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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

バレエ鑑賞で学んだ現代曲 

 一気に気温が下がってきているロンドンです。
 徐々に、クリスマスの飾りできれいになってきていますが、リージェント・ストリートすら行っていません。 

 とにかく、1週間があっという間です。 そして、今週は、夜遊び(いや、お勉強=ロイヤルバレエ)も多くて、やることが溜まってしまいます。

 
 このところ、感想を書いてはいませんが、相変わらず、オペラハウス通いは続いています。
 今シーズン最初のミックス・ビルが終わって、現在は、マクミランのミックスビル中。
 マクミラン・ミックスでは、大好きな、『コンチェルト』(ショスタコーヴィチ作曲 ピアノ協奏曲第2番)、『レクイエム』(フォーレ作曲、同名の曲)に加えて、初めて観る、 『姉妹(5人姉妹)』(フランク・マルタン作曲、ハープシコード協奏曲)を堪能しています。
 これらは、元々バレエの為にかかれた曲ではありませんので、私の修士論文のトピックの一つ、既製の音楽にどのように振付けられているのか、という論点から観ています。

 驚いたのは、前回のミックス・ビル。
 リバーマンのピアノ協奏曲にリアム・スカーレットが1月にマイアミバレエに振付けた作品。
 リバーマンのピア・コンはカーディフ時代にCDで聴いただけだと思います。
 当時の私には、リバーマンはバリバリ・コンテで、全く理解なんてできませんでした。

 それが、今回は、いたって普通(超現代曲には聴こえない)に聴こえました。
 
 それどころか、このところわけあって、今まで避けていた1980年代以降の作品を物色していますが、ちょっと前に比べて、耳になじむようになってきました。
 これも、全て、ロイヤルバレエをはじめ、バレエ鑑賞のおかげ。

 4月だったか、ウィールドンの『ポリフォニア』を上演した時、リゲティの練習曲、リチェルカータなど、それまで何度聴いても全くわからなかった曲が、曲、として聴こえ始めました。
 購入は見送ったものの、先日、楽譜店で思わずリゲティの楽譜を手に取り、中をみました。
 大学時代の私を知る友達は、この行動にひっくり返るでしょうね。
 
 今まで理解不可能だった現代曲、ロイヤルバレエの新作を始め、多く耳にするようになりました。
 バレエで強制的に音楽を聴かなくてはいけないため、普段なら1度しか聴かないようなものを何度も聴くことになります。
 私にとっては、ビジュアルがあると、それだけ、わけわからぬ現代曲の理解力が増すようです。

 今日だって、久々に生徒の楽譜を買いに行き、流れていたストラヴィンスキーの『結婚』、曲目と作曲家が浮かぶ前に、バレエの振付が浮かびました。

 カーディフ時代は、作曲科の人たちの新作コンサートなどで、頼まれて新作を弾くこともありましたが、とっても苦手で、なるべく逃げていました。
 それどころか、大学2年生の試験で、プログラムに1970年以降の曲を含めなくてはいけないのに、師匠も私も苦手で、武満の『子供の為の小品』でお茶を濁したほどでした。

 グレード1、2あたりの曲で、ジャズっぽいのとかが入ると、音は単純でも、自分の模範演奏が下手で情けなくなります。
 ジャズは大学時代に必須だったのですが、とんでもなく下手でしたので。

 
 私にとっては、多くを与えてくれるのが、やはりバレエ鑑賞です。
 やめられません!
 

Posted on 2012/11/28 Wed. 23:27 [edit]

category: 音楽

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28

ロイヤルバレエ リハーサル『くるみ割り人形』 

久々にバレエ記事です。

 はやいもので、もう11月も末。
 再来週には、ロイヤルバレエの『くるみ割り人形』の一般初日を迎えます。
 
 というわけで、今日のロイヤルバレエのクロア・ストゥディオでのリハーサルは、『くるみ』でした。

 指導: クリストファー・カー

 ダンサー: リヤーン・コープ、 サビーナ・ウエストカム、 トリスタン・ダイヤー

 内容:

 第1幕『雪』の場面での、クラーラとハンス・ピーター(リヤーン、トリスタン)
 第2幕『花のワルツ』の中間部、ローズ・フェアリーとクラーラ(リヤーン(急遽彼女が今夜これをやることにした感じ)、サビーナ)
 第1幕『人形の場面』 ハーレクィンとコロンバイン(トリスタン、 サビーナ)
 第2幕『葦笛の踊り』 クラーラ(リヤーンとサビーナが一人ずつ)
 第2幕冒頭 ハンス・ピーターのマイム(トリスタン)
 第1幕 ねずみの戦いのすぐ後、クラーラとハンス・ピーターが顔をあわす部分のPDD(リヤーン、トリスタン)

 以上でした。

 サビーナ、リヤーンは今までにもクラーラをやっていますが、トリスタンは今回がデビューになります。 しかも1度だけ。
 トリスタンは、本番ではフランチェスカ(彼女もデビュー)と踊る予定ですが、現在、彼女はロンドンをはずしている、ということで、今夜はリヤーンと初めて組んで踊りました。
 
 クリストファーの指導、というのは、何度拝見しても、毎回多くを学ばせてくださいます。
 非常にテンポ良く、的確な指示で、超基本テクニック(プリエの浅さとか、身体の引き上げとか)もしっかりと注意していきます。
 私は彼のような指導者が好きなので、今日は非常にラッキーでした。


 指導を見ていると、改めて手の出し方一つをとっても意味があったのだ、と何度も観ている作品なのに、新鮮なことがありました。
 ちょっとのことで、ずいぶんと変わって行きますね。
 ただ、私の場合、こういう指導を観てしまうと、その後舞台を観たときに、注意事項を思い出してしまうので、困ることもありますが。 自分自身の過去学んだバレエが間違っていなかったのだ、という何というか確かめのためにも、私にとっては有意義な時間です。

 今年も、どのような舞台を繰り広げてくれるのか、楽しみにしています。
 

Posted on 2012/11/26 Mon. 22:49 [edit]

category: バレエ

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26

ベートーヴェンの師匠の書き込み 

 昨夜は、聴いてきたコンサートのこともあるのですが、色々と考え、悩みこみ、久々になかなか寝付くことができない夜でした。 そうしたら、外は暴風(雨)でした。

121125


 次のコンサートで久々(2年半ぶりのはず)にとりあげるベートーヴェン。
 この曲を最初に譜読みし始めたのは、カーディフの1年生の終わり頃ですから、11年前の話。
 当時の私には、全く歯が立たず(そりゃそうです。 ベートーヴェンのソナタはテンペストしか弾いたことがありませんでした)、何度放り投げようとしたことか。
 2年生の時に重点的に勉強し、結局ちょっと冷凍して、3年生(当時は3年間教育)の卒業試験で弾いた思い出の曲です。 初めて、私が何かを表現できた曲。

 楽譜の頭に、大きく書かれた、2つのマエストーゾ。
 私ができないから、師匠Dr.Sがしびれを切らしてちょっと大きめに書いたのに、またしてもできないから、ついに大きく書かれてしまいました。

 この楽譜、マスタークラスなどで数人の先生方にお見せしましたが、毎回のように笑われ、
「これ、誰が書いたの? 君の先生? 子供のいたずらみたいに、ずいぶん大胆だし、凄いね。 でも、まだマエストーゾができていないのだよね」
 と毎回のように言われたものです。

 今回楽譜を久々に広げて、当時のことが色々と思い出されてきました。
 朝7時半から、全くウォーム・アップ無しにこの曲のレッスンをされたことも多々あります。
 
 でも、今振り返ると、この曲をやって得たことはとっても多いのだな、と思わずにはいられません。
 
 
  ロマン派を弾くのが好きですし、この数年は、モーツアルトに入り浸っていましたが、やはりベートーヴェンは特別だな、と思います。

 本当は、1月のリサイタルに向けて、ショパンをさらいこまなくてはいけないのですが、ここで他のものをさらっておかないと、ショパンまで崩れそうです。 というわけで、今回はベートーヴェン。
 
 この32番のソナタの第2楽章でシルヴィ・ギエムが昨年踊りました。 
 そんなことも思い出しながら、苦手な第1楽章、あと1週間頑張ります。

Posted on 2012/11/25 Sun. 19:43 [edit]

category: 音楽

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25

スロヴェニアで出会ったピアニストのコンサート 

 ほぼ一日中雨でした。

 そんな中、ロイヤル・オペラ・ハウスでの『白鳥の湖』の最終日は蹴って、久々にコンサートを聴きに行ってきました。
 
 先月末のスロヴェニアのコンクールで1位だったイタリア人参加者が、今年のイギリスのヘイスティングスで優勝して、そのプライズの一環でのコンサートがロンドンである、とコンクールの後喋っていた時に聞きました。 それが、私の住んでいる地域のアマオケとの共演。 ということで、折角なので行ってきました。 

 
 Holy Trinity Churchにて

 フィンチリー・チェンバー・オーケストラ

 指揮: デイヴィッド・ラルディ

 プログラム

 グリンカ: 『皇帝に捧げた命』 序曲
 シューマン: ピアノ協奏曲 イ短調
         ピアノ: エウゲニオ・カトーネ
        アンコール: ショパン エチュード 作品25-6『三度』
 シベリウス: 交響曲 第2番 ニ短調

 オケを聴くのは、夏のプロムス以来のはずです。
 
 大通りからちょっと入ったところにある教会。
 バスでしょっちゅうそばを通るのに、中へ入るのは初めてでした。

 
121124 holy trinity


教会といっても、冬でも暖かくて楽なところでした。

 最初のグリンカは、初めて聴く曲。 どころか、このオペラ自体、初めて知るものでした。
 聴きやすい曲でした。

 アマオケを聴くのは、非常に久々。 しかも、多分、大人のアマオケはほぼ初めて聴くと思います。
 私の音楽の原点はオーケストラですので(イギリス1年目に地域の青年オケで、パーカッション担当)、懐かしい。
 凄くうまいわけではないし、指揮者も、かなり慎重なテンポをとっていて、音楽に大きな流れがあるわけではないのですが、とっても暖かい音楽。 イギリスらしく、そしてきっとこうして弾いている人たちは、本当に音楽が好きな、マニアも多いと思うのですが、良いか悪いかは別にして、一人ひとりの主張がある。
 グッとこちらの心を掴んでいきました。

  
 そして、仲間、エウゲニオ登場。
 教会の隅に古いグランドピアノがあるのがみえましたが、今回は、ブルットナー・ピアノ・センターがスポンサーとなって、ブルットナーのグランドを貸し出してもらっているようでした。

 私にとって、同年代の人のコンチェルトを聴くのは、鬼門(カーディフ時代の嫌な思い出)。
 エウゲニオの演奏は、流れが私の考えと非常に似ていました。
 もちろん、私だったらここで音色を変えるな、とか、こういう音の出し方をするだろう、と思いながら聴いてはいるのですが、心地良い音楽。 ただうまいだけではなくて、意思のある音楽でした。

 正直、聴きながら、心穏やかだった、とは言い切れません。 
 やっぱり、悔しいから。
 わかりやすくいえば、『のだめ』が、千秋とルイのラヴェルの協奏曲を聴いて思った感情、に近いと思います。
 
 大体、シューマンのピアコンなんて、10年以上ぶりに生で聴いたと思います。
 師匠Dr.Sにも、修士の時にお世話になったゴードン先生にも、私に合う協奏曲だから勉強しなさい、といわれた曲です。
 大好きだけれど、あまり乗り気ではなくて、遊び弾きしかしたことがありません。
 改めて聴いて、先生方が私に勧める気が、やっとわかったように思います。
 
 オケが彼のテンポについてこられないところもあり、第3楽章では、かなり頑張って抑えているな、と思ったら、やはり後で話したところ、いきたいけれど、我慢した、とのことでした。
 
 
 私が生涯やり残したことがある、というのは、やはりコンチェルトでしょうね。
 カーディフ時代、オケピアノもやったし(しかも、火の鳥とか、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲とか、おいしい曲)、室内楽の賞も全てとりましたが、主任の陰謀で、協奏曲だけは、ピアノ科予選で落とされていました。
 叶えたい夢が一つある、とすれば、やはりオーケストラとコンチェルトだ、と強く思いました。
 ですが、大学の時に共演経験がないと、アマオケからも断られてしまうので・・・ 夢のまた夢です。

  
 休憩時間にエウゲニオとおしゃべりをし、どうやら、来年もどこかで会うことになりそうです。 狭い世界ですね・・・

 20分の予定が、30分に延びた休憩後、シベリウス!
 超定番ですが、大好きな曲です。
 今日は、朝から教えている間以外は、この曲が頭に流れていました。

 アマオケだと、弱音があまり出ないのですが、反対にフォルテの場所は、勢いもあって、まとまります。
 とりあえず、曲自体が素晴らしいものなので。

 ヴァイオリンが6+6なので、人数的な弱さが出てしまうのが残念ですが、仕方がありませんね。
 
 それでも、音の暖かさ、そして、音楽が好きだという情熱。
 普段、オペラハウスで聴くオケ(バレエ上演時)には無いもの、欠けているものがここにはたくさんありました。
 
 
 私も頑張ろう!と力を与えてくれるコンサートでした。
 スロヴェニアの小さな街で出会ったイタリア人ピアニストと、こうして私が暮らす地域で再会する。
 しかも、6年半前に私がイタリアのトスカーナ地方の村で、モスクワ音楽院のイリーナ先生のマスタークラスを受けに行った時にお世話になったアルゼンチン出身のピアノ教師に彼は師事していたこともある、と知って、お互いに驚きでした。
 
 複雑な思いもありますが、やはり人の演奏を聴くことは勉強。 そして、自分自身の糧となる。
 行ってよかったです。
 

Posted on 2012/11/24 Sat. 23:26 [edit]

category: エンターテイメント

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24

生徒のレッスンで思うこと 

 夕方4時半には真っ暗。 ですが、例年に比べて暖冬で、とりあえず助かっています。
 
 書きたいことは色々とあるのですが、日曜日に発表会を終え、火曜日は午後の早い時間まで頭は起きても、身体を起こすことはできませんでした。 ずっと夏休みから突っ走ってきた疲れが一気に出たようです。 
 日本から帰ってきてから、サマーコースで、一気にピアノ熱が高まり、コンクールまで受けることにして、走ってきました。 
 今回は私にとっては最多の、楽典(セオリー)3人、ピアノ実技6人の試験があり、セオリーは既に2週間前に試験でしたが、ピアノ実技は今週4人終了。 少々緩んでいるのでしょう。 次のコンサート(年内最後の予定)まで10日、ここでエンジンをかけなくてはいけません。 

 
 発表会を終え、試験を終え、生徒たちは、今のところ、皆さん高い希望と情熱をもっているようです。
 何しろ、発表会後でも、誰一人今週レッスンをお休みをする子はいませんでした。 試験があった日でも、しっかり夕方にはレッスン。 やる気がありますね!!

 そんな中、3年前の今頃は私を毎週悩ませ、私にFlirtし、どうにもならなかった男の子(現在8歳)は非常に頼もしく、発表会の時には他の子供たちの鏡となったようです。 過去苦労した私にとっては、あきれるほど嬉しいです。

 先日グレード5の試験だった為、このところ音楽史(聴音で、時代判定をしなくてはいけない)をやっていたのですが、それがすっかりおもしろいようです。
 今日は新しい曲をいくつか選んでいたのですが、私が弾くそばから、「これはバロック?」 とか、「今のって対位法だよね!!」なんていっておりました。 ちょっと前までは、「僕はピアノなんて大嫌いだ! このピアノを今この部屋からだせ!」と騒いでいたのに。

 何が感激かって、今日選曲したグレード6の1曲、バッハの2声のインヴェンション 第14番。
 彼は、すぐに対位法で書かれていることに気がつき、グレード5でもバッハを弾いた(パルティータ 第6番のAir)この子は、すぐにこれに決めました。
 インヴェンションの14番、弾きながらとっても懐かしい気持ちになったのですが、考えてみれば、これは私がマンチェスターの大学に入って最初に与えられた曲でした。
 音楽に進むことを決めてから、日本での1年間で、10ヶ月かけて駆け足で、とりあえずシンフォニアの15曲はやったのですが、先生にはできていないことを見抜かれ、与えられたのがこの14番でした。
 
 私が音大に入ってやったことを、私はこの8歳に教えるのだな、と複雑な思い。 そして、同時にこの子がここまで来た感激。

 正直、今の私のピアノ能力で、音大の学部に入りたかった、いや、今やっと学部に入る人たちと同じ土俵に立ったのだ、と思うのです。
 出発が遅かった私は、やっと回りに追いつきました。
 
 ということを、先日から母に電話で愚痴っていたら、さすがわが母、
「だいたい、あなたがマンチェスターの音大に受かったことは詐欺でしょ。 王立音楽大学の修士に受かったことはそれまでの努力だけれど」
 と言われました。

 詐欺なのですよね。 別に私が変なことをしたのではないのですが、師匠と1年間かけて勉強したブラームスの1曲のできがやたらと良かったが為に、あのマンチェスターの音大に受かってしまったのです。 まさか先生方はあそこまでできていないとは思わなかったでしょうね。 私なんて、入学して、同じ学年の人たちが、ラフマニノフのエチュードだの、ショパンのバラードだの、色々と最初のレッスンに持っていくのを見て、ショパンのエチュードさえ、弾けていない私は、みんな凄いな!と驚いたのですから。 当たり前ですが、私がおかしすぎ、すぐに主任の先生から呼び出しをくらいましたが。
 
 スケールにしたって、私は音大に入る時、全然弾けていませんでしたが、この8歳は、長調、和声的短音階、アルペジオ全調をスラスラと弾くのだから、驚きです。

 新しい要項のグレード7は迷うほど、良い曲ばかり(私好み、ともいう)。 
 選曲の為に、ヒナステラのアルゼンチン舞曲の第2番、 ショスタコーヴィチの3つの幻想的舞曲 の第3番を弾きながら、ショスタコは私が数年前に弾いたことがある曲だし、ヒナステラは、大好きでやりたいな、と思って譜読みだけはしたことがありました。 こういう曲を生徒が弾くのですから、テンションがあがります。 生徒も2曲とも良い曲で、かなり迷っていました。 ちなみに、もう1曲、シェーンベルクの6つの小品からの1曲が入っていましたが、私の演奏が非常に下手だったこともある(こういうの、とっても苦手)とは思いますが、5小節くらい弾いたところで、生徒に、「これは選ばない」と言って止められました。

 同業の友達と話していて思うのですが、やはり教える人の得意なもの、苦手なものが生徒にも影響されるのかもしれません。 友達の生徒が誰も選んだことがない曲が、私の生徒には大人気だったり、その逆も。

 本当は、みんなにバッハをやらせたい、と思いつつも、グレードの中身が多すぎて、なかなかインヴェンションなどやらせることができませんでした。 こうしてグレードの曲目に入っていると嬉しい。
 あまりコンサートのプログラムに含めませんが、私も本当はバッハが大好き。 そして、生徒も、バッハが好きな子が多いのです。
 
 というわけで、試験の結果が来るまで落ち着きませんが、今、みんながやる気になっているときに、一気に引き上げようと思っています。
 

Posted on 2012/11/23 Fri. 21:39 [edit]

category: 音楽

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23

生徒の発表会終了 

 青空が広がった昨日、無事、ロンドンでの第1回発表会を終えました。
 
 準備期間も短く、一人で行う、慣れていない、ということで至らぬ点も多々あったと思います。
 ですが、やはりやってよかったな、と思います。

 
 今まで、何度か開催しよう、と思ってはいたものの、場所が見つからず、生徒の入れ替わりも多く、なかなかできませんでした。 今回、ちょうど私自身の本番と本番の狭間、そしてグレード試験の直前、ということで思い切って行うことにしました。

 フェスティヴァル、学校でのコンサートなどで人前で弾いた経験がある子供たち、全く初めて人前で弾く子供たち、色々でした。
 日本のような立派な舞台があるホールではありません。
 司会も私が行い、プログラムも、名前と曲目だけを入れた、日本の先生方からは考えられないような、多くの先生が発表会、とは思うことができないであろうような発表会です。
 ですが、このような発表会をまだまだ行うことが少なく、市民ホールなども無いような環境のイギリスではこれが精一杯かもしれません。
 日本のような発表会費を頂けるわけでもありません。
 申し訳ないことに私に甲斐性がないので、今回は、会場費として、出演者の一家族あたりで入場料を頂く形で行いました。 私の師匠ご夫妻を参考にさせて頂きました。
 私の大学時代の友人などの話から、会費をとる、という習慣がないイギリス(参加費を頂く場合、賞状、などを出すのが当たり前のような考え方です)では、色々と大変、という話を聞いていました。
 甲斐性がある先生ならば、完全に生徒側は無料で発表会を行っているのだと思います。

 今年はフェスティヴァルに生徒を出しても、他の生徒のレッスンがあることもあり(現在、振り替えが非常に難しい)、生徒の演奏を聴くことはできませんでした。
 そういう意味で、私自身が生徒の本番を聴く、そして問題点を理解する、という貴重な機会でした。
 正直、自分の演奏の前でもしたことが無いほどの緊張をしました。
 人の演奏を聴いている間、あんなに震えたことは今までにありません。
 今になって、私が大学生の頃、試験を聴きにいらしてくださっていた師匠が、極度の緊張をしていたことを理解できました。 

 私自身が何を弾くかは迷ったのですが、あまり長い曲はまずいと思い、シャブリエのスケルツオ・ヴァルスを演奏。 ですが、あんなに緊張した状態で、アンコールピースを触ったことのないピアノ(しかも、滅多に触れることがない、ファツォーリ)で弾く、というのは、思っていた通りきつかったです。

 弾きたい気持ちは強いけれど、シャイで、弾けるかどうかわからなかった子から、フェスティヴァルなどの経験を通して、人前で弾くのがとても好きな子。 とにかく、参加予定者全員が無事、途中ちょこっとしたミスはありながらも、最後まで弾くことができて、ホッとしました。

 
 ご協力くださった父兄の皆様、ありがとうございました。

 

Posted on 2012/11/19 Mon. 23:33 [edit]

category: 音楽

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スロヴェニアで出会った、素敵な方々 

 既にスロヴェニアから帰ってきて2週間ですが、やっと、先日アップした、ブレッド湖の写真に説明を加えました。

 
 今回の滞在、素敵な景色も見ましたし、おいしいものも食べましたし、素晴らしい経験もさせて頂きましたが、それ以上に素晴らしかったのが、人との出会いです。
 折角なので、書いておこうと思います。

 
 色々な方に出会いましたが、特に印象に残るのが3人。

 まずは、プトゥイで宿泊したユースホステルのお嬢さん。
 私は行く前に、色々とわからないことがあり(列車の関係で夜凄く遅くなるかもしれない、とか)、メールを送ったのですが、こちらが思っていた以上に丁寧に、とっても助かるお返事を頂きました。
 滞在中も、ちょこちょことおしゃべりしたのですが、日本人が来る、ということで、滅多に会えない人種の人が泊まるなんて、とても楽しみだったそう。
 
 最初に聞かれた質問は、 「日本人の男が情けないし、頼りがいがないのって、本当?」ということ。
 彼女のお友達の間では、日本人の男性の評価がよくないらしく(ここをお読みの日本人男性の皆様すみません・・・)、ぜひ、私に聞いてほしい、とお友達にも頼まれたそうです。
 ですが、聞く相手がいけませんね。
 私は、日本では中学から女子校ですし、イギリスでカーディフの大学にいた日本人男というのは、日本でも珍しいくらい変わった人たちだったようです。 ですが、私は日本人の男はあまり知らないので、この変わっていた彼らが、私の中で、日本人男、ということになってしまいました。 
 この2、3年で日本人男性に対する印象は変わってきてはいるものの、ロンドンに留学しているのだかなんだかの20、30代の日本人男性をみると・・・

 
 
 そして、誰よりもお世話になったのが、クロアチア人の調律師さん。
 後にわかったのですが、この方は私より一つ年上の方。
 
 クロアチアの首都、ザグレブに在住で、コンクール中(リハーサル時から)、毎朝通っていらっしゃいました。
 古楽器を使用、ということで、普通のピアノの調律師の方では無理。
 彼は、クロアチアにアトリエをお持ちで、ハープシコード(チェンバロ)、フォルテ・ピアノなどのレプリカを作ったり、こうしてオリジナルの楽器の修復を行っているようです。
 今回用いた楽器はこの15年くらい弾かれていなかった楽器だったので、色々と手を加えるのが大変だったそうです。

 そして、急に弾かれたものだから、毎日の調整も大変。
 私のリハーサルの時には、まだ楽器ができあがっていなかったので、邪魔をしないようにしながらも(邪魔だったかも・・・)こういうことに興味津々(いつもは、博物館などで、楽器の外を見るだけでしたから)なので、鍵盤を取り出したのを観察したり、箱の中を覗いたり、メカニックを教えて頂いたり、多くを学ばせて頂きました。

 コンクールの結果がでるまで、後述するポーランド人の女の子とランチをする予定だったのですが、この調律師の方も一緒に行く、とおっしゃって、ランチをご一緒させていただきました(しかも、ご馳走になってしまい、ありがとうございました)。
 ランチの時、本当に貴重なお話をたくさん伺いました。
 このあたりの古楽器のフェスティヴァルで多くの調律、楽器の調整を行っていらっしゃるようで、私が知らない、知ることができない世界のお話をたくさん聞かせていただくことができ、今までもっていた疑問が晴れたりもしました。
 
 もちろん、おしゃべりは音楽だけにとどまらず、このあたりの歴史なども。
 私、今までこのあたりは東欧だと思っていましたが、中央ヨーロッパだ、といわれて、驚きました。
 西欧、中央、東欧を宗教でわけていく、というお話も興味深かったものの、どれがどれだか、きちんと覚えられませんでした。

 リハーサル初日、音のピッチが違って、全く弾けない、とパニックになった私を見たのもこの方。
 モーツアルトでも弾いてみたら?といわれて、とりあえずモーツアルトを弾いてみたら、ピッチが違ってもショパンよりは弾きやすく、とりあえず、モーツアルトは弾けたのだからショパンもどうにかなるかも!と希望を持たせてくださいました。
 いつか、普通のグランドピアノを買った後、資金が溜まったら、ぜひ、フォルテ・ピアノのレプリカを、442のピッチで作って頂きたいな、なんて思います。
 

 
 そして、私と同じ年のポーランド人からの参加者との出会い。
 彼女とはユースホステルで初めて顔を合わせて、なんとなく、すぐに意気投合してしまい、その場で、1時間以上もおしゃべりをしてしまいました。
 お互いに、「あなたと出会えたことが、このコンクールを受けて一番良かったこと」と言っていました。

 日本にも3回行ったことがあるそうで、話しが弾みました。
 コンクールのコンサートの後、パーティーがあって、地元のワインを頂き、夜11時半頃ユースホステルに戻って、食堂で打ち上げ(?)。
 私が持参していた、ケトルでお茶を沸かして、おしゃべりをしながら、ポーランドの踊りを教えてもらいました。

 私は以前から、ショパンなどのマズルカの元になっている踊り(マズール、オベレク、クヤヴィヤク)を習いたい、と思っていたのですが、彼女はちょうど夏に子供たちのコースで手伝いをした、ということで、教えてもらいました。
 最初は、難しいよ?といわれていたのですが、やはりバレエをやっていた私には、技術的な部分は非常にらく(足を空中で打ち付けるとか)だったので、驚かれました。
 夜中の食堂で、二人で、ショパンのマズルカを歌いながら30分ほど踊ったでしょうか。
 私がワルシャワへ行けば、彼女のお友達でこのようなポーランドの民族舞踊を教えている方がいるから、個人レッスンをお願いしてくれるようなので、本気でワルシャワへ行く計画を立てなくてはいけません(もちろん、ポーランド国立バレエに入団した友達の踊りも観にね)。

 博士号もとっているし、ワルシャワの大学でピアノを教えながらも、スイスまで定期的に通って、古楽器の勉強をしている彼女。 もちろん、彼女の経歴は私とは比べ物にならないほど素晴らしいし、音楽のご家庭に育っていますが、とっても素敵なお人柄でした。
 「いつワルシャワに来る?」と言ってくれるほど、お互いに気が合い、疲れているのに、そして私は翌日5時半起きだというのに、夜中2時近くまで名残を惜しみながら、おしゃべりをしていました。 
 このところ、同業の友達とこうしてしゃべる、ということがなかったので、たくさんの刺激を受けてきました。
 彼女の博士号の話も興味深くて、ぜひ論文を読ませてもらいたいな、と思ったのですが、残念ながらポーランド語、とのこと。 
 
 
 今までも、コンクールで、多くの出会いがありました。
 その度に刺激を受けてきたものです。
 数年ぶりに参加して、飢えていたものが、一気に満たされた感じ。
 バレエだ、バレエだ、とやっている私ですが、やっぱり源は音楽です。
 
 ワルシャワへは絶対に行きますよ! 7年前に行って、大好きになった場所ですし、Wizzで飛べばとっても格安!
 きちんと踊りも習いたいですしね。 盆踊りが得意でも、マズルカとは程遠いものなのですから。

 
 というわけで、今までで一番人との出会いがよかった今回のコンクールでした。
 

Posted on 2012/11/16 Fri. 21:08 [edit]

category: スロヴェニア

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16

今週末は発表会 

 素晴らしい青空が広がった今日でした。
 
 今度の日曜日(18日)に、生徒の発表会を行います。 10年ほど前、カーディフ時代に、当時の大学の小さなホールで、一度発表会を行っていますが、ロンドンに来てからは初めてになります。 既にロンドンで教えて6年が終わろうとしている時にやっと。 
 今までにも、何度かやろうと思っていたのですが、駐在員の方が多かったり、いれかわりが激しい私の生徒たち。 なかなか落ち着けず、そして私自身もごちゃごちゃ、場所を見つけるのも大変、ということで、ずっとできずにいました。
 今回、ようやく、小さな会ですが、開催できることを嬉しく思います。
 
 日本の先生方のように、凝ったことはできませんし、私の師匠ご夫妻と同じ考えで、今やっている曲をきれいに弾く、というスタンスのもと、特にステップアップするような楽譜は渡していません。 
 ほとんどがグレードの曲を弾きますし、導入の生徒たちには、今までやったものの中から好きな曲を1、2曲、というようにしました。

 とは言えども、なれない作業です。
 やっとプログラムの紙だけは買ってきたので、さっさと印刷をしなくてはいけません。
 
 先週から、お辞儀、2曲を弾いて、またお辞儀、ということをやってもらっていますが、子供によって差があります。 何にも考えずに弾き始めて1小節目で止まって。 2曲弾く場合、2曲を切れ目無しに演奏したり。 いつものことです。 実際に私がそれをやってみせると、子供たちはゲラゲラ笑うのですが。 

 もし、ここをお読みの方で、ロンドン(北ロンドン)でピアノの先生を探している。 私の生徒たちがどのような演奏をするのか聴いてみたい、という方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。 詳細をお伝えいたします。(メールアドレスは、ホームページ(ブログのプロフィールのところからいけます)に書いてあります)
 18日午後2時半より。 キングス・クロスから徒歩で10分程度のスタジオで行います。
 4月からピアノを始めた子から、グレード7まで。 最初から私の手ほどきを受けた子たち、途中から移ってきた子達、さまざまです。

 あと数日。 私も1曲弾く予定なので、練習です。
 
 困ったこと、いや不便なこと。 私、生徒たちの多くが住む地域の地下鉄、この週末は運休。
 いつもなら、振り替えバスで10分も行かずに他の路線から地下鉄が使えますが、そちらも運休。
 バスだと日曜日の昼間、どれくらい時間がかかるのか、余裕を持って行動しなくてはいけません。

Posted on 2012/11/14 Wed. 21:37 [edit]

category: 音楽

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14

ブレッド湖 

 10月31日に一泊した、スロヴェニアの首都リュブリヤーナから北へゆっくりな列車で1時間ちょっと行ったところにある(オーストリアの国境に近い)ブレッド湖(Bled Jezeru)です。
 
 説明を付け加えました(11月16日)。

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 コンクールの翌日、10月31日は祝日。
 なぜだか、プトゥイ、リユブリヤーナ間は朝5時7分、6時45分の列車のあとは、夕方6時半まで走らない、ということで、眠い目をこすりながら、早めの出発。
 昼前にブレッドに着きました。

 着いてすぐにこの写真を撮った後は、ずっと曇りと雨、という天候でした。
 見えにくいのですが、中央あたりに白い建物がみえますか?
 島です。
 湖の中に島がある(上からの写真は下の方に)。
 右手前に写っているボートで島まで行くことができます。
 とはいうものの、私はこの翌日に島まで行ったので、雨。 よって、屋根、壁がついた、あまり風情の無いモーターボートで行きました。

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 ガイドブックでこの湖の写真を見た時、まさに、フェアリー・テールの世界。 
 スロヴェニアへ行ったことがある人たちからも、ぜひブレッド湖は行くべきだ、と言われ、首都リユブリヤーナではなくて、ブレッドに1泊することにしました。

 写真ではわかりにくいのですが、素晴らしい紅葉。 そして、アルプスに積もった雪。
 とにかく、イギリスではこのような景色を見ることはないので、感激でした。
 これでも、私は小学生の頃はよく家族で山登りへ行ったので、山を見るのは大好きなのです。


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11月1日(祝)、小雨の中、どうしても、この湖を上から見てみたくて、高いところにある、ブレッド城へ行ってみました。
 時間の関係で(スロヴェニアは、祝日に移動するものではありません。 交通機関が非常に大変です)、お城の中はほとんどみられなかったのですが、この景色だけはどうしても。

 とはいうものの、あいにくの天候で、はっきりとは見えません。

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 晴れていたらきれいに見えるそうですが、わかりますか? 湖の中に浮かんでいる島。
 

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時間は前後しますが、上へ上がる前に、折角なので、島へ行ってみました。
 島へは、上に書いたように、ボートで行きます。
 人が多く集まらないと出発しない、と色々と読んでいたのですが、悪天候のこともあるのか、ラッキーなことに5人しかいないのに、ボートを出して下さいました。
 ちなみに次のボートが出たのは1時間後だったので、ラッキーです。
 このボート、一人往復12ユーロ。 
 島までは10分ちょっと、そして30分島で自由時間があって、全員一緒に戻ります。
 湖は深いグリーンなのですが、とっても澄んでいました。

 ガイドブックによると、自分で手漕ぎボート(だか、カヌーだかそんなようなもの)を借りることもできるようです。
 泳げる部分もあるので、教会には水着の絵にX印がしてありましたが、ここまで泳げるのかな、と思ったもののなぞ。
 頭に洋服をくくりつけて、ここまで泳いで渡れたら、さぞかし良いでしょうね。

 これは、島のChurch of Mary the Queen。
 

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 小さい教会ですが、折角なので中に入りました。
 

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 この教会の目玉は、写真の中央左に写っている、ロープ。
 これは、希望の鐘(The Wishing Bell)を引っ張る為のロープです。
 1534年に作られたとされる鐘。 伝説があるらしく(説明省)、この鐘を鳴らすと、聖母マリアに敬意を表すこととなり、鐘をならしている人の希望が実現される、とありました。
 私も、日本の神社の鈴の感覚で(?)、ロープを引っ張ってきました。
 決して派手ではなく、上品な音色の鐘でした。
 晴れていて、空気が乾いていたら、もっと素敵な音色だったのかな、なんて思いましたが。

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 島からみた、ブレッド城。
 絶壁のようなところにあるので、怖いし、大体あの高さだし・・・ と思ったのですが、上に書いたように、どうしても、この島を上から見てみたかったので、のぼりました。
 プトゥイでずいぶん高いところへいくことになれたとはいえども、それよりも高さがありました。
 それに加えて、雨。
 上の方は階段になっているのですが、そうでない部分、雨で落葉と土が混ざって滑りやすくなっていたので、おっかなびっくりでした。


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 島の教会は、島の中央の高い部分に建っています。
 よって、こんな階段も。説明によると、1655年はここにあったようです。
 
 これを見て、真っ先に思ったこと。
 この島で白鳥の湖の第2幕、第4幕をやったら、さぞかし風情があるでしょうね。
 そして、この階段のところから、身を投げる。
 私に資金があったら、そして営業能力があったら、やりたい。
 どのような演出をするのか、はっきりと目に浮かぶので。

 ドイツ、スイスなどにまだ行ったことがないので、私はこのような湖を見るのが初めてだったのですが、湖に泳いでいる白鳥が、本当は、夜になると人間になるのではないかしら、と思わずにいられませんでした。
 

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 陸に戻る途中のホテルの裏側。
 真っ赤なつたがからまっていてとっても素敵でした。

Posted on 2012/11/13 Tue. 22:01 [edit]

category: スロヴェニア

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プトゥイ城に上る 

すっかり平地の生活をしているロンドナーの私には、足腰に辛い坂道のプトゥイ城登りでした。
 お恥ずかしいことに、初日はしっかりと筋肉痛になりました。

 
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 お城へ登る道はいくつかあるようですが、初日はわからず、とりあえず、観光案内所の横の道から登ることに。
 写真ではわかりにくいですが、すでにここで傾斜あり。
 このような石の道も歩きなれていないし、坂を歩くことすら普段はありません。
 この狭さなのに、車が入ってくるのが驚きでした。

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 曲がっても、まさかの坂続き。

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 結構急な階段が次に現れました。
 この時点で、既にひざが・・・
 立派な屋根がついていたことに驚きました。 

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 途中で見えた景色にちょっと元気をもらい・・・


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 階段が終わったら、細い歩道。
 余談ですが、雪の日、私はこの道を通ることは無理だ、と判断し、他の方法でお城へ行きました。
 この部分、上から見ていたら、周りの木からどさっと雪が落ちたりしていたので、通らなくて正解でした。

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 まさかの階段再び。
 遠くから見るよりも、高さがあるようでした。


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 やっとお城の外門に辿り着きました!
 でも、傾斜は続きます。

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 門の中もまた傾斜。
 本当に、ロンドンは(そして多くのイギリスの都市も)平地なのだな、と実感いたしました。
 情けないほど足が弱っています。
 寒さ対策で、ヒートテック、セーター、ダウンコート、厚めのマフラー、という格好だったのですが、この時点で汗びっしょり。 練習中、汗がひいてきた時が、寒気との戦い。 でも、それどころではなかったですが。


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 お城の麓からの風景は素敵。
 曇っていたのが残念ですが。
 この日以降、4日間、違った景色を見せてくれました(こうなると、雪にも感謝)。

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 見上げると、お城へは再び坂道を登ります。
 
 というわけで、京都あたりだったら、当たり前にありそうな坂道なのですが、ロンドン人の私には、非常に疲れたお城への道でした。

 でも、景色は最高です!

Posted on 2012/11/09 Fri. 22:42 [edit]

category: スロヴェニア

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09

教えるって・・・ 

気がつけば、冬時間が始まり、ハロウィンも終わり、ガイ・フォークスも終わっていました。
 先週、帰ってきた翌日に教えがあってコヴェント・ガーデンまで行ったら、クリスマスの飾りがついていました。 巨大なレインディアーも再び鎮座していました。

 生きて行くこと、仕事をする、というのは非常に大変なことの連続だとは理解していますが、再び何もやる気がおきなくなることがあって、沈み中。 9月末にも他の元生徒のことでこのようなことがありましたが、どうにか持ちこたえていたのですが。
 親のWishとそれなりの環境があるから、こちらにかなりの要求もされるのに、結局は練習ができない、やらない。 発表会前、来年の大変なグレード試験前だというのに、2週間練習していない生徒がいました。 要望は高くても、やはり練習しないと無理なのです。
 途中で親を呼びましたが、自分の子供は頭が良いから、2週間弾かなかったらそれまで暗譜で弾けていたものが、楽譜を見ても弾けなくなる、ということが理解できないようでした。
 だから、ピアノに限らず、音楽は大変なのです。 
 いくつかの事情が重なっていて、今までのようにこの2週間練習できないのは知っていました。
 だから、全部できなくても、せめて10分でも良いからピアノに触れてほしい、と先週親子に言ってあったのですが。
 せっかく、初見も毎日する習慣がついて(何度目だか・・・)、できるようになっていたのに、白紙に戻り。

 ここには詳細は書きませんが、久々に折れそう。
 
 5年間、日本、昨年のセイシェル以外はハーフタームでも何でも、生徒が望めばレッスンをしてきましたが、先週休んだことで、かなり不快に思われたらしい生徒もいます。 コンサート活動を行うことにより、ごくたまにレッスン変更が生じてしまう。 それをやはりご理解いただけなければ、無理なのかな、と。

 結局、教える人間、というのは、人権がないのかな、なんて思ったり。
 私自身は、子供の頃からかなり多くのお稽古事をしてきましたが、あまりのギャップにいまだに驚きの連続です。
 
 
 
 それでも、頑張っている生徒、本当にピアノが大好きで習っている生徒がいるから、きっとこの仕事を続けよう、と思えるのかもしれません。
 折れそうになったレッスンの後、先々週のレッスンでつっかえつっかえだった曲が、2曲ともとってもよくなって、しかも暗譜までしてあった生徒。 たくさん練習したのだろうな、私が書いたノートをきちんと読みながらやったのだろうな、という生徒がいる。救われました。

 
 久々に12月にベートーヴェンを弾こうかな、と思って楽譜を引っ張り出してきて、10年前の師匠の書き込みを見ると、その全てが蘇ります。 
 イスラエルの先生のところにはすぐにはいけないけれど、北ロンドンの師匠のところには、時間が合えばまたあのベートーヴェンを持っていきたいな、と思います。 
 
 病んだ時には、パパ(師匠)のレッスンが一番。 今までこれで何度救われたことか。 あのレッスンを受けると、目の前にある音楽以外、全てのことがとっても小さなことのように思えてしまうのです。

Posted on 2012/11/09 Fri. 22:33 [edit]

category: 音楽

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スロヴェニアのコンクール写真 

 再びご無沙汰しております。
 スロヴェニアから帰ってきて1週間。 すぐに教えがあり、昨日は今季の楽典のグレード試験があり、10日後に生徒たちの第1回発表会、続いてすぐに実技のグレード試験。 と色々とあって、写真をアップしたい、と思いつつもそれどころではありませんでした。

 とりあえず、先日、コンクール主催者より写真を頂いたので、私が撮っていたものとあわせて、コンクール時(私が写っている写真は、入賞者コンサートの時のもの)アップいたします。

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 この写真の中央の高いところにある、白っぽい建物が、プトゥイ城。
 練習、本番あわせて、4回ほど登りました。 雪の日は悲惨でした。


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 お城、といっても、とても簡素なものです。
 中の展示物も、決して華やかではありませんが、素敵でした。
 

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 こちらが、フェスティヴァル・ホール。
 10年ほど前に改装しているようです。
 とっても素敵ですが、寒くて。
 響きも凄すぎて、最初は普段教会の豊かな響きの中で弾いている私にもきつかったです。


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 今回は、一昨年母が上野でのリサイタルの時に縫ってくれた着物地(羽織か、半纏だったかも・・・)のドレス。 この夏まで日本においてあったのですが、今回は忘れずに持ってきました。
 寒くて、カーディガンが必要でした。
 音を聴くと、わけがわからなくなるので、普段の私よりも前かがみになって、必死で鍵盤を見ながら弾いていますね・・・

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 どうにか弾くことができた、素敵なピアノと。
 ピッチの問題さえなければ、とっても良いピアノでした。

 ちなみに、コンサートでは、ショパンの4つのマズルカ 作品67を演奏しました。
 コンクールでは、 ノクターン 作品27-2、 62-1、 マズルカ4つ、 バラード 第1番、 幻想ポロネーズ(順不同)を演奏しました。
 

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 A3サイズの、素敵な手書きの賞状。
 時間があったら、カリグラフィーを習いたいな、とずっと思っているので、これはとっても嬉しい賞状でした。
 ですが、持って帰ってくるのは大変で、雨だったこともあり、キャリーケースに折らないように、熨斗のようにして入れて持って帰ってきました。 
 本当だったら、額に入れて飾りたいくらい素敵です。

 今まで知らなかったのですが、オペラハウスのお友達の一人が、ハーフ・スロヴェニアン、ということを知りました。 しかも、彼女のお母様は、私が行った、プトゥイのご出身。
 今日、オペラハウスへ行ったら、お母様もいらしていて初めてお目にかかったのですが、色々とお話できて、よかったです。
 世界は小さいのだな、と思わずにはいられませんでした。 

Posted on 2012/11/08 Thu. 23:15 [edit]

category: スロヴェニア

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帰国しました 

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再びご無沙汰しておりました。
 昨日(11月1日)イギリスの夜中近くに無事ロンドンへ帰国しました。
 6泊7日のスロヴェニア滞在でした。

 1箇所に5泊、最後に移動して観光地に1泊。
 コンパートメント・タイプのスロヴェニア鉄道、ローカル線、そして、最後はちょっとの間でしたが、ユーロ・シティーという、国際列車(多分、オーストリアのどこかから来て、スロヴェニアの首都リュブリャナを通って、終点は、ユーゴスラヴィアのベオグラード)に乗車し、バスにも乗り、列車に乗るのが好きな私は、堪能いたしました。
 島国で生まれ、島国で生活する私にとって、いまだに国境を列車で越える、という感覚がなかなかつかめないのですが、今回はそれを少し実感することができました。
 
 写真は、10月30日のプトゥイ城からみた、素晴らしい日没です。
 実際には、太陽がまん丸で、それはそれは美しい景色でした。
 10月26日にスロヴェニアについてから、2日雨、28日は雪、29日は曇り、30日は晴れ、31日、1日は再び雨/曇り、という天候に恵まれない滞在となりました。
 よって、この日没は美しくて、目がおかしくなりながらも見続けてしまいました。

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 同じプトゥイ城からの雪の日の眺め。
 赤い屋根に雪が積もっている景色は、それはそれで、とっても美しいものでした。
 ここへあがるまでは雪で大変でしたが。
 
 どうして、そんな思いをしながらもこの高台へあがっていたか、というと、実は、今回コンクールを受けに行っていました。
 プトゥイ城のホールで開かれた、古楽器(1856年頃の楽器)を用いての、ショパンを45分演奏するコンクールでした。
 古い楽器なので、ピッチをあげることができず、ドの音を弾くと、シ♭が聴こえる、という絶対音感を持つ人間にとっては非常に厳しい楽器。 しかも、ショパンを弾くのだから、ショパンが使ったようなアクションのピアノだろう、と思っていたのに、実際は、ショパンが幼少の頃だけに用いたはずの、ウィーン式アクションのピアノ。
 
 正直、練習初日は全然弾けなくて、パニックに陥り、もう帰ろうか、と思うほどでした。
 なんとか弾ききり、人数が少なかったこともあり、3位を頂くことができました。
 嬉しい、というよりも、感謝、という感じの受賞なのですが、5年半振りに受けたコンクール、よくも悪くも勉強になり、次のステップに繋げようと思います。

 というわけで、せっかくホステルでWiFiがあったから、ブログも更新する気でいたのに、夜になるとそんな気分にはなれなくて、そのままになってしまっていました。

 少しずつ、写真とともにアップしていきたいと思います。

Posted on 2012/11/02 Fri. 23:35 [edit]

category: スロヴェニア

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