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WITH HOPE!!

イギリスで18年間暮らし、2016年7月に日本へ帰国した、ピアノはロシア系、中身はイギリス、国籍は日本人のピアニスト。 

セイシェル続編 考え方など 

 夜9時には薄暗くなり始めました。

 気温も相変わらず上がらず。

 7月だと、いつもはオリーブとフェタチーズを使った、ギリシャ風サラダを作ることが多いのに、今年はそのような気分にもなりません。

 代わりに、冬の間何度も作る、具沢山、春雨、肉団子スープを作ることに。

 さすがに、ここまで暑くならない7月は珍しいのでは?


 

 セイシェルから帰ってきて2週間、日本へ行くまで3週間。 きっとあっという間だと思います。


 

 さて、私がセイシェルに行く前と行って色々な方々と話した後でずいぶんと印象が違うな、と思ったことがあります。

 それは、女性のあり方、結婚、などについてのこと。


 

 私は、セイシェルというのは、1972年まで国際空港が無かったし、1976年まではイギリス領、アフリカの小さな島、これらのこと、そして私が唯一知っているセイシェル人であるアントワンのことを総合して、きっと保守的、というか昔ながらの家族のあり方がある国かな、と思っていました。

 

 が、全然違う!

 セイシェルでは(といっても、私が接したのは、中流階級以上の人たち)、ある意味で、男女のあり方というか結婚、出産について進んだ考えを持っていることがわかりました。 これを、進んだ考え、といってよいのかもわかりません。


 離婚率が非常に高いらしく、現在では、離婚時の面倒なことを避ける為に、何年も一緒に生活し、子供もいるけれど、結婚していないカップルが数多くいるそうです。 もちろん、イギリスでもこのようなカップルは多くいますが、それ以上、という印象を受けました。


 多くの人たちから、私に子供がいるのか、という質問をされました。

 日本やイギリスだったら、結婚をしているのか?という質問だと思います。

 結婚をしないで、子供がいる(それは計画無しに子供を生んだ、ということだけではなく)という現状を聞くと、子供がいるのか?という質問が多くなるのが分かるような気がしました。


  この離婚の原因、それはセイシェルの男は軽い、ということがあるそうです。

 私のホストマザーは、娘たちには、セイシェルの男とは結婚して欲しくない、とおっしゃっていたほど。

 

  聞いた話では、結婚しているのに、職場の女性を妊娠させて、その遊びの女性が妊娠したことを彼の奥様に話して、別れるように言った直後、その奥様も妊娠していることが発覚。

 結局その男は、他の若い女性を妊娠させて、その人と一緒になったとかならなかったとか。

 こういう話がいくつもあるそうです。


 

 昼間、滞在先の近くを一人でお散歩していた時、現地の男性によく声をかけられましたが、それを見た滞在先のお父さんには気をつけるように言われました。 彼らは(特に外見で特徴がある)、白人(私は白人ではありませんが・・・)の女性を自分のものにしようとする。 だから、うまい話を持ってくる。 絶対についていくな、といわれました。 言われなくても付いていきませんが。


 が、白人女性が、セイシェル人と結婚したくてセイシェルに来るケースも多くあるそうです。

 私は、セイシェルに到着して、イミグレーションでちょっとあった後、入国できたのに、税関で2度もとめられました。

 そのことを他の方々に話したのですが、それは、男探しに来る女性が結構いるから、だから女性一人、しかも、東洋人の女性一人、というのは珍しい、しかも、滞在理由がホリデーではない、というのがひっかかったのだろう、ということでした。

 イギリスもこのような女性が後を絶たなくて、女性一人は結構厳しく入国で質問される、といいますが、まさかセイシェルでもそのようなことがあるとは驚きました。


 

 思っていた以上に、多くの女性が働いていることにも驚きました。

 

 出産については、イギリスのように、別に問題がなければ、出産したその日に退院、というのとは違って、数日病院で過ごすそうです。 

 でも、医療は普通のことは問題が無いけれど、大きな病気などになると、モーリシャスまで行かなくてはいけないそうです。


 

 教育は、きちんとしたものがあるように思います。

 一般的には朝は7時45分に始まって、終るのは2時半頃。

 公立の学校に加えて、いくつかの私立の学校、フランス人学校、インターナショナル・スクール。 

 教育をより考えるお宅は、私立、インターナショナル・スクールへ行かせることが多いようです。

 私が接したほとんどの方々は、大学は海外で勉強していました。

 イギリスで勉強した、という方々に何人も出会いました。

 セイシェル大学は、つい最近できたものなのです。

 それまでは、専門学校的なものだったようです。


 

 というわけで、帰ってきてから2週間、頻繁にあちらの音楽学校の先生方とメールのやりとりをしていますし、しょっちゅうあちらのことを考えています。


 今回は、ほとんどを音楽学校の中ですごしましたが、次回は、もっと色々なことを知ることができるようになればいいな、と思います。

 その前に、フランス語を・・・ 

Posted on 2011/07/21 Thu. 06:46 [edit]

category: セイシェル

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21

楽器寄贈のお願い 

日本は暑いそうですね。

その暑さがうらやましくなるほど、気温が上がらないロンドンです。


4月が一番暑い日が多かったのでは?といいたくなってしまいます。


ここをお読みの方にお願いがあります。


 先日私が行ってきたセイシェル、音楽を頑張ろう、としている国です。

 音楽教師の不足などからも、公立の学校では音楽教育はなされていません。

 

 国に、楽器屋、楽譜屋はありません。

 全てが輸入です。

 ギターの弦でさえ、海外から個人での取り寄せになるそうです。


 いくらアフリカの中で所得率が高い国であっても、ヨーロッパ、日本などで生産されている楽器を買うのはとても高額なことです。 つい1ヵ月半前までは、経済事情により、一般の国民はクレジットカードを取得することもできませんでした。


 それでも、音楽を学びたい、という人が段々出始めています。

 1999年からは、毎年イギリスのロンドンに本部がある、王立音楽検定を受験しています(このために私は今回セイシェルへ行きました)。


 

 とにかく、楽器が不足しています。

 ヴァイオリンにいたっては、小さいサイズ(ハーフ、クウォーターなど)がセイシェルには無い為、習うことを希望する人がいても、フルサイズのヴァイオリンに空きが出るまで、そのサイズが使えるような体に成長するまで習うことができません。

 オーケストラの楽器が希望ですが、王立音楽検定ではリコーダーも含まれている為、リコーダーの需要もあります。

 学校などのブラスバンドの楽器が古くなって買い換える、なんていう時に寄贈していただけると、とても助かるそうです。


 とりあえず音が出るのであれば、古い楽器でも構わないそうです。

 フルート、クラリネット、トランペット、弦楽器、などなど、西洋音楽の楽器であれば、全てが希望だそうです。

 楽器でなくても、使わないヴァイオリンの弦、クラリネットのリード(使用可能な状態のもの)などでも嬉しいそうです。


 もし、お手元にもう使っていない、処分しようと思っている楽器はありませんでしょうか?

 皆様の大切な楽器を、セイシェルの人たちに無償で寄贈してくださいませんでしょうか?

 お礼をすることはできません。 私が現地へ行った時に、その楽器を手にした子供たちを紹介することしかできません。

 

 日本からの場合、特に大きな楽器は輸送費が問題になるのですが、それは、国営音楽学校ということを生かし、日本からセイシェルへの輸送は、日本へ行くセイシェルからの漁船が横浜港(多分)に着く為、その漁船に楽器を運んでもらうことが可能だそうです。 


  

 とりあえず、今回私が日本へ行く時には、私が使っていたリコーダーは英国に持ち帰り、早ければ来年の2月に再びセイシェルへ行く予定なので、その時に持参する予定です。


 

 もし、お心当たりがおありの方、私までご連絡をいただけますか?

 今すぐに、ということではありません。

 長い期間で考えられたら、と思います。


 katomiuk●yahoo.co.jp 迷惑メール防止の為、@の部分を●にしてあります。 お手数ですが、●を@に変えてメールをお送りください。

 件名に、楽器、という単語を入れていただくと助かります。


 もし、お知り合いなど、他の方々に機会がある時にこれを広めて頂けると助かります。

 

 

 よろしくお願いいたします。


 加藤みゆき

Posted on 2011/07/18 Mon. 18:25 [edit]

category: セイシェル

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セイシェル別記 

 セイシェルのことはアップし終わりましたが、番外編です。


 セイシェルでの第1夜にホストファミリーから、ブレッド・フルーツのことを伺いました。

 説明によると、ポテトのようなものだけれど、ポテトではなくて、揚げたり、茹でたり、焼いたり、色々な調理法で食べられる野菜、とのこと。

 これを食べると、セイシェルでは、再びセイシェルに戻ってくる、といういわれがあるから、絶対に食べて帰りなさい、といわれました。


 私が泊まったお部屋の目の前に、お隣のブレッド・フルーツの木がありました。

 私は、2日目に、音楽院の方々と行ったブッフェでこれを食べました。


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 これが、ブレッド・フルーツの木。 中央に見える、黄緑色の丸いものが、ブレッド・フルーツです。

 バスケットボールより一回りほど小さい大き目の実です。


 滞在中、何人もの方に、ブレッドフルーツを食べたか聞かれました。



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 色鮮やかな、セイシェルの切手。

 これは、日本までの絵葉書用の切手です。



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 こちらがセイシェルの、セイシェル・ルピーの紙幣。

 アントワンによると、つい最近新しいデザインに代わったそうです。

 こちらも、色がきれいだし、デザインも、素敵。

 コインもありますが、慣れないうちに帰国でした。

 1ルピーが7円くらい。

 ということは、10ルピーの紙幣だと、70円くらいの価値。 

 でも、慣れなくて、凄い高い買い物をしている気分でした。


 両替所での引換書があれば、帰りに空港でユーロに換金できたのですが、私は再び訪れる予定なので、持ち帰りました。

 それほどの額ではありませんが。



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 ホストマザーが持たせて下さった、バナナ・チップス。

 バナナ・チップス、というと、日本やイギリスであるような、薄く輪切りにして、甘いものを想像していたのですが、これは、とっても軽いですし、塩味です。

 本当は、もう少し大き目の塊でしたが、私が持ってくる間にかなり砕けてしまったようです。

 

 スーパーで売っているのはみかけなかくて、私は、帰国前日のバザールで初めて食べました。

 他だとどこで手に入るのか、全く不明。


 

  以前、セイシェル政府は、日本人を観光客のターゲットにしたことがあるそうです。

 が、うまくいかなかった、とのこと。


 団体で訪れるような国ではありませんし、日本人が海外旅行、というと楽しみらしい、ショッピングの楽しみがない国です。


 ここは、ゆっくりすごす為に訪れる国。

 だから、うまくいかなかったようです。


  

Posted on 2011/07/16 Sat. 04:19 [edit]

category: セイシェル

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セイシェル旅行記終了! 

 今日は再び涼しいイギリスです。


 途中で挫折するか?と思いつつも、やっと今、セイシェル旅行記を全てアップしました。

 長いですが、もし読んでくださった方がいらしたら、ありがとうございます。


 アップしながら読み返しても、非常に濃い10日間でした。

  

 海の写真を見ながら、遠い昔のことのようにも感じます。

 本当に私はあそこで泳いだのかしら?と思ってしまうほど、ロンドンは夏らしくない気候です。

 

 今回が、きっとこれからに繋がっていく、と思います。

 

 

 アントワンと私が10年前に夢見ていたことが実現して、嬉しいです。

 あの頃、いつか、私はセイシェルへ行きたい、と思っていたし、指導できる力をつけたい、と思っていました。

 まだまだ私だって勉強しなければならないことがあります。 でも、お互いに学部を卒業した2003年からちょうど8年目、思っていたよりも早くに、夢が叶ったのかな、と思います。


 今回、実際にセイシェルへ行って音楽学校の現実を見て、ピアノだけではなくて、もっと知識を広げなくては、と思いました。

 

 あれだけの初見を短期間でこなしたこと、私にとって一つの小さな小さな自信になりました。 サボリ気味でしたが、再び初見の練習を続けようと思います。


 

 クレオール人は小柄で、身長は日本人サイズ。 横はかなりありましたが。 アフリカ系の黒人の血が強い人は、背も高めでした。 男性でも私よりも背が低い人が結構いましたし、女性だと私が背が高い方。

 顔も、10代でもかなり大人っぽかったり、年上に見えるイギリス、ヨーロッパの人たちと違って、童顔。

 大学生くらいかな?と思うような人が意外と私と同じくらいだったりしました。

 そういう意味でもすごしやすかったのかもしれません。


 

 声をかけてもらってから出発までに3週間ありませんでしたし、とにかく全てが急なことでした。

 最初に私を音楽学校に推薦してくれたアントワン、面倒見てくださったヘッドのMr Jerry、ダイレクターのピアー、ホストファミリー、音楽学校の先生方、事務の方、私のうるさい要求についてきた生徒たち、レッスンが抜けることを了承してくれたロンドンの生徒たち、全ての人に感謝です。


 次にセイシェルへ行くのを、今から心待ちにしています。

 

Posted on 2011/07/12 Tue. 06:12 [edit]

category: セイシェル

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イギリスへ帰国の途 7月7日 

 とうとう最終日。

 朝6時半に迎えが来る、とのことだったので、5時半に起床して、荷造り完了。

 ホストマザーが朝食を用意してくださっていたので、頂いていて、荷物を降ろして、6時15分には準備完了。


 普段よりもちょっと早かったものの、次女も4歳の息子を起こして下さって、最後のおしゃべり。

 私のスーツケースがあるのを見た4歳の男の子は、


「飛行機に乗るの?」

「どうして? どこに行くの?」

最後まで質問攻め。

 

 最後はそっぽを向いてしまいました。


 6時半調度に試験官を乗せた車が。


 セイシェル航空はセイシェルとロンドンの間は1週間に2便しか飛んでいません。

 次の飛行機は日曜日。 だから、月曜日にここに着いた試験官も今日私と同じ便でイギリスへ帰るのです。


 ヴィクトリアの近くで、事務のことをしていらっしゃる、私と同じ年の女性を乗せて、空港へ。 7時前に到着。

 事務の方とはここでお別れ。

 郵便事情を理解した試験官は、試験の結果(講評用紙)をここへ置いていくことに。

 彼女に手渡し。


 国際線乗り場、と書かれたドアを開けると、目の前に出国手続きのデスク、そしてすぐにX線。 要は、ドアを開けた瞬間に、ゲートも、飛行機も見える。

 首都にあるのに、小さな空港なのです。


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 これが、私がロンドンまで乗った飛行機。

 海がその向こう側に見えています。


 出国を終えた直後、試験官は私に、ある楽器について、結果を伝えました。

 やっぱり・・・


 何も食べずにホテルを出てきた、という試験官はカフェのようなところを見つけて朝食を食べに行き、私は、飛行機を見ながらすごす。

 8時55分発の予定。

 時間は山ほどあります。


 一応、免税店もありました。


 

 行きとは違って、ほぼ定刻で出発。

 今日この空港から発つ国際線は4便。

 ちょうど、初日にご挨拶をしたり、コンサートにもいらして下さった文化省のオフィサーがホリデーでイタリアへ行くのに同じ飛行機でした。

 最後にご挨拶ができてよかったです。


 飛行機はほぼ満席。

 行きよりは少し新しい機体。 マヘ島の南に向かって飛び、マヘ島の南の端あたりまで行ったらUターン。 そして、マヘ島の北の端まではあっという間。

 緑の山の周りに白い砂浜。 上から見ても美しい島でした。


 すぐに朝食が出て、北上していきます。


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 私は最初の頃は寝ていたのですが、途中で、砂漠が見えました。

 パーソナル・スクリーンが無いですし、テレビでは映画を上演していたのでどこを飛んでいたのかわかりません。

 多分、アフリカ大陸の砂漠だと思います。


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 進行方向左側に座っていたので、これはきっとアフリカ大陸の海岸線だと思います。

 私はいつもの通り、通路側に座っていたのですが、となりは、セイシェル人の女の子。

 途中、ちょこちょことおしゃべり。

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 イタリア到着前に出た、ランチ。

 チキンか魚のチョイスで、私は魚。 クレオール料理でした。

 テイクアウェイと同じ感じで、ご飯の上に、カレー、2種の野菜が乗っていました。

 隣の子はチキンを選んだのですが、外れだったそうです。

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 段々と雲が多くなってきました。


 定着よりちょっと早く、イタリア時間で午後3時20分頃、ローマ・フィウミチーノ着。 ここも、セイシェルほどではありませんが、海に近い空港。

 ここでほとんどの乗客が降りました。

 ロンドンまで行く人たちは、機内にいなくてはいけません。

 愛するイタリアで、また外に出られないとは・・・

 行きに人が乗ってくる時とは違って(あの時は夜中でしたし)、皆が降りたら、座っていなくて良いので楽。

 約1時間ちょっとの停車でした。

 私は背中が辛いので、動き回っていました・・・


 ここからは約2時間ちょっとでロンドン。


 午後5時55分到着予定でしたが、少し遅れて到着。


 試験官は北イングランドにお住まいなので、ヒースローで国内線に乗り換え。

 トランジットのところでお別れしました。

 

 ヒースローの第4ターミナルは、中東系の航空会社が多く、現在改装中の第2ターミナルを使っていたエール・フランスも今は第4ターミナル。


 ちょうど、中東、中国から飛行機がついたところで、外国人の窓口は長蛇の列。

 外国人用の窓口は30箇所ほどあるようでしたが、実際には10箇所も開いていません。

 イギリス、EUの方も珍しく並んでいるものの、そこまでではありませんし、彼らは進む速度も速い。


 アブ・ダビ空港の免税店の袋を持っている女性たちが。 私とそれほど年が変わらないと思いますが、アバヤを着てはいるものの、髪の毛を覆うスカーフからは前髪が出ていたり。

 凄い美人の女性3人で、その立ち姿が非常に美しい。 ブランド物に興味がない私でもわかるほど、ヴィトンやら、エルメスやらのバッグを持ち、それが、非常に彼女たちに溶け込んでいるのです。

 イスラムの女性をじろじろ見てはいけないのはわかっていても、すれ違うとあまりの美しさに見てしまうほど。


 私、5週間後に日本へ行く時に、アブ・ダビ経由ですが、私なんかが空港を歩いていたら、掃除人と間違えられてしまうのでは?と不安になるほど。 


 

 それに引き換え、中国人は一昔前の日本人のような団体旅行。

 

 エール・フランスで着いたらしい、日本の若い子達もいたのですが、心配になってしまう感じ。


 散々並んで待って、やっと私の順番。


 珍しく、白人イギリス人女性が入国審査官。

 私のパスポートを見て(わかりやすいように、入国カードを永住権のページに挟んでおいた)、

「あら、あなたのは簡単ね」

 今回が私にとって、初めて永住権を使用しての入国になります。

 全く質問もされませんでした。


 「永住権、イギリスでのヴィザを持っている人たちに、別の列を用意することはできないのですか?」と聞いた私に、

「そうしてあげたいのだけれどね。 でも既に、イギリス人/EU、外国人、ファースト・トラック(車椅子の方や、特別な方)と、3つの列があるでしょ。 複雑になるからこれ以上は増やせないのよ」

 とのことでした。


 昔、第2ターミナルには、英国ヴィザ保持者の為の列があったように記憶しています。


 もちろん、既に荷物はターンテーブルを回っていました。


 

 あっという間の帰国。

 ヒースローで小休憩をしてから、地下鉄を乗り継いで帰宅。

 イギリスは寒い。

 一気に夢から覚めたように思いました。

 

Posted on 2011/07/07 Thu. 06:27 [edit]

category: セイシェル

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