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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

トリノ観光 (12月7日) 

途中で止まっているコンクール記が多いですが、今回は終わらせられるか?

 というわけで、イタリア最終日。
 この日は、滞在場所から列車で1時間半ほどのトリノへ行って、2時間ちょっとの観光。
 そして、バスで45分ほどの空港へ行って、午後の飛行機でロンドンへ戻る。
 

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 前夜遅かったにも関わらず、いつもより早い時間の行動で、乗り合いバスで、5日振りにこの街というか、村というかを離れて、列車に乗れる、クーネオ(Cuneo)の駅へ。
 改めて、私にとって馴染みのある南イタリアとは違って、東欧のような雰囲気の駅の建物だな、と思うばかり。


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 来た時には青空でしたが、帰る時には曇り。
でも、この山の連なりも見納め。


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 ほぼ時間通りにトリノ着。
 ここで、トリノで初日に宿泊したアパートメントホテルの方から私が忘れていった、iPhoneのコードを受け取る。
 以後気を付けます。

 2時間だから勿体ない、と思いつつも、邪魔なので、駅に荷物を預けて、束の間のトリノ観光。
 気温は低かったのですが、真っ赤な紅葉がまだ残っていました。


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 この木の生え方というか、公園の感じ、というか、イギリスとはまた違う。


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 とりあえず、1週間近く、田舎で過ごした私には、トリノの人の多さ、建物の大きさに圧倒される(一応、ロンドンという言葉が住所に入ったところで生活をしているのですが)。
 
 そしてなんとなく、イギリスに比べて秩序が無いように私は感じているイタリアですが、驚くのは、皆さん信号を守ること。
 イギリスでは、お年寄りも含め、歩行者はほとんど信号を守りません。
 赤でも、車が来なければ渡ります。
 もっといえば、いつだったか、エセックスでのコンサートの後、主催の方のお1人と歩いていて道を渡る時、私が歩行者用の信号のボタン(?)を押そうとしたところ、
「車の流れを止めることになるから、押さないのよ! 見極めて渡ればよいのだから」
とおっしゃった方がいました。

 もちろん、トリノでも皆さん車が来なくても赤信号で渡らないことに驚きました。
 私はつい癖が出そうになりましたが・・・

 
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 この広場の感覚。
 こういうのがイギリスには無いと思います。
 大陸なのでしょう、ここは。

 窓の感じ、建物のちょっとした装飾。
 観ていて飽きません。


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 想像していたよりは多少小ぶりでしたが、内部が素晴らしかった、ドゥオーモ(日本語表記怪しい)。
 昨年3月にドイツで見たステンドグラスの素晴らしい大聖堂、そして、イタリアはどちらかというと周りにある絵画が素晴らしい。
 周りの壁にかかっていた宗教画、多くを感じてきました。


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 そして、広場の入り口というか出口にあった小さな教会。


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 絢爛豪華、という言葉になりそうな内部。
 本当は、ここに座って、この空気を感じていたかったのですが、いかんせん、時間がありませんでした。
 
 凄く心配性であり、余計なお金を払いたくない私は、飛行機だけは、必ず2時間前、いや、大抵は2時間半前に空港に着く人です。
 それなのに、今回は空港に着いたのは出発の1時間半前でした(ライアン・エアーなので、ゲートクローズの45分くらい前かも)。
 幸い、トリノの空港はこじんまりとしていたので問題ありませんでしたが。
 
 イタリア記、あと一つでおしまい。
 良くわからずに地図もなく歩いていたにも関わらず、大好きな地元の人の台所、マーケットに出くわすことができたのです。
 それはまた後で。

 

Posted on 2016/01/12 Tue. 14:54 [edit]

category: イタリア

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12

イタリアでのコンクール 本選を聴く(12月6日) 

 ひと月ほど前のこととなりましたが、あと一歩なので、イタリアのコンクールの続きを。

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 毎日前を通っていた教会。
 一度だけ、中をお掃除していた時に覗いてみましたが、素敵な内部でした。


 イタリア6日目は朝から夜まで劇場にほぼ籠っていました。
 朝9時半からコンクールの本選がスタート。
 9人が残りましたが、女性1人、男性8人という内訳。
 しかも、この女性は、夫婦参加で、旦那様も本選に進んだカップルでした。
 聴きながら、ピアノという楽器は男の楽器だな、と思うばかりでした。

 よく、師匠Dr.Sが私の肩を見ながら、
「みゆきだったら、女でも○○が弾ける」
みたいな言われ方をしていました。
 肉付きも良いですが、それ以前に、昔のとっても細い頃、小学生の間、水泳のバタフライで鍛え上げた強靭な肩を持つ私。
 今回聴いていて、ヨーロッパ人は背丈が私と変わらなかったり、細身でも、男の子たちは肩もしっかりとしているし、自然に出せる音があるな、と思いながら聴いていました。

 
 そして興味深かったのが選曲。
 今回は40分自由プログラム。
 本選に進んだ9人×40分=約6時間
 誰が何を弾く、というプログラムが無かったので、弾きださないと曲がわからない状態で聴いていたのですが、全9人聴いて、重なったのはただ1曲。 ラヴェルの『鏡』より『道化師の朝の歌』 5分程度でしょうか。
 あとは、全員違う曲でした。
 コンクールの本選の定番であるように思われる、リストのソナタ、ダンテソナタ、ラフマニノフのソナタ第2番、プロコフィエフのソナタ(3番のみ弾いた人がいましたが)、これらは誰も弾かなかったのに、です。

 改めて、ピアノ曲の豊富さを思うばかりでした。
 だからこそ、日本での様々なコンサート、有名曲だけのみんな同じようなプログラムをきっと演奏者の意思ではなく、主催者から求められていることに悲しくなるばかりです。

 
 
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劇場近くの中を見たかったのに、何度か空き時間に行ったものの、入れなかった教会。

 最初の3人を聴いた時点で、既に疲れます。
 折角のファツィオリの音を殺してしまっている人が多い。
 とにかく、力任せに叩く演奏も多くて、会場内の換気ができていないこともあり、私は偏頭痛と吐き気。
 休憩時間には5分でも外に出ながら、聴いていました。
 今の私には、こうしてピアノを一日中聴ける環境、というのはあまりにも豊かで恵まれすぎる時間なのです。
 そして、ちゃんと判断するには、全員を聴く必要がある。

 というところで、午前中4人目の途中、20分ほど経過した時だと思いますが、2階の審査員席で、ドスンという大きな音と、悲鳴。
 舞台にいたのは若いイタリア人コンペティターだったのですが、彼は演奏を続けましたが、係の人が2階の状況を把握して、演奏を止めました。

 その場に居合わせたイタリア語が分からないのは私だけだったのですが、どうやら、審査員の一人が倒れて、脈がないらしい。
 アンビュランスを呼びに行ったりして、午前中の審査は打ち切りに。
 驚くことに、20分ほどでアンビュランスが到着。

 私は自分が倒れたら困る、と思って、午後の審査開始といわれたところまで1時間半あったので、休憩、ランチで一度ホテルに戻りました。
 倒れたのは(審査員たちが下に降りて来たので消去法でわかった)、私と同じ年の男性審査員だったので、年だったから、というわけでもないので、その後は病院に運ばれたようですが、大事に至っていないと良いのですが。

 午後から審査再開。
 ここからは午前中の遅れを取り戻すために、5人半をほぼ休憩なし。

 凄く疲れましたが、至福の時でした。
 そして、結局は音楽とは何なのだろうか?と考えるばかりでした。
 これは試練なのか? 疲れる為に、具合が悪くなるために聴くのだろうか?と思わないわけでもありませんでしたが、今回は審査委員長は、そのような私とは正反対の演奏がお好みのようでした。
 そして、きっと世界中の多くのコンクールでもそのような達者で力任せな演奏が好まれているのではないか?と思わざる負えません。
 

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 結果がいつ出るかもわからず、本選終了からガラコンサートまでが2時間。
 よって、本選に出ていてなんとその前日には隣の国までコンサートをしに行って疲れ果てていた友達は、結果よりも食事、と言っていたので、彼と、コンクールで仲良くなった日本人の子と一緒に、泊まっていたホテルの横にあるレストランへ。
 ここが、リーズナブルでおいしかったです。
 このマスのホイル焼きが最高(これが、600円くらい)。
 クリスマスにこれを再現したつもりでしたが、オリーブを入れませんでしたし、オイルの量も違ったようです。
 リベンジです。

 地元のファミリーが多かったのですが、子供たちは東洋人が珍しいらしく、ジロジロと私たちは見られました。
 そして、イタリア人の7,8歳の男の子、写真をテーブルで撮る時の構えからして違って、こうしてイタリア男は作られるのだ、と勉強になりました。

 友達は夜9時からのガラコンで弾くかもしれない(全部聴いて、前日に審査員と話している私はなんとなく審査結果は見えていた)のに、レストランを出たのは9時過ぎ。 すっかりイタリア時間の私たち。 というよりも、どうせ9時に始まらない、と思われているイタリアも問題だと思いますが。

 会場に戻ったら、やはり友達は2位に入賞していました。
 他の部門も含め、結局ガラコンが始まったのは9時半頃。
 一番小さい5歳から始まり、結局1時間ほどだったと思います。
 イギリスでは夜の9時半始まりで子供も出る、ということはないと思うので、イタリア的時間の感覚に未だに慣れません。
 
 表彰も含め、終わったのは11時過ぎ。
 それからすぐに帰るわけでもなく、結局会場を出たのは12時近く。
 その後、まっすぐホテルに帰るわけもなく、夕食を共にした友達2人とパブに行って、2時半近くまで話し込んでいました。
 ですが、驚いたのは、ガラコンに出ていた7歳くらいの女の子が平気で夜中12時に食事をしていたこと。
 お母様が車を取りに行ったのか、彼女がカウンターのハイストールに座っていたのですが、私たち日本人2人は驚くほど、彼女の座り方がセクシー。
 文化が違いすぎるのです。
 遺伝子の違いでしょうか。

 部屋に戻って、とりあえず荷物を大まかにまとめて、3時に寝ても6時に目覚ましが鳴る前に起きる、ということは、この時は気が張っていたのだと思います。
 
 とにかく、色々と学ぶことが多いイタリアでの滞在でした。

 
 

Posted on 2016/01/08 Fri. 23:28 [edit]

category: イタリア

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本番、そして子供たちの演奏を聴き、語り合った一日(12月5日) 

午前中に本番。

朝、2時間ほど練習できたのがありがたい。
今の私には、30分のプログラムをみっちり続けて2時間練習することは滅多にできないことなのです。

本番直前に5分間の舞台リハをして、本番。
本番は別記通り。

最後の人の演奏を聴いて、外に出たら、この前日に私が興味を持ったイタリア人の女の子に話しかけれました。
私も彼女と話したいことがあったし、珍しく英語がとっても話せるイタリア人だった為(結構、他のコンクールでイタリア人とは意思疎通が図れないことが多かった)、結果を待ちながら、おしゃべり。
 彼女は私の演奏を気に入ってくれて、どうやったらああいう音と、弱音でも通る音が継続して出せるのか? 叩かないのに音が鳴る、ということが気になったらしいです。
 私も彼女の音、音楽性が好きだった為、きっとお互いにその部分で惹かれ合ったのでしょう。
 
 結果発表でお互い色々と思うこともあり、彼女も私も音楽が何なのかわからなくなり、一緒にランチに行きがてら、お喋りを続けることに。
 ですが、彼女がとっても嬉しいことを言ってくれて、そう思ってくれた人が一人でもいたことに、とても嬉しかったのです。
 でも、お互いにコンクール向きの演奏ではないと思います。

 そして、この午後には、下は5歳から18歳くらいまでのコンクールが続いた為、それを一緒に聴いていました。
 私は午前中の自分の演奏で結構完全燃焼して疲れ果てていたのですが、このような機会なので、ほとんどがイタリア人のコンペティターの子供の部をきいてみたかったのです。
 
 ちょうど、この2、3週間前に私はロンドンのフェスティヴァルで子供たちの演奏を聴いてきたばかり。
 色々と思うことがありました。
 そして、15歳以上の2グループ、女の子が一人ずつ、後は男の子が6,7人、ということに驚きました。
 そしてその男の子たちが、皆超絶技巧的な曲を弾き、リスト編曲のオペラなどが多かったことにも驚き。
 
 暗譜に関して、色々な意見があるのもわかりますが、ロンドンでは、9割近くが暗譜をしないで(小さな子たちでも)弾いたのに対して、ここでは、ほぼ全員が暗譜で弾いたことにも私の生徒たち、ご両親に見せたかったです。

 プログラムが無いので、ある程度の年齢までの曲は曲目がわかりませんが、魅力的な曲がたくさんありました。

 合間の休憩時間に、ロビーに出たら審査員たちがいらして講評をしていたので、私もお願いする。
 5人中4人にお話を伺えたのが良かった。
 5月のイタリア2か所のコンクールは英語が通じなくて多少困りましたが、ここは全員イタリア人の審査員でも、やはり大きなコンクールにいくつも出ている人たちの集まり。 皆さん講評に困らないくらい英語が喋れたので助かりました。
 
 
 そして夜9時半頃までコンクールは続きました。
 一緒に聴いていた子には、ランチ、途中の休憩で、彼女の演奏に対して意見を求められたので、ある程度率直に話をしてありました。(同じカテゴリーの人から意見を求められるとは、私も成長したものです・・・)

 コンクール終了後、講評を聞く彼女を待って、彼女が何を言われたのか教えてもらったのですが、ある一人の審査員に対して、
「みゆき、○○(審査員)と私の演奏について話した? みゆきに言われたのと全く同じことを言われたよ?」
 と言われたのがおもしろい。
 この審査員は、私が自分の講評を聴いた中でも、一番近いものを感じ、その後Youtubeで聴いても、凄く好きな演奏でした。
もちろん、私が彼女の演奏について審査員と話すことはありません。

 彼女の妹さんは楽器は違いますが、私の後輩らしいので(これも驚き!)、また再会できたらな、という出会いでした。

 とってもとっても濃い一日でした。
 夕食は、八百屋さんで買ってきたレタス(これが非常にみずみずしい。 名前分からず)のようなものと、プロシュートで簡単サラダ。
 
 
 

Posted on 2015/12/21 Mon. 08:25 [edit]

category: イタリア

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弾くかわからず終わった日、かわいらしい包装紙(12月4日) 

 前夜、久々に遅かった(それまでが早く寝すぎた)にも関わらず、この日は本番かもしれないし、違うかもしれない日。

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 大好きなイタリアですが、苦手なことは、朝食の甘いパン。
 ですが、このホテルは、普通のパンもあり、チーズとハムがあったことがありがたい。
 もちろん、毎日4,5種類のケーキも用意されておりました。

 イタリアの朝食でいつも感じるのが、ジュースの種類がイギリスでは当たり前のオレンジとアップルではなくて、洋ナシと、エイプリコットということ。 大抵どこへ行ってもこの組み合わせですし、スーパーストアでもこれらのジュースが多い。
 最初は違和感があったものの、今では、特に私は洋ナシのジュースが好きになりました。

  ただ、ここで審査員たちと顔を合わせてしまうのがなんだか・・・ もう少し遅く行けば良かったのですが。

 朝は練習をして、フィリップ・マーティンの曲の暗譜が飛びまくる恐ろしい事態に陥る。
 本当は、どんなに弾けていても、舞台でのバッハの方が怖いはずなのに。
 しかも、このバッハの平均律は昨年2度コンクールでの大崩壊を経験した後です。

 お昼過ぎに予選の結果が出て、残念。
 ですが、すぐに、次のセクションのコールと抽選。
 もしかしたら、抽選後30分ほどで本番だったのですが、ここはそれを逃れて、翌日。
 良いのか悪いのか・・・

 しかし、この後の練習で、暗譜崩壊をちゃんと繕ったので、これはありがたい演奏順番でした。

 3人だけこのセクションの演奏を聴いてきました。
 一人、数年前、いや、昨年の私をみているような気持ちにさせられたイタリア人の女の子。
 彼女とはこの翌日、深く語り合うことになるのです。


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 この日はレストランではなくて、お昼も夕食も部屋食。
 
 お夕食は、遅くなってしまって、ピッツァのTakeaway。 いつも無難にわかるマッシュルームのピッツァを頼むため、わからないものをあえて勘で頼んでみたら(辞書はホテルに置き忘れ)、ミートボールが乗っているみたいなピッツァでした。


 この街のお店は、包装紙がかわいらしい。
 イギリスではないだけかもしれませんが。

 このくしゃくしゃ具合がいかにも私らしいですが、お肉の絵が色々と書かれたものは、お野菜とチーズ、ハム類が売られていたお店の物。 


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 プロシュート好きな私は、もちろんそれが狙い。
 この右手前のSpeckが最高でした!
 2,3度買いに行きましたが(基本、ランチは毎日Speckのサンドウィッチを自分で作っていました)、お店のお兄さんに顔を覚えられて、言わなくても、Speckを切って下さるように・・・

 イギリスに持ち帰ってきた、Parmaもとても良いものでした。
 この品質、値段でここで食べると、イギリスでは買わなくなります。

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 料理ができる環境ではないので買えませんでしたが、こちらのパスタ類もおいしそうで。


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 パン屋さんの包装紙もなんだかかわいらしいのです。
 グリッシーニがおいしくて。
 イギリスの食文化も成長していますが、イタリアにはかないません。


 

Posted on 2015/12/20 Sun. 19:48 [edit]

category: イタリア

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のんびりした街と、最高なダック料理! (12月3日) 

12月4日、この日からコンクール審査開始。


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  ホテルから会場の劇場へ行く途中、こんな柿の木があるお宅も。
 いくつか見かけました。
 今まで見てきた、南イタリアの家の雰囲気とも違いますし、門があったり、歩道がなかったりして、日本を思い出しました。

 それにしても、青空が素晴らしく、ドイツから来た参加者も、もちろん私も青空の恩恵を受けました。
 そして、サングラスを持ってこなかったことをRegretする私たちでした。
 

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 どれほどのんびりとした街かというと、この風景。
 お店の前に商品が出しっぱなし。
 普通の風景ですが、これは、シエスタ中。 
 お店が開いていないのに、商品が出しっぱなしなんて、ロンドンでは考えられません。
 イタリアの他の大都市でもありえないと思いますが。

 田舎ですが、食いはぐれることもなく(初めてイタリアで行った街は小さすぎて、東洋人の私は、唯一の食べ物を売るお店に入れてもらえず、入り口でほしいものを行って取ってきてもらって、お金を払った)、でものんびりとしていて、数日過ごすには良い街でした。
 
 この日は午後早い時間に本番(既に別記)。
 遅い時間に友達の演奏とか、他の有力コンペティターの演奏を聴いたり。
 でも、翌日から他のセクションもあった為疲れないように、かなり絞って聴きました。
 いやはや、クラシック音楽について考えさせられた午後でした(これは後でまとめて書く予定)。


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 他のコンペティターたちと一緒にお夕食。
 コンクール参加者が割引で食べられるレストランとカフェがあったのですが、こちらはその一つ。
 ぜひ行ってみて下さい、というお話があったのですが、その理由がわかります。
 現に、私たちが食べていたら、後から審査員集団も来ました。


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 ここのクリスマスツリーが、ガーリックがさがっていたりして、ユニークでした。


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 お料理はこちら!
 ダックがあれば、ダックを注文する私は、もちろん、これ。
 このダック料理が今まで頂いた中で一番でした。
 ダックとフィグ(多分、生ではなくて、ドライフィグ)のみ。

 お野菜に飢えていたので、サラダも頼んだら、左側のボールに4種類くらいの葉物が入っていて、テーブルにバルサミコ、オリーブオイル、ワインビネガーなどが並べられて、自分で味付け。
 ですが、このバルサミコもオリーブオイルも非常に美味でした。

 ですが、ここでも主役はお料理もそうですが、会話。
 演奏順が近い人たちが仲良くなり、それプラスで、6人で訪れる。
 東洋人5人と南米人。 そして途中で一人で入ってきたイタリア人コンペティターも交えての食事。
 私以外は、皆さんドイツ語圏で勉強中。
 よってドイツ語ができないのは私だけ。
 以前私がコンクール参加をしていた時に比べ、この2年は、ドイツ語圏からの参加者が多いように感じます。
 大抵、私がしゃべれない人。 でも、ドイツ語は全く興味がわきません。

 日本人が3人。 ですが、韓国人で凄く日本語が上手な男の子がいたり、私の友達の南米人も片言の日本語を話す(これは下心有りの日本語です・・・)。
 よって、皆で話すときは英語、それ以外は色々なので、4か国語が飛び交う食卓でした。

 しかも、この日は友達のお誕生日だったのですが、7人中4人が、この前日から4日続けてお誕生日、という偶然!
 コンクール中ではありますが、そして本当は皆ライバルなのかもしれませんが、こうした時間、既に学生を終えている私にはとりわけ貴重です。
 そして、皆さん、色々と有名な教授たちのレッスンを受けに行っているのだな、と思う。
 私は全然なので。

 
 

Posted on 2015/12/20 Sun. 17:54 [edit]

category: イタリア

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