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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

水の都の工夫 

 水位が高いらしいこの時期のヴェネツィア。

 水上バスの経路が変わったところがあって、1本でいけると思っていたところへ、乗換えを余儀なくさせられたりもしました。


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 船着場から、町を挟んで反対側の船着場へ住宅地を通って移動する必要があったのですが、細い水路の脇の歩道は、水が溢れ出ていました。


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 いったん回れ右をして、橋を渡って、他の道を探したりしているうちに、迷路のような路地に迷い込んでしまったり。
 地図は持っていたのですが、天候が悪くて、開くことができませんでした。

 どこを行っても水浸しなので、仕方が無いので、最後はここを歩きました。
 長靴必須です!
 

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 水路に近いお宅は、皆さんこうして、ドアの下の部分水よけ、というか、壁をつけていらっしゃいました。
 ということは、酷い時には、この高さ近くまで水が来る? そうなったら、街を歩くのはかなり無理そうです。


 絶対に、初夏などの良い季節にヴェネツィアはリベンジです!
 今回は、これが目的ではなかったので、まだ良いですが、ヴェネツィア観光目的でいらした方は大変だったと思います。 
 とりあえず、ストラヴィンスキーとディアギレフのお墓参りができたので、私としては満足です。
 
 というわけで、長々と続きましたが、ヴェネツィアはこれでおしまいです。

Posted on 2013/11/30 Sat. 23:37 [edit]

category: イタリア

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30

箱物 

 早いもので、明日はアドヴェント。 
 生の樅の木が売り出され、運んでいる人を今日はちらほらみかけました。

 先週の土曜日はヴェネツィアにいたのに、それはもう遠い昔、と思えるほど、今週はメチャクチャでした。
 極めつけは今日。
 
 朝9時半から教えを始め、12時20分まで教え、急に録音をする必要ができたので、録音をして頂いて、またすぐに夕方6時から8時30分頃まで教え。
 録音は2時間真剣勝負ですから、体力がずいぶん奪われました。
 
  
 10年以上知っている方にとって頂いたので、知らない人にお願いするよりは、ずっとリラックスしていましたし、弾きやすかったのですが。
 先週はコンクールで落ちた後はピアノを弾いていませんでしたし、水曜日には全く違うプログラムでコンサートをしているので時間が無くて、もう少し弾き込みたかった、というのが本音ですが。

 
 録音をしなくてはいけない場面に出会うたびに、日本をうらやみます。
 日本、特に東京であれば、録音の為に低価格で借りられるスタジオ、公共のホールがありあまるほどあります。
 ロンドンは違います。
 母校でお願いしようと思ったら、卒業生は、休暇中しかできない、とのこと。
 
 防音ができているスタジオは少ない。
 ポップスとか、ジャズ系、ロックなどだったら、いくらでも録音スタジオがあるのですが、クラシック用は本当に無いのです。
 ピアノの状態が変わってしまうし、エンジニアの音の選び方も違うので、クラシック専門でなければ、正直悩んでしまうのです。

 
 今回は、知っている方ですし、最近CDレーベルを立ち上げた方なのですし、クラシックピアノにとても詳しくて、全てをお任せできる方。
 でも、スタジオ(録音場所)が無くて、苦労しました。
 結局は、知っているピアノを持っている方のところをお借りしてとって頂いたのですが。
 日本だったら、と思わずにはいられませんでした。

 
 誰に何と言われようと、イギリスで活動している私にとって、日本は箱物王国。
 あの日本のホールと高級コンサートグランドピアノの数々。 そして、それらが使われていなさすぎ。
 水曜日の教会のオンボロピアノ。 日本だったら、ありえないと思います。
 でも、音楽を聴きたい人たちがいる。
 無名の演奏を楽しみにして下さる方々がいらっしゃる。
 だから、私はこの恵まれていないイギリスでの活動を続けているのだと思います。

 でも、今回ばかりは、日本のことを考えてため息が出るばかりでした。
 

Posted on 2013/11/30 Sat. 23:20 [edit]

category: 音楽

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30

言葉 

 久々にコンクールに行って、身をもって感じたこと。
 それは、語学。
  
 フランスの時は、フランス人以外でも、フランス在住の人が多く、ほとんどがフランス語で行われました。
 フランス語がわからなかったのは、私を含め、ほんの数人だったと思います。

 今回のイタリアは、イタリア語圏の人は少なくて、共通語は英語。
 ですが、審査委員の関係もあって、ドイツ人は参加していないのに、ドイツに留学中の人が非常に多い。
 よって、ドイツ語も飛び交っていました。 もちろん、ロシア語も。

 参加者同士が話す時には、まず、
「Hello. I'm ○○. Where are you from?」

 どこから来たのかを聞くことによって、その後の会話を何語でするのかわかるのです。
  もちろん、生まれた国と現在住んでいる国が違うことがほとんどなので、
「I'm originally from Japan but now I live in the UK」
 などという会話になるわけです。

 会話する同士の生まれた国、住んでいる国が違う場合は、やはり共通語は英語。
 ですが、英語が苦手な人ももちろんいるわけです。

 私は、普段使う言葉が英語なので、こういう場合には楽をさせて頂いていますが、反対に言うと、英語しかできない。 これはこれで、情けない。
 日本だったら、英語ができたら良し。 という感覚がありますが、世界に出て行くと、英語はしゃべれて当たり前。 3、4ヶ国語を話せることが普通。
 
 イギリスに帰国した日、滞在していたゴリツィアから、ヴェネツィアへ行く列車は2時間に1本。 よって、駅で、チリ人でドイツ/オーストリア在住、韓国人でパリ在住、という参加者と一緒になって、特にチリ人とは、コンクール期間中も仲良くしていたので、3人でしゃべりながら、2時間をすごすことができました。
 このチリ人は、語学に長けていて、母国語のスペイン語、在住国のドイツ語、そして英語、+片言の韓国語と日本語。 韓国人は、母国語の韓国語と、在住国のフランス語。 そして、大学時代に第2外国語で日本語を勉強したそうです。
 こうなると、共通語は英語。 となると、やはり、英語は強いです。

 
 フランスではホームステイをしていましたが、どうして、フランス語のできない私がどうにかなっていたのか、というと、ホストのマダムは、日本人とフランス人のハーフだったのです。 中学生まで日本で育っていらっしゃいますし、非常に流暢な日本語。 
彼女も語学に長けていらして、フランス語、日本語(書くのは苦手だそうですが、読むのは大丈夫)、英語、ドイツ語、片言のロシア語。
 一週間一緒にすごさせて頂いて、語学ができる理由がわかった気がしました。

 私たちの会話は日本語だったのですが、たまに、ご存知でない単語があると、たとえば、
「Adoptされた子供のことを何と言うの?」と聞かれ、「養子」と答えると、その後の会話に、積極的にその単語を使って、彼女の中で定着させていくわけです。

 先週知り合ったチリ人とは、Facebookでやりとりをしていますが、YouTubeの画像を貼り付けてきて、
「Omoshiroine kore」 と書いてきました。
 見てみたら、ダウンタウン?? 英語の字幕付。
 私は見たことがなかったのですが、こうして日本語を覚えていくようです。
 彼がわかるような言葉だと、こうして、ローマ字で書いてくる(実は、ひらがなも結構読める)のですが、知らない言葉を私が使ったら、きいてきます。 そして私にはそれが答えられません。

 昨日は、「今、何してる?(原文はローマ字)」
 「家に帰ってきたところ」と答えたら、『ところ』って何? ときました・・・ 
 何気なく使っている言葉ですが、いざ説明できない。 この場合は、Recently とか、Nowかな、と答えましたが、不安。

 語学ができる人は、何かしらの共通点がある。
 才能もあるだろうけれど、そこには工夫がある。

 
 私の場合、英語は生きる為に必要な言葉で、暮らしているうちに、しゃべれるようになった。
 だから、とりわけて、勉強の仕方がわからない。

 ロシア語は初級から10年間抜け出せません。
 秋から、ロシア人家庭の子供たちにレッスンをしていて、子供も親も英語で問題が無いのですが、ナニーが全く英語が話せないので、彼女とは私の片言のロシア語。
 単語力が無いので、言われていることを聞き取れても、すべては理解できません。
 これを機に、毎週ロシア語に触れられるのですから、上達させたいとはおもいますが。

 英語が共通語でも、小さな町では、イタリアもフランスも英語が通じませんでした。
 ジェスチャーでどうにかなりますが、ちょっとでもしゃべれたら、もっと楽しいと思う。

 外に出て行くと、自分に渇を入れる、良い機会になります。

Posted on 2013/11/29 Fri. 01:24 [edit]

category: 日常

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29

水の都の乗り合いバス 

話が前後しますが、ヴェネツィアに着いて、空港行きのバスのチケットを買ったり、乗ろうと思った船着場で待っていたら、ぜんぜん船が来ない、とか色々とあり、なんと着いてから1時間経って、やっと駅前から水上バスに乗ることができました。
 
 ちなみに、サンタ・ルチアの駅に荷物預かり所があるので、私は大きい荷物をそこへ預けました。


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 普段を知りませんが、水位が高め。
 夕方には、ずいぶん水が道路に飛び出していました。
 写真からはわかりませんが、実際には、あのヴェネツィアを描いた絵のように(誰でしたっけ?)、エメラルドグリーン(くすんだ)に近い色の水です。
 

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 橋の下も、本当はもっと開いているのでしょうね。
 有名なゴンドラは、みかけませんでした。


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 いざ船に乗り込んで・・・
 屋内になっている部分もありますが、折角なので、屋根だけがあるところにいたら、ずいぶんと濡れました。
 
 というか、1週間、田舎に滞在していたので、人の多さに驚き、このロンドナーの私が人に酔ってしまいました。 
 ですが、お隣にたっていらしたご家族がイギリス英語で会話をしていたので、ずいぶんほっとした部分もあり。


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 タクシーが通り過ぎました。
 交通渋滞もありませんし、水上バスよりもずっと速い速度でした。


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 そして、当たり前のように、救急車も、船!
 写真に撮れませんでしたが、もちろん、パトカーも船。

 
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 こちらが、停留所。
 水上バスは、左右のどちら側からも出られるようになっていて、停留所によって、係りの方が右へ左へ、と動いていました。


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廃墟? 他にも出入りをするドアがあるのでしょうか? ドアの下の部分は、水に少々浸かっていました。


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 ここが、中心を走るグランド・カナルですが、これで、青空だったら!と何度思ったことでしょう。
 特に、ロンドンに来るイタリア人から、よく、ロンドンのグレーの空を馬鹿にされるので、よけいに、こちらとしては、だったら青空を期待してイタリアへ行くわけです。
 


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 途中で船を降りて、墓地行きの船に乗る為に、町を横断。
 そこにも、また細いカナルがあって、個人所有なのでしょうね。 小船が。
 有名な橋を見ることはできなかったのが残念ですが、それでも、街のどこもが絵になるのがヴェネツィアでした。
 
 絶対に、良い季節に、純粋な観光で訪れます!

Posted on 2013/11/28 Thu. 14:01 [edit]

category: イタリア

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28

ケント、セヴェノークスでのコンサート 

 年内最後のコンサートでした。

 2006年にセルフプロモーションで、コンサートを始めた頃は、ケント地方へ行くことが多かったのですが、最近は、北イングランドが多いので、チャーリング・クロス駅を使うのは、1年半振りのはずです。
 2006年から演奏をさせて頂いていて、4月のコンサートを骨折でキャンセルしてしまった、ロンドンから列車で40分ほどのセヴェノークスでのコンサートでした。

 プログラム

 バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第2巻第1番 ハ長調
 グリンカ/バラキレフ: ひばり
 シューベルト/リスト: 水車職人と小川
 チャイコフスキー: ワルツ・スケルツォ 作品7
 ショパン:バラード 第1番

 
 ここは、現在私が呼んでいただいている中で、一番楽器に恵まれていません。
 アップライトピアノで、それが、想像を超えるほどの悪い楽器。
 何が一番困るか、というと、中央ドから下が上よりも音に輝きがあり、普通に弾くと、上の5倍くらいの音の大きさがあるのです。
 上は、とても曇った音。 低音部にメロディーが来る曲は少ないので、これで、どうにか上を出していかなくてはいけない。

 特に、今回は10月中旬のコンサートの後、2度のコンクールを受け、とても良い状態のピアノに触ってきた後です。 コンクール中はすることのなかったミスタッチも生まれてしまう。 それどころか、音を出そうとするから、変なことに気を取られ、暗譜もどんどん飛んでいきます。 たった30分のコンサートですが、疲労感は、1時間半のコンサートと変わらないどころか、それを上回ってしまうのです。


 ここはヴォランティアですし、正直、どうしてここまでしてここへ行くのか?と思わないわけでもないのですが、経歴が無い頃から受け入れて下さり、5年前のヴィザの裁判の時には、上告書に添える手紙を司祭さんが書いてくださいましたし、何よりも素敵な方々がいらっしゃるところなので、呼ばれる限り、演奏させて頂きたいと思います。
 ただ、弾く曲目について、毎回悩まされていますが。

 フランスとイタリアの乾いた音響の劇場で演奏をした後(しかも、そういう中で演奏も聴いていた)、教会に戻ってくると、その音響の豊かさに、反対に最初は戸惑ってしまいました。
 もちろん、この音響の方が弾きなれているわけですので、すぐに戻りましたが。

 やはり、コンクールで準備したり、弾いてきた曲、というのは、それだけ細かな弾き込みをしていますから、完成度が違うことを感じてしまいました。
 バラードは、3月以来久々に取り上げましたが、名曲なのはわかっている上で、何度弾いてもしっくりこない、というか、好きな曲なのに、なかなか相性が良いわけではないようです。

 12月を勉強の時間にあて、1月中旬には、初めてオックスフォードで演奏をさせて頂きます。
 新しいレパートリーで、挑戦します。 その前に、師匠のレッスンも入れて頂く約束なので、ひたすら、譜読み&暗譜を致します。

 7月には、3年振りに日本での演奏もさせて頂く事ができましたし、まさかの手の骨折を挟んで、コンクールにも再挑戦をした年になりました。
 2014年は、レヴェルアップして、今年学んだことを放出していきたいと思います。

Posted on 2013/11/27 Wed. 22:05 [edit]

category: 自分のコンサート

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27

カラフルなBurano(ブラノ)島 

 ヴェネツィアの続きです。
 お墓参りのあと、一度本土に戻って船を乗り換えて、ブラノ(Burano)島へ。 ムラノ島へ行くか迷ったのですが、カラフルな家がある、と読んだので、ブラノ島へ行くことにしました。
 
 船に乗って、40分ほど。 悪天候で、結構揺れました。
 それにしても、今年は、5月のモン・サン・ミシェルに続いて、水のあるところに縁があるようです。 日本でも、芦ノ湖で遊覧船に乗りましたし、琵琶湖へも行くことができました。 

 ちなみに、ブラノ島は、漁師の街で、女性たちは、レース編みをすることで有名だそうです。
 

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 船着場を降りてすぐ、カラフルな家が目に飛び込んできます。
 が、雨も風のひどく、既に傘が半分壊れてとんでもない状態になっていた私には、厳しい。


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 街の中に入っても、カラフルな家は続きます。
 隣とあっていない色でも、なぜだかちぐはぐ過ぎないのが不思議。
 これが、青空の下だったら、どんなに素敵でしょう!と思ってしまいます。


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 広場? 写真右側の、カップルの左側の男性の足を注目。
 オレンジ色なのがわかりますか?
 この時期、とにかく水位が高くて、道路が歩けない状態のところもありました。
 よって、長靴を持ってきていない観光客の為に、ビニールの足底はとりあえずきちんとした、簡易長靴、というか、かぶせるものを売っているようです。 それが、このオレンジのもの。 ブルー、イエローなども見かけました。
 地元の方は、長靴を履いていらっしゃいました。
 ヴェネツィアだけの観光を目的にいらした方は、帰りのロンドン行きの飛行機で、長靴の人を何人もお見かけしました。
 

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 ヴェネツィア本土もそうですが、ここも、どこでも絵になる風景。
 レース編みのお店がたくさんありました。
 こわごわと1軒入ってみましたが、ご婦人が、デモンストレーションをしていらっしゃいました。
 15cm各のドイリーを見せて頂いたのですが、数人で作りあげるそうです。 どうやら、皆さん、ご自分が編む模様、というのが決まっているそうです。
 もちろん、あれだけ手の込んだものは、私に購入できるものではありませんので、みるだけ。
 手仕事が大好きなので、あのような素晴らしい手刺繍をみてしまうと、習いたくなってしまいます。
 刺繍、といっても、カラフルではなく、白の糸でつむいでいく感じです。
 

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 広場で、銅像を発見。 名前を見たら、ガルッピ。 生きていた年代と、うる覚えのファーストネームを見る限り、あの作曲家のガルッピ??? 今月頭に他のコンクールを受けようかと思って、課題曲のひとつのガルッピのソナタを途中まで譜読みしていました(他にもやっていない曲が多くて、時間が無くて、申し込みをやめました)。 楽譜をアマゾンで注文した時、たしか、こんなファーストネームだったような気が・・・
 手に持っていらっしゃるものが、もしかしたら楽譜だったら?と思って頑張って覗いてみたのですが、わからず。

 と思って、帰ってきてから調べたら、やはりそうでした。
 どうやら、このブルノ島出身のようです。
 まさかまさか、こんなところでお目にかかれるとは。
 
 先日のドビュッシーの生地もそうですが、本で読んでいる時には、なんとなくの地名、としてでしか目に入ってきませんが、実際に訪れると、きちんと頭に残ります。
 ガルッピのソナタ、途中で放り出しましたが、素敵な曲なので、12月の譜読み&暗譜地獄(100ページを超える)が終わったら、仕上げたいと思います。

 天候の悪さも手伝い、船の時間のこともあった為、この島にいたのは、1時間弱でした。
 ぜひ、青空の時にまた訪れたいと思います。

Posted on 2013/11/26 Tue. 23:59 [edit]

category: イタリア

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26

水の都で、バレエ史上大切な二人に会いに 

順不同ですが、先にヴェネツィアのことを。

 たった6時間のヴェネツィア滞在をした、11月23日。 
 ヴェネツィアは、この時期、水位がとても高いらしく+悪天候も伴い、この街へ観光メインで来たわけではない私は、いわゆる、街歩きを諦めました。
  
 さすがの観光地で、水上バスは、片道、€7. 後は、時間単位で買うのですが、12時間乗り放題最低で(たしか、60分というのもあったようには思いますが)、€18. というわけで、これを買って、水上バスに乗っていく場所ばかりみていました。

 たった6時間なので、あらかじめ、前日の夜に行く場所を絞っておきました。
 サンタ・ルチアの駅前から、本当は1本の水上バスで行けると思っていた場所へ。
 結局のところ、20分に1本の水上バスは来なくて、案内所へ行ったら、水位が高いこと、悪天候で、走っていない経路がある、とのことでした。 よって、思っていた以上に時間がかかってしまいました。

 真っ先に行ったのは、島全体がお墓の、サン・ミケーレ。 水上バスでは、ヴェネツィアンガラスで有名な、ムラノ島へ行く途中の、『墓地(チミテーロ)』という停留所で降ります。

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 本土から見える、サン・ミケーレ。 壁で囲まれています。

 先日、パリでもお墓参りをしてきましたが、11年前、初めて遊びにいったウィーンでも、真っ先に向かったのは、偉大な作曲家たちが眠る、ウィーンの共同墓地でした。
 なんというのでしょう、罪滅ぼし? 故人にすがる?? 彼らの素晴らしい曲を演奏させて頂いて、お礼参りをしたいのです。
 

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 船着場が、墓地の入り口。 入って少ししたら、こういう空間が。
 

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 墓地の区画が分かれているようで、私はあらかじめ、目的のお二人が眠る区画を調べておいたのですが、案内板がきちんとあり、迷うことはありませんでした。
 入り口に、墓地の地図もあり、有名人のお墓の場所が示されていました。
  
 この案内図をみたら、私の目的のお二人は、わかりますね。
 目的は、バレエルッスのディアギレフと、作曲家のストラヴィンスキー。 
 このお二人がヴェネツィアに眠っていることは知らなかったのですが、フランスから帰ってきて、そういえば、ラヴェルとか、どこのお墓にいらしたのかしら?と思って検索をしたら、凄いサイトを見つけてしまいました。
 それで、そのサイトを何気なく見ていたら、ストラヴィンスキーがヴェネツィアに眠っていることがわかったのです。
 なので、ぜひ行かなくては!と思ったのです。
 
 その凄いサイトは、墓マイラー巡礼
 音楽家だけではなく、幅広い方々を網羅していらっしゃいます。 世の中には凄い人がいらっしゃるものです。

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 相変わらず、傾いた写真ですが、これもお墓なのです。 初めて見ました。
 白いアパート型の墓石に、色とりどりのお花。 維持が大変?と思ったら、なんと造花だったのです。
 日本の墓地で、造花を使うのは私は大反対です(私の祖父はかわいそうに、造花を供えられていましたが・・・)。 でも、ここでは、それがあまり気になりませんでした。 きっと、日本の墓地とは違う雰囲気があるからかもしれません。
 


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ストラヴィンスキー、の道しるべが。
 

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 とってもとってもシンプルな白い石のお墓。
 Igor Stravinskyと書かれた文字が。

 雨だったのですが、お墓の前で、しばしば、ストラヴィンスキーに罪滅ぼし。
 いや、感謝の気持ちを伝えたのかもしれません。 大学時代に、『火の鳥』のオケピアノを経験していますし、4年前の今頃は、このソロピアノ版に苦しめられ、一昨年の今頃は、『春の祭典』の最後の部分のピアノソロ版を泣きそうになりながらさらっていました。
 でも、今では、大好きになりました。 この曲に出会わなかったら、私のコンテへの道は閉ざされたままだったと思います。
 ちょうど、オペラハウスで、マクミラン版の『春の祭典』を観たばかりですし、感謝の思いを伝えるばかりでした。


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 隣には、おそろいのストラヴィンスキーの奥様のお墓も。
 周りには、ロシア人のお名前のお墓も多くありました。

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 同じく区画内に、ディアギレフのお墓が。
 バレエ史上、なくてはならない存在です。
 まさか、彼のお墓にもお参りできるとは思ってもいませんでした。
 
 左側には、1足のトゥシューズが捧げられていました。
 ロシア語でメッセージが書かれていました。


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 墓石の屋根の下には、2足の男性のものと思われる白いバレエシューズが。
 色々な思いを持って、お墓に訪れているのでしょう。

 
 暴風の中、短いヴェネツィア滞在なのに、何をやっているのか??という感じですが、きっと、お墓参りをしないで帰ったら、後悔すると思うので。 ヴェネツィアは、是非、純粋なるホリデーで来たいと思っていますし。

Posted on 2013/11/26 Tue. 10:50 [edit]

category: イタリア

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26

絶景を見ながら、イタリアへ向かう 

先日の、イタリア紀行です。
 
 17日の午前11時過ぎのロンドン・スタンステッド空港発の、格安航空、ライアンエアー(Ryanair)にて、イタリア北東、スロヴェニアに近い、トリエステ空港へ飛びました。
 といっても、トリエステ、という名前で出てきますが、実際には、トリエステからは40㎞ほど。 私の目的地である、ゴリツィアへ15kmのところにある空港でした。 帰りは、毎日飛んでいるわけではなくて、希望日に飛んでいなかった為、列車で2時間、100kmほど離れた、ヴェネツィアの空港からの帰国になりました。
 どれだけ格安か、というと、フライト、税金、荷物代込みで、往復の値段が、東京ー名古屋のこだま新幹線での往復よりも、安いのです。私のように、細かいことを気にしない性格の人にはもってこいです。
 もちろん、機内食なんてありません。 私は、サンドウィッチを家から作って持ち込みでした。


 ピアノコンクール王国であるイタリアですが、私は、コンクールで行くのは2003年に次いで2度目。 あの時は南イタリア。 その後、講習会の為に(しかも、モスクワ音楽院の教授のレッスン)トスカーナ地方の村へ行ったのが、2006年。 
 7年半振りに、やっと愛するイタリアへ行くことができました。
 

 ライアンエアーは、自由席。 私は窓側に座って、とりあえず、離陸が嫌いなので、前日のほぼ徹夜も手伝って、エンジン全開と共に寝てしまいました。
 1時間ちょっとして目が覚めたら、眼下には、雲に覆われているけれど、きっと素晴らしそうな風景。
 まもなく、あらわれたのは・・・


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 雪山!!
 格安航空ですし、私が長距離便でつけっぱなしの、地図の画面はついていません。
 いまいち地理を把握していないので、フランス?? オーストリア??と思っていましたが、帰ってきて地図帳をみたら、経路的に、スイスアルプスだと思います。
 

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 とにかく、凄い。
 雪山登山をする勇気はないけれど、こうして、上から眺めるなんて、最高すぎます。


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 しばらくすると、雲が山と山の間??
 よくわからないけれど、雲の湖のような風景。


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 遠くまで、この景色が続きます。
 山が無いイングランドに住む私は、こういう風景を見るのは初めてです。
 この風景で、一気に目が覚めました。
 
 とにかく、素晴らしかったです。
 これが過ぎたら、去年見た、あのエメラルドグリーンの川。
 
 着陸態勢に入ってしまったので、写真はとれず、でしたが、これも素晴らしい。


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 1時間45分ほどで、イタリアに到着!
 この青空と、空気が懐かしい。
 ですが、残念ながら1週間の滞在中、この青空を見たのは、この日だけでした。
 ほとんど雨かイギリスのようなグレーの空でした。


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 小さなトリエステの空港。
 イギリスは、EUには入っているもの、シェンゲン協定には加盟していません。
 シェンゲン内でしたら、EUのパスポートを持っていなくても、国境を越えられます。
 ですが、イギリスからは違う。
 パスポートコントロールへ行ったら、長蛇の列。
 ですが、隣に、NON EU PASSPORTの短い列が。 見回すと、イタリア人とかイギリス人もどさくさにまぎれて、並んでいました。
 私の番になったら、審査官は、嬉しそうに笑顔でパスポートを受け取って、それまで立っていたのに、どっしりと座ってしまいました。
 この空港で、EU以外のパスポートは非常に数少ないものでしょう。 嬉しそうに、ゆっくりと、私のパスポートに押されたスタンプ(今までの渡航記録)を眺めていらっしゃいました。 今の私のパスポートで面白い記録は、セイシェルくらいですが。

 もちろん、問題なく、スタンプを押して返して下さいましたが。

 インフォメーションでゴリツィア行きのバスのことを伺ったら、1時間ちょっと後、とのこと。
 日曜日は、午前11時くらいの後、4時過ぎまでバスが無いのです。

 上の階に上がってみたものの、カフェしかない。
 私が乗ってきた機体で出発する人たちの見送り、という感じの方々が、窓に張り付いていました。
 小さい空港で、人々が、飛行機に乗り込むところがギリギリ見えるのです。
 カフェで、カプチーノ。 空港なのに、フランスなんかとは比べ物にならないほど、安価。 しかも、待ち焦がれていたイタリアのカプチーノ。 イギリスで飲むものとは味が違います。

 バスに30分ほど乗ったら、目的地、ゴリツィアへ。
 ゴリツィアの駅について、タクシーがいなくて、B&Bまで歩いて20分ほどだから、と思って歩き出したら、なんだかおかしい。 私は、唯一見つかった、Google mapを持っていったのですが、なんと、Google map、駅の場所が、全く違いました。 それで、とんでもない思いをしましたが、たまたま英語を話せる方が助けて下って、自分がいる場所がわかったのです。 Google Map、鵜呑みにしてはいけません・・・
 

Posted on 2013/11/25 Mon. 23:38 [edit]

category: イタリア

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25

イタリア、スロヴェニアから帰ってきました 

再び、ご無沙汰しておりました。
 11月17日からイタリアへ行っていて、昨日の夜遅く、というよりも、今日の朝2時にロンドンの自宅に帰ってきました。
 前回のフランスの記事があるので、予想がつくかもしれませんが、一週間も海外へ、ということは、コンクールです。
 残念ながら、自由曲、というプログラムで、初めて、予選にショパンの幻想ポロネーズを入れてしまったら、コンクールでの予選でこの曲はご法度だったようで・・・ 再び予選敗退でした。 全体的に、非常に疑問の残るコンクールでした。
 しかし、前回よりも、参加者たちとの関係が良く、何人かと仲良くなり、有意義な時を過ごさせていただきました。


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 昨日、フライトが夜だった為、6時間ほど、空港から一番近い観光地である、ヴェネツィアで遊んできました。
 暴風、暴雨で、有名どころを歩くこともなく、マイナーなところへ行ってきたのですが。

 滞在していた場所は、スロヴェニアの国境まで徒歩10分のところ。
 よって、スロヴェニアへも、滞在中2回行ってきました(もっとも、スーパーマーケットの買出しだけ)。
 
 4月に、骨折の為にキャンセルしてしまったコンサートが、水曜日にある為、予選敗退後、触っていないピアノを3日間で戻さなくてはいけません。
 少しずつ、また、この1週間のことを書いていきたいと思います。

Posted on 2013/11/24 Sun. 14:37 [edit]

category: イタリア

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24

嬉しい知らせ 

 先週、生徒がフェスティヴァルの2部門(クラス)で、1位を頂きましたが、昨日、他の10歳の生徒が同じフェスティヴァルの、13歳以下、1945年以降に書かれた曲のクラスで、1位を頂きました。
 作曲家の名前を忘れてしまうのですが、『真夜中の火祭り』日本人作曲家の曲を弾きました。
 
 あまりこういうタイプの曲を弾いたことが無かった子なので、あえて、勉強のつもりで、この曲を弾くことに。
 別に、私は生徒に日本人作曲家の曲を弾いてもらおう、とは思わないのですが、この曲は良い曲です。

 アーティキュレイション、強弱、何度もやり直しをさせられましたが、変化がつけられるようになっていたので、とても嬉しい。
 
 なかなか、私自身はコンクールでよい成績をあげられませんが、生徒たちが、頑張っているので、それはそれで、良いのかな、と思います。 さすがに、自分でもタイトルがほしいですが。 自覚の無い、『個性が強い』ということ、これとどう向き合うかが課題です。

 
 受賞は、あくまでもご褒美。
 でも、励みにはなっているようです。

 
 生徒を伸ばす為には、私自身が勉強しなくてはいけません。
 それは、指導法セミナーではなくて、私自身が、良い先生にピアノの指導を受け続けること。 そして、うわべではなくて、根本からのピアノ指導を受けること。
 それが、生徒たちの受賞に繋がる、と私は思っています。 もちろん、受賞だけではなくて、日々のレッスンにも。
 夏休みの間、日本から帰ってきて、サマーコースへ行く為に再び1週間のお休みをしてしまったこと、よく思われていないご家庭もありましたが、私があの1週間で学んだことは、生徒たちのレッスンに活かすのです。 なかなかわかって頂けないですが。
 
 やはり、私自身が弱さを感じる、フランス物、さっさと仕上げて、パリへレッスンへ行きます! ユーロスターが信用できない冬の間は避けますが。


 フェスティヴァル、コンクールの受けすぎには私は否定派ですが、きちんと力になる、土台にする、という意味では、きちんと考えた上で、生徒たちを出していきたいと、思います。 
 

 

Posted on 2013/11/18 Mon. 21:53 [edit]

category: 音楽

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18

1週間滞在したパリ郊外の街③ 

もう既に、フランスへ行って帰ってきてから、2週間が経とうとしています。
 これが、最後の記事。

 滞在していた街、シャトゥーは、芸術家に愛され、この近郊の街を含め、ルノワール、モネを始め、多くの画家がここで絵を描いたそうです。

 
 コンクール初日(ちなみに、ユーロスターが遅れた影響で、私は、くじ引きに間に合わず。 連絡したので、問題なしでしたが)に、コンクール関連+この街の観光資料を頂きました。 ですが、観光資料には目を通す気にもなれず、そのまま。 
 帰国前日に荷造りをしていた時に、この資料に気がつき、フランス語が読めないけれど、もしかして、と思ってマダムに伺ったら、やはり私の勘は当たっていました。
 それは、この近辺の簡易地図で、5つくらいの散策コースが書かれたもの。 散策、といっても、画家の名前、絵のタイトル、所蔵美術館が書かれている。 要は、画家たちがここで描いた絵を示していました。

 帰国する日の朝、30分ほどでしたが、アパートから歩いてすぐの絵が描かれた場所へ行ってみることにしました。


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 まずは、アパートの本当にすぐそばに、それらしきものを見つけました。
 

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 近づくと、ここで描かれた絵が飾ってありました。
 資料が見つからないので、どなたの作品かは忘れてしまいました。
 


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 セーヌ川の橋を渡って、振り返る。 私が滞在していたあたりです。
 

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 なんと説明すれば良いのかわかりませんが、セーヌ川の中心に、島のようになっている部分があるのです。
 ここを降りていきます。


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 レストラン、博物館らしきものなどがある一角。
 この建物の色、形、その前にある植物。 イギリスとは違う。 いかにも、フランス。
 

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 目的の目印が見つかりました。
 ワシントン美術館に所蔵されている、ルノアールの絵。
 
 ルノアールは、セーヌ川沿いの絵は似ているものが他にもあったように思うのですが、きっと、違うロケーションで描かれているのでしょうね、とやっと気がつきました。
 ここにルノアールが来て、絵を描いた、と思うと、とっても感慨深いものがありました。


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 このすぐそばには、もう一枚、ルノアールの絵が。
 これも、確かワシントンに所蔵されていたと思いますが、どこかで見たことがあるような絵。
 
 この右側のレストランのテラスを描いたそうです。
 

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 元々、このレストランはあったものですが、テラスの日よけは、まさか当時のままではないようで、ルノアールの絵と同じもので作り変えているそうです。
 これを先に知っていたら、是非ここに食事に来たかったですが、後のまつり。


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 良い天気だったのに、だんだん、雲行きが怪しくなってきました・・・
 ちょうど、RERが通り過ぎました。
 イギリスのグレーの空ともちょっと違って、色々と感じるものがある、小雨がパラつく空でした。


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 滞在先のすぐそばの教会。
 リノヴェーションをした後で、きれいですが、実は古い教会。
 たまたま、帰国前日の日曜日の夕方、ここで、オルガンとヴァイオリンのコンサートが行われたので、滞在先のマダムと行って来ました。
 オルガンとヴァイオリンの組み合わせは初めて聴きます。
 
 教会の大きさに対して、オルガンの音が大きくて、しかも、このオルガニストは、明るくブリリアントな音を好む傾向のようで、時折、耳に手を当てるご老人もいらっしゃいましたが、素敵な時間を過ごさせて頂きました。


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 最後に、この街のコンセルヴァトワールには、クロード・ベッシーの名のダンス・スタジオが。
 クロード・ベッシー、元パリオペラ座スクールの校長(でしたよね?)のはず。 
 私が日本にいたころ、ローザンヌのバレエコンクールの解説をしていたのが彼女でした。
 この街の冊子を見ていたところ(マダムに教えて頂きながら)、彼女はこの街に住んでいることから、コンセルヴァトワールにも、彼女の名前のお部屋があるようです。 開館式の時の写真が載っていて、初めて彼女のお姿を知りました。
 
 作曲家の、ジャン・フランセ(今年2月頃の、ロイヤルバレエのラトマンスキー振付のショパンの24のプレリュードで踊るバレエ作品は、フランセのオケ編曲版を使用)もこの街に住んでいたことがあるそうです。

 パリの市内から、たったの15分ほど。
 とっても素敵なところで、良い季節に、一度、あの画家の地図を持って、ホリデーで訪れたいと思うばかりです。
 でも、今回も時間がなくて、パリの美術館にもいけていません。 前回も、ルーブルへ行っただけで、オルセーも、オランジェリーも行ったことがありません。 行きたくていますが、パリは近い、と思うとなかなか。 その割りに、前回のパリから、9年も経ってやっと行くことができたのですが。

 というわけで、長くなりましたが、フランス滞在記、終了です!

Posted on 2013/11/17 Sun. 05:56 [edit]

category: フランス 

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17

1週間滞在したパリ郊外の街② 

冷え込んできているロンドンです。

 

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 毎日、滞在先のアパートから、こういうところを通ってコンセルヴァトワールへ行っていました。
 
 滞在先には、小さな犬と、どっしりとした猫がいました。
 私は、犬も猫もどちらも苦手。 触れるなんて事はできません。
 犬にいたっては、周囲50cm以内に来たら、逃げるほどです。
 
 それが、あまりにもやさしい目をして、大人だけれど、ミニの種類の、とてもおりこうな犬と毎日過ごすうちに、最後は、背中をなでることができるようになりました。 驚くことです。

  


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 コンクールに落ちてから、残りの審査を聴きに行っていましたが、ランチブレイクが、たっぷりと2時間以上あったので、街の中を歩き回りました。
 といっても、街は狭いので、20分ほど歩いて、セーヌ川のほとりや、駅の反対側の素敵な住宅地へ行ったり。

 川沿いに、素敵なお宅。
 ブドウ?? フジ? 初夏は素敵なのでしょうね、と思わせる植物。


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 本の中にでてきそうな、赤いつたがからまったお宅も(人が住んでいるのか?という感じでしたが)。


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 セーヌ川の水は、決してきれいではありませんでしたが、それでも、水に映る影、模様、木の葉っぱの音。
 この街は芸術家に愛され、ドビュッシーはこの街で、いくつかのプレリュードを書いた。
 という話を伺った後では、ドビュッシーの自然をタイトルにした曲が頭の中に自然と響いていました。

 
 

Posted on 2013/11/16 Sat. 22:53 [edit]

category: フランス 

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一週間滞在したパリ郊外の街① 

 私が10月28日から7泊で滞在したのは、パリからRER(郊外列車)に乗って、15kmほど西へ行ったところにある街、シャトゥー(Chatou)。

 
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 ちょっとボケていますが、シャトゥーの駅。
 RERは、路線によっては、危険だとか、評判が良くないのですが、この路線は、それほど問題が無いようです。
 幸運なことに、一度も、危ない場面を目にすることはありませんでした。
 フランス語のRが難しくて発音できなくて、いつまでたっても、英語読みをしていました。
 

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 素敵なお花屋さんも。 お店の前のピンクの自転車は、オブジェ。 
 ハロウィンのディスプレイを、ほおずき(表記が怪しい)を使ってなさっていたりしていました。
  

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 この街では、週に2回、駅前の駐車場で、マルシェが開かれます。
 土曜日の昼頃、コンクールのファイナルのランチタイムを使用して、行ってみました(マルシェはお昼過ぎで、店じまいを始めます)。
 滞在先のマダムがおっしゃるには、野菜、魚、肉は、スーパーマーケットを使用しないで、マルシェで買うそうです。 そして、マルシェに行くと、友人に会えるから、社交場のような役割もしているようです。


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 八百屋さんをひとつ。
 立派なアーティチョークが! 買いたくなってしまいましたが、もって帰ることを考えて、やめておきました。

 イギリスも、特に地方で、マーケットのお野菜、というのは新鮮ですが、なかなかロンドンでは難しいです。
 ノッティングヒルのマーケットでは、新鮮なお野菜が並びますが、土曜日の昼間にあそこへ行くことは私には不可能。
 カーディフ時代には、絶対にスーパーマーケットで野菜を買うことはありませんでしたが、ロンドンではそうもいかないのが残念なこと。
 
 チーズもたくさん。 ただ、私はまだ、チーズは種類によって食べられるものと駄目なものがあるので、購入はやめておきました。 

 その代わり、お惣菜屋さんで、酢漬けの魚、とか、おいしいものを数種類買って、近くのベンチで、ランチにしました。
 

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 滞在先のアパートの前は、セーヌ川。
 これは、お宅からちょっと歩いたところ。
 水門があったりして、行ってみたかったのですが、何しろ、ほとんどコンセルヴァトワールにこもっていたので、遠くから見るだけでした。
 


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 滞在先から、コンセルヴァトワールまでは、歩いて15分ちょっと。
 素敵なお宅も多くて、こんな素敵な住宅地があったので、歩くのが苦ではありませんでした。
 ほぼ毎日、昼間は晴れていて、夕方から夜にかけて雨。
 雨、といっても、小雨のことが多かったのですが。

 イギリスと違って、ほとんどのお宅が、高い塀と、立派な門に囲まれていたのが、印象的です。
 カフェも、パン屋さんも、英語が通じなくて、全て身振り手振り。
 心機一転、フランス語を勉強しようかしら?と思うほどでした。 

Posted on 2013/11/15 Fri. 23:09 [edit]

category: フランス 

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バレエで広がった音楽 

 数年のギャップを経て、バレエを再び観るようになって、ちょうど来月で7年経ちます。
 今日も、本当は、どうしようか迷ったのですが、お昼頃になってオペラハウスのページをチェックしたら、まだ当日券が残っている、ということで、結局10月19日から始まっていたロミオとジュリエット(といっても、今回が6回目くらいの公演)を観てきました。 練習しないと、と思っていたのですが、久々にこの作品を観て、そして、プロコフィエフの音楽に触れて、練習では得られないものを得てきたので、やはり行ってよかったと思います。
 

 バレエを観て、もちろん、表現力、総合芸術としての美しさも得ているのですが、と同時に、私の場合は、接する音楽の幅が広がったこと、これがある意味で、一番大きな収穫の一つだと思います。

 昨夜のミックスビルでの、ストラヴィンスキーの『春の祭典』前回上演時までは、いまいち、音楽を掴めていませんでした。
 それが、確か前回の上演後だと思いますが、ちょうど2年ほど前、私はこの曲の最後の部分を学ぶ機会があり、暗譜するまで、あの変拍子、臨時記号ばかりの楽譜を覚えました。
 道を歩いていても、常にストラヴィンスキーが鳴っている状態。 元々、現代音楽が苦手で、変拍子は私の手に負えないものだと思っていました。 でも、やる時はやる。
 今回、舞台を観ていて、私が練習していた部分以外も、ありえないほどすんなりと音楽が身体の中に入ってきました。
 帰りに寄ったスーパーマーケットの棚の前で、頭の中に音楽が鳴り響き、踊りだしそうになるのを、必死で抑えるほど。
 
 あの群舞を踊ってみたい。 そうしたら、もっと音楽も理解できそう!と自分でも驚くことを考えてしまいました。

 
 先日のコンクール、ファイナルの課題曲のひとつが、リゲティ、武満、オハナ、ベリオから任意の曲。
 今までだったら、この課題曲を見て、出場をあきらめていました。
 日本人だから、武満は?とはよく言われますが、武満氏は、メシアンと勉強しているわけで、とってもフランスよりの作風。 そして、私はこれが苦手。
 昨年ロイヤルバレエで初めてみた、ウィールドン振付の『ポリフォニア』。 リゲティのピアノソロ(1曲は、デュオ)で踊るもの。 このバレエを観たから、リゲティに対しての壁が低くなりました。
 さすがに、時間的にも、手の怪我的にも、エチュードに手を出すことはできませんでしたが、この私が、初めてリゲティの楽譜を買い、ムジカ・リチェルカータから3曲弾く予定でした。
 リゲティの初期の作品、ということもあり、譜読みも大変ではありませんでしたし、変拍子も、バレエでしっかりと身体に入っていたので、楽でした。
 
 
 今夜の、ロミジュリは、大好きな曲です。 いつも通り、オケはとんでもなく酷く(隣の常連の紳士は、ブーを出していました・・・)、悲しくなるような演奏ですが、それでも、魔法のような曲。 

 和声感など、私のレパートリーのソナタ第6番にも通じるところがあるわけで、色々とヒントを頂いてきました。
 それにしても、最後の、ジュリエットが目覚めてから、息を引き取ったばかりのロミオを見つけてそして、短剣で自分を刺す。 この部分に対して、プロコフィエフは、短調ではなくて、基本的にピュアなハ長調を元に書いています。
 短調=悲しい。 長調=明るい。 では、決して無い世界。
 
 あの部分に差し掛かると、誰が踊っていても、涙が止まりません。 それは、踊り手と、あの美しい音楽とあのストーリーの見事なまでの総合芸術だからなのかな、と思えるのです。 あそこが、もし、短調で書かれていたら、あれほどの感動、胸の締め付けを味わうことはないのかも・・・
 とてつもなく美しい長調のメロディーで、悲しさをあらわす。 第6番ソナタの第3楽章に通じるところがあって、色々と考えてしまいました。

 そして、マクミラン版のロミジュリの音楽の使い方は、巧みです。 先日、音楽的に、ちょっと・・・と思う短編作品を観ていたので、よけいに感じてしまいました。 他の版のロミジュリを観ても、マクミランは、音楽に語らせる、という意味で、抜き出ているように思います。
  
 
 

 
 

Posted on 2013/11/14 Thu. 23:21 [edit]

category: 音楽

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14

ロイヤルバレエ 『クローマ』トリプル・ビル 11月13日 

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午後4時半頃、教えの移動中に、素晴らしい空の色でした。
 あっという間に、ピンクが消えてしまいましたが。 午後5時には、すっかり暗くなるロンドンです。


 土曜日から始まった、ロイヤルバレエの、トリプルビル、2作品目は、同じキャストですが、他の2つはセカンド・キャストで観てきました。


 『クローマ』 ウェイン・マグレガー振付、 ジョビー・タルボット、Jack WhiteⅡ曲

 オリヴィア・コウリー(アリーナの役)、 エドワード・ワトソン
 高田茜(タマーラの役)、 ポール・ケイ(スティーヴンの役)
 ベアトリス・スティックス・ブルーネル(セーラの役)、 リカルド・セルヴェラ(フェデリコの役)
 ローラ・モレーラ(ローレンの役)、 ヨハネス・ステパネク(エリックの役)
 ベンジャミン・エラ(ルドヴィックの役)、 フェルナンド・モンターニョ(ジョナサンの役)




 『The Human Seasons』 デイヴィッド・ドーソン振付、 Greg Haines作曲 
 
 マリアネラ・ヌニェス、 フェデリコ・ボネッリ
 ローレン・カスバートソン、 エドワード・ワトソン 
 メリッサ・ハミルトン、 エリック・アンダーウッド
 セーラ・ラム、 スティーヴン・マクレー

 オリヴィア・コウリー、 イツィアー・メンディザバル、 ベアトリス・スティックス・ブルーネル 
 ヨハネス・ステパネク、 ダウィッド・トルツェンシミエック



 『春の祭典』 ケネス・マクミラン振付、 ストラヴィンスキー作曲
 
 生贄: クロウディア・ディーン
 
 

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 2011年入団の、アーティストのクロウディア。 大抜擢です。

 この役を初演したモニカ・メイソンが、当時20歳そこそこだったのと同じように、彼女も同じような年齢。
 エネルギーに溢れ、観ていてとても気持ちがよい踊りでした。
 
 男性ダンサーたちの、メイクが、今回がまだ2度目の公演なのに、既に派手になっています。
 6回の公演が終わる頃には、どうなってしまうのでしょう?
 写真最後列の男性たちは、まだ大人しめなメイクです。

Posted on 2013/11/13 Wed. 23:36 [edit]

category: バレエ

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13

電話ボックスの上に・・・ 

フランスの記事があと2つ続く予定ですが・・・
 
 先日、久々にロイヤルバレエを観に行った時(今シーズン、なんと、まだ5回しかロイヤルバレエを観に行っていません)、休憩時間に外へ出たら、オペラハウスの角で、おもしろいことをやっていました。


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 電話ボックスの上に、スパイダーマン!

 いったい、どのようにしてここへ飛び乗ったのか? いや、スパイダーマンだからできるのか。


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 今年は教えも増えたりした為、バレエを観に行けても、その前にコヴェント・ガーデンを散策、ということも無くなりました。
 コヴェント・ガーデンは、歩いているだけで楽しいところなので。

 スパイダーマンといえば、私のギブスを外した後の、特別なサポーター、スパイダーマン柄もあるそうです。
 私のはドクターが選んで下さった、私に似つかわしくない、かわいらしいピンクのものでしたが、改めて、スパイダーマンでなくて良かった、と思います。 まだ、ピンクの方がマシ。 それはそれで、楽しいでしょうし、男の子の生徒たちは喜んだかもしれませんが。

 
 
 

Posted on 2013/11/13 Wed. 10:45 [edit]

category: ロンドン観光

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フランスへ行っていた理由 

 さて、フランスへ行っていた本題。
 純粋なるホリデーではありません。
 この2ヶ月くらいの私のコンサートのプログラムの変化に気づいたら、おかしい?と思った方もいらっしゃるかもしれませんが・・・


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 国際コンクール(といっても、三流)を受けに行っていました。
 昨年、スロヴェニアで古楽器のものに出ましたが、ごく普通のコンクールは2007年4月以来。

 上の写真が、会場となった、できたてホヤホヤの、パリ郊外(15kmほど)のコンセルヴァトワール。
 

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 裏からはこんな感じ。

 コンクール嫌いで、今まで見ていて、コンクールで1位を取った人が、その参加者の中でもう一度聴きたいと思える演奏とは限らない。 ということも多くありました(国際コンクールは今まで4回しか受けていませんが、落ちても、いつも最後までしっかり聴いてきていました)。
 自分の演奏は、コンクール向きではないし・・・ と思っていました。

 ですが、一流コンクールは30歳の壁で、既に受けられない。
 いくつかは、年齢制限なし、そして、30歳の後の壁が、35歳。
 ということで、この2年程が最後のチャンス。
 
 昨年の夏にサマーコースで今までとは違う評価を頂けて、もう一度、ピアノをがんばろうと思いました。
 イギリスの小さなコンサートでは、「ここではもったいない。 もっと大きな組織から呼んでもらえるのに」と何度もこの1年、言われてきました。 でも、コンクール暦も、コンチェルト歴も無い私は、大きいところからだとお声を掛けて頂けないのです(その為の活動はしています)。
 『のだめ』のようなチャンスは私には来ない。だったら、自分でつかみに行かなくてはいけない、と思いました。
 昨年12月に久々にその為に、ベートーヴェンのソナタを再びやり直して、コンサートにあげました。

 今年3月末のコンクールに申し込んであって、でも、参加者少数で、キャンセルに。
 結局、このコンクールの数日前に手を骨折してしまいました。
 5月に受ける予定だった2つのコンクールも、この怪我で、全て駄目に。

 エチュードも、ベートーヴェンも、大曲も、ギブスをとっても、弾けない。
 内心は、焦っていました。
 
 私が、手術を選ばず、今年の夏、日本でレントゲンをとることを拒んだのも、全てがこの理由です。
 臭いものにふた、ではありませんが、私にとって、チャンスは今年と来年。 
 ギブスをはずした後も、イギリスでは、レントゲンをとりません。
 複雑骨折だったのに、レントゲンをとったのは、一番最初だけ。
 正直、本当に骨がくっついているのか、という恐怖もないわけではありません。
 でも、今、ここで問題が見つかってしまうと、私は後悔します。
 今無理している分、将来的に考えて、どうかはわかりません。
 たとえ、3年後に半年ピアノを休むことになったとしても、今、年齢制限にぎりぎりひっかからないうちに、私自身が後悔しないように頑張りたい、と思いました。 
 怪我に詳しい知り合いたちにも相談したり、体験談をお聞きし、バッグの中には、痛み止めを忍ばせてありました。 いざとなったら、アドヴァイスを受けたように、痛み止めを飲んでから舞台に上がる気持ちでいました。
 

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 できたばかりのホールには、スタインウェイのC型。 このサイズ、実は弾くのが初めてかもしれません。 たいていは、スタインウェイだと、BかフルコンのD型ですから。

 予選、セミファイナル、ファイナル、細かく指定されたプログラム。
 といっても、同じ曲、というわけではなく、たとえば、予選では、最大20分で、バッハ、ショパンのノクターン、ドビュッシーのプレリュードから1曲、自由曲、という内容。
 ちなみに、ショパンのノクターンで一番選んだのが多かったのが、作品27-1。 中間部に、テクニック的な聴かせどころもありますしね。 ドビュッシーのプレリュードでは、『花火』がダントツでした。 『西風のみたもの』かな?と思いましたが、これを選んだのは1人だけ。

 
 今までのコンクールでは、バッハの時には、平均律第1巻第8番を弾いていたのですが、今回は、ショパンのノクターンが入り、しかも、私はこれに7分半かかるので、9分あるバッハを弾いてしまうと、プログラムがおさまらない。 というわけで、10月のコンサートの時に、10年ぶりに、第2巻第1番の平均律をやり直したのです。
 私のプログラムは、
 バッハ: 平均律 第2巻第1番
 ドビュッシー: アナカプリの丘
 ショパン:ノクターン 作品62-1
 エシュパイ: トッカータ
 でした。

 エシュパイは、骨折をしてから、左手の動きが悪くて弾けなくて、今回に間に合わせました。

 結果から言うと、予選敗退でした。
 ですが、今回は、半分以上の審査員が私に点を入れて下さり、特に審査委員長は、彼女の中で高得点をつけて下さいました。 残念がってくださった審査員も多く、後で聞いた話だと、合格、不合格のまさにボーダーラインだったそうです。

 バッハのプレリュードで左手ミスがありましたが、これは、他の方も聴いて、かなり暗譜が飛んでも次に進んでいた人もいたので、それほどのマイナス点ではなさそうです。
 ただ、私は、ミスの後、音楽が少々こわばってしまった。 セミファイなるで、エチュードを失敗してもファイナルへ行った人もいますし、ずうずうしい位に、何事も無かったかのように弾き続ける事の大切さを学びました。

 
 日本の『国際』と名のついたコンクールとは違い、きちんとした国際コンクールでは、希望すれば、落ちたら審査員と話ができます。
 私は、全ての審査員からお話を伺ってきました。

 どうやら、私は、個性が強くて、審査員の意見がとても割れてしまったそうです。
 とっても高い評価をつけてくださった審査員と、全否定する審査員。
 それは凄い差でした。
 高い評価を下さった審査員たちは、ある程度の事情を教えてくださったので・・・

 足をひっぱたのが、ドビュッシー。
 これに対しては本当に悔しくて。 カーディフの大学時代、『フランスで学んだ』という、ピアノ科主任から、私や師匠のドビュッシーは、ドビュッシーではない、と言われていました。
 ドビュッシーとは、平坦に弾くものだ、と。
 だから、ドビュッシーは自信も無く、説得力の無い演奏をしてしまったのも、事実です。
 それが、今回の審査員たちからは、間違っている、と言われたのです。
 
  こういうこともあり、私の演奏を気に入って下さった審査委員長から、彼女のところで、フランス音楽を学ぶことを勧めて下さったのです。
 正直な話、ちょっと困った師匠がいる私にとって、男ではなくて、女の先生からお声を掛けて頂いたのは、ほっとすることです。 これが、男の先生だったら・・・また大変なことになります。

 
 今まで受けていた国際コンの評価とは全く違うアドヴァイスを受けることができたので、成長したのだな、とも思えました。
 ただ、反対だった審査員には、根本的な考えからおかしい、といわれ、これからどうしたらよいのだろう?と思うような言われ方もしてきました。
 その中にも、わかる意見もある。 でも、ショパンのノクターンを大音量で、叙情性無くは弾けません・・・ 実際にとんでもないショパンのノクターンだった人が通ってもいます。
 
 とにかく、次にいかせるアドバイスをたくさん頂き、感謝しています。
 大きいところでほとんど弾いていないのでは?と鋭いアドヴァイスを下さった審査員も。 
 大きいところで弾けるようになる為に、コンクールを受ける。でも、その経験が少ないから・・・
 イギリスの教会は、元々の響きが素晴らしいから、その調節をしなくてはいけないし、教会以外だと、今の私は、小さな集会場のような場所がそのほとんどの演奏場所。
 こればかりはどうにもなりません。 でも、具体的な方法を伺ったので、頑張ります。

 学校に所属せず、コンクールも久々。
 こういうコンサートとは全く違う、試験、コンクールという緊張感の中で演奏するのは、2008年の修士リサイタル以来。
 感覚を戻すのがたいへんですが、良い経験でした。
 そして、小品で1時間半のコンサートは全く問題が無い私が、再び、ベートーヴェン、プロコフィエフのソナタにとりかかって、2時間のプログラムを用意する。
 コンクールを受けていないと、最初からやり直しで、しかも、怪我で練習時間も少なく、教えも普通に行っていたので、学生時代とは比べ物にならないほど、大変でした。
 小品を弾くことで自分を納得させていた部分もありますが、コンクールの中では大老人の私も、本当は、まだまだ弾きたい大きい曲がある。 
 
 審査の結果に色々と思うことがあるからこそ、セミファイナルとファイナル、時間の関係で1人を抜かして、全部聴いてきました。 審査員の先生方には、「あなたは、一番悔しい落ち方をしたのに、偉い」と言われてきましたが、聴いて、全て感想をメモして、自分が頂いたアドヴァイス、ご意見と共に書きなぐることで、自分をおさえる、というか、納得させていく。 これしか、私には方法が無いのです。
  
 そして、それ以上に、3日間、ピアノを聴き続けることができた、幸せ。
 もちろん、普段の教えは私の天職です。 でも、余計なことを考えずに、音楽に浸ることができる。 
 学生時代には考えたこともなかった、何にもかえることができない幸せでした。

 色々な曲を聴いて、やはり、あれを弾きたい!という強い気持ちをもったものも、いくつもありました。


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 最後の入賞者コンサートとセレモニー。 左側が、市長さん。 右側が、審査員長。
 このコンサートは、それまで審査員が座っていたらした最後列が開放されたので、ここでどのように聴こえていたのかを聴いてきました。

  
 優勝をしたのは、私が予選の時から一番気に入っていたフランス人の男の子。
 予選での(私の3番くらい後だったので)、ドビュッシーのパックの踊りは圧巻でした。

 帰ってきてからは、今日がセミファイナルのパデレフスキ国際コンクールを聴いています。
 私自身がコンクールを受けて、色々とアドヴァイスを頂いたりして帰ってきた後なので、とても勉強になります。
 とにかく、大曲のレパートリーの拡大。 これが、今の私に必要な課題です。
 
 コンクールで予選敗退したからこそ、11月2日のパリの夜会でピアノを聴いて頂いて、皆さんから頂いた感想、笑顔は何よりも嬉しいことでした。

 長くなりましたが、こういう理由でのフランスでした。
 滞在していた街はとっても素敵なので、早くブログにまとめたいと思います。

Posted on 2013/11/12 Tue. 15:36 [edit]

category: フランス 

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ドビュッシーが生まれた街、 サンジェルマン・オ・レィ 

 フランス滞在中の話です。
 11月3日の午前中、滞在先からRERに乗って、10分弱、終点の、サン・ジェルマン・オ・レィ(St German En Laye) まで行ってきました。
 

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 私は今回のフランスへ行くまで知らなかったのですが、途中で気になることがあって、WikiでDebussyを見ていたら、彼の生まれた街と私の滞在先を通るRERの終点の駅が一致することに気がつきました。 似ている名前も多く、それまでは気にもとめていませんでした。

 滞在先のマダムに伺ったら、そう、とのこと。
 日曜日のランチは、マダムが作ってくださるから、それまでに帰ってきなさい、と言われて、お天気もよかったので、出かけてきました。
 
 ちなみに、マダムは私を連れて行きたかったようですが、なんとまあ偶然なことに、彼女は4週間前に階段で滑って、右手を骨折。 手術をして、不自由だったのです。 片手の大変さは私がよくわかっています。
 あまりの偶然にお互いに笑ってしまいましたし、他の方々からも、笑われました。
 

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 駅をあがったら、すぐにお城。
 現在は、一部が博物館になっているようです。
 日差しが強く、正面からは撮れず、裏からですが。


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 お城の脇に、広大な公園が広がっていて、その先からの景色が、最高よ、とマダムから言われていたので、風が非常に強かったのですが、行ってみました。

 パリ市内に向かう風景です。
 青空、紅葉、素晴らしかったです。


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 写真の左側の奥あたりに、パリからちょっと西へ行ったところの高層ビル群が見えます。
 前日の、パリの夜会からの帰り、この高層ビル群の脇を通ったのですが、パリ市内では、高い建物を建ててはいけないので、こうした町外れにあるそうです。
 見えにくいですが、セーヌ川が手前を通っているのがわかるでしょうか?
 茶色い水です。

 ちなみに、セーヌ川は、蛇曲しているので、私の滞在先のマダムのアパートは、セーヌ川沿いでした。(ここに見えているのとは違う部分ですが)


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 葡萄畑? よくわからないのですが、イギリスではみかけない風景。


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 とてもきれいな公園で、木が真っ直ぐに、あたかも皆同じように植わっているのが、驚き。
 ここだったら、一日中、本を読んだり、考え事をしたり、ぼーっとしていられそうな場所。
 ですが、とにかく、風が強くて、それほど長くいないで退散。
 
 

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 折角なので街中へ。
 この近辺では、大きな街だそうです。
 

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 日曜日だったので、閉まっているお店も多かったのですが、こんな素敵なチョコレート屋さんも。
 中に入れなかったのが、残念。

 写真は無いですが、この街では、日曜日にマルシェが開かれます。
 新鮮なお野菜、お魚、チーズ、パンなどなど。
 きのこだけは、紙にグラム数を書いて買ってきました。
 見たことが無いお野菜も多くて、買おうか迷ったのですが、荷物にもなるので、諦めました。

 英語がほとんど通じず、ランチのプディングに、タルトを買っていこうか迷ったものの、とっても長い列ができていて、品物を指差すのではなくて、言葉で伝えて買う感じだったので、これも、諦め。
 言葉が通じないもどかしさを、嫌というほど感じました。


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 マダムからは、この街にドビュッシーが住んでいた家(生家?)がある、と聞いていたので、観光案内所へ。
 観光案内所内に、ドビュッシーの博物館(展示?)があるようですが、残念なことに、日曜日で、観光案内所は閉まっていました。 地図も手に入らず、ドビュッシーの家もわかりませんでした。

 観光客はほとんどいない感じで、マルシェで歩いているご婦人方は、素敵な籐のバスケットをもっていらっしゃいました。 イギリスとは違います。 モノプリ(スーパー)があったので、寄ってきましたが、ここでも、籐のバスケットを持っていらっしゃる方も。 イギリスのテスコ(スーパー)であんな素敵なのを持っていたら、浮きます。 私は、エコバッグですが。

 
 というわけで、2時間半ほどの短い滞在でしたが、パリ郊外のちょっと大きな街の散策、楽しみました。
 ロンドンもそうですが、セントラルからちょっと離れると、全く違う空気が流れている。
 それが、ロンドン、パリの魅力です。

 

Posted on 2013/11/11 Mon. 14:29 [edit]

category: フランス 

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嬉しい1位 

寒さが本格的になってきました。 珍しく日曜日なのに、8時半過ぎまで教え。 外は白く見えました。

 先週、1週間ピアノのレッスンをお休みしましたが、その間、きちんとやってあった子が多くて、一安心。 もちろん、そうでない子達もいますが。

 そんな中、昨日、今日は(来週の週末にも続きます)西ロンドンのフェスティヴァル。
 例年、3月と4,5月頃の北ロンドンの2つのフェスティヴァルに希望する生徒たちを出していますが、今回初めて、この西ロンドンのものにお声をかけてみました。 
 ちなみに、フェスティヴァルとは、発表会とコンクールの中間のようなもの。
 日本のコンクールのようなコンペティティヴな雰囲気は薄いですが、
 1位から3位(基本的に、一人ずつ)まで発表されますが、きちんとした講評を頂けます。
 
 この西ロンドンのフェスティヴァルは、多くのほかのフェスティヴァルとは違い、ピアノのみ。
 70近くのクラスに分かれていました。
 初心者から、大人まで。
 年齢でわけたもの(5歳以下から)から、グレードで分けたもの、時代でわけたもの。 色々とあります。

 
 フェスティヴァル参加常連の、9歳の生徒(男)が、昨日、12歳以下のバロックのクラスで、バッハのインヴェンション 第4番を弾いて、1位を頂きました。 そして、今日は、グレード7に挑戦して、どうやら、CPEバッハの曲で、再び1位を頂いたそうです。 
 彼は、2,3位は他のフェスティヴァルで頂いていましたが、1位は今まで取れていなかったので、とても嬉しい。
 私は、教えを休めず、全く聴きに行けていません。
 
 しかも、バッハで、というのが、何よりも嬉しいこと。
 その代わり、徹底的に、バロックのスタイルの説明、細かいところまでの指導はしています。

 
 もちろん、ご両親は、練習時間の確保、声かけをして下さっていますが、練習内容に関して、彼はご両親の手を借りていません。
 私が書いているノートを見ながら、自分で、一人で練習をしています。
 もちろん、きちんとできていない時もあります。
 でも、それは、彼自身が一番感じ、わかっているので・・・
 正直、サマーコースなどで、日本人、ロシア人のお母様方は、レッスン中、メモを取り、練習に付き添う、というのを見て、そうした方が上達が早いのでは?と思わないわけでもありません。
 ですが、私は、子供たちの力で上達も可能だと思いますし、そうなってほしい、と思って、基本的に練習の付き添いはお断りして頂いています。
 

 私は出張レッスンのみです。 ご自宅には、中古のヤマハのアップライト。
 普段はグランドピアノに触られず、本番の時の一発勝負。
 それでも、賞をとってきます。
 
 グランドピアノがあっても、叩いて弾く子もたくさんいるわけですから・・・・

 
 この子を完全な導入から教え始めて、4年半。 4年前には、
 「僕はピアノなんて大嫌いだ! この部屋からピアノなんて運び出せ!」
 「みゆきなんて、にんじんになってしまえばいいんだ! そうしたら、もうピアノなんて教えられなくなる!」
 
 と散々困らさせられました。 
 そして、挙句の果てに、Flirtしてばかり・・・
 
 でも、あきらめずに続けたら、ピアノが大好きになった。
 今では、
「いつになったら、ショパンとモーツアルトを弾かせてくれるの? 僕はショパンが弾きたくて仕方がないよ。 バッハは大好きだから、もっと弾かせて!」
 と言うようになりました。 グレードの試験が終わったらのお楽しみ。

 
 3月のフェスティヴァルの前日に、私は骨折をし、4月のフェスティヴァルの時には、ギブスをしていたので、右手だけしか、弾いて見せてあげることができませんでした。
 今回は、私の真似をする、という意味ではなく、ニュアンス、バランス、音質、直前まで弾いて見せてあげられたので、嬉しい。
 

 フェスティヴァルの賞は嬉しいものですが、これはがんばったご褒美。
 私は、賞をとらせるレッスン、というのが嫌いですし、それもできない。
 本質的なものはきちんと捉えた上で、後は、審査員との相性です。
 でも、今回、特にバッハはとてもよく弾けていたので、それが、結果につながってよかった、と思います。
 
 
 

Posted on 2013/11/10 Sun. 22:55 [edit]

category: 音楽

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ロイヤルバレエ  『クローマ』トリプル 11月9日 

今シーズン最初のロイヤルバレエのトリプル・ビルが始まりました。

 『クローマ』 ウェイン・マグレガー振付、 ジョビー・タルボット、Jack WhiteⅡ曲

 メリッサ・ハミルトン(アリーナの役)、 エドワード・ワトソン
 ユフィ・チェ(タマーラの役)、 スティーヴン・マクレー
 セーラ・ラム、 フェデリコ・ボネッリ
 ローレン・カスバートソン、 エリック・アンダーウッド
 トリスタン・ダイヤー(ルドヴィックの役)、 ダウィッド・トルツェンシミエック(ジョナサンの役)

 2006年11月の初演メンバーと違う部分だけ、初演メンバーの名前を入れました。

 
 『The Human Seasons』 デイヴィッド・ドーソン振付、 Greg Haines作曲 今回が初演です。 ドーソンにとって、初めてのロイヤルバレエ振付

 マリアネラ・ヌニェス、 フェデリコ・ボネッリ
 ローレン・カスバートソン、 エドワード・ワトソン 
 メリッサ・ハミルトン、 エリック・アンダーウッド
 セーラ・ラム、 スティーヴン・マクレー

 オリヴィア・コウリー、 イツィアー・メンディザバル、 ベアトリス・スティックス・ブルーネル 
 ヨハネス・ステパネク、 ダウィッド・トルツェンシミエック

 衣装(レオタード系)は、素敵なレオタードのデザインのYUMIKOの、竹島由美子さんが、担当。 ドーソンの作品で多くデザインをしていらっしゃるようですし。
 

 『春の祭典』 ケネス・マクミラン振付、 ストラヴィンスキー作曲
 生贄: ゼナイダ・ヤノフスキー

 他

 

Posted on 2013/11/09 Sat. 23:14 [edit]

category: バレエ

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09

やたらと時間がかかった、ロンドンーパリ間ユーロスター 

 在英15年目で、今年の5月末に初めてユーロスターを使いましたが、その2回目が、思ったよりも早く訪れました。

 冬の間、雪でフランス側もイギリス側も徐行運転になったりして、遅れ、キャンセルが多発してしまうユーロスター。
 季節的にも、まだ雪は大丈夫でしょう、と思って、乗車することにしたユーロスター。
 ロンドンの始発、5時40分のユーロスターは、前回と同じもの。

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 ユーロスターは、30分前までにチェックインしなくてはいけません。 5時頃セント・パンクラスに着いたら、『最大で180分の遅れの可能性』の目に付きにくいところにある張り紙・・・
 
 日本のニュースでも放送されたそうですが、10月28日は、ストーム。
 夜中の3時半過ぎに家を出たのですが、その1時間前はあまりにも雨が酷すぎて、歩いて8分ほどのバス停にスーツケースを持って歩くことを不可能、と判断して、この私が、タクシーを呼んで、最寄のバスステーションまでお願いしたほどでした。

 20分前から乗車開始なので、待っていたら、5時20分のアナウンスメント・・・
 「天候の影響により、乗車開始が6時20分、出発が6時40分になります。 ご理解をありがとうございます」

 
ハーフタームが開始したばかりで、子供たちも多く、ほぼ満員の待合室(広めです。 それに比べ、パリの北駅のイギリス行きユーロスターの乗り場の待合室は狭い)。 次のブリュッセル行き、パリ行きの人たちも来て、結構混雑していました。


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 無事6時20分の乗車。
 ユーロスターは、スタンダード(2等車)、スタンダード・プレミア、ビジネス(共に1等車)と分かれています。
 もちろん、スタンダードが一番安いのですが、今回は、出発の3週間ほど前にチケットを購入したのですが、なぜだか、スタンダードよりもスタンダード・プレミアの方がこの時間はお安かったのです。
 というわけで、ちょっと広めの1等車での移動でした。
 基本的に静かですし、ゆったりとしていました。
チケットの購入が遅めでしたので、ちょっと高かったですが(一番安いスタンダードのチケットの往復と、今回の片道が一緒・・)、それでも、このクラスで東京ー名古屋間の新幹線の片道料金と同じです。
 

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 スタンダード・プレミアだと、軽食がつきます。 ランチの時間だともう少し、しっかりとしたものらしいですが、朝は、このクラスだと、パンとヨーグルト。 コーヒー、紅茶は、お水は乗車中、いつでも頂くことができました。
 これプラス、チョコレートのクロワッサンも頂けましたが、私はパス。

 

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 ストームということで、徐行運転。
 ロンドン出発時、「天候次第なので、パリの到着時刻は未定です」とアナウンスメントがありました。
 雨が打ちつけるわけでもなく、木がちょっと揺れているかな?というのが車内から感じる感想。
 日の出がとっても美しかったです。
 何よりも、愛するケント地方を走っているのですから。


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 やっと、アシュフォード・インターナショナル到着。
 この駅は、私がイギリス1年目にホームステイしていたお宅からちょっと東へ行ったところ。
 もちろん、現在の路線に変わる前のことですから、何度も滞在先の最寄り駅のあたりをユーロスターが通るのを見かけていました。

 結局のところ、ユーロトンネルに到着するまでに1時間50分もかかりました。 帰りは、途中停車しない電車、ということも多少は影響しますが、トンネルを抜けてからロンドンまでは、たったの30分ちょっと。
 フランス側に入ってから、速度が全く違いました。

 
 結局は、2時間遅れでパリに到着でした。
 
 遅れの場合、クレームを出せるので、イギリスに帰ってきてやろう、と思っていたのですが(以前、知り合いの分をしたことがあります)、翌々日あたり、Eメールに、このことを説明するものが来ていました。
 1年以内に、ユーロスター乗車時に、片道が無料、または、往復で半額。 もしくは、一部返金。
 ということで、もう一度、パリへ行けます! しかも、もう一度スタンダード・プレミアムで。
 
  
 今回の滞在中、フランス音楽のスペシャリストのフランス人のピアノ教授に出会いました。
 お声を掛けて頂けたので、準備が整い次第、とりあえず、一度、ラヴェルかドビュッシーのレッスンを受けに行く予定です。
 これは、私がかねてから望んでいたことでもあり、苦手なフランス物を、一度きちんとフランス人と勉強したい、という想いがありました(もちろん、フランス人だから、フランス物、ロシア人だから、ロシア物、と一概には言えませんが)。
 今回のユーロスターの遅延、そして、それに伴う片道無料乗車券。 きっと、神様が私にレッスンを受けにパリまで行けるようにしてくれたのだと思います。 
 その為には、先生に言われた、ラヴェルの水の戯れ、をとりあえず、仕上げなくてはいけません。
 この曲がきちんと弾けた時、私は階段を一段上がることができると思うのです。
 私が弾いたら、笑ってしまいそうな曲ですが、大好きな曲です。

 
 イスラエルにレッスンに行くことも望んでいることですが(先生も私も)、とりあえず、パリの方が近いですし、まずは、フランス物をどうにかする方が先のようです。

 

Posted on 2013/11/09 Sat. 22:17 [edit]

category: フランス 

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09

パリの夜会 

昨日、一昨日は夜になってもそれほど冷えなかったのですが、今日は帰り道、頬がさすような痛みを感じました。 冬到来ですね。 日本は立冬だそうですし(昨日でしたっけ?)

 先週のフランス滞在中、11月2日の夜に、ホームステイ先のマダム(ホストファミリーといっても、私の母と同じくらいの年代の一人暮らしの女性)から誘われて、パリの7区(高級住宅地)のあるマンションの一室へ連れて行って頂きました。

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 この夜は強い雨。 見にくい写真(しかも、90度傾いていますし)ですが、凱旋門の最寄り駅からバスに乗ったので、ライトアップされた凱旋門を見ることができました。

 
 夜8時半からのお集まり。 
 本当は、韓国人ピアニストがここのお宅でホームコンサート、そして、この主催者のマダムはインド出身なので、インドのディワリのお祭りに関わる朗読をなさる方がいらっしゃる予定でしたが、『天候により』お二人とも、いらっしゃいませんでした・・・ どうなっているのだか・・・


 日本風に言うと、20畳ほどのシッティングルーム(リヴィングルーム)と、10畳ほどのお部屋を繋げて、いすがたくさんおかれていて、結局20人ほどの方々がいらっしゃいました。
 皆さん、顔見知り、というわけでもないそうです。
 ここのお宅では、時折、ホームコンサート、朗読、インド舞踊、などなど、マダムの気分によって催し物を行っているそうです。
 
 このお宅のマダムはインド出身ということもあって、英語を話す方(しかも、私が知るロンドンにいるインド人よりも、きれいな英語でした)でしたが、他の方々は、英語は全く駄目だそうです。
 熟年の女性たちもおしゃれで、イギリスと全然違います。
 
 主催者のマダムは私を考えて、時折、フランス語の後に、英語で私に説明をして下さったのですが、フランス語に続いて英語を聞くと、とても野蛮な言葉に聞こえて、顔から火が出そうになりました。 なんというのでしょう、あの美しい音!
 
 来るべき人たちが来ないので、ゲストの一人のご婦人が、アネクドート(小話)をご披露されました。
 私は、フランス語が全くわからないので、全くわからず。 ナポレオンのことを話していたようです。

 そして、このお宅のマダムが、薄い本を持っていらして、朗読。
 内容は全くわからないのですが、ファントム、夜、白、集まる、真夜中、という、ピアノ曲のタイトルや、バレエのタイトルで知っている単語だけを拾うことができて、これらを繋げて、私なりに空想する、ということをしていました。
 皆さんが笑っていても、私一人は笑えない。 あの寂しさ、むなしさ。 イギリスに来た当初のことを鮮明に思い出しました。

 途中で、ゲストに交代しながら本の朗読。
 一人、とっても上手な方がいらして、内容がわからないなりにも、楽しませて頂きました。
 そして、今まで、イタリア語、ロシア語、というのは、単語の意味がわからなくても、ほとんど全て会話を聞き取れていたのですが(ですが、意味はわかりません)、フランス語は、ウワウワウワウワとしか、聞こえていませんでした。
 が、この朗読を聞く途中から、霧が晴れたように、フランス語がクリアな音となって、聞こえてくるようになりました。 単語力が無いので、結局は意味が理解できませんけれど。

 
 そして、私はピアノを弾いて、と言われ(私の滞在先のマダムが私のことも連れて行く、と話した時に、ピアノを弾いて、とは頼まれていたそうです)、古いペトロフのベイビーグランドで、ショパンのノクターン 作品27-2を演奏させて頂きました。 この曲、触るのが1か月ぶりでしたが、長い間のレパートリーなので、問題ありません。 こういう時に弾く曲は、たくさんレパートリーにしてあります。
 喜んでいただけて、アンコールで、シャブリエのヴァルス・スケルツォを。
 
 まさか、パリの高級住宅地の一室での夜会でピアノを聴いて頂けるとは思っていなかったので、とってもうれしい。 言葉は通じないけれど、音楽は通じ合えたのかな、と思えた一瞬でした。
 
 カーディフの大学院ディプロマ時代、
『音楽は世界の共通語である。 YesかNoか』という題材で議論をしたことがあります。
 この時出した答えは、『No』。 深く掘り下げていくと、No、という答えが出てしまうけれど、それが、時として、Yesになる時もある。
 ピアノが弾けてよかった・・・ 皆さんが下さった笑顔を忘れません。

 
 その後は、ちょっとした軽食を頂いて(夜10時半過ぎですよ!)、おしゃべりをして(こちらも初級英語にすると、たまにわかって下さる方がいる)、11時過ぎから、大きなテレビで、映画鑑賞。 タイトルを忘れてしまいましたが、戦後に流行った曲を題材にしたリメイク映画だそうです。 音声はドイツ語、字幕はフランス語。 どちらも、私にはわからない言語。 ですが、フランス語は音がわからなくても、字幕だと、英語と似ている単語がある時もあるので、たまにわかります。
 
 朗読が非常に素敵だった紳士が、私の滞在先のマダムと同じ方向に住んでいらして、車でいらしているから送って下さる、ということで、映画の途中で、馬車がかぼちゃになる前に、おいとまさせて頂きました。
 
 7区はセーヌ川の南側。 セーヌ川を渡って、高級ブランド品店が並ぶ通りを通って、シャンゼリーゼ通りへ! 
 夜中なのに、人がたくさん。 
 シャンゼリーゼ通りは、前回も来ていないはず(凱旋門の上から見ただけ)。 
 凱旋門の脇を通って、高速を使ったら、滞在先まで、凱旋門から20分もかかりませんでした。
 もっとも、シャンゼリーゼ付近は、夜中なのに渋滞していましたが。
 

 素敵なお集まりに連れて行って頂いて、感謝です。
 パリの高級住宅地のマンションに入れるなんて、思ってもいませんでしたし。
 このお宅も、私が滞在していたお宅のアパートも、共通の階段は、螺旋階段でした。
 イギリスでは、見かけませんが(高級マンションも含め: 教えで高級マンションへ行っていたこともあるのです)、フランスは多そう。 『のだめ』でも、のだめがパリで住んでいたアパートは、螺旋階段でしたしね。

 ロンドナーの私は、パリジェンヌの仕草に、目が釘付けの、一夜でした。 なんてエレガントなのでしょう!と。 ハイカラな国は違いますね。 

Posted on 2013/11/08 Fri. 23:05 [edit]

category: フランス 

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08

パリ半日観光③ オペラからローマまで歩き、〆は、クスクス 

既に1週間前のことになってしまいましたが、11月1日のパリ半日観光の続き。
 ペールラシューズ墓地へ行った後、パッシー墓地へ行く前に、ローマ通りの楽譜屋さんへ行く予定でした。 が・・・ ここで、やっとこの国はこの日は休日なのかはわかりませんが、お墓参りの日、とわかったわけです。 

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 地図を見ていたら、オペラ座(ガルニエ)からローマ通りまで歩けそうだったので、オペラで下車。
 9年前には、中に入って見学していますが、今回は時間も無いので、外からのみ。
 やはり、ここはすごい外見。 それに比べると、ロンドンのロイヤルオペラハウスはシンプルですね。
 いつか、ここでバレエ(欲を言うならば、ノイマイヤーの『椿姫』を。 やはりパリの社交界のお話ですからね)を観たいものです。


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 オペラまで来たのですから、すぐそばのバレエ用品店、『レペット』へ。
 9年前は、中に入りにくい雰囲気で、外からみただけでしたが、今は、普通の靴も売るようになって、普通の人も入りやすそうだったので、中に入って、ウロウロ。 昔着ていたレオタードがまだ売られていて、とっても懐かしくなりました。
 普通のお洋服もありましたが、とにかく、色使いが素敵。 私には手の届くお値段ではないので、見るだけ。



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 オペラ座の左側から北上。
 デパートのようなところにノエルの準備が。
 
 ロンドンでは、11月1日あたりから、クリスマスの飾りがロンドン市内では飾られるので、パリでも、ノエル(あえてノエル)のデコレーションをみられるかも、と楽しみにしていました。
 が、フランスでは、一般的にアドヴェントで飾りの準備をするそうで、ノエルらしきものをみたのは、ここだけでした。
 

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 サンラザール駅を通過。
 パリの鉄道駅の外観を見るのは初めてかもしれません。
 北駅はユーロスターで使うものの、中移動だけでしたし。
 ここは、近いうちに使用させて頂くようになりそうな駅なので、その日が来れば、と思います。


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 サンラザール駅の左側に、目的のローマ通り。
 ですが、ちょっと様子がおかしい・・・
 古楽譜を探したかったのでアリオーゾへ行ったのですが、ご覧の通り、お休みでした。
 フランスへ行く前に、一応サイトをみてあったのですが、特に記述がなかったので、まさか、この日がお店がお休みとは思っていませんでした。
 ここだけではなく、ローマ通りの楽譜店は、全て閉まっていました。 残念。


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 他の楽譜屋さんのウィンドウに飾ってあったのは、日本の出版社の楽譜。
 マスネのピアノ小品集、日本で出版されているのですね。 日本は、こういうことにおいて、本当にすごいと思います。 ロンドンでも、日本の出版社の楽譜を多く見かけますし。


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 エッフェル塔と、パッシー墓地の後、折角だから夕食をパリで食べていくことにし(時間が無くて、ランチも食べていない)、フランス料理を一人で食べるのは嫌なので、ここは最近凝っているクスクスを食べに行くことに。
 フランスは夕食のレストランの開店が7時(ロンドンに比べ、遅い)、ということで、再び西から東側へ移動し、マレ地区のクスクスのレストランへ。 
 元パリ在住だったピアニストの方がブログに書いていらしたことを思い出しました。 学生で数年住んでいた方のレストラン情報、というのは、基本的にリーズナブルでおいしい、というのが私の考え。

 そのレストランのお隣に出ていた、お花屋さん。
 なんとも素敵な色使い。 飾り方からして、ロンドンとは違います(おしゃれなところもありますが)。


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 6時50分ころでしたが、中に入れてくださいました。 地元の学生、観光客、どんどんとお客様がいらっしゃっていました。
 Chez Omarというレストランの、ソーセージのクスクス。
 とてもおいしかったです。 私にも量が多すぎるほどでしたが。 お野菜もたくさんとれて、体もポカポカ。
 北アフリカ系の料理のレストランが多いのが、フランスの特徴なのでしょうね。
 イギリスは、インド料理は多いですが、クスクスのレストランはあまり聞きません。
 滞在先のマダムがおっしゃるには、フランスは、クスクスは日常から食べられているような一般的なものになっているようです。 やはり、昔の植民地時代のことが影響してきているのがヨーロッパなのでしょうね。


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 折角なので、〆に、ミントティーを。
 イギリスのミントティーとは、全然違いました。
 が、すっきりする味わい。
 
 メニューはフランス語オンリーでしたが、お店の方が数人英語を話されたので、助かりました。
 私の英語は、多くの日本人と違って、イギリス英語だ、と言い当てられてしまいましたが。
「ニホンジン?」と聞かれましたし、日本人客も多いのかもしれません。

 こうして、短いパリ観光は終わり。
 前回は妹と一緒でしたし、パリの街を一人で歩くのは初めてでした。
 メトロも乗りこなせるようになって、もちろん、ロンドンのように路線を把握はしていませんが、スリにだけ気をつければ、便利です。

Posted on 2013/11/08 Fri. 14:01 [edit]

category: フランス 

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パリ半日観光② パッシー墓地、 エッフェル塔が見える墓地 

 ペールラシューズ墓地の後、ちょっとした街歩きを挟んで、次に向かったのが、西側のエッフェル塔付近。
 すっかり忘れていて、どうして、この駅でこんなに人が降りるのかしら?と思っていたのですが、上に出て思い出しました。 エッフェル塔がとてもよく見える場所です。 よって、4日のブログの写真にあるように、エッフェル塔も見てきました。
 美しいフォルムです。

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 エッフェル塔に背を向けると、このような高い塀があります。 
 さすがこの時期、塀を伝わる紅葉が美しかったです。


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 少々高台になっているので、墓地からエッフェル塔が見えるのが、ここ、パッシー墓地(Passy)。 ちなみに、この写真のエッフェル塔の足元あたりにあるお墓は、今年亡くなった方のようで、お花が盛大に飾られていました。 日本の新盆のようなものなのかしら?と思わずおもってしまいました。


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 ペール・ラシューズ墓地に比べて、観光客も少ないし、面積も狭いこの墓地。
 墓地の奥へ行き、細い通路。
 ここにあるのが、あの方のお墓。

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 ドビュッシーのお墓です。
 ここも、9年前に訪れています。 あの時は、ドビュッシーのお墓がなかなか見つからず、
「やっぱり、私はドビュッシーとは無理ね」といじける姉を横目に、妹が一生懸命探してくれました。
 見つけた時、「シンプルで、美しくて、とってもドビュッシーらしいお墓ね」と妹と思わず話したことを思い出しました。
 
 お墓に手を合わせていたころから(キリスト教ではどう手をあわせるのでしょうかね? 知らないので、仏教のやり方で)、雨がポツリポツリと。
 と同時に、ドビュッシーの演奏で悔しい思いをしていた私は、誰も来ないのを良いことに、20分以上このお墓の前でドビュッシーと話していました。 絶対に、ドビュッシー苦手意識を克服します!
 そして、神頼みというか、ドビュッシー頼みで、日本にいる夏の間みていた生徒が今ドビュッシーを弾いているはずなので、うまくいきますように!と祈願。


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 ドビュッシーのお墓から近くに、ガブリエル・フォーレのお墓も。
 フォーレは美しいメロディーに魅了されるものの、実は一度も弾いたことがない作曲家です。 それどころか、楽譜も1冊も持っていません。
 ここは、ガブリエル・フォーレのお墓、というよりも、フォーレ家のお墓、という感じでした。


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 そして、前回来た時に、ドビュッシーのお墓を探している時に偶然見つけた、イベールのお墓。
 今回は、なかなか見つからず、雨の中さまよいました。
 イベールは、日本だと、『小さな白いロバ』あたりが弾かれるでしょうか?
 生徒が、今年の春に、彼の『水晶の籠』を弾いて、2回位フェスティヴァルで1位を頂いているので、いわば、お礼参りに手を合わせてきました。

 こちらも、イベールらしい、というか、彼の音楽が聴こえてくるようなシンプルだけれど、美しいお墓。


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 イベールのお墓を探している時に出会った、画家のマネのお墓も。
 
 ドビュッシーの前でゆっくりしすぎて、気がついたら、5時で、雨もあって、薄気味悪くなってきました。
 ここでも、ご先祖様のお参りに、菊の花の鉢植えを持っていらっしゃる方々がいらっしゃいました。 そして、日本の仏教のお墓参りと同じなのか、お水をくんで運んでいらっしゃいました。 もっとも、その容器は、ジョーロのようなものでしたが。
 

Posted on 2013/11/07 Thu. 12:45 [edit]

category: フランス 

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パリ半日観光① 大好きな人に会いに 

相変わらず、傾いた写真ですみません・・・

 10月28日から11月4日までのパリ郊外滞在中、11月1日の午後に時間があったので、9年ぶりにパリの街歩きをしてきました。
 
 午後2時頃パリに着いて、パリを出たのが8時頃。
 イギリスでは聞かない習慣ですが、昨年のスロヴェニアは、11月1日は休日。 その近隣の国も同日が休日、と聞いていました。 ここ、フランスでも同じこと。
 11月1日は、日本で言うお盆。 お墓参りをする日だそうです。
 そんなことは知らずに出かけてしまいました。

 短時間のパリ滞在、まず、真っ先に目指すは、大好きな人と会う為に、東側の、ペール・ラシューズ墓地へ。 
 9年前、妹と初めてパリへ遊びに行った時にも訪れていますが、ここは私の中で外すことができない場所です。


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 大きな墓地です。 でも、区間も整えられ、わかりやすい墓地でもあります。


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 こちらが、目的。
 そう、作曲家のショパンのお墓です。
 といっても、ここには遺体のみ。 心臓は、お姉さんが隠してポーランドのワルシャワへ運び、ワルシャワの聖十字教会の柱の中に収められています。
 前回、このお墓へ来た時、いつか、心臓の方にもお参りできたら、と思っていましたが、その1年後、ワルシャワへ行くことができました。 今回も、近いうちにワルシャワへいけたら、と思っています。

 ショパンが好きだった、ヴァイオレットのお花は手に入らなくて、滞在していた街のお花屋さんで、薄紫のヴィオラを買ってきて、お供えさせて頂きました。
 
 日本人の団体客もいらっしゃいましたよ・・・

 

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 鉢植えの、菊の花が多く置かれていますし、ご先祖様のお参りにいらしたような方々は、この鉢植えの菊を持っていらっしゃいました。 お花屋さんの前にも、これがたくさん2日位前からおかれていました。 どうやら、フランスでは、この時期に手に入りやすいのが菊、ということもあり、菊の鉢植えをお墓にお供えするそうです。

 

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 日本の墓地とは違い、イギリスの一般的な墓地とも違い、ここには、芸術家が多く眠っていることもあるのか、ユニークな墓石もたくさん。

 チェロが置かれていたから、チェリスト?と思ったら、美術家のお墓のようでした。
 なんともいえない味わいのあるチェロ。


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 ショパンのお墓の並びには、日本人ピアニストのお墓も。 調べたら、仙台出身のピアニストのようです。
 

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 動きのある彫刻が乗せられた、お墓も。
 ここは、整備されていて、観光客も多いですが、墓地だけれど、気持ちが良い墓地です。

 本当は、ドラクロワのお墓も見に行きたかった(前回見て、とっても素敵)のですが、他にも行きたい場所があったので、ここは短時間でおいとましました。
 といっても、ショパンの前で、ちょっと長めにいたのですが。

Posted on 2013/11/06 Wed. 13:47 [edit]

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お久しぶりです 

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再び90度傾いた写真ですが・・・

 ご無沙汰しております。
 あっという間に、11月に入ってしまいました。
 1週間ほど、パリ郊外でホームステイをしていて、今日の昼過ぎにロンドンに帰ってきました。 2時間家でゆっくりした後、しっかりと教えにも戻りました。 まさか、この私がフランス語を学びに行ったわけではないので、滞在中のことは、追々、気持ちの整理ができたら、書いてみようかな、と思います。

 パリ観光は半日だけでしたが、今年の5月末にフランスへ行った時には、パリは列車の乗り換えだけでしたので、9年ぶりに、懐かしい場所を歩いてきました。 また後ほど。

 
 高級なものは買っていませんが、昨日、マルシェでキノコを買ってきたので、明日のランチが楽しみ(今日は疲れていて、さすがに、普段は食べない冷凍のReady mealを買ってきてしまいました・・・)。 そして、ボンヌ・ママンのマロンクリームも手に入れてきたので、こちらも、何を作ろうか考え中。 
 
 思ったよりもフランスが暖かく、ロンドンに帰ってきたら、冬の空気で身が引き締まります。 生徒のお母様方によると、昨日からちょっと寒くなって、今日、冷え込み始めたようですが。
 
 
 明日は、ガイ・フォークス。 今夜も既に、花火の音が聞こえてきます。
 

Posted on 2013/11/04 Mon. 22:06 [edit]

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