていますね、 私。

 明後日は行けたらいいな、と思っています。


 セルビア記、早くも滞っておりますが、私が受けていたコンクールは、月曜日に本選も終了。 インターネットのライブ中継で本選を聴こうか、とも思いましたが、教えの最中だったので、全く。
 今回、あまりの自分のひどさに、他の方々を全く聴けませんでした。 聴きたかったのですが、あの会場にもう一度戻ることはさすがの私もできませんでした。 1次の結果さえ、発表を聞きにいきませんでした。 いつもなら、フィードバックをどんな結果でさえ伺うのに、今回は、それを伺うことさえ申し訳なかったのです。

 当日、前日の練習中の失敗を、全て舞台の上で繰り返す。 
 あの恐怖は二度と味わいたくありません。

 今回1位になった方は、物凄いコンクールの入賞暦の方です。 コンクールでの経験、私はこんな老人ですが(オペラハウスの中では若いのですが、コンクールでは、出場させて頂けるところもわずかなほどの大老人)、やはり、経験は不足しています。
 
 毎年サマーコースでお世話になっている、モスクワ音楽院のイリーナ先生は、自分に勝つ、負ける、ということを何度となく私に話していました。
 だからこそ、悔しい。
 
 セルビアからの帰り、ベオグラードの空港で、同じくらいの時間に出発だったのは、テル・アビブ行き。 どさくさにまぎれて、そちらに乗って、今すぐにでも、イスラエルのイリーナ先生のところへ行きたい思いでいっぱいでした。

 イスラエルへ行くには、先生に言われているシューマンをどうにか譜読みしなくてはいけません。
 今回、久々に15分以上ある曲を仕上げたので、この流れに乗って、30分かかるシューマンを仕上げようかな、と思います。
 と同時に、シューマンを弾いたことがない私には、拷問でもあり・・・

 
 

Posted on 2014/03/19 Wed. 23:55 [edit]

category: 音楽

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19

ここはロンドン 

早いもので、帰って来てから数日。
 まだ2日しかレッスンを再開していませんが、雷を落とされた生徒(来週グレード試験なのに、どうするのやら・・・)もいれば、よく練習をしてあった生徒もいるわけです。 
 コンクールへ行く前、私が休むことに対して、私を怒鳴ったお母様もいらっしゃいます(他のことでも、納得いかないことで何度も怒鳴られているので、慣れてきた・・・)。 でも、そういうお宅に限って、結局のところ練習もできていなかった。 もちろん、上達のためにレッスンは必要。 でも、練習をしなかったら上達はありません。 何度も説明しているのですけれどね。

 もちろん、休んで申し訳ない、と思っていますし、それを伝えています。
 でも、私自身が勉強を続けなければ、良いレッスンもできなくなります。


 セルビアが恋しいです。
 行きに比べて、7kgも重くなって帰ってきた私のスーツケース。
 もちろん、行く時に手荷物にしてあった楽譜とか、コンサート用の靴とかをスーツケースへ入れて帰ったこともありますし、コンクールのプログラムも結構重め。

 それよりも、日本からイギリスへ来る時よりも、食料が多かったような気がします。

 今朝で、セルビアから買ってきたパンはおしまい。 寂しい。
 冷蔵庫を開ける度に、マーケットで買ってきた、千切りキャベツの酢漬け、まるごとキャベツの酢漬けの匂いが充満しています。 この千切りキャベツの酢漬けがおいしくて、日本のお漬物が大好物な私には、それにかわるようなもの。 
 ただ、これらは、ビニール袋でくるんできたものの、セルビアクオリティー(イギリスクオリティーも大してかわらない)では、飛行機の気圧に耐えられなかったらしく、大惨事にはならなかったものの、スーツケースも酢のにおい。
 セルビアへ行く時には、ジャパンクオリティーの蓋がきちんと閉まるタッパーを持参するのがよさそうです。
 キャベツの酢漬けを買う為にセルビアへ行く価値があります。

 
 先週木曜日に帰国早々イギリスに帰ってきた、ということを洗礼されました。
 
 フライトが夕方着、イミグレの長い列に並んで、一日ほとんど何も食べていないし、具合は悪いし、これからチューブに1時間20分、それからバスに乗って家へ帰ったら、夕食が遅すぎる、と思い、イギリス生活16年目にして、初めて、帰国すぐに空港でご飯を食べる、ということをしました。
 成田空港のように優秀ではありませんので、食べられるお店もほんのわずか。

 イタリアンでパスタを頼んだのですが・・・ 一口食べて、15年前のイギリスにタイムスリップ。
 空港でこのクオリティーは本当によくない。 

 
 そして、ヒースロー空港から出ているピカデリーラインに乗ること1時間20分、そこからバスで空いていれば15分で最寄のバス停。 最寄り駅は、違うラインなのですが、行きは良いのですが、帰りは、ホームからぐるっと階段を上り下りしないと、我が家側にいけません。 荷物があるとそれが不可能なので、エスカレーターがあって、バスにも乗れる駅まで移動することにしています。
 
 このバス、夜でも15分に1本来るはずだったのですが、20分経っても来ない。 やっときた、と思ったら、4つ目のバス停で終点になってしまいました。 まさに、イギリス。 もちろん、次のバスはまた長々ときませんでした。
 まさにイギリス洗礼。


 セルビア滞在中と違って、バスに乗っていても、チューブに乗っていても、様々な言語が聞こえてきます。
 ロンドンにいるのだな、と実感。
 
 今月末に向け、やらねばならぬ事務仕事は溜まりに溜まっています。
 ピアノの上の楽譜も入れ替えて、次の目標に向かっています。
 師匠のところへも行きたいのですが、なかなか先生と予定もあわず。
 これだけ休んだ後なので、さすがに、生徒のレッスンをお休みして自分のレッスンを受けるわけにはいきません。

 セルビア滞在記、続きます

 

Posted on 2014/03/18 Tue. 11:49 [edit]

category: 日常

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18

朝練→マーケット (3月8日) 


コンクール第1次予選の出番の日。
 コンクールについては、後で、まとめて書くとして・・・


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 朝8時から9時まで練習室を頂いてあったので、朝から行動。
 街の中心の広場(Square)にある、タウン・ホール。
 朝なので人がいませんが、昼間も夜も(結構遅くまで)人がたくさんで、活気に満ちていました。
 


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 広場からこんな道を進んでいったところに、音楽学校はあります。



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 こちらが朝の練習で使わせて頂いたお部屋。
 やっとグランド・ピアノでした!! 
 グランドでの純粋な練習(本番のリハーサルを除く)は、一体いつ以来?というほど思い出せない。
 決して良い状態のピアノ、とはいえませんが、それでも、グランドは違う。
 この仕事をしていて、グランドピアノを買って、置くことができる日は来るのだろうか?
 アップライトピアノでさえ、置ける家には住めません。
 イギリスは、音楽が好きな人が多いわりには、法律で音だしもOKな割りには、生ピアノを置いても良い、と言って下さる大家さんは本当に稀。 私は出会えません。
 だから、グランド2台、とか、フルコン、とかをお持ちの同年代の人たちは凄いと思います。


 1時間の練習はあっという間。
 私の本番は夕方6時10分。 
 事前練習は、4時10分から。
というわけで、ずいぶん時間があるので、宿泊先に戻る前に、マーケットへ。
 
 宿泊先近くには万屋さんがあってお水とか、ヨーグルト(飲むヨーグルトが主流)は買えましたが、野菜が手に入らない。

 前夜のコンサート前にスーパーマーケットを教えて頂いていってみたものの、あまりにもお粗末。
 きっとこういう国では・・・と思って地図を見ていたら、ありました。 マーケット。 フランス風に言うと、マルシェ。


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 ちょうど、音楽学校と宿泊先の中間にひとつあったので、行ってみました。
 土曜日の午前中、ということもあるのか、活気に満ちていました。

 知らない葉物を売るお店がいくつか。
 どこでも新鮮だったのですが、なんとなくこのお店で。
 ほうれん草でもない、なんだかよくわからない葉っぱを買ってきました。
 後日、再びここへ行ったらおばちゃんが覚えていて下さり、これがおいしいよ!と他のものを勧めて下さり、サラダ菜を買いましたが、あの新鮮さは、スーパーマーケットでは手に入りません。
 
 
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 どこのお店も、内容はほぼ同じ。そして、野菜の種類も少ない。
 農家の方々が売りにいらしているのでしょうね。
 言葉がしゃべれたら、伺ってみたいことがたくさんでした。
 ですが、私の超片言ロシア語では、買うだけで精一杯。
 15年進歩ゼロ(勉強しない割りには、キリル文字だけは完全に読めるのが不思議)のロシア語、どうにかしよう、と今度こそ思います(何度思ってやらなかたことか・・・)。

 この大きなかぼちゃに惹かれ(かぼちゃ大好き)、前にある袋の中には、摩り下ろした(削ぎ切り?)かぼちゃが入っていて気になりました。


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 果物屋さんでは、りんごがどこのお店でもたくさん。
 驚いたのは、フジがあったこと。
 日本のフジはずいぶん食べていませんが、買ってみたら、日本のと多分同じでした。
 少なくとも、イギリスのりんごとは違う味。
 
この他に、キャベツの酢漬け(ザワークラフト?)とか、ハムとかを買って、宿泊先で、葉っぱを茹でて、野菜たっぷりサラダのランチ。
 塩は持参してあったのですが、必要なし。
 自然なおいしさと、酢漬けキャベツで、満足。

 コンクールの時、本番が夜だと、昼は肉類を食べることが多い(ヨーロッパは基本、肉食が多いですし)のですが、その前に2日続けてお肉を食べた私は、普段あまり肉を食べないこともあり、これがちょうど良い本番前の食事でした。

 どこへ行っても地元の方々が行くマーケットが好きです。
 地元のお野菜を知れるし、新鮮でおいしいものは、絶対にマーケットにあります。
 

Posted on 2014/03/17 Mon. 13:16 [edit]

category: セルビア

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17

セルビア2日目(3月7日) 

セルビア2日目。
 小雨。
 
 この日からコンクールの第1次予選がスタート。
 第1次予選ですが、既に12月に録画審査を送ってあって、1月に結果が出ました。
 2月に演奏順も決まり(行ってからくじ引きの時もあれば、事前に決まっていることもあったり、色々。 今回は、アルファベットのTから)

 私の出番は2日目、8日の夕方。 なので、本当はこの7日に着くように来ればよかったのですが、7日の夕方6時過ぎからリハーサル(結局直前に5時過ぎに変更)、ということで、フライトが遅れたら間に合わなくなるので、余裕をもって、6日にセルビア入りをしました。


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 天気も悪いし、これまで数日の疲れが溜まりにたまっていたので、午前中は宿泊先でダラダラ。 
 午後2時から3時間の練習室が与えられてあったので、1時過ぎに行動開始。
 ちなみに、このコンクールは、事前に、第1次予選3日間の練習室の割り当てが全出場者に配布されていました。
 練習室は早い者勝ち!みたいなところもあったり、これに関しては本当に色々で。 
 ただ、今回、こうして時間が1ヶ月前に全てわかっていたのは、ありがたかったです。

 歩いてすぐのドナウ川を越える。
 標識は、キリル文字と、ラテン(アルファベット??)

 ちなみに、未だによくわかりませんが、キリル文字とアルファベット表記両方が使われている国でした。
 入手していった英語ーセルビア語の辞書は、セルビア語がキリルではなくて、アルファベット。
 キリル文字の辞書がほしくて、本屋さんに行ったのですが、見つかりませんでした。

 レストランなどでは、アルファベットのメニューが多かったように思います。 といっても、結局はセルビア語なので、意味は中途半端にしかわかりません。


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 ドナウ川! 
 12年前に母とウィーンへ行った時(イギリス在住3年目なのにヨーロッパに行ったことがない私を、ちょうどイースターホリデーにあわせてイギリスに遊びに来た母が、私の誕生日プレゼントとして、ヨーロッパ内使えるマイルが溜まっていた為に連れて行ってくれた)、ドナウ川を見るのが夢だった私たちは、見える場所を探しました。 地図の上で見えそうでも実際行ったら見えなかったり、ドナウ川に振り回されたのですが、今回は毎日ドナウ。


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 街の標識は、キリル文字のセルビア語と、英語でした。
 
 
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 音楽学校について、登録して、練習室へ。
 アップライトのだいぶ状態の悪いピアノ。
 でも、普段の電子ピアノに比べたら、夢のような楽器。
 ちなみに、今回は見るに見かねた師匠の奥様の生徒のお母様(といっても、既に9年ほどのお付き合いになるし、中古のヤマハアップライトに買い換える時、ピアノ選びに付き添ったりしている仲)がここへ行く前に何度かご自宅で練習をさせて下さいました。
 とてもありがたいことで、助かりました。  

 3時間の練習があっという間。

 リハーサルをして、練習室に空きも無かったので、仕方が無いから街へ出る。
 夜8時からオープニングコンサート。
 ホテルに戻るにはあわただしいし、ほとんど何も一日食べていなかったので、適当にレストランへ。


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 とりあえず、野菜が食べたくて選んだのは、セルビア風サラダ。
 ギリシャサラダと似ている部分もあったのですが、シンプルに、トマトときゅうりを角切りしたものの上に、チーズ。
 このチーズの種類がわからないのですが、今までに食べたことがない味でした。
 フェタチーズに似ているようにも思ったのですが、フェタほどは癖もありませんでした。

 

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 メインは、一般的なセルビア料理の、ハンバーグ。
 名前を忘れましたが。
 ハンバーグといっても、かなりずっしり、どっしり。
 ちなみに、付け合せは、ポテトと、白いのは、生のたまねぎのみじん切り。
 味も何もついていない生のたまねぎでした。


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 これは後日の写真ですが、街にある、国立劇場。
 新しいのか、とってもきれいでした。


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 参加者は、無料で入れる、といわれ、オープニングコンサートを聴きに。
 2年前の前回のコンクールの17歳くらいまでの部門の第1位のイタリア人の男の子が、ショパンの1番のコンチェルトを。
 後半は、リーズ優勝の同じくイタリア人のフェデリコ・コッリがラフマの3番。
 
 どうして、こんなスクリーンがあるのか、というと、今年2月に亡くなった、最高齢だったピアニスト(享年111歳)のドキュメンタリーが流れました。 ナチスの時代にピアノがあることで、命を助けられ、北ロンドンにお住まいだったそうです(ということは、私が住んでいるところ)。 ドキュメンタリーは、英語。 セルビア語の字幕。ということで、言葉がわかったのが、幸い。
 私は知らなかったピアニスト、お話でしたので、これを観られただけでも、ここに来たかいがありました。


 コッリはまだ聴いたことがなくて、ラフマを楽しみにしてはいたのですが、咳を我慢し続けることがきつくて、残念ですが、前半だけ聴いて、おいとまさせて頂きました。

演奏中にたつ人がいたり、演奏中に出入りしたり、マナーはいまいち。
 でも、会場はいっぱいでした。

Posted on 2014/03/16 Sun. 13:23 [edit]

category: セルビア

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要塞アパルトメント 

セルビアでの滞在先。 
 
 コンクール事務局から、ご丁寧な案内が色々とあったのですが、今はインターネットで何でもできてしまう便利な時代。
 しかも、私は旅行主任の資格を取ろうか、と思うほど、ホテルや飛行機、その他を調べたりするのがすき。 その分練習に時間を割くべきかもしれませんが、気分転換になるし、何より、手のことがあるので長時間の練習が無理。 というわけで、折角旅行会社もご紹介くださいましたが、自分で手配しました。

 コンクールが行われた音楽学校がある、街の中心部にもお手ごろな宿泊施設はあったのですが、徒歩5分もかからない距離の往復だけではいやになるよね・・・ と思い、音楽学校から徒歩20分ほどのドナウ川を越えたところにあるアパートメントホテルを予約しました。
 
 お手ごろな価格、写真できれいな内装、空間があって、部屋にこもることが多いコンクール生活でも、息が詰まりそうでない、というのが理由。 そして、簡易でもキッチン付が長期の滞在ではありがたいのは、前回のイタリアで経験済み。
 

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 メインの通りからちょっと入ったところにある、薄いモスグリーンの建物。 B&Bのような感じで、まだ若いご夫妻が経営。 お部屋は4部屋のみ。 ロビーがあるわけでもなく、本当にアパート、という感じでした。
 ご夫妻とも、英語を話すことができたので、とても助かりました。
 
 近くに、大きな要塞があるので、『要塞アパートメント(Fortress Apartment)』


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 着いた時に撮ったので、暗いのですが、お部屋。
 電気ホブ2つと、流し、下に小さな冷蔵庫。
 
 ソファーはソファーベッドになりそうだったので、最大4人泊まれるのではないか、と思います。
 おなべ1つと、食器付。
 

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 ちょうどベッドとくつろぎスーペースの間に、キッチンがある、という感じです。
 普通のホテルでは、スイートにでも泊らない限り(泊ったことも、見たこともありませんが)、こういうくつろぎスペースはありませんから、今回は、部屋で過ごすことも多くて、ここにして、正解でした。
 とにかく物価が違うのと、中心部から多少離れていたおかげで、7泊しても、大都市だったらその半分も泊れないほどの宿泊費でした。 
 
 朝食付きで、日曜日以外は、歩いて2分もかからないところにあるケーキ屋さんにサンドウィッチを食べにいきます。
 朝からおいしそうなケーキを毎日見て、目に毒でした。 そして、実際にとってもおいしいケーキでした(まさか、朝から食べたわけではありませんので。 念の為)。 


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 私が泊っていたのは、日本風にいう2階。 
 正面に立つ建物が、メイン通りに面している建物。
 

 B&Bのご夫妻がとっても素敵なかたがたで、特に奥様にはお世話になりました。
 そして、このキッチン付、というのがこの街に一週間滞在する上で、とても役立ちました。
 レストランに行くと、その夜は咳き込んで寝られない(タバコの煙)、ということが多く、半分は自炊をしていました。 
 新鮮なお野菜を買ってきて、簡単に自炊。 今回ほど、自炊が楽しかったことはありません。 これについては、また別記事で。 もちろん、この土地のお料理を頂くこともしたかったので、それなりに食べてはきましたが。 

(もはや、何の為にセルビアへ行っていたのかわからない記事ですね。 もちろん、コンクールが目的でした)

Posted on 2014/03/16 Sun. 11:27 [edit]

category: セルビア

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16

ベオグラード→ノヴィ・サド (3月6日 その2) 

 その1からの続き。 300ディナール(複数だからラかも)を払って、空港バス(といっても、立派ではありません)で、ベオグラード駅へ。 ちなみに、1ディナールが1円位。 10ディナールまで紙幣なので、お金持ちになったような感覚がありました。と同時に、ポンド生活が長い私は、10ディナール紙幣が10ポンド紙幣(今の換算で1600円位)にも思えてしまい、最初は戸惑いました。


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 あいにくの小雨。 こちらが、ベオグラード駅の正面。
 ロシア、ポーランドを思い出す、旧社会主義の国。
 バスに乗っている間も、キリル文字が読めるのがうれしくて、ひらがなを読めるようになった子供みたいに、ぶつくさ読んでいました。


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 薄暗いチケットオフィスで、一日数便しかないノヴィ・サド(第2の都市らしい)までのチケットを購入。 とりあえず、英語は全く通じませんでした。 ある一定の年代までは外国語がロシア語だったらしいので、片言のロシア語の方がずっと通じました。

 列車までは1時間ほどあったのですが、プラットフォームに出ると、天気の悪さも手伝い、アウシュビッツへ行く列車を妄想させられてしまう。


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 屋根があまりにも中途半端すぎます。

 駅と隣のバスステイションの間をウロウロとしたら、おいしそうなパンを売るお店がいくつか。 ロンドンではお目にかかれない、いわゆる、お惣菜パンが! お昼も食べていなくてお腹がすいていたので、中身が何かは全くわからないまま、とりあえず買って食べたら、これがおいしい。 菓子パンもおいしそう。 というわけで、この時点で、セルビアが好きになりました(単純。 そして食い欲ばかり)。

 でも、同時に1999年に出会った前述したマンチェスターの寮の隣の部屋だったセルビア人の言葉も鮮明に色々と思い出しました。
 彼女は、私より5歳位上でした(しかも、その後カーディフに移ってきたので、長いお付き合い)。 寮の食事のまずさに皆が文句を言っているのに、彼女は、食べ物があるありがたみを話していましたし、スーパーマーケットに食べ物がたくさんありすぎて、何を買えばよいのかわからなくなってしまった、ということ。
 
 15年経って、皆さんおしゃれで、きれいにしているし、食べ物もあるし、表面上は傷跡が見えにくいけれど、たった15年前には・・・ということが何度も滞在中に浮かびました。 


 このプラットフォームでも、色々なことがあったのだろうな、と思うばかり。


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 時間になり、私が乗る列車のプラットフォーム。
 長いプラットフォームです。


 
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 スロヴェニアで見たのと同じような落書きの車両。 2両編成。 入り口で、切符を見せて乗るのですが、2、書いてあったから、2等車の2かと思ったら、2両目、の2だったようです。


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 車内は全て、4席向かい合わせ。 座り心地はイギリスの列車よりもよかったです。 
 自由席かと思いきや、皆さん切符と窓を見ながら席を探している感じ。
 よくわからないけれど、とりあえず、私もきっとこれが座席番号だろう、と思われる番号を切符に発見し、そこに座りました。

 ほぼ満席。

 約1時間半後、無事にベオグラードから北へ80kmほどのノヴィ・サド(Novi Sad)着。 大きな町のようでした。
 タクシーに乗ってホテル(アパート)を告げたものの、わからないらしい。
 運転手がタクシー会社らしきところへ連絡をし、道案内をしてもらっていました。
 ちなみに、英語が運転手に伝わらず、かなりあせりましたが。
 そして、ロンドンのタクシードライバーはやはり優秀だ、と思わずにはいられませんでした。

 
 ロンドンの自宅を出てからノヴィ・サドの宿につくまで、13時間。 遠いですね。

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 宿泊先から2分のところにあるパブ兼レストランのようなところで、とりあえず夕食。
 朝から、ろくなものを食べていませんでした。
  
 ピッツァとか、パスタが多かったのですが、折角なので、違うものを。
 しっかり食べなくては、と思って頼んだのは、チキンの上にチーズが乗っているグリル。
 イギリス人の端くれの私は、イギリス人らしく、食べる前に、盛大にポテトの上に塩を振りました・・・・ しっかりと味がついてて、イギリスではないことを感じました。

 ウェイトレスのお姉さんは英語がわからず、「誰か英語がわかる人!」とお店にいた人に聞いて、無事食事にありつけたわけです。 

 
 私が間違って塩を振った以外は、とってもおいしい食事でした。
 さすがの私にも量が多かったですが。
 そして、分煙どころか、パブでさえ数年前から全面禁煙のイギリスに住んでいる私にとって、このレストランも他のところも分煙されておらず、タバコの煙が凄いところで食事をしなくてはいけないのが、唯一苦痛であり、咳を悪化させるばかりだったようです。

 ちなみに、この夕食が、500円くらい。物価が全然違いました。 ベオグラードからノヴィ・サドも400円くらいでした。

Posted on 2014/03/15 Sat. 23:13 [edit]

category: セルビア

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15

帰ってきた日常 

 セルビアに比べれば気温も低く、風も冷たいので、セーターを着て、ウールのコートで出かけましたが、イギリス人は、すっかり半袖とか、サマードレスの女性も。 私は浮いているかもしれませんが、ここはイギリス。 どんな格好をしようと、個人の自由。  だからこの国が好きです。

 2週間前に大風邪をひき、良くなっていないのに練習をはじめ、そのままコンクールへ行き、自分自身に大負けし、ふてくされ、一番あう咳の薬の数が足りなったために、未だに咳が治まらないまま帰国して、翌日再び熱。
 今回は、すぐに回復し、今日から教えも再開。 風邪をひいて残念すぎたのは、ずっと楽しみにしていた、群舞にいたころから応援をしていた、ロイヤルバレエのユフィちゃんの『眠り』のオーロラ姫デビューを寝込んで見逃してしまったこと。 彼女の2度目の舞台はセルビアからロンドンに帰る飛行機の中。 というわけで、ずっとずっと待っていた舞台を逃すという大失態でした。


 コンクール前は、3日に1回手の爪を切るほど練習をしたらしいのに、9日の日曜日に3時間練習をしたのが最後、昨日までピアノに触れず。 そうしたら、爪はさほど伸びなくて、今日8日振りに爪を切る。 こんなことは、昨年の骨折で、ピアノの練習ができなかった時以来。 爪の伸び具合で、練習量がわかってしまう恐ろしさ。

 今回は、1次の曲が新曲かつ重めだったこともあり、骨折後、一番練習をしたと思います。 よって、恐ろしいことに骨折後の左手は腫れてしまったらしく、柔らかいサポーターがきつくなり、しっかりとした花柄サポーターは、指一本分しまらなくなりました。 あと1週間で、悪夢の怪我からちょうど1年になります。
 決して完治した怪我ではありません。 ピアノを弾けるのが信じられないほど、日常生活でできないことが山ほどあります。 でも、こうして再びピアノが弾けて、コンクールにまで参加しているのは、神様が与えて下さるプレゼントだと思っています。 今回は、一番痛みもひどくなってしまいましたが、感覚がなくなっても、弾いていました。 
 自分自身に負けたのはとても悔しいですが、一週間ピアノに触れられずすごしたのは、私の左手にとってはうれしかったのではないかな、と思います。 痛みもほとんど取れて、ずいぶん回復しました。

 
 というわけで、桜が日本ほどではないものの、きれいなロンドン。 床に置きっぱなしで、中身すら片付けていないスーツケースの片付けは明日。 明日は片付けないと困ります。 よく勘違いされますが、私は日常生活は非常にずぼらで、適当。 ピアノだけは違いますが。 どこかへ行って、帰国したその日のうちにスーツケースの片づけをするなんてことは、皆無な人間です。 

 セルビア旅行記は続きます。
 
 そして、年明けからストレスが凄くて(主に教えのこと)太りだしたところへ、今回のセルビア。 まじめにダイエットをしないと、コンサート用のロングスカートのウエスト周りが・・・ そして、このまま日本の歯医者へ行ったら、また、
「お姉ちゃん、重量オーバーだな」と先生から妹が言われてくることでしょう・・・ 
 
 
 
 

Posted on 2014/03/15 Sat. 22:54 [edit]

category: 日常

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LHR→ VIN→ BEG (3月6日 その1) 

というわけで、セルビア旅行記です。

 以前は英国航空(BA)がベオグラードまでの直行便を飛ばしていたようですが、現在は就航なし。 セルビア航空が一日一便ロンドンーベオグラード間を飛んでいますが、帰りの飛行機が午前中で、時間的に大変。

 頼みの綱の溺愛している格安航空各社は、飛ばしているところもあるものの、本数がなさすぎて、無理。
 格安でブダペストまで飛んで、そこから、列車で越境か、と思っていたのですが、スイス航空とオーストリア航空がお安いことが判明。
 というわけで、どちらも乗ったことがなかったのですが、若干安いオーストリア航空を初使用。
 
 6日朝9時過ぎの飛行機。 というわけで、フライトに関してだけは、十分に時間の余裕を持って行動の私が、珍しく、2時間を切って、チェックイン。 いつもならこのくらいの時間だと、真夜中に乗り合いバスを乗り継いでヒースローへ向かいますが、今回は、5時台のほぼ始発のチューブでヒースローまで行くことができたので、ずいぶんと楽でした。


 いつ以来だかわからない、ターミナル1からの出発。 

初オーストリア航空で感激し、その場で母にスカイプまでしてしまったのは、機体に入ったら、モーツアルトの交響曲がかかっていたこと。 そして、J・シュトラウスの『皇帝円舞曲』がかかって、またモーツアルトのディヴェルティスメントか何かがかかって。 緊急時の話が始まるまで音楽が続いていました。 さすが、オーストリア!! いくつかの飛行機会社を使ってきましたが、クラシックがかかっていたのは、初めてです。

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 定刻で出発。 ですが、ご覧のとおり。朝の(いや、一日中)ヒースローは混んでおりまして、滑走路へ向けて、大渋滞。

 離陸が大嫌いな私は、今回もエンジン全開と共に、熟睡。 特技になってきました。

 

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 最近のヨーロッパ短距離は、サンドウィッチさえでてこなくなりました。 わかっていたので、ふかし芋と、フルーツ持込。 飲み物と菓子パンだけ配られました。

 雲が厚くて何にもみえないフライト。

 2時間後、ウィーン着。
 ウィーン到着前、アナウンスメントが入り、3つの都市の名前を呼ばれ、そこへ行く人は時間が迫っている為、飛行機を降りたら空港職員に名乗り出るように、とのこと。

 私は、元々ウィーンでの乗り継ぎは35分。遅れもあったので、停留所についたのが、次のフライトの25分前。
 普段の私なら、1時間のトランジットも断って、空港で3時間過ごすことを選びます。 こういう部分は非常に心配性だからです。
 が、今回は、時間の問題上、初めてこんな怖いトランジットの時間を選ぶことに。

 前の方の座席を予約し、すぐに機体からでられるようにしてあったのですが・・・
 出たら、そこは、ターミナルではなくて、タラップ。
 私の行く都市の名前は呼ばれていないものの、空港職員に時間が・・と行ったところ、特別処置の対象にはならない、と。

 バスが2台待っていて、全員が降りてくるのを待っている。 お年よりも多く、全員が降りた時には、出発20分を切っていました。

 ターミナルに着いて、とりあえず、走りたいけれど、病み上がりで咳が酷くて走れない。
 しかも、この短時間乗換えで荷物が間に合わないことを覚悟して、楽譜全て、予選用ドレス、靴、1泊分の準備は全て機内持ち込みなので、荷物も重め。

 シェンゲン以外からシェンゲン以外への移動なので、パスポートコントロールもなしに、荷物検査。
 とても厳しく、思いのほか時間がかかる。 飛行機移動はまだまだ昨年の骨折が不安で、ギブスを外した後に使っている、頑丈なサポーターを使用。 これをつけて何度か飛行機にも乗っていますが、外させられ、X線にかけられたのは、今回が初めて。

 予め、機内誌でみていたのですが、次に乗るベオグラード行きは、一番遠いところ。
 12年前に母とウィーンへ遊びに行った時とは違うターミナルで、ずいぶん新しいもののようでした。

 途中には、日本行きが出るところのようで、日本人がウジャウジャ。 

 とにかく、急ぎ足で進んで行ったら、私が使うゲートの一つ手前には係員がいらして、「サラエボ?」と聞かれ、「違います! ベオグラード!」と言ったら、係員が出てきてくださいました。 ゲートは空っぽ。
 「間に合いましたか? ロンドンからの便が遅れていて」とお伝えしたら、「大丈夫。 わかっているから。 (私のパスポートを見ながら)コンニチハ。 オゲンキデスカ」と日本語で言われました。 

 ちなみに、もう一人、ロンドン便からの乗り継ぎの方がいらして、私は最後から2番目だったようです。

 再び遠いところの飛行機のようで、バスが待っていて、皆さんお待ちでした。 すみません・・・

 ゲートに着いたのが、出発を10分切っていました。 焦りました。
 
 2-3という席の並び、縦は15列くらいの、私の中で今までで一番小さな飛行機。 
 
 ここから1時間ちょっとでベオグラード着。
 ちなみに、ベオグラードは、他のヨーロッパと同じ時間列。 イギリスとは1時間の時差でした。

 ベオグラードでは、ターミナルに直接入ることができ、出たところは、これから出発する人も着いた人もわかれていない(オランダのスキッポールと同じ)。 入国審査をへて、国内でしか両替できない通貨、ディナールに自動の両替所で両替。 ユーロの方が一般的、というので、わざわざ、ポンドをユーロに両替してきましたが、ポンドでもここではできました。 あとは、ドルが可能だったように思います。

 空港から出たら、予め読んで知っていたタクシーの客引きが!! いわゆる、白タクです。 
 私は、ベオグラードの駅まで20分に1本出ているバスを使用。

 私は、いつものことでタクシーを使わずに、現地の乗り物で移動、というのを選びましたが、コンクール事務局からも、泊まった宿の方からも、ベオグラードの空港から、滞在した街までのタクシーを手配します、という連絡を頂いていました。

 たしかに、英語もあまり通じない国だったので、その方が賢明だったかも知れません。が、私はこの性格なので。
 
 

 というわけで、長くなりましたが、やっと、ベオグラード着。

Posted on 2014/03/14 Fri. 18:37 [edit]

category: セルビア

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14

帰国しました 

一週間、ここを放ってありました。

 お久しぶりです。

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 写真は、13日に首都ベオグラードで駆け足観光した中の、ドナウ川と、なんとか川があわさるところ。

 今回は、旅に出ておりました。 といっても、いつものことでホリデーではございません。

 これだけの長さ海外、ということは、コンクールです。
 残念ながら、昨年の10月に国際コンクール復帰して以来3回目の挑戦でしたが、これほどまでにも自分自身に負けたコンクールは初めてでした。 第1次予選で、舞台を途中で降りたい、と思うほど弾けませんでした。
 オリンピックのショートプログアムでの、浅田真央選手を思い出してしまいました(実際、私はテレビも持っていませんし、オリンピックでの様子は見ていないのですが)。

 よって、結果が出てから、3日ほどゆっくりはしてきましたが、飛行機を変更して、数日早く昨夜帰国いたしました。

 私にとって、生後13ヶ月でアメリカ(今なら普通でしょうが、私の時代ではとんでもない親を持っているので)へ行ってから、日本を除き、イギリスを含め、15カ国目の国への渡航。
 今回行っていたのは、セルビア。 私の高校のときから愛用の地図帳では、まだユーゴスラビアになっいます。セルビアは薄い紫で書いてあるだけ。

 15年前に内戦(戦争?)があった国。 ちょうどその年、マンチェスターの音大の寮の隣のお部屋が、セルビア人でした。 縁があった国で、数年前、イギリスのビザのことで、裁判になった時、最終的な声明書の文書作成をお願いした弁護士の方もセルビア人。 オペラハウスで仲良くしている友達(珍しい年下の)も、お母様がセルビア人なので、ハーフ・セルビア。

 内心、不安がなかったわけではありません。
 でも、一歩足を踏み入れた時から、好きな空気。
 セルビア語はまったくわからないけれど、超初級ロシア語を15年維持している私は、ロシア語とほぼ同じ(いくつか違うものがある)キリル文字も、意味がたとえわからなくても、読める。 そして、この超初級ロシア語が非常に役立ち、英語よりもロシア語のほうが理解してもらえる。 よって、滞在中は何語かわからない言葉ばかりをしゃべっておりました。
 食事はあいすぎて、これからダイエットをしないといけないほど。 
 人々は優しくて、親切で、感激。

 3年前のセイシェルに続いて、好きな国でした。 
 東欧(というのは、もはやどこなのか、区切りが難しいことを言われましたが)好きです。 フランス、スペインよりも、私は絶対に東欧。 

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 昨日のフライトは、夕方6時半にロンドン着。 ずいぶん日が伸びましたね。 よって、ドーヴァーを越える頃には、素敵な日没を見ることができました。

 セルビアでのことは、書き残したいことがたくさん。
 滞在中はその気がおこらないほど、ゆっくりしていました。 写真を整理しながら、滞在記を書いていきたいと思います。

Posted on 2014/03/14 Fri. 12:44 [edit]

category: セルビア

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14

嬉しかったこと 

素晴らしい青空が広がりました。
今日は、Ash Wednesdayですが、イースターがきてしまったかのよう。

 今日の教えで、うれしいことがありました。

 一昨日ここに書いた兄妹の兄の話。

 昨年9月から私の生徒になったこの男の子。 先日も書いたように、非常に賢い子です。 きちんと意見も持っていて、どうしてピアノを弾きたくないのか、筋道をたてて、話してくれたような子です。

 無理強いはするつもりはありませんが、今までの生徒たちのことも含めて、自分からピアノをどうしても弾きたくて習う以外、最初から順調に行くことは稀です。
 ご両親とも話し合い、せめて半年、できれば、1年間は待って頂けたら、と話してありました。

 1月末のレッスンだったと思いますが、この子は、ピアノは弾けるようになりたい。 でも、楽譜を読むことに大きな抵抗があることがわかりました。
 前の先生は、音符を読ませることもしないで、楽しかったそうです。 
 ご両親の願いは楽譜が読めるようになること。 私も、もちろん耳からの訓練があることを承知の上で、これから先、イギリスでグレード試験を受けていくことも含めて、音符が読めないと困るし、数が少ないうちに読んでしまった方が抵抗が少ないのを今まで感じていたので、ここで、根気よく、譜面をよんでもらうことにしました。

 色、絵を使った楽譜の使用は、一切考えていません。 もちろん良い面もあるのでしょうが、私はあの楽譜から通常楽譜へのトランジションが冒険過ぎるからです。 それに、彼は読めるのですから、そういう楽譜を使うつもりはありません。


 この子が音符を読むことへの壁があることがわかったので、その時私が持っていた楽譜を見せてみることにしました。
 生憎、持ち合ちあわせていたのは、リストの巡礼の年 イタリア。 最初のページの『婚礼』を開いたら、興味を持ってきました。

 たくさん音符が書いてあるけれど、ドはド。 あなたの楽譜とは、まったく同じ。 
 今まで習った5つの音を一緒に探してみたら、興味を持ってくれました。 
 そして、タイの記号を指差し、「これ何?」 
 今やっている教本の中間で出てくるので、そのページを見せて、勉強を続けたら、こういう記号も全てよめるようになること、音が増えてくるだけで、あなたの楽譜も、私の楽譜も同じ、ということを話しました。

 「弾いてみて」といわれたので、初見で、ゆっくり弾いてみたら、楽譜と手を見比べながら、「今どこ??」といいながらついてきてくれました。


 先々週はハーフタームでお休みなさって、先週は私が体調が悪かったのでお休み。 久々の今日のレッスン。

 なんと、宿題をやった上で、次の曲まで弾いてありました。 数えながら正しい音で。
 全部習った音だから読める、ということがわかったそうです。

 とっても嬉しかったです。
 
 
 毎回のレッスンで、子供たちに問題を投げられ、それを解決していく。 用意していくことができない世界です。
 その場その場のひらめきで、今まで私はやってきました。
 子供は、自分たちに真正面から向き合ってくれているか、感じます。
 私自身がそのような子供で、嫌になるほど、子供の頃のことを覚えている人です。
 
 私のやり方が正しい、というわけではない。
 世の中には、私なんかと違って、多くの知恵を出して、工夫して、カラフルなグッズをたくさん使って楽しくピアノを教えていらっしゃる先生がたくさんいます。
 でも、私は、そういうタイプではない。 へそ曲がりが一人いてもよいかな、と思います。

 しっかりと子供たちに向き合って指導をしていきたいです。
 きっと、今こうして手を焼いている生徒たちも、2年後には、今の悩みの話が笑い話になるのでしょうから。
 
 
 

Posted on 2014/03/05 Wed. 22:00 [edit]

category: 音楽

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05

チチェスターの暖炉があるカフェ 

早いもので、チチェスターへ行ってから既に1週間が経ってしまいました。
 
 具合が悪かったこともあるので、終演後は、いらしてくださった方(しかも、わざわざ、日本からのご旅行の途中で。 ありがとうございます)とおしゃべりをした後、列車の時間まで1時間ほど、4年前にここへ来た時に気に入ったカフェへ行って来ました。
 
 西東に走るメイン・ストリートをちょっと入ったところにある、St Martin's Organic Wholefood Cafe


お店の前で、既に暖炉の良い香り。


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 ちょっと古めかしい私が好きな空間。 
 座り心地の良い椅子が置かれています。 


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 カウンターで注文してお金を払って、番号札を頂いて、そこへ持ってきて下さるシステム。
 紅茶は、リーフ・ティー。 
 ティーコゼはないものの、ちゃんと濃度調節(?)の為のお湯も用意されています。 ミルク壷が2つあるのは、この為。

 他の方が頼んでいるのをみて、フレッシュジュースが、とってもおいしそうでした。
 

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 体調が悪くて食欲が無かったものの、食べないといけないし、と思って、サラダ・プレートというものを頼んでみました(それ以外は、普段だったら好きなコテコテイギリス料理が数種類)。

 オーガニックカフェだけあり、野菜そのものがおいしい。
 盛り付けといい、なんともイギリス。


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 お手洗いをお借りしようと思ったら、2階(日本風に)があることを知りました。
 とっても細くて急な階段を上がると、窓がある分、明るい空間があったことを知りました。
 ここにももちろん暖炉。


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 反対側のお部屋はこんな感じ。
 下の階は、おば様方がおしゃべり集会(どこの国も同じですね)していましたが、こちらは人もいなくてとっても静か。

 チチェスターまで、時間によってはとっても格安の列車の切符が手に入ることもあるので、それでここへきて、このカフェで一日ゆっくりする。 これが最高かな、と思います。 一段落したら、ぜひやりたいこと。
 こういうゆっくりできるカフェが北ロンドンにあったら、うれしいですが、なかなか難しい。 

Posted on 2014/03/04 Tue. 23:41 [edit]

category: イギリス 遠出

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04

ピアノのレッスンを拒む→弾きたい! 

 桃のお節句。 簡易ちらし寿司でも作ろうかと思ったものの、その気力無し。 明日はパンケーキの日なのですが、その材料も買わずに帰ってきてしまいました。

 
 ピアノを教える、ということ。

 資格の類はあるものの、誰でも『教える人』になれる世界です。
 事実、私の生徒は、グレード2(ブルグミュラー前半レヴェル)しかやっていない人にピアノを習い始めました。
 その先生は私よりもレッスン費が安かったからです。

 でも、私から見ると、ピアノを弾く為の土台は何一つ教えていなくて、ゼロどころか、マイナスからのスタートでした。 となると、その先生に習っていた半年間は、本当に安い、といえるのでしょうか? 子供も私もとっても苦労しています。 

 
 9月にレッスンを始めた中に、当時4歳、2週間前に5歳になった女の子がいます。
 彼女には、一つ上のとっても賢く、しっかりとしたお兄さんがいます。 お兄ちゃんも9月から教えていますが、その前に半年ほど、この子も他の先生に習っていました。 これは、実はかわいそうだったケースで、その当時私が教えていた生徒が私のことを紹介して下さったのですが、その時私は骨折の真っ只中。 片手では、とてもではないですが、導入の指導はできない。 その時私が住んでいたところから、そのお宅に通うのも難しい、ということで、お断りをしてしまいました。 ですが、夏頃もう一度お問い合わせを頂き、私も引越しをした後だったので、お引き受けしました。

 半年間お兄ちゃんが習った先生は、楽譜はあるものの、音を読ませず、指の形も注意されたことがない。 音楽の経験はないものの、何も弾けていない、と感じたご両親の考えで私の生徒になりました。

 クリスマス前から、お兄ちゃんはピアノのレッスンを拒否しています。 先日は、カーテンの後ろに隠れていました。
 それに伴い、妹も泣くようになりました。

 現在でも、クラシックの音楽家の名前が浮かばないような国からの移民家族です。 ピアノの演奏も聴いたことがありません。 この民族を現在数家族教えていますが、クラシック音楽を家で聴いたことはない。 でも、ピアノを習わせたい。 まさに、高度経済成長期の昔の日本のようです。

 レッスンを拒否され、毎回なきそうな顔。 
 だったら、と思って、まずは、このピアノ、という楽器からどんな音がでるのか知ってもらうことにしました。
 シャブリエのスケルツォ・ヴァルスとか、ショパンの華麗なる大円舞曲から抜粋で、演奏。
 子供たちの顔がどんどんと変わっていきました。
 『ピアノを弾きたい!』という気持ちになったようです。

 その時のレッスンはうまくいきましたが、クリスマスホリデー後の最初のレッスンの日、お母様からお電話。
 子供たちは全く、ピアノに触れなかった、ということ。
 そこでお母様と話して(その前に一度ちょっと弾いた時は、お母様はお仕事で不在)、その日のレッスンを、『ピアノを聴く日』にすることにしました。

 グレード1、5の楽譜を持参し、その中から2曲。 そして、本気モードで、子供たちに、ゆっくりな曲、速い曲、などとリクエストをもらいながら、私のレパートリーから抜粋。

 4歳だった妹は、どんどんと目の輝きが変わっていきました。 ピアノを弾きたい、と言い出し、レッスン成功。
 彼女は、初めて、ピアノ、という楽器がどのようなものかわかって、弾けるようになりたい、と思えたのです。
 お兄ちゃんは、『弾けるようになりたい』という気持ちにはなったものの、楽譜を読むことに抵抗がある。 最初が楽しかったから、起こってしまった問題。 
 二人には、ピアノを弾くには毎日の練習が必要。 最初は10分でよいから、忘れないうちにピアノを触る、という約束。 妹の方は、弾きたい気持ちが強くて、しっかりと練習ができるようになっていました。

 
 1月末だったと思いますが、再び問題発生。 伺ったら二人とも泣いている。 ナニーのおばあちゃまが手を焼いていたので、妹のところに行って、手を差し出したら、私に素直に抱っこされ、私の背中をちゃんと掴んできました。
 きっと、年子のお兄ちゃんが泣いているから、自分もそういう気持ちになってしまったのかな?と思って、
「どうする? ピアノ聴きたいな」と聞いてみたら、弾きたい、とのこと。
 さっきまで泣いていたのが嘘のようなレッスンができました。
 指もしっかり、楽譜もしっかりと読めます。

 この日、言葉が半分しか通じないおばあちゃまが、初めて帰り際に私に笑顔を下さりました。 あの笑顔がどれだけ嬉しかったことか。

 妹の方は、その日以降、順調。 どんどんと吸収していきます。
 そして、よく練習してあります。
 お兄ちゃんは、まだまだ壁があります。 あせらず、壁を取ってあげたい。 でも、だからといって、楽譜を読んであげることはしません。 それは、彼のためにならないので。 読んではあげないけれど、もちろん、読むための手助け、ヒントは毎回しています。 とても賢い子なので、きちんと読めます。 気持ちしだい。 ちょっと上手くいきかけたこともあったので、それはまたいつかここに。

 今回私が学んだことは、練習してこない、という裏には、もちろん、時間的な物理的問題の時もありますが、練習の意図、ピアノってどういう音がでるのか、ピアノを習ったら、どういう音楽が奏でられるようになるのか、がわかっていに、ということ。目標、というか、弾けるようになりたい、弾きたい曲がある、というものがない。

 私がみていて思うのは、兄弟で習う場合、3つくらいの年の差があれば、下の子の進度が速い、ということ。もしくは、趣味でもご両親がピアノを弾く場合。
 ピアノ、という楽器からどういう音楽を奏でられるようになるのかわかっているからなのですね。 きっと。

 
 ピアノを習っている子がピアノの演奏を聴いたことがない(発表会以外で)、という問題は以前から感じていました。
 昨年の夏、私は、ピアノを習っている子達に、有名曲、アニメ音楽ではなくて、ブルグミュラー、子供たちが弾くような教本、イギリスのグレードの曲など、イギリスの子供たちに人気が高い曲、など+ショパンやベートーヴェンなどのコンサートをしたら、少し違うのでは?と思って、いくつもの日本のピアノ教室(個人ではなく)に問い合わせをしました。 が、返信は一つもありませんでした。 仕方がありませんね。 日本での実績ゼロ、有名国際コンクール入賞ゼロですから。

 今回のこの兄妹のケースを経験して、もちろん、全ての子供たちに共通するなんては思っていませんが、ピアノを習っているのにピアノの演奏を聞いた事がない、ということが少しでも減ったら、と思わずにはいられません。
 イギリスでこれができたら良いですが、何分環境的に難しい。 日本と違って、個人が気軽に借りられるホールがほとんどありません。

 長くなりましたが、書き残しておきたい出来事だったので。
 

Posted on 2014/03/03 Mon. 23:10 [edit]

category: 音楽

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03

ロンドンの桜、春到来?? 

あっという間にもう3月。
 今日はウェールズの守護神をまつる、St David's Day。 ウェールズで5年間生活をした私にとって、イングランドに住むようになってからの方が長いのに、3月1日にちゃんとウェールズのお花である、ダフォディルが咲くかしら?といらぬ心配をいまだにしてしまいます。
 今年は、既に先週、いやその前からかもしれませんが、ダフォディルが咲いています。

 日本よりも暖かいのでは?と思うほど。 今日は青空が広がっていたこともあり、空の色で気温を判断するイギリス人(確証はありませんが、半分正しい)は、半そでの人もチラホラとみかけました。
 冬の間グレーの空に見守られ、太陽が顔を出さない国に生活しているので、今日のような青空は目に辛い。 皆さん、ちゃんとサングラスをかけていらっしゃいました。

 水曜日、木曜日、完全に寝込んでしまい、昨日は1軒だけ、導入ではないお宅(導入は、話しっぱなしになるので、声が出ないとレッスンにならない)の教えへ行って、今日から復活。 それでも、元々レッスンをキャンセルされたご家庭があったりもしたので、いつもの土曜日に比べて楽だったのでどうにか。
 帰ってきたら、夕食も食べずに、とりあえず、ベッドに直行でしたが。
 

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 駅へ行く途中の桜。 3月に桜が咲くなんて私がイギリスへきてから、初めてかもしれません。 これは、先日チチェスターへ行った時の写真なので、今日暖かかったこともあって、もう少し華やかになっているでしょう。


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 イギリスでは、桜、と思っても実は、アーモンドの花、ということもよくあるのですが、これは、桜だと思います。 アーモンドですと、木ももう少し小柄ですし。

 それでも、日本の桜にはかないません。
 あの、桜の木が何本も並んだ風景。 私が日本で一番美しい、と思っているものです。 こちらの友達などに、日本へ観光に行きたいのだけれど、といわれると、絶対に4月上旬!と言ってしまうほどです。
 
 この私でさえ、8年ほど前だと思いますが、ロンドンの映画館で、『芸者の思い出(邦題: さゆり)』を見た時、映画の中での満開の美しい桜を見て、故郷を思ったほどです。


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 チチェスターの大聖堂のお庭にあった、クリスマス・ローズ。 クリスマス・ローズ、といっても、クリスマスに咲く、というわけではなかったように思いますが、うる覚え。

 クロッカスにダフォディル。 教えに行く途中、素敵な住宅地の前庭をきれいにしているお宅のお花を見るのが楽しみになってきました。

 ですが、疑い深い私。 このイギリスで、こんなに楽な冬があって、パンケーキの日よりも前に春が来るのは、やはり信じられない。 どんでん返しがありそうな気がしてなりません。

Posted on 2014/03/01 Sat. 23:54 [edit]

category: 日常

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